「じゃ、行きましょうか…」
 売られていく子牛のような気持ちで、オレは「仲間」達を見渡した。
 アリアハン城下町出口までやってきたけど、やっぱりこの仲間達では旅なんて無理ですとアリアハン王に泣き付こうかと考えて結局諦めた。彼らは王様のつけてくれた「仲間」だ。ルイーダの言う通り理由もなしに同行を断るわけにはいかない。
 せめてロマリアくらいまでは連れて行かないと王の面目を潰しかねない。

 人数が増えた分、雑貨も扱うルイーダの店で食料や薬草類を買い足した。同情した様子のルイーダが、結構な量を半額で売ってくれた。彼女には頭が上がらなくなりそうだ。

「馬車はどこだ?」
城下町を出てすぐ、仲間の一人、魔法使いのブルディードが聞いてきた。
「馬車?」
「レーベまで行くのだろう? まさか歩いていくつもりじゃないだろうな」
「いや、歩いていくつもりですけど?」
というか、馬車で行くつもりだったのか?

「なんだと? 僕を歩かせる気なのか?」
 僧侶マリアベルを見ると彼女も顔をしかめている。貴族出身戦士のレドリックが肩をすくめた。彼らにすると徒歩で旅をしようとしているオレの方が非常識に見えるようだ。
「アリアハン王国を出るのに誘いの洞窟を通って行く様にと陛下に言われてます。洞窟は馬車で入れないんですから、徒歩で行くのが当然でしょう。だいたい魔王退治が目的の旅なんですから、険しい道も通るかもしれないんです。馬車で移動するわけにはいかないですよ」
 特に今から向かうレーベの村なんて一般市民であるオレでも行ったことがあるような近所だ。国から国へと旅をするつもりなのにレーベぐらいまで歩くのが嫌だと言われたらどこにも行けない。
 …そうだ。

「という旅なんですが、それでもついてくるんですか?」
「……」
 ブルディードとマリアベルは二人とも嫌そうな顔をしたけど、行かないとは言わなかった。
 ただ、まだくっついてくるお付の人達の方が煩い。ブルディード様を歩かせるつもりだなんてだとか、お嬢様にこんな旅をさせるなんてとか。

「もしかして、後ろの人達も付いてくるんですか?」
「この者達は僕の身の回りをする専属の従者達だ。当たり前だろう」
 当然といった顔をしてブルディードが頷いた。連れている従者の数が一番多いブルディードは、十数人のとりまきを連れていた。中に二、三人は剣を佩いている人もいるけれどほとんどはどう見ても非戦闘要員だ。

「しかし、カイリが馬車を用意していないならば、こちらで準備しておいて正解だったな」
 なにやら頷きながらレドリックが遠くを見た。通りの向こうから貴族用の豪華絢爛な馬車が十台程やってきているのを見て、オレは本気で眩暈がした。



 レーベ村はアリアハン城下町から近い所にある。オレの足なら、早朝に出て三日後の夜に着くくらいだ。馬車があるから野宿でも問題ないだろうと楽観視していたオレは、彼らの非常識さに出かけた当日から困らされることになった。

「野宿だと?」
 機嫌悪そうに魔法使いのブルディードが言った。
 王の準備してくれたこの魔法使いは、黒髪に黒い瞳の痩せた男だ。旅には向かない豪華な刺繍のほどこされた長衣を着込み、いつも馬車の上でふんぞり返っている。言動は尊大で、行動は我侭。そしてオレ達の中で一番煩かった。
 空が暗くなってきたから今日はここで寝ようと言ったオレに、わがままな魔法使いは素直に頷かない。外で寝るのは嫌だと愚痴を言い始めた。
 馬車があるのだから、その中で寝ればいいじゃないですかと言ったオレに対して、ブルディードの言った言葉は「枕が変わると寝られないのだ」という、神経質極まりない言葉だった。
 そんな繊細な神経をしているなら、旅に出ようとしないでほしい。

 ブルディード本人だけでなく、ブルディードのお付きの連中も煩い。デザートが食べたいだの、トイレが無いだの、馬車が揺れるだの、魔物が怖いだの。ありえないことばかり言う。
「ルーラかキメラの翼で戻ったらどうですか?」
「そうしたら、ここまで戻って来れないではないか」
 それで旅を続ける気になるのがよくわからない。

 まだごねるブルディードを何とか説得して馬車に戻し、食料は持ってきたそうだからそれを食べておいて貰う。ブルディードが文句を言いながらもオレには何も言わなくなった後は、レドリックが文句を言い始めた。
 王のつけてくれた二人目の仲間である、戦士レドリックは枕がどうとかは言わなかった。けれど、彼も外で寝るのに不満を感じていることには違いはなかった。

 レドリックは長身で金髪碧眼の優男だ。
 彼が所属していたというアリアハンの兵士隊は華々しい儀礼の場合にのみ立ち会う部隊で、全く戦闘の役には立たないというのはアリアハンでは周知の事実だ。魔物から国を守るちゃんとした部隊は、また別にある。
 それでも一応軍属だったレドリックはブルディードとは違い、彼のお付きの中には二人ほど剣が使えそうな人がいた。オレが一人でこのちょっとした旅団の夜の見張りをするというのは不可能だから、この二人にオレと交代で見張りをしてくれないかと言ったら、主であるレドリックにものすごく迷惑そうな顔をされた。
 彼は自分の家の家人を勝手に使うなと言いたげだったけど、それはレドリックを守るためでもあるのはわかっているのだろうか。

 レドリックの連れは多分兵士見習いのようなオレより一歳か二歳下くらいの少年達だった。悪い奴ではなさそうだったけど、当てにはならないように思えたので彼らが深夜まで、オレが深夜から朝まで見張る二交代制だ。
 どうしてオレはこんな大人数で旅をしているのに、夜の見張りで睡眠時間を減らしているのだろうと思って、オレは少し悲しくなった。

 三人目の僧侶マリアベルは、男二人とはまた違った意味で問題のある仲間だった。
 好奇心が強いのか、負けず嫌いなのか、彼女はどうもオレと同じように外を歩いてみたいらしい。
 宮廷司祭の家に生まれたお嬢様が長時間歩くことが出来るわけが無いのに、外を歩いて靴擦れを起こして、彼女の取り巻きたちに大仰に心配されていた。
 ちょっと見てみたけれど、マリアベルの靴はまったく旅には向いていない華奢な靴だった。それで歩くのは無理だと言って、無理やり馬車に押し込んだけれど、魔物が出てきたときは外に出ようとする。
 連れの乳母らしい女性が必死で彼女を引き止め、オレはマリアベルとその乳母を庇って戦う羽目になって、さらに大変になった。それに比べれば、さっぱり手伝おうとしないブルディードとレドリックのほうが扱いは楽かもしれない。
 …腹は、立つけれど。


 一日目はそれでもなんとか無事に過ぎたけれど、二日目にはまた別の問題が発生した。
 噂にも聞いていたから知っていたけれど、元兵士レドリックは相当な女好きなようで、彼は旅に出て即座に僧侶マリアベルを口説き始めた。
 確かに黙っていればマリアベルはかなりの美少女だ。
 人形のように整った顔つきと華奢な体型を持つ彼女は、今はおろされている青い髪を結い、ドレスでも着て微笑んでいればお姫様のように見えると思う。人を睨んでばかりの赤い瞳も、人によっては神秘的で美しいと褒め称えるだろう。
 けれどせっかくの美貌も、その性格のおかげでオレにはさっぱり魅力的にうつらなかった。
 
 オレに恨みでもあるのではないかと思うほど、マリアベルがオレを見るときの視線が険しい。オレの視線に気づいた時はさすがにもとの無表情に戻るけど、背中を向けると半ば殺気じみた視線を感じる。
 もしかして彼女は成金宮廷司祭の親辺りに無理やり旅立たされたのかもしれない。それでもオレを恨むのは完全に筋違いだ。
 できれば今すぐ帰って欲しい。

 レドリックは何を勘違いしたのか、マリアベルがオレを睨むのは彼女がオレに恋をしているからだと思ったらしい。彼女を口説きながら、時々オレのことをけなしているのが遠くに聞こえた。
 彼は隠しているつもりなのかもしれないけれど、背が低いだのぱっとしないだのという悪口は結構オレの耳に入ってくる。
 どうみても睨んでいるようにしか見えないマリアベルの視線をどうしてそう解釈するのかわからない。睨まれているのも気分が悪いし、悪口を言われるのも気分が悪い。
 ついでにいうとレドリックは好みではなかったらしく、彼に口説かれた後はマリアベルの機嫌が悪い。彼女に邪険にされているのに気づいたのか、口説いた後のレドリックも機嫌が悪くなる。それでもまだマリアベルを口説くレドリックの気が知れない。

 いらない方向にまめなレドリックは、オレの方にも予防線をはろうと思ったようだ。
 召使をオレの近くで会話させて、マリアベルの悪い噂を聞こえよがしに流してくる。
 どこまで事実か知らないけれど彼女の弟がろくでなしであることも、マリアベルの元婚約者が不審な死を遂げたことも、そんなことはどうでもいい。
 彼らに付きまとわれるくらいなら、魔物と戦っている方がまだマシだ。


 そして予定よりも大幅に遅れた五日後。
 やっとレーベ村に着いた時、オレは本気で泣きそうになった。

 レーベに一軒しかない宿屋にチェックインすると、ものも言わずに適当な部屋のベッドに倒れこんだ。ブルディードが何か煩く言っていたけど、村の中では別に危ないことは無いだろう。毎晩の夜間の見張りで疲れきったオレは、そのまま気絶するように眠り込んだ。

 一眠りしてから起きたら夕方だった。暮れる夕陽を見ながらこれから先のことを考えて、オレは憂鬱な気分になった。
 気合代わりに、城下町を出てからずっと繰り返していたアリアハン王を呪う言葉を吐き出して、ようやく起きる。オレは軽く着替えて部屋を出た。

 レーベの宿屋は二階建てで、一階が酒場兼軽食屋。二階が宿泊施設になっている。
 オレが一階に降りるとレドリックだけが食堂にいて、店のウェイトレスを口説いていた。
 もう何も突っ込む気も起きず、軽い夕飯のようなものを食べてからレドリックと宿屋の主人に、今から外出するけど今日中には帰ってくることを伝言した。



 レーベの村になぜ来たかというと、この村には引退した元宮廷魔術師であるダルファ先生がいるからだ。ダルファ先生はオレの祖父の親友である爺さんで、オレの親父の魔法の先生。そしてオレの魔法の先生でもある。
 まあ「天地」属性の奴等なんて、ダルファ先生ぐらいの腕きき魔法使いじゃないと面倒見切れないというのが、親父とオレの親子を両方面倒見てきた理由だろう。

 このダルファ先生は世間的には年が年だから城仕えを引退して、後はレーベで老後をゆったり過ごしていると世間的には思われているけど、実は違う。
 彼は大陸と地続きで無いアリアハンから海路とルーラ以外で唯一脱出する方法である「旅の扉」の番人をしているのだ。
 「勇者は旅の扉から旅立つべし」という昔からの言い伝えがアリアハンにはあるようで、オレは王にも旅の扉を通って外に出て行けと言われていた。
 王への敬意が砂粒よりも小さくなった今となっては、意味のわからない王の言葉に反抗したい気もするけど、旅立つ前に先生には会っていきたい。
 オレは久しぶりに先生の家を訪れた。


「遅かったのぅ、カイリ。途中で何かあったのかと思い、心配したぞ」
「先生っ!」
 先生の顔を見て、押し殺していた不安が爆発した。人目もはばからず先生に抱き付く。
 あ、ちょっと涙出てきた…。

「おいおい、どうしたのじゃ。久しぶりとはいえレーベに来るのは慣れているじゃろう?」
 慣れているから、ここまで来れたんだ。
 これが知らない村だったらと思うとぞっとする。
「まあ、落ち着いてよ」
 先生の薄い体に抱き付いていると、先生の娘であるレナがお茶を持ってきてくれた。
 彼女の声に赤面したオレは、慌てて先生から離れる。
「宿屋のほうが騒がしかったわ。彼らはあなたの連れなのでしょう?」
「困っているようじゃな。まあ、話してみろ」
「先生っ!」
 今度こそ涙が出てきて、もう一度オレは先生に抱き付いた。



「あー。ちょっといいですか?」
 先生の家でちゃんとした夕食をご馳走になってから、オレは嫌々宿屋に戻った。
 昼とは違うウェイトレスを口説いているレドリックに声をかけ、個々の部屋にいたブルディードとマリアベルを一階の酒場に呼び出した。彼らがくれば当然お付も何人かついてきた。正直、かなり鬱陶しい。
 酒場と言ってもレーベに住む人間が仕事あがりの一杯を楽しむ為のような店だ。
 オレは彼らと顔見知りだったから、頼めば放っておいてくれる。
 今からオレはこれからの旅について話さなければならない。

「大丈夫ですか?」
 とりあえず再三止めたにも関らず歩きまくって靴擦れを起こしたと乳母が喚いていたマリアベルに様子を聞いてみた。靴擦れは彼女自身がホイミで治したらしい。
「ええ。もちろん」
 途端、不機嫌そうにマリアベルが頷く。
「ええと、それからこの先の話なんですけど、ルイーダの酒場で話した通り、アリアハンを出るには旅の扉を通らなければいけません。それには魔法の玉が必要です。」
「魔法の玉?」
「ダルファのジジイだけが作ることのできるとかいう誘いの洞窟の封印を解く為の魔法具だろう。そんなことも知らないのか?」
「………」
 嫌味な口調で解説するブルディードをマリアベルは悔しそうな顔で睨んだ。
 ますます尊大ぶるブルディードを見ないふりをしてオレは言葉を続ける。

「その魔法の玉なんですが、準備するのにあと三日程かかるそうです」
「は?」
 三人ともが驚いた顔をして、疑問は結局レドリックがぶつけてきた。
「近日中には勇者が旅立つことはわかっていたのだろう。準備してなかったのか?」
「魔法はデリケートなものなんですよ。ねぇ、ブルディードさん」
「まあな」
 持ち上げれば予想通りブルディードが同意した。むかつく奴だけど、そろそろ攻略法はわかってきた気がする。

「魔法の玉が出来上がるまでのことなんですけど、オレはダルファ様に使いを頼まれているので、ちょっと一人でナジミの塔まで行ってきます」
「なんでお前が?」
「一応弟子なので、まあ旅立ち前の孝行ですよ」
 と、先生が用意してくれた嘘を言う。

「ただのお使いなので二日くらいで帰ってきます。皆さんはレーベでゆっくりしてて下さい」
「そうか」
 歩くウェイトレスを目で追いながらレドリックが鷹揚げに頷いた。頼むからオレが出ている間に犯罪には手を出さないでいただきたい。

「まあ、いいだろう」
 偉そうにブルディードも頷いたけれど、
「どのような塔かは存じ上げないですけれど、貴方ひとりで平気ですの?」
 マリアベルに心配された…のだろうか?
 相変わらずこちらを睨み付けてきていることから考えて、ただ単に文句をつけたいだけなのかもしれない。
「大丈夫。何度か行ったことのある場所ですから」
 説得するようににこりと微笑んだら、余計に睨まれた。文句は言わなくなったけど。



 翌日も昨日と同じような快晴だったけど、昨日とは段違いに空気が爽やかだ。
「一人って、素晴らしい〜っ!」
 草原で一人、思わず叫んだオレは絶対に悪くないと思う。

「おおっと」
 叫んでいると岩影からピョンピョンと二匹のスライムがやってきた。
 一応それなりに剣を使えるオレにとっては油断さえしなければ全く怖くない魔物だけど、昨日までは酷かった。
 マリアベルは初めて魔物を見たらしく、馬車から出てきたのはいいものの硬直して何もしないし、ブルディードは自分の出る幕ではないとかいって馬車から出てもこない。レドリックは汗臭くなるのが嫌だとか言う理由で自分の方にきた奴としか戦わない。

 全くやる気の無いブルディードと、最初から戦力外のマリアベルとそのお付達をかばいながら、一人戦うオレ…。
 駄目だ。また涙がでそうだ…。

 誰もかばう必要のないオレはルーラの魔法でナジミの塔の前に来て、塔を見上げながら思った。
 やっぱり自由って素晴らしい。






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