マリアベルを仲間に加え、オレ達は三人でアリアハンの北東部の平原に踏み込んだ。
 レーベまでの旅の間にわかっていたことだし、女性だから仕方ないことなのだけど、マリアベルの歩みは遅い。
 オレとフェンは彼女に合わせて、ゆっくりと平原を歩いた。
 
「足、大丈夫?」
「…平気です」

 レーベを出て半日。歩きながら気になって声をかけてみたけど、彼女からはいつもそっけない返事が返ってきた。顔も無表情でこちらを見もしない。前を向く目つきも悪くて、目が合ったときはなんだか睨まれているような気がする。
 オレやフェンの指示やアドバイスは素直に聞いてくれるけど、性格が変わったわけじゃない。
 相変わらず彼女は、愛想がなかった。

「少し休憩しないか?」
 オレとマリアベルの険悪な空気に気づいたのか、フェンが平原の一箇所で立ち止まった。
 見晴らしの良い場所で小川の傍だ。もしこれが散歩ならばゆっくりするにはいい場所だろう。
 まだ歩き始めてそう経ってないのに休憩するのかと目でフェンに聞いたら、彼は苦笑したようだった。

「まあ、いいじゃないか」
「私は別に、大丈夫です」
 気遣われているのに気づいたのだろう。マリアベルがむっとしたようにフェンを見上げる。
 そうか。とそれをさらりと受け流して、フェンは荷物を下に置く。大人の対応だ。

「ほら。カイリもマリアベルも座れって」
「うん…」
 フェンがそう言うから仕方ない。オレはそのまま地面に座って胡坐をかいた。歩いている時には気にならなかったけど、止まると少し足の疲れを実感する。それほどたいした疲れではないけれど。
 半日では、マリアベルは外を歩くのに未だ慣れないようで、地面に直接腰を下ろすことにも躊躇するようだ。
 どこに座ろうかと考えているマリアベルに、フェンは近くの岩を指し示す。丁度低めの椅子くらいの高さの岩は、腰掛けるのに良さそうだった。

「まず座って。それからブーツを脱いだ方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
 地面に直接腰を下ろしたオレは、隣に座るフェンを見上げた。
 フェンは笑顔のままで、マリアベルが少し彼を睨む。

「大丈夫です」
「旅の素人が判断するなよ。いいから座れって」
「……」
 しぶしぶとマリアベルは岩に腰掛けた。
 それを見届けてから、フェンがオレのほうを向く。
 
「カイリも、長距離を旅するのは初めてだろう? 最初は余りとばさない方がいい。マリアベルのこともあるし、アリアハンにいるときぐらいはゆっくりいこうぜ。な」
「そう?」
 フェンがそういうならそうかもしれない。
 確かにオレはアリアハンとレーベの間くらいしか行き来したことが無い。ここはフェンの言うことを聞いておこう。
 了承の意味で頷いて見せたら、フェンが微笑んで頷き返してくれた。
 そして彼はマリアベルの方を見る。

「マリアベルもあまり最初から無理をすると、明日余計に辛くなるぞ。ほら、早くブーツを脱いだ方がいい。靴下も」
「……」
 オレと同じ結論に達したのだろう。
 オレよりもかなり気が進まない様子でマリアベルは左足のブーツを脱いで、更に黒い靴下を脱いだ。

「うわ…」
 その足を見てオレは思わず呻いた。
 彼女の足に血がべったりとついていた。おそらく豆を潰してしまったのだろう。どう見ても痛そうだ。
 足を引きずっているなとは思っていたけれど、無表情な彼女の様子からまさかこんな状態だったとは思わない。
 マリアベルも自分で驚いたのか、血のついた自分の足を呆然と見ている。フェンだけは予想していたのか、小さくため息ついたのが見えた。

「マリアベルもそんな状態じゃ、この後歩けなくなるだろう。自分の状態はきちんと自覚できるように努力してくれ」
「…はい」
 まだ驚いているのかマリアベルは大人しく頷いた。フェンは川の水を含ませた布を持って彼女に歩み寄る。
「とりあえず、拭いた方がいいだろう。潰れたところは手当てをするから拭かずに置いておいてくれ」
 手ぬぐいを手渡されたマリアベルは言われたとおりに足を拭った。その間にフェンは彼の荷物の中から包帯を取り出す。

「足出して」
「え…」
 マリアベルの動きが止まった。彼女はまじまじと彼女の前にかがみこんだフェンを見る。
「どうした?」
「あの…」
 何かを言おうとしたマリアベルだったけれど、何も言わずに彼女は左足をフェンの方に向けた。フェンは彼女の足の豆のところを慎重に血を拭って、乾いた包帯を巻きつける。

「豆や靴擦れが出来た場合は、早めに対処することが重要だ。こんな風になる前に包帯で固定すれば大分ましになる。潰さない方が治りは早いから、次からは気をつけて。それからホイミをかけると歩くのに慣れて分厚くなった足の皮が元に戻ってしまうからなるべくかけないほうがいい。緊急時は別だけどな」

 手当てをおえたフェンは立ち上がりながら説明して、布と靴下を川の水で洗う為に歩き出した。
「別の靴下履いたら?」
「そうですね…。心配をおかけして申し訳ありません。それからフェンインさん。手当てしていただいてありがとうありがとうございます」
 生真面目に、マリアベルはオレと洗濯から帰ってきたフェンに言った。相変わらず無表情だけど、感謝しているように見えることは見える。
 なんだちゃんとお礼とか言えるのかとオレはそんなことに感心した。

「フェンでいい。敬語も要らない」
 川から帰ってきたフェンが、濡れた靴下を彼女に返しながら言う。
 ナジミの塔でオレに言ったことと同じようなことを彼は彼女にも言った。
「では私も」
 どこまでも生真面目にマリアベルは言った。

「マリアベルという名前は長いでしょう。よろしければマリーと呼んでください」
「……」
 唐突な主張にオレとフェンは少しの間、呆然と彼女を見て、

「わかった。よろしくなマリー」
 代表してフェンがそう言えば、マリアベルは顔を赤らめた。
 怒っているようにも見えるけど、状況から考えれば照れているからかもしれない。

「もしかして、マリーって照れ屋?」
 なんとなく聞いてみたら、今度はしっかり睨まれた。




 それからゆっくりしたペースでオレ達は誘いの洞窟に向かった。
 最初はぎくしゃくしていたオレ達だったけれど、何日も寝食を共にするうちに段々と相手のことがよくわかるようになってきた。
 フェンは初めて会った時の印象からほとんど変わらない。オレが最初にイメージしたとおり、面倒見が良くて優しかった。
 まだ数日だけれど彼と旅をするのは楽しくて、面倒な旅だけれど少しオレはこの先の旅を想像するのが楽しくなってきていた。

 マリーもお付きの人間がいなければ嫌な奴じゃなかった。
 すぐ人を睨む癖はあるようだけど、わざとだと言うわけではないようで、自分の力が足りないと思ったときに視線が厳しくなるだけらしい。たまたまそれが、彼女の出来ないことを出来るオレのほうに向いていただけだということだ。
 紛らわしい人だと思ったけれど、彼女がオレ達について来る為、一生懸命努力しているところは好感が持てた。
 しかも、毎日一日中歩くことが辛くないはずが無いのに、誘いの洞窟に辿り着くまで一度もマリーの口から弱音や泣き言は出なかったのだ。



 だからレーベ村を出てからアリアハン大陸の北東にある誘いの洞窟につくまで、予定の二倍以上の日にちがかかったけど、そんなに腹は立たなかった。
 マリーを連れて行くことを決めてから、格好悪いのを承知でレーベ村の中に引き返して食料を買い足しといて良かったと思っただけだ。
 食料以外でも荷物に関するフェンのアドバイスはとても的確で、オレ達はとても助かっていた。
 つくづく、一人で旅立たなくて良かったとオレは思う。

 誘いの洞窟は、石で入り口を補強されている人口の洞窟だ。アリアハンの文献には、ナジミの塔と同時期に掘られたという記述が少しだけ載っていた。
「ここが誘いの洞窟か…」
 太陽の光が射さない暗い洞窟内をフェンが物珍しそうに覗き込んだ。
 ここに来るのが初めてなのはオレとマリーも同じだから、三人並んで入口から洞窟の中を見た。当然ながら中は暗い。
 旅の扉というたいそうなものがあるから神秘的な雰囲気の場所なのだろうかと予想していたオレは少しがっかりした。洞窟は古そうだけど、昔先生に連れられて修行に使っていた岬の洞窟と入り口の雰囲気は余り変わらない。

「カイリ。明かりの魔法使えるか?」
「使えま〜す」

 小さな明かりを灯す魔法は理力魔法の初級呪文にある。難易度はメラと同じくらい。
 多分フェンが言ったのはそちらの方だとは思うけど、オレが使える魔法は理力魔法の明かりの魔法ではなくて、盗賊魔法の明かりの魔法だ。
 どちらにしても明かりの魔法であることには変わらないので、返事はこれであっているだろう。

 呪文を唱えて、オレは手の中に光を生み出した。
 オレの手のひらからゆっくり昇った拳ほどの光の塊は、洞窟の天井近くでぴたりと静止する。淡い光を放つそれは、オレが動くと同じように天井近くを移動した。

「これって、盗賊魔法のほうじゃないのか?」
「うん。オレが使える盗賊魔法はこれだけだけどね」

 幸いにも便利魔法の一部にもオレは魔法の適合があった。
 理力を特殊な形で放つ盗賊魔法は、系統的には魔法使いの理力魔法と同じ系列になる。ただ、呪文の構成形式が大きく違うので、盗賊魔法も魔法使いとは別の職業儀式をして盗賊にならなければ使えないから魔法使いの理力魔法と同時に使える人は少ない。

「盗賊魔法まで使えるのか…」
「さすがですね…」
 フェンとマリーに感心された。ちょっと照れる。

 洞窟のような暗闇の中を探索する場合は、魔法の明かりがあればもちろん作るに越したことは無い。だけど何かの拍子に魔法の明かりが消える可能性があることを考慮して、魔力の影響を受けない明かりも用意しておいた方がいいとフェンが教えてくれたので、オレはレーベ村で買った携帯用のランタンに火をつけた。
 そしてオレ達は誘いの洞窟に足を踏み入れる。

 人口の洞窟だということを示すように洞窟内の床は平らで、壁は所々崩れないように舗装されていた。
 その中をしばらく歩いていくと、少し広い場所に出た。周りの壁と材質が明らかに違うのがわかる石壁のような物が、先に続く通路をふさいでいる。これが先生の言っていた旅の扉を封印している壁だろう。

「一人で平気か?」
「大丈夫」

 封印を解く魔法の玉を持って、オレは一人で壁に近づいた。フェン達には念の為、後ろに下がっていてもらう。
 魔法の玉は魔力が無いと発動しない。起動の暗号を口にして魔法の玉の中にオレは魔力を込める。壁の前に魔力を込めた魔法の玉を置いて、オレも少しだけ後ろに下がる。そして魔法の玉を発動させる暗号をオレは叫んだ。

「《勇者の道を開け》!」
 魔法の玉が光る!

「無事か、カイリ!」
「…先生っ!!」
 少し焦げたオレは、とりあえずレーベのある方角に向かって叫んだ。
 発動した魔法の玉はものすごい音を立て、爆発したのだ。
 咄嗟に伏せたから少し焦げただけで済んだものの、あのまま突っ立っていたら命に関っていた気がする。
 先生…。魔力の計算間違えたな…。

 前を見るときちんと壁は無くなっていたけれど、封印が解除されたというより爆発で破壊したという感じだったし、実際その通りなのだろう。

「マリー、立てるか?」
 爆発したときにフェンに引き倒されたと思われる彼女は、驚きで目を見開いている。座り込んだままフェンの腕にしがみついていたマリーが、その言葉にガクガクと首を振ったのがなんだか印象的だった。


 壁に至るまでにも少し魔物は出てきたけれど、壁を越えた後に出てくる魔物は妙に強い奴らばかりだった。アリアハンでは見たことのない魔物も襲い掛かってくる。
「ロマリア側の魔物みたいだな…」
 鉄の爪を構えるフェンがひとりごちた。
 つまり、旅の扉を通ってロマリア側の魔物がアリアハンに来ているということか。重要そうな施設なのに全く管理できてないなこの洞窟。

 本の挿絵でしか見たこと無い魔物であるお化けアリクイに切りかかろうとしたオレの剣は空振りした。知識としては知っていたけれど、やはりアリアハンの魔物は他に比べてかなり弱いらしい。ロマリア側の魔物に慣れないオレは苦戦してしまう。
 ロマリアに生息するお化けアリクイはアリアハンの平原でよく見かける大アリクイとよく似た魔物だけれど、大アリクイより素早いし、力が強い。おまけに連帯攻撃をする程度の頭脳はあるようで、三匹一度に飛び掛られてオレはのけぞった。
「下がれ!」
 キャタピラーを素早く片付けたフェンが、集中攻撃を受けるオレを助けに来てくれた。オレが苦労するお化けアリクイをフェンはいとも簡単になぎ倒していく。
 やはり彼は強い。

「カイリ、腕を…」
 フェンの戦いぶりをつい惚れ惚れと見てしまっていると、避け損ねた左腕の傷をマリーに気づかれた。
 歩くので精一杯の彼女は武器を扱う練習をする体力も無く、まだ魔物を倒せるほどの剣の腕も無い。スライム一匹さえ倒せない彼女は、洞窟内ではランタンを持つ係りをしてもらっている。
 マリーは不満そうだけど、武器を持っての戦闘では足手まといだという自覚は本人にもあるようで、彼女は戦闘時に時々不機嫌な顔をするだけで前に出たいとは言わない。
 フェンとオレの見立てでは、マリーは余り槍に向いているようには思えなかった。少し見てみた感じでは、彼女はどちらかというと剣の方が向いている気がする。ロマリアについたら剣を見立ててみようかと言ったら、マリーの機嫌が直ったので現金な彼女にオレは思わず笑ってしまい、そしてまた睨まれたことを思い出した。

「ホイミ」
 オレを見て眉をひそめながら、それでもマリーは丁寧にホイミをかけてくれた。
 思い出し笑いをしたオレを不審に思っているのであればいいけど、腕の怪我が案外深く入っていることに気づかれていたなら嫌だなと思った。
 普段ちょっと偉そうにしているから格好悪い。

 癒しの力はオレの腕を癒し、痛みから解放されたオレは安堵の息を吐く。
「ありがとう」
「…どういたしまして」

 ホイミをかけるために一度下ろしたランタンを再び拾い上げながら、マリーはぼそりと返事を返した。早口で何かを言うのは、彼女が恥ずかしい時や照れている時の癖のようだ。やはりマリーはかなりの照れ屋らしい。
 ランタンを持ち直したマリーはフェンの方を見ていた。

「フェンは怪我して無いと思うよ」
 オレと違ってかなり余裕があるフェンは、強いロマリアの魔物相手にかすり傷さえ負っていない。

「え…。あ、そうですね…」
 教えるとぎこちないマリーの返事。違和感を感じたような気もしたけど、それどころじゃないことを思い出して、オレはオレ達を呼ぶフェンに駆け寄った。


 誘いの洞窟の最奥部の小部屋に旅の扉は設定されていた。
 灰色の石を積み重ねて壁にしている部屋の中央に石造りの台座がある。これが旅の扉だろう。壁とは違う白い石で出来ている円柱状の装置は、高さも大きさもアリアハン城下町の噴水に似ている。
 ただ噴水では水が入っている場所には、水に似ているけれど明らかに水で無い何かが、淡い光を放ちながら台座の中をぐるぐると渦巻くように流れていた。

 旅の扉を初めて見るオレとマリーは、呆けたように口を開いてこの不思議な装置を見た。アリアハンの噴水も古代の魔法使いが作ったという不思議な仕掛けだけれど、旅の扉は更に不思議な物体だ。
 水に似ている水で無い、宙で渦巻き拡散しない魔力の奔流。こんな妙なものは見たことが無い。

「この中に入れば、ロマリアに行けるのですか?」
 マリーはおそるおそる台座の中を覗き込んだ。台座には、ご丁寧にも台座と同じ石で出来た階段がついている。この階段を上って旅の扉に飛び込めということだろう。

 オレもじっと旅の扉の魔力の流れを見た。ルーラを使った時に出る青い光よりも、旅の扉の中で渦巻く光はやわらかい。だけどこんな奇妙な装置でロマリアまで一瞬で行けるだなんてとても思えなかった。

「大丈夫だって」
 旅の扉を通ったことのあるフェンに不安は無いようだ。
「ぼやぼやしていたら、向こうからロマリア側の魔物が出てくるかもしれない。ほら、捕まって」
 階段の一段目に片足をかけたフェンが手を差し出してくれた。オレはフェンの腕にしがみつく。もう片方の腕にランタンの火を消したマリーがしがみつき、オレ達はフェンにつれられて旅の扉の前に立つ。

「行くぞ」
 フェンの掛け声にあわせてオレ達は一斉に旅の扉に飛び込んだ。










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