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アリアハン城下町の真西にある内海に小さな島がある。島には石造りの塔がひとつ。寂しく建っている。 距離的にはレーベよりもアリアハン城下町に近い場所に建っているナジミの塔は、昔からある古い塔だ。 何の為に建てられたのかは不明だけど十数年前まで国が管理していた塔は、バラモスが現われた頃から兵士不足を理由に放置されている。 そんな場所に行き場の無い無法者が住み着くのは当然のことで、つい数日前までこの塔にはバコタと言う男が率いる盗賊団が住み着いていた。 バコタ達はアリアハン城下町を主に荒らまわっては塔に戻っていっていた。その逃げ足の早さから、普段は塔に住んでいることが知られているにもかかわらず兵士達も捕らえられずにいたのが、数日前までのこと。 一週間ほど前、バコタを含む盗賊達が簀巻きにされて兵士の詰め所前に転がされているのが、朝の見回りをしている兵士達により発見された。 捕まったバコタとその部下達が言うには、何の前触れもなく唐突に一人の男が塔に押しかけてきたという。 やって来た男はバコタに喧嘩を吹っかけた。バコタは部下に命じて不埒な進入者を片付けようとしたけれど、ありえないことに男は一人でバコタの部下を全て倒してしまい、バコタ自身もその男に倒されてしまった。普段盗賊達が使っていた船に乗せられたバコタは、アリアハンまで男に連れてこられ、兵士の詰め所前に転がされたという。 新たに現れたバコタ盗賊団より更に強い無法者に、アリアハンは戸惑っている状態だ。 その男に会う為、オレはナジミの塔に来ていた。 いくら途中で別れようと決意していても、あのろくでもない仲間達を連れてレーベ以降の旅路を歩むのはかなりきつい。 馬車もなくなるし、アリアハンを出れば襲ってくる魔物はもっと強くなる。オレ一人では彼らを守りきれない。 塔に住み着いた奴がどんな人物かはわからないけど、バコタ達を一人で倒したならとても強い筈だし、先生の情報だとその男が塔に住み着いてから、レーベ周辺の村にも城下町にもバコタが住んでいた時のようなトラブルは起きてないという。人柄にしたって大抵の奴はレドリック達よりはマシな性格をしてるに違いない。 つまりオレは、彼に仲間になってくれないかと頼みに来たのだった。 「…にしても、魔物の多い塔だな」 人が住んでいる割に、ナジミの塔には魔物も沢山住んでいた。 先生に連れられて何度かこの塔に来たことがあるけれど、数年前に先生ときた時と比べて塔に住み着く魔物の数が増えた。種類も変わった気がする。 風雨と足跡で削られた石の階段を上りながら、魔物を見つけたオレは顔をしかめた。 ナジミの塔には平原には出て来ない魔物も出てくるようになっていた。 平原に出ないけれど塔に出る魔物、その代表みたいな奴がバブルスライムだ。緑色の水溜りのような外見をしたこの魔物はスライムの一種だけれど、こいつらは毒を持っている。 オレだって一つか二つの毒消しならば旅立つ時に準備してきている。毒は受けないように気をつけて戦ってはいるけれど、集団で来られるとそれも間に合わない。 塔には他の魔物も随分出てきて、オレ一人では裁ききれなかった。 何度も戦い、何度も階段を上がって、やっと最上階についた時には手持ちの毒消しは尽きていた。 その上、手持ちの薬草も尽きていた。回復魔法はホイミだけは使えるけど、もう魔法を使う気力がない。これ以上魔法を使うと、今度は精神疲労で気絶してしまう可能性が高い。 「ちょっと調子に乗り過ぎたかも…」 数年前と塔に住み着く魔物の種類が変わっているとは思わなかった。 この塔を一人で上るのは今のオレでは厳しいことにオレは今更気がついている。 キメラの翼は持っているけど、建物の中では使えない。 それに、目的も果たさないでレーベには帰りたくない。 よろめきながらもしつこく襲ってくる魔物を力任せに叩き切り、返す刃で他の魔物の影から出てきたバブルスライムに剣を突立てた。 「ど…く…」 倒す時にバブルスライムに触ってしまった。指先からまた毒が体に入ったらしい。最後の気力で自分にホイミをかけたけど、気持ち悪さで足元がふらついた。 「さいじょうかい…」 バコタを追い出した男は、毒消しと薬草を持っているだろうか? こんな塔の上に住んでいるのだから持っているに違いない。 というか持ってないとオレが死ぬ。 目的が変わってしまった頭でものを考えながら、最後の気力を振り絞って扉を押す。 ふらついた足で、オレは最上階にある部屋の中へ歩き出した。 記憶にあるよりも殺風景な部屋だった。 よく分からない文字のような細かい模様が一面に描かれた壁は痛んでいたけど、絵の具の色は下の階に比べたらまだしっかりとついている。 少し埃っぽい部屋の隅にゴミみたいなガラクタが積み上げられていて、中央には大きな長椅子があった。 「寝てる…?」 長椅子に寝転がって、男が一人寝息を立てている。 手を置く部分に頭を乗せ、反対側の手を置く部分からは彼の足がはみ出していた。 オレは少し近寄って眠る男を観察してみる。 年齢は二十くらいだろうか。前で襟を合わせるタイプの武闘着を着ているから、おそらくは武闘家なのだろう。決して小さくは無い長椅子からはみ出す手足は長い。長いだけでなく筋肉もついていて、寝息に合わせて上下する胸にもしっかりと筋肉はついていた。 長いこげ茶色の髪を女の子みたいに三つ編みにしているけど、顔は男らしい精悍な顔つきだ。 背が高いのが羨ましい。 「ん…?」 人の気配を感じたのか、男が目を覚ました。 緊張して身構えたオレを彼は眠そうな目で眺める。なんとなくオレは眠っていた男を見つめ返してしまい、オレ達は見詰め合ったまましばらくじっとしていた。 だが、唐突に、 「なんだ…。いつもの夢か」 そう、男は呟いた。 完全に目が覚めていないのか、男の視点があっていない。オレを見ているようで見ていない。何か遠くの別のものを見ているような気配がした。 ゆっくりと息を吐き出した男は身を起こし、椅子の前に立つオレと向い合うように座った。男が静かに見上げた視線に、何故かオレは緊張した。 男の視線は未だ定まっていない。 オレを見ているのに、彼の視線はオレを通して別のものを見ている。 見守るオレの前で、男は懐から銀色の鍵を取り出した。その鍵をオレの前に差し出す。 「俺はこの鍵をお前に渡す夢を見た」 淡々と、決められたことを読み上げただけのような、そんな声だった。 男の視線に負けて、オレは鍵を受け取った。 手の中の鍵を見てみる。不思議な形をした鍵だった。 「その鍵は、盗賊バコタが作った「盗賊の鍵」。きっとお前の役に立つ筈だ。持っていくといい」 戸惑うオレに頓着せず、オレの方を向いたまま彼は言う。 相変わらず声に抑揚は無い。視線も遠くを見たままだ。 男を見つめ返すオレは、無意識に頷いていた。 武闘家の格好をしているけれど、彼からの言葉は神父様に言葉を貰った時のような気分にさせる。 頷いた拍子に、オレは体の中の毒のことを思い出した。 先ほどから意識がぼんやりとし始めている。 もしかして、毒の影響がかなり強く出始めているのかもしれない。 寒気がしてきて、頭も痛い。死の恐怖にオレは震える。 「赤の太刀を炎に投げ入れ、光をかざし闇の衣を祓え…」 男はなおも予言めいた託宣を続けるけど、毒で朦朧としているオレにはすでに言葉が理解できない。 「すいません。毒消しを持ってないでしょうか…」 なんとかそれだけ言ったところで視界が暗転する。 オレは気絶した。 「おい、大丈夫か?」 目を開くと前にいる知らない男…ではないか。 気を失う寸前に話したお下げ髪の男がオレを見下ろしていた。 視線だけで周囲を見渡す。オレのいる場所は変わっていない、相変わらずナジミの塔の最上階にある殺風景な部屋の中にオレはいた。 先ほどまで武闘家が寝ていた長椅子に、今度はオレが寝転んでいる。 男は、オレの目の前で古びた金属製のコップのようなものを持って立っていた。彼はもう、先ほどまでのような不思議な空気を持っていない。緑色の優しそうな瞳が、オレを見て少し細められた。 なんだか急に倒れた自分が恥ずかしくなってきて、オレは椅子から身を起こそうとして、ふらついた。男が笑いながら、起き上がろうとするオレを支える。 「こら。急に起き上がるなよ。覚えているかどうかはわからねぇけど、お前は毒におかされてたんだ。俺が毒消し持ってなかったら危なかった」 ということは、やっぱり彼は毒消しを持ってたのか。良かった。 改めて意識してみると、確かに毒の回るくらくらした感じはなくなっていた。 「これ飲みな。体力回復にいい薬草を煎じたやつだ」 起き上がって長椅子の上に座り直すと、彼は持っていたコップをオレにつきだした。コップの中身は緑色のどろりとした液体。アリアハンでは割とポピュラーな薬草を煎じたものだ。 飲み込むと相変わらず青臭くて苦い。顔をしかめながら苦労して飲み干すと、上で笑う気配がした。 「ありがとうございます」 コップを返しながらお礼を言うと、男は笑いながら首を振った。 「困ったときはお互い様だ」 そして受け取ったコップを見て、中身が全てなくなっていることを確認してから彼はオレに笑いかけた。 「ところで、大丈夫なのか? …あ〜、お前の名前は?」 「えっと…」 そういえば、お互いまだ名乗っていない。 少し照れたオレは椅子に座ったまま恩人に微笑みかけた。 「オレの名前はカイリです」 名乗ると男も微笑み、彼は片目をつむって見せる。 「俺はフェンインだ。で、カイリ。体調はどうだ?」 「おかげさまで」 「そうか…。なら良かった」 もう一度フェンインは微笑んだ。彼の瞳は優しい。先ほどの不審な様子が夢だったかのように、フェンインはにこにこと微笑んでいる。 オレの直感が告げる。 いきなりやってきたオレを親切に介護したことといい、優しそうな笑顔といい、フェンインは絶対にいい人だ。この人と旅をすればきっと今よりずっと楽しく旅が出来るに違いない。 「この塔には平原にいる奴より、強い魔物が住み着いているんだ。お前みたいなガキが一人で来たら危ないぞ。保護者はついてきていないのか?」 オレの事情を知らないフェンインは、コップを片付けながら世間話のように話を続ける。 その声は柔らかく、一人で来たオレを責めているのではなく、彼が本当にオレを普通に案じてくれているのがわかった。 家族以外では久し振りにガキ扱いされた。 未来の勇者だということで、家族以外の人々はかなり前からオレを子供扱いしてくれなくなっていたから、なんだかくすぐったい。 先生と家族以外に、こんなに普通に身を案じてもらったのは久しぶりな気がする。 いくら十六歳で成人として認められるからといって、オレはまだ親父の半分も生きていない。 そんな子供に魔王を倒せって期待するのは、我ながら結構無茶なことを期待されていると思う。 具体的に言うと、どこぞの陛下。街の人々も止めてくれなかったし。 「大丈夫か?」 つい今までのことを思い出してしまい悲しくなっていると、フェンインが心配そうな顔でオレの様子を見た。 慌ててオレは首を振る。 「はっ! いや、大丈夫です。久し振りに子供扱いされたのが嬉しくて…」 「お前、変わってるな。普通、お前くらいの年なら子供扱いされたら怒るだろうに…」 腰に手を置き、呆れたように言うフェンイン。 呆れてはいても顔はやはりオレを心配してくれていいるように見えて、オレは小さく笑った。 子供と言われたけれど、年寄り臭いことを言っている彼もオレとそんなに年は離れてないと思う。 「一週間ほど前に成人したから保護者はいないです。ナジミの塔には一人で来ました」 「一週間前って、随分最近の話だな。でも、この塔でてこずるぐらいなら、連れがいたほうが無難だぞ?」 「はい」 フェンインの忠告に大人しく頷いてから、オレは連れているはずの「仲間達」を思い出した。喚くブルディード、睨むマリアベル、ウザいレドリック。あいつらを連れて歩くくらいなら、一人のほうが絶対いい。 「でもオレは旅をしなければならないんです」 フェンインが首をかしげた。 一つ呼吸する。少しの会話の間にオレはこのフェンインのことをすっかり気にいっていた。 今までの連れがひど過ぎただけかもしれないけど、フェンインと話していると安心する。 オレは一人っ子だけど、兄弟ができるなら、こんな兄が欲しいなと思った。 勇気を出してオレは言う。 「だから、フェンインさん。オレの仲間になってもらえないでしょうか?」 「は?」 今度こそ、フェンインは仰天した。 一度彼は何か言いかけて口ごもり、手のひらを自分のあごに当ててじっとオレを見る。 「仲間って…お前の?」 「はい! あ、もしかして、この後に用事があったりしたりしますか?」 「いや…。無いけど」 よし。第一関門突破? オレを見つめたフェンインは、しばらく何か考えていたようだけれど、手をあごから外して腕を組んだ。彼は少し目を細める。 「なんか、訳有りっぽいな…。とりあえずもう少し細かい話をしてくれよ」 「はいっ!」 満面の笑顔でオレは頷いた。 とりあえずフェンインにも長椅子に座ってもらい、抱きつきかねない勢いでオレは、オレの旅の目的と、今の仲間達の話をする。話している途中でまた泣けてきた。 旅に出てから気付いたけど、オレの涙腺は案外緩いらしい。 ナジミの塔にきた理由までを話すと、フェンインは考え込んだ。 「勇者の…魔王退治ねぇ…」 そういえば魔王バラモスのことは、一般にはまだ噂レベルの話だっけ。 がしがしと頭を掻いてから、フェンインがオレを見る。 「で、お前はその酷い仲間とロマリアを目指さないといけない、と」 「はい…」 頷くオレにフェンインは、ため息をついたようだった。 「…じゃあ、俺のことも話しておくか。名前はさっき名乗ったな。今はこんなところで休んではいるが、普段は流れの武闘家をしている。ルイーダの店にも登録してるぜ」 やっぱり武闘家なのか。武闘家っていうのは、己の肉体を武器に戦う肉弾戦のスペシャリストだ。手足の筋肉のつき具合から見ても、フェンインは強そうに見える。 じっとフェンインを見上げるオレに、フェンインは笑いかけた。 「旅の目的は無いこともないが、あって無いような漠然とした探し物だ。アリアハンから出るのも問題ないが、王様につけてもらった「仲間」達っていうのが、気になるな。レーベにいるっていう、そいつらに会ってから決めてもいいか?」 「旅の目的はバラモス退治なんですけど、それは良いんですか?」 「そっちは、話が大き過ぎて現実味を感じなくてな…。まあ、こんな感じの条件で良ければ、レーベまでは送ってやるよ。悪いが、お前一人じゃ、この塔を降りるのも大変そうだしな」 確かにこの塔をオレ一人で降りる自信はない。 オレは嬉しくなって、フェンインに利き腕を差し出した。 「はい。よろしくお願いします!」 「そんなに喜ばれると、こそばゆいな」 言いながらフェンインも腕を差し出し、オレ達はしっかりと握手をした。 最上階でしばらく休んで軽い昼食を食べた後、オレとフェンインは二人で塔を降りた。こんな塔に住んでいただけあってフェンインは強くて、オレが苦労した魔物を素早く倒していく。 塔を降りる途中で、フェンインはオレに名前の呼び方は略称のフェンでいいといってくれた。丁寧に話されるような奴じゃないからと、敬語さえいらないという。 その優しいフェンと塔を降りるオレは、旅立って初めて誰かに背中を預けて戦うという経験をした。性格的にも能力的にも当てにならないレドリック達とは決して出来なかったことだ。背後を気にしなくてもいいのはすごく楽で、剣を振るう心にも余裕が出来た。 オレは嬉しくて相当浮かれていた。浮かれ過ぎて塔を降りるのも遠足気分だったりする。 フェンのお陰で、怪我することもなくオレ達は塔の外に出た。レーベにいるレドリック達には明日帰ると言ったし、あいつらと顔を合わすのは嫌だ。だけど、いくら先生がいるとはいえ、長い間彼らから目を離しているのも心配だ。 「フェン。レーベに行ったことある?」 「何度かは」 「じゃあ、キメラの翼を使うね」 ルーラをする気力が残っていないオレは、荷物の中からキメラの翼を取り出した。 魔法のルーラと同じ効果があるこのアイテムは、ルーラと違って飛ぶ人の全員が同じ場所をイメージしないといけないから面倒だ。 「レーベの外れの物見やぐら。覚えてる?」 「おう」 「じゃあ、行っきまーす!」 記憶された簡易呪文を呟き、オレはキメラの翼の力を開放した。 転移魔法の青い光が、オレとフェンを包む。 光が消えると、オレ達はイメージ通りにレーベの外れに立っていた。 なんとなく顔を見合わせて笑い合い、オレ達は宿屋へ向けて歩き出した。ナジミの塔で戦う間に思ってたけど、オレとフェンは何かとタイミングが合いやすい。多少主語を飛ばしても言葉の意味が通じるし、戦闘でもうまく連携できる。彼が合わせてくれているのかとも思ったけど、そうでもないみたいだ。 仲間になってくれる件は今のところ高感触。 オレはとても幸せな気分になった。 [ next ] |