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村についたのは午後のお茶の時間からしばらく過ぎたくらいの時間だった。昨日この村についたのもこれくらいの時間だったように思う。 帰るのは憂鬱だったけれどフェンと並んで宿に戻る。宿の一階にある食堂の中にいる「仲間」は戦士レドリックとそのお付の人達だけだった。 レドリックは食堂のウェイトレスに何事か話しかけているようだ。 オレが帰ってきたことに気づいてはいるようだけど、ちらりとオレを見て彼はすぐウェイトレスに向き直った。 一瞬彼が嫌な顔をしたのは、まだマリアベルについての誤解を気にしているからだろう。 帰ってきたオレに誤解で嫌な顔をして、昨日まではマリアベルに甘い言葉を囁いていたくせに、レドリックは今、食堂のウェイトレスを必死に口説いているようだ。オレは彼に呆れる。 店に置いてある銘柄はどれも不味いだの安いだの散々言っていた割に酒も飲んでいたようだ。お付の人達も含めて頬が赤くなっている。昼間から酒を飲むなんていいご身分だ。 余り良い酔い方をしていないようで、彼らに絡まれているウェイトレスは迷惑そうな顔をしていた。栗色の髪を纏め結いした美人だけれど、何度もここに来ているオレでも彼女があんなに酔客を嫌がっているのは初めて見る。 こんなに迷惑な人間と旅をするのは誰だって嫌だ。 もしかしてこんな連れのいるオレと旅をするのを嫌がられるかもしれないと心配になって、オレは隣に立つフェンを見上げた。目で、あの迷惑客が「仲間」なのかと聞かれたので、オレはしぶしぶ頷いた。 レドリックに視線を戻したフェンが眉間にしわを寄せる。 しばらくレドリックを見ていたフェンは、レドリックのほうに歩き出した。ウェイトレスを無理やり引き寄せようとしていたレドリックの肩に手を置く。 「あんたが、レドリック?」 「誰だ、貴様」 酔って更にだらしが無くなった目で、レドリックはフェンを見た。 彼らの身長は同じくらいだけれど、鍛えられた身体をしゃんとのばして立つフェンと、筋肉のついてない体でだらしなく立つレドリックでは格好よさがまるで違う。 それはウェイトレスも同感のようで、彼女はフェンに少し見とれた後、仕事を思い出してそそくさとその場所から離れた。 逃げられたことに気づいたレドリックが舌打ちする。彼はフェンの手を乱暴に振り払った。 「貴様、庶民の分際で軽々しく私に触れるな」 貴族の本音というやつだろうか。 酔っているにしても酷い物言いだ。お付の人達も次々に汚い言葉をフェンに浴びせる。 「レドリックさん。何をしているんですか?」 「勇者様か」 黙っていられなくなって口を出したオレを見て、レドリックは鼻で笑った。フェンが良い人なだけにレドリックの態度の悪さが際立つ。 「フェン。彼が戦士のレドリックさんです」 「なんつーか。予想以上だな」 一応きちんと紹介しておいた方がいいだろうと思って、紹介したくなかったけどオレは「仲間」のレドリックをフェンに紹介した。 オレの苦労を汲み取ってくれたのか、フェンが励ますように微笑みかけてくれた。 やっぱりフェンはいい人だ。 「カイリ。誰だこの無礼な庶民は」 オレ達の会話を聞いて、レドリックはフェンを指差した。 礼儀について、彼に何かを言うことは出来ないと思う。フェンはただ黙って肩をすくめた。 「武闘家のフェンインさんです。ナジミの塔でオレを助けてくれた人で、今もここまで送ってくれたのですよ」 「こいつのように胡散臭い男に助けてもらうとは情けない。私がいないとやはり頼りないのだな」 「……」 腹は立つ。けれど、旅立ってから五日の間に彼らの暴言に慣れてしまった。 苛立ちを押し殺して、オレは無言でフェンを見上げた。 心配そうな顔をしていたのかもしれない。フェンは励ますようにオレの肩を叩いてくれた。 苦笑を笑顔に切り替えて、フェンはレドリックに再び向き合う。 「そう言うなよ。今日から俺も勇者カイリの旅に同行するつもりなんだからな」 「フェン!」 思わずオレは彼の名を呼んだ。 優しい彼が一緒に旅をしてくれるんだ! フェンと一緒に遺跡を探検したり、街をぶらぶら歩いたりすることをオレは想像する。レドリック達とレーベの宿で食事するよりも、百倍は楽しそうだ。 「本当についてきてくれるんだ?!」 「おう。ま、放っておくにはあまりにもな気がするしなぁ」 「ありがとう!」 オレは感激してフェンに抱きついた。 アリアハン城を出てから嫌なことばかりだったけど、神様はオレを見捨ててなかった。 食堂にいる他の客が変な目でオレ達を見ているような気もしたけど、全然その視線が気にならないほどオレは喜んでいた。すごく嬉しい。 ただ、フェンは若干周囲の目を気にしたようで、やんわりとオレの腕は外される。 そうだ。ここで彼に嫌われてはいけない。 少し落ち着いたオレはにこにこしたまま、腕を外す。 オレは嬉しかったけれど、レドリックにとってはフェンの宣言は不愉快なものだったらしい。 彼の百倍は爽やかなフェンを失礼なことに胡散臭そうに見て、不機嫌そうに鼻を鳴らす。 「カイリ。正気か?」 「ええと、どういうことですか?」 「そんな得体の知れない男を魔王退治の旅に連れて行くなど、正気と思えないと言っている」 「…は?」 オレは訳のわからないことを言うレドリックを見上げた。 フェン同様、オレよりも背の高いレドリックはその高い身長に物を言わせて、上から見下ろしてくる。 「どうせ見た目通り、薄汚い人格の男なんだろう。陛下から頂いた準備金や、我らの荷物を盗む為にお前に擦り寄ったに違いない」 彼はフェンを見る。 「まだ成人したばかりの世間知らずな勇者は騙せても、私の目は誤魔化せないぞ、下等な庶民め」 「…はあ?」 レドリックの取り巻きたちは彼の言葉に賛同し、褒め称えた。 金髪の貴族出身戦士の言っていることが全く理解できずに、オレは疑問だけを繰り返す。 「カイリ、いいから他の「仲間」達を呼んできてくれないか?」 開いた口の塞がらないオレに、フェンはレドリックの暴言を気にした風もなく気軽にそう言った。少し困っているようだったけど、フェンがオレと旅をするという宣言を撤回する様子は無い。 その事に安心したけれど、他の「仲間」を呼ぶことは気が進まなかった。 どうせブルディードもマリアベルもレドリックと同じような考えの主だろう。フェンを彼らに紹介すれば、高慢な三人の主人だけでなく、彼らの取り巻きもフェンを口汚く罵るであろうことが簡単に想像できる。 そんな目にフェンをあわせたくない。 「この戦士様ならひきつけておくから気にするな。さあ、行ってこいよ」 フェンは別の意味でオレが迷っていると思ったようだった。 気遣いはとても嬉しいけれど、これが三倍になることをフェンは許してくれるだろうか。 「…わかった。行ってくる」 「おい、待てカイリ!」 レドリックが静止する声が聞こえるけれど、無視した。 気が重いけれど、オレは二階に他の「仲間」達を呼びに行く。 魔法使いブルディードと僧侶マリアベルは部屋の中にいた。何とか説得して、フェン達がいる一階に下りてきてもらう。 宿の主人が気を回してくれたようで、オレ達以外の客は宿の食堂にはいなくなっていた。主人以外の従業員もいない。 オレは心を込めて宿の主人に頭を下げた。レーベにきてから、人の親切が身に染みる。 「彼が今日から魔王退治の旅に同行してくれることになった武闘家のフェンインさんです」 五人ともが椅子に座ったのを確認してからオレはブルディード達にフェンを紹介した。 椅子が足りないから取り巻きは全員座れてはいないけれど、そんなのオレの知ったことじゃない。 「こちらが魔法使いのブルディードさんと、僧侶のマリアベルさんです」 「よろしくな」 「…ふん」 「………」 フェンはにこやかに挨拶したのに、レドリックを含む三人ともが嫌な顔をして挨拶を返しもしなかった。 レドリックは面白くなさそうに鼻を鳴らし、ブルディードは馬鹿にしたように笑い、マリアベルは相変わらず睨んでくる。 「何度も言うが、本気でその卑しい男を連れて行くつもりなのか?」 「…失礼なことを言わないで下さい」 今更気がついたけれど、我侭で尊大な三人組でも彼らは彼らなりにオレのことを勇者扱いしていたらしい。 レーベまでの道のりで彼らの態度の酷さにオレは呆れたけれど、彼らが村に住む普通の人達に対する態度はもっと酷いものだった。レーベについてからの彼らの言動や、フェンに対する態度で彼らがどういう人物なのかが良くわかった。 フェンや、先生、宿の主人と比べるとそれが本当によくわかる。 「そんな明らかに売名行為が目的の男を信用するとは、勇者殿もまだまだ子供だな」 レドリックはなおも酷い言葉を平然と吐き続ける。 まさか彼がここまで嫌な人間だとは思わなかった。 酒のせいじゃない。一階に下りてすぐ、レドリックに絡まれたマリアベルが即効で彼にキアリーの応用術をかけてアルコールを無理やり抜いたはずなのだ。 正気でこんなことを言い続けるなんて、オレこそ彼の正気を疑う。 大体、名を売るのが目的なのはフェンではなくて、彼らの方だろう。 「まあ、お前らにどう思われてもかまわないが」 フェンがにやりと笑う。彼は身分だけの奴らの戯言に動じていないように見えたから、オレはほっとした。 自らの腕を軽く叩いて、きちんとついた筋肉を軽く見せてみながらフェンが口先だけの奴らの瞳を一人一人覗き込む。 「確かに俺は身分や権力なんかは持ってないな。だが武闘家としての腕っぷしなら自信があるぜ。あんた達三人全員でかかって来ても、傷ひとつつけられない自信がある」 「なんですって?」 真っ先に反応したのはマリアベルだ。 元々彼女はフェンを睨んでいたけれど、先程の彼の発言は彼女にとって余程癇に障る言葉だったようだ。視線が更に厳しくなっている。 レドリックとブルディードも更に目つきが悪くなり、お付きの奴らは騒ぎ出したけどオレは一人頷いていた。 ナジミの塔で一緒に戦ってみたオレにはわかっている。 フェンはオレよりも遥かに強い。 魔法は使えないそうだけれど、もしオレを含む四人がかりでフェンに挑んだとしても、絶対に勝てないだろう。 「無礼者が。ここがアリアハン城下なら、貴様は明日には打ち首になっているぞ」 「ここはレーベの村であって、アリアハン城下街じゃねぇだろうがよ」 「この痴れ者が!」 有力貴族の息子であるレドリックが、今にも飛び掛りそうな目でフェンを睨む。 一方、意外にもブルディードのほうはすぐに落ち着きを取り戻した。 冷静さを完全に失っている他の二人を馬鹿にしたようにせせら笑って、椅子にふんぞり返る。 「落ち着いたらどうだ、見苦しいぞ。この小汚い庶民は僕の力を知らないから大きな口を叩いているだけだ。荷物をちょろまかす荷物持ちの一人や二人増えても、高貴な者は大きく構えておくべきだぞ」 「…言っとくが、俺はあんた達の荷物なんか運ばないからな」 ブルディードの言い様には流石に呆れたようだ。ため息とともにぼそりと加えられた言葉をブルディードは不思議なことを聞いたかのように眉間にしわを寄せた。 「聞いた話じゃ、この先は馬車の入れない誘いの洞窟に行くってことなんだろ。洞窟に着いたら、自分の荷物は自分で運べよ」 「は? どうして僕が?」 「自分の荷物を自分で運ぶのは当然のことじゃねぇか」 「何故、僕が荷物を運ばなければならない! そもそも、お前のような者がこの僕に意見するなんてどういうつもりだ!」 フェンは皮肉げに肩をすくめた。 「俺はあんた達より旅に慣れているし、あんた達に雇われているわけでもない。お互いが勇者の仲間として旅をする立場なら、旅の経験者の俺が素人に指図するのは当然のことだろう」 「貴様が?」 「あんた達が一人で旅を出来るようになるまでは、俺のことを敬ってもらいたいくらいだね」 「な、何故この僕がお前のような奴を敬わなければならない!」 「今言っただろう。あんた達は旅の素人で、戦う実力も無いからだ」 「それほど言うなら、その実力を見せていただきましょうか」 ブルディードと同様に、顔を怒りで真っ赤にしたマリアベルがフェンを睨み上げる。 レーベにくるまでずっとオレの背中を睨んでいた彼女が、こんなに鋭い目をするのは初めてだ。 「そうだな。見せてもらおうか」 レドリックとブルディードもマリアベルに同意する。 立ち上がった彼らに付き合う形でフェンも立ち上がった。 「望むところだ。外に出ようぜ」 フェンが扉の方を指す。レドリック達は相当怒っている様で、彼らは椅子やテーブルに八つ当たりしながら取り巻きを連れて外に出て行った。 遅れて立ち上がったオレが宿の主人に頭を下げる。宿の主人は苦笑いして首を振った。 倒された椅子を起き上がらせてから、壊れたものの弁償代をカウンターに置く。主人には断られたけれど、オレは無理やり押し付けた。 せめてこれくらいはしておかないと、色々な意味でやりきれない。 外で待っている彼らが舞い戻ってこないうちに外に出ようとしたオレの背中に、一緒に椅子を片付けてくれたフェンが声をかけてくる。 「王の命令とか、アリアハンの勇者のしての立場とか世間とか。色々なものを抱えているお前には悪いが…」 オレは振り向いた。 フェンが目で外を指す。 「レーベにあいつら全員置いていってもかまわないか?」 「もちろん」 嫌な奴らだけれど、彼らの体面を考慮してロマリアに行くくらいまでは連れて行こうと思っていた。 だけど今のやりとりで、オレは本当に我慢できないくらい彼らの言動に呆れ、腹を立てていた。 もう一日だって一緒にいたくない。 「あんな「仲間」なんて、こちらから願い下げだ!」 そう吐き捨てたオレとフェンの目が合う。 オレ達は顔を見合わせて凶暴に笑った。 [ next ] |