余計なお世話だ。

 と、心の中でオレは吐き捨てた。
 ただでさえ憂鬱な今日の、目覚めは最悪だった。

 今朝のことだ。
 夢の中でオレは楽園のような場所にいた。
 神々のいる世界のように美しいその場所で、天空から誰かが語りかけてきたのだ。

 空から誰かが語りかけてくるなんて普通に考えたら変な状態だけど、それは夢の中だから、ここはどこなんだとか、誰が質問してきてるのかとか細かいことは考えない。
 オレは何も考えずに、そのまま質問に答えた。
 何故か悪い王妃が出てくる別の夢まで見た気もする。

 そしてその夢の終わりに、空から降る声は親しげな口調でオレのことをエッチな奴だと断言した。
 まるで天啓のように。
 空からの声がオレをスケベ野郎だと断言してくれたのだ。
 よりによって記念すべき十六歳になる誕生日の朝だというのに。起きた第一声が「嫌だあああああああっ!」っていうのは悲し過ぎる。おかげで起こしにきた母さんに朝から説教されてしまった。

「あー、腹たつなぁ…」
「何が?」

 呟かれてオレははっとした。
 同時に今、自分がどこで何をしているのかを思い出した。

「まあ、よい。オルテガの息子、カイリよ。よくぞ参った」
 細かいことは気にしないタイプらしい。にこやかな笑顔でアリアハン王はオレに声をかけた。

 ありえないことに、オレは今、アリアハン王城の謁見の間にいる。
 謁見の間というのは王が命令を下したり大臣の話を聞いたりするのに使っている広間だ。常時と異なり、昼前だというのに煌々と魔法の明かりが灯され、広間は式典の日の様に飾り立てられていた。
 目の前にいるのはこの城の主、アリアハン王だ。重厚なしつらえの玉座に座り、いつもより派手なマントを羽織り、彼は高い台座の上からひざまずくオレを見下ろしていた。
 その他には王を警護する十数人の兵士、数人の大臣がこの謁見の間にいる。女っ気はまるで無いのが残念なところだ。

 オレは悪態を誤魔化すように、王に丁寧に頭を下げた。そして誰にもわからないように、こっそりとため息をつく。

 兵士でもないし、僧侶でも大臣でもない平民のオレを城の皆が取り囲んでいるという、色んな意味でありえない状況が今、起こっていた。
 一般市民が直接王様に会うことが出来るなんて滅多にない栄誉だ。
 本来なら喜んでいいことなのかもしれないけど、この後のことを考えるととても素直には喜べない。

「あれから六年か…。あの小さかったお主も随分と大きくなったものだな」

 オレの心が読めるわけも無いアリアハン王は、平和そうな顔でオレを見下ろしてから懐かしげに目を細めた。王には、六年前のあの時のことが思い出されているのだろう。
 六年前、オレは人生最大の失言をした。

 王にとっては懐かしい記憶かもしれないが、オレにとってはいいことなんて何も無かった、後悔ばかりが残る日だ。
 あんなことさえ言わなければ、今日オレは楽しく暢気に十六歳の誕生日を過ごせたのだ。それがたった一度のうっかり発言のせいで、お偉方に囲まれて延々後悔する誕生日になってしまった。これが楽しい日になるわけが無い。
 自業自得だというのは重々承知しているけれど、それでもどうにかならないかと思ってしまうのは諦めが悪いだろうか。

「父の遺志を継ぎ、旅に出たいというお主の気持ち、確かに受け取った」

 王は記憶を過去に戻すついでに、過去のオレと会話してきたらしい。
 この広間に来てからまだ挨拶しかしてないオレに対し、勝手になにやら頷いた王は真面目な顔でそんなことを言った。

 陛下。オレがそんな馬鹿なことを口走ったのは六年前です。
 十歳の子供の発言をそんなに真剣にとらないでください。
 っていうか、六年前のオレってば、どうして「オレが勇者になって親父の代わりに魔王を倒します」なんてだいそれたことを言ってしまったんだ。無謀すぎるぞ十歳のオレ!

「行け、新たなる勇者カイリ・マディリアスよ。魔王バラモスを倒してくるのだ!」

 オレの心の悲鳴が聞こえない王は、立ち上がるとばさりとマントをひるがえし、どこともしれない方向にひとさし指を突き付けた。
 その様子がかなり様になっている。
 もしかして、アリアハン王ともあろう人が、今日という日の為にわざわざ練習したのかもしれない。その様子を想像すると中々間抜けだったけど、愉快な気持ちにはとてもなれそうにない。まず第一に、この状況ではオレが一番の間抜けだからだ。

(駄目だ、自分に酔ってるよ…)
 王は指差しポーズを決めたままぴくりとも動かない。しばらくは決めポーズのままでいるつもりらしい。
 大臣や兵士達がこぞって拍手した。
 旅立つオレへの拍手なのか、王の決めポーズに拍手しているのかはわからないけど、憮然とするわけもいかないオレは曖昧に微笑んだ。
 とうとう、正式に王命が下されてしまったのだ

 どんなに泣き叫んで嫌がっても、オレは魔王とかいう化け物を倒す旅に出なければならない。
 何度も城に主張したって受け入れられなかったけれど、オレは成人したばかりの一般人だ。父が勇者だった。ただそれだけが特徴の、なんの変哲も無いガキなんだ。
 そんな奴に、世界征服を企む魔王が倒せるわけ無いじゃないか。

(現実を見てくれよ、頼むから。いい年齢の王様とか大臣とか兵士なんだからさぁ…)

 心の中で泣いても当然現実は変わらない。
 オレはため息を押し殺し、黙って恭しく頭を下げた。










 そもそも、何故オレが旅立つはめになったかという話を少ししたいと思う。
 かつてアリアハン王国にはオルテガ・マディリアスという勇者がいた。
 彼は世界中探しても滅多にいない「天地」という才能を持っていた。

 天地の才能を持つ者の事を天地属性者というけれど、一般的に天地属性のことは「勇者の才能」と呼ばれることが多い。
 何故かというと天地属性者は、生まれつき高い身体能力を持って生まれることが多く、その高い能力を生かして英雄や勇者と呼ばれる存在になる率も高く、それ故に後に生まれた天地属性者達も過去の勇者達と同じ「勇者の才能」を持つものだと期待されるからだ。

 オレの親父のオルテガは、その「勇者の才能」を持つ者達の中でも、かなり高い身体能力を持っていたらしい。勇者の才能をフル活用した親父は、世界中の人々を助けてまわり、彼こそは真の勇者だと讃えられた。
 勇者といえばオルテガ。そう言われるほどの有名人だったらしい。

 だが、オレが生まれた頃。
 突然現われた魔王を名乗る存在がネクロゴンド王国を滅ぼし、世界征服を宣言した。それまで大人しかった魔物がいきなり凶暴化し、新種の凶悪な魔物も沢山現われた。
 平和を取り戻すべく魔王退治に向かった親父だったが、彼は魔王バラモスの元に辿り着くことは無かった。六年前のあの日、親父の訃報が彼の従者の口によりアリアハンに伝えられたのだ。
 親父は魔物との戦いの最中、足を滑らせ火山の火口に落ちたと言う。

 当時、勇者である親父を尊敬していたオレは、泣きながら王様に親父の敵を討つ旅に出たいと言った。あっさりアリアハン王はそれを許して、オレはその日から二代目勇者としての修行を始めた。
 馬鹿なオレは大人になるにつれ、自分の言葉の恐ろしさを思い知ることとなる。
 稀代の英雄だと呼ばれた親父さえ倒せなかったバラモスを旅立ったばかりのオレが倒せるわけが無いことに、遅まきながら気がついたのだ。
 自分の宣言を取り消そうにも、アリアハン王は何故かすっかり乗り気だった。
 そして、オレが十六歳になり成人した今日。
 迂闊なオレは旅立つ羽目になったのだ。

 泣きそうな気分で王に礼をして立ち去ろうとした時、
「勇者カイリよ」
 呼び止められた。
 振り向くと決めポーズこそ止めたものの、相変わらず王はにこやかに微笑んでいた。その暢気さが正直忌々しい。

「一人で旅立つつもりか?」
「はい。そのつもりです」
 オレも表面上はにこやかに頷く。親父は殆ど一人旅をしてたというから、なんとなくオレもそれにならうつもりだった。

「そうか。だがお主はアリアハンの勇者といえどまだ若い。一人旅は辛かろう」

 王は今更、優しげに語りかけてきた。
 今すぐ先程の無茶な命令を取り消してくれれば、オレは辛い一人旅をしなくて済むと思うのだけれど、この王に限ってそんな優しいことはしてくれないだろう。
 言ってもわかってくれないだろうけど、オレに親父程の才能は無い。何の間違いかオレも天地属性で、勇者の才能を持つ者だけど、天地属性者が全員勇猛果敢な正義漢では無いことをオレはオレ自身で思い知っている。

 王は一人旅をするというオレの返事を聞いて、何故か嬉しそうに頷いた。
 得意げに笑って、彼はもう一度マントをひるがえす。マントのひるがえり方はやはり無駄に綺麗だ。
「そうだろうと思って、お主の供をこちらで用意しておいた。優秀な者達だ。少しは勇者の旅の助けになるだろう」
「は…、はい。ありがとうございます」
 予想外の王の言葉にオレは瞬きした。

 魔王退治の旅に仲間を連れて行くなんて考えたことがなかった。
 親父がほどんど一人旅だったから、オレは勇者は一人で旅をしなければならないものだと思っていたし、オレの周りも人間もそう思っていたのだと思う。だが、一番「勇者」に対して夢見がちな王自らが仲間を連れて歩く方がいいというなら、それも良さそうに思えた。
 確かにオレ一人より、共に旅をする仲間がいる方がきっと楽に旅が出来るはずだ。

 旅のリタイアはし辛くなるだろうけど、王に堂々と勇者認定を貰ってしまった以上、オレみたいな一般人でも一般人なりにやれるところまで頑張るしかない。
 今更、仲間という枷の一つや二つ、増えてもどうってことはない。
 アリアハン王が用意してくれた仲間は、街の中にあるルイーダの酒場でオレを待っているという。一国の王が集めたのなら、優秀な人物のはずだ。どんな人物なんだろう?


 その後、城の中の人々に少し応援の言葉を貰い、城内の知り合いに軽く挨拶してからオレは城を出た。王の準備してくれた仲間に会う為、アリアハン城下町の外れ近くにあるルイーダの酒場に向かう。
 今日オレが旅立つことを知っている人達にも声をかけられる。曖昧に応えながらしばらく歩いて、やっとルイーダの酒場に着いた。

 外に出る外門近くの繁華街にルイーダの酒場がある。
 その名の通りルイーダという女性が主をしている酒場だけど、アリアハンにとってそれだけの店ではない。
 ルイーダの酒場は、冒険者や遺跡荒らし、傭兵やならずもの。そういった職業につく者達を管理している店なのだ。酒場という体裁をとっているけど、他国で言う登録所としての役割を担っている。
 アリアハン大陸は他国よりも段違いに治安がいい。治安のいい国では傭兵や冒険者のようなはぐれ者達は活動し辛い。
 職を得られない彼らが犯罪者にドロップアウトするのを防ぐ為に、ルイーダの酒場は他国の登録所よりも広範囲に旅人を拘束し、フォローする仕組みを組み込んだ。

 アリアハンで活動する旅人や戦士は必ずルイーダの店に登録しなければならない。登録しない旅人は正規の国内滞在者として認められず、国から不審人物として追われることになる。その代わりルイーダの酒場で登録さえしていればかなり自由にアリアハンを歩いて回れる。
 魔王が現われてから鎖国したアリアハンだったけど、年に何度か船は来るし、この物騒な御時世だから傭兵の数も増えてきた。
 その物騒な奴等が街で悪さをしたらルイーダの酒場の名簿に記録され、記録から王宮に手配が回る。
 ただルイーダの酒場は、他国の登録所と違って冒険者達に情報や仕事を売ったり、身の回りの品々を売却する等の斡旋も行う。旅人を管理するだけでなく、庇護もするという飴と鞭の使い分けにより、かなりしっかりしたシステムとして機能している。

 家から近いとこにあるのでどんなところかは知ってるけど、一応「酒場」だ。成人するまでアルコール禁止と母さんに煩く言われてたオレは、今まで中に入ったことはなかった。
 だから今日がオレのルイーダの酒場デビューになる。

「あら。いらっしゃいませ」
 木製の戸を引いて、酒場の中に首を出したオレを涼やかな声が出迎えた。明るいところから急に暗い所に入ったから、中の様子は暗くてよくわからない。
 もう二、三歩中に入って、オレは声の主を見た。波打った紺色の髪が色っぽい。肌にぴったりとそった形のドレスを着た見た目は三十歳程の美女。彼女がこの店の主人ルイーダだ。

「こんにちは」
「こんにちは。ルイーダの店にようこそ、勇者様」

 色っぽく微笑まれてドキドキする。
 城から連絡が先にいっていたからだろう。彼女はオレを勇者と呼んだ。オレは自分のことが勇者とは思えないから変な感覚だけれど、王宮から勇者としての認定だけはされているから、そう言われても仕方ない。

「あの、お城が用意してくれたっていう戦士の方々は、もう来てますでしょうか?」
 ルイーダの露出した肩やら胸の谷間やらをなるべく見ないように、オレは目的を言った。彼女のはりのある肌はとても実年齢四十二歳には見えないとつくづく思う。
 オレのさまよう視線に気づいてないのか、気づいてない振りをしてくれているのかはわからないけど、ルイーダは笑顔でオレを見た。そして底の見えないミステリアスな笑顔のまま、オレから目を逸らせた。
 嫌な予感がする。

「勇者様、成人おめでとうございます。誕生日と旅立ちのお祝いに、このルイーダから心ばかりのお祝いをさせていただきますわ。今日は何をご注文されても、御代は要りません。何か飲み物はいかがでしょうか?」
「ありがとうございます…。でも仲間は…」
「よく聞いて、勇者様」
 急にがらりとルイーダの目つきが変わった。口調も変わる。

 オレに視線を向けないまま早口でお祝いを言ってくれていた彼女は、観念したように息を吐いてから、オレの目を見た。
「私も色々な冒険者を見てきたけど、仲間の相性って、とても大事だと思うのよ」
「はあ…」
 何が言いたいのかわからないオレは首をかしげる。
「だから旅の途中で仲間の面子が変わるのはよくあることなのよ。最初に組んだ仲間と最後まで一緒に行かなきゃいけないことはないの。それどころか、相性のよくない仲間との別れは早ければ早い程いいわ。王様もそれはご存じだと思うし、お城の方にもそう説明しておいたからね」
「ええと…」

 戸惑っているオレには気がついていると思う。けれどルイーダは言った以上の説明はしてくれなかった。
 もう一度だけため息ついて、彼女は唐突に、一度砕けさせた空気を元のミステリアスなものに戻す。

「お城からは三人の仲間候補が、二階の個室で勇者様をお待ちしています」
「ありがとうございます…」
 ルイーダが何を言いたいのか理解できてないまま、彼女に礼を言って階段を上がる。物言いたげなルイーダの視線がオレを追いかけてきていたけど、今何かを言うつもりはないみたいだ。


 ノックをして部屋に入って、そしてやっとルイーダの言葉の意味をオレは理解した。
「来たか」
 にやり。と笑いながらオレに声をかけて来たのは女にだらしないことで有名な貴族出身戦士。奥に座っているのは成金宮廷司祭の高飛車娘と、エリートであることを鼻にかけた魔術師だ。そしてさらに彼らの取り巻きだか召使だかが数人部屋の中にいた。
「優秀…?」
 確かにアリアハン王宮では優秀に立ち回っている奴らだろうけれど。

「王の手前、アリアハンを出るまでは我慢なさい。おすすめメンバーチェンジポイントはロマリアよ」
 酒場を出る時に、ルイーダはオレだけに聞こえるよう囁く。

 もしかしてアリアハン王はオレに悪意を持っているのかもしれない。
 嫌味なほどに晴れ渡った空の下で、オレは真剣にそう考えた。









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