ルチカと出会った路地裏は、街の外側に近い酒場などが集まっている通り辺りだ。
 大抵の酒場は、夕方開いて深夜に閉まるから、昼前の今は通り全体ががらんとしている。店はほとんど閉まっているし、人通りもほとんど無い。

「酔っ払ったってことは、お前は酒弱いのか?」
 歩きながらフェンに聞かれた。マリーはこういう場所には慣れないのか、不思議そうに周りを見ている。
 オレは曖昧に笑った。

「あんまりわからないんだ。ほら、成人したばかりだし」
「そういやそうだったな」
 ふーん、と呟いてから、フェンはにやりと笑う。

「その割に初めて呑んだって感じじゃないが」
「あはははははは」
 オレは笑ってごまかした。
 アリアハンの法律では一応成人するまで酒場の出入りは禁止されている。が、それほど厳しいわけじゃない。酒場に入って酒を飲むのが制限されるだけで、家で飲むのは黙認されている。母さんは厳しかったから飲ましてくれなかったけど、レーベで何回かこっそりと飲んだことはあった。
 母さんにはもちろん内緒だ。

「フェンは強いの?」
「まあまあ、人並みに」
 と普通にフェンは言ったけど、旅が進むとザルであることがわかった。ちなみにマリーもオレより飲めた。

「あ、この店だよ」
 青い看板の店はすぐに見つかった。他の酒場同様扉は閉まっていたけれど、「貸切」という板がぶら下がっていた。
 オレは扉をノックする。

「すいませーん」
「いらっしゃいませ」

 顔を出したのは、昨日も見かけたこの酒場の店主だ。白髪まじりの痩せた初老の男で、なんだか上品な雰囲気の人だ。街外れの酒場の主というより、どこかの屋敷の執事のほうが似合いそうに思える
「ご予約のカイリ様ですね。隣の方々はお連れ様ですか?」
「はい。オレの仲間です」
「わかりました。では、こちらへどうぞ」

 店主が奥を示す。昨晩は気づかなかったけど酒場の天井には天窓があり、開け放たれたそこから太陽の光が差し込んでいて、酒場の中はその辺りの飯屋と同じくらいの明るさだ。中には店主以外の従業員は誰もいなかった。
 昨日と同じ一番奥のテーブルにルチカが座っていて、オレを見て立ち上がった彼女が笑顔で手を振ったので、オレは思わず笑顔で振り返していた。

「おはよー」
「おはようっ!」

 なんだか、つい力んで挨拶してしまう。
 昨日一緒に飲んで、夜が明けて昼になってもルチカは相変わらず可愛らしい。
 格好は昨日と同じ感じだけど、なんというか昼は昼で別の可愛さがある。昨日は儚い美しさがあったけど、今日は笑顔の眩しさが素晴らしかった。個人的には、昼に見るルチカの笑顔の方がオレは好きだ。

 思わず彼女に見とれていたオレは、フェンにはたかれて我に返った。
「彼女がルチカ?」
「え、あ、そう。うん」
 どもりながらオレはルチカを手のひらで示した。
「昨日、オレを助けてくれたルチカ。で、ええと」
 今度はフェンとマリーを示す。振り返るとルチカは笑顔でオレ達を見ていた。

「フェンとマリー。オレの仲間なんだ」
「はじめまして、ルチカです」
 彼女は小さく頭を下げた。短い銀髪と耳飾りが揺れる。緑色の大きな瞳がオレ達を写した。
 ああ。やっぱり可愛い。
 どうしても見とれてしまう。
 マリーに咳払いされて、オレは我に返った。

 勧められてオレ達は椅子に座る。店主が冷たい茶を三つ出してくれた後にカウンターの奥にある扉に消えた。
 これで酒場のなかにいるのはオレ達とルチカだけになる。

 ルチカの正面にオレが座り、オレの両隣にフェンとマリーが座っている。フェンはアリアハンで女好き騎士を相手にしてた時より数段緊張している気がした。
 フェンがテーブルの上で指を組む。彼はルチカの方を見た。

「昨日はこいつが世話になったみたいだな」
「たいしたことじゃないわ。今、あたしが考えていることに比べたらね」

 にこりとルチカはフェンに微笑み返した。
 可愛い、けど力強い微笑だ。フェンが苦笑する。

「おいおい。直球か」
「まどろっこしいのは嫌いなのよ」
 彼女は悪びれない。

「はぐらかされると思ってた」
「そうかな?」
「…カイリ」
 うっかり呟いたオレをフェンが半眼で見る。オレは誤魔化し笑いでそれを受け流した。ルチカはずっと微笑んでいる。マリーの方はなんか怖いから見たくないので見て無い。

「…じゃあ、聞かせてもらうぜ」
 フェンがルチカに視線を戻した。
「あんたは盗賊なのか?」
「ええ」
 迷い無くルチカは頷く。
「所属は?」
「多分、貴方の考える通りよ」
「…カンダタの部下か?」
「そうね。一応」

 だいたい予測通りのことなのに、それでもオレ達に緊張が走る。
 まるで情報のないカンダタの情報が目の前にあるということ、そして大盗賊カンダタの部下がオレが勇者だと知っていて目の前に現れたことの疑問でだ。
 ついでにオレは別の意味でもショックを受けていた。
 わかってはいたけど、こんな美少女が盗賊で、しかもカンダタ盗賊団の一員だなんて今でも信じられない。オレ達はロマリア王からカンダタが盗んだ王冠を取り返せといわれた身だ。もしかしたらこの絶世の美少女とオレは戦わないといけないのかもしれない。
 しかも万が一、ルチカがアリアハンのバコタみたいに城に捕まってしまったら、ロマリアの地下牢にルチカは囚われることになってしまうのだ。こんなに可愛いのに地下牢なんていう薄暗いじめじめした寂しい場所は絶対に似合わない。オレは思わず頭を抱えた。

「ううう…」
「わかってたのに、ダメージ受けるなよ…」

 うっかり囚われのルチカを想像してしまい、なんだかよくわからないショックを受けてしまったオレにフェンが再度呟いた。ツッコミが少しずれている気もするけど、オレと割と以心伝心な彼でもオレが自分の想像で心にダメージを受けていることまでは思いつかなかったらしい。自分でも自分の想像力の豊かさがなんだか恥ずかしいので、本当の所は黙っておくことにしよう。
 そして、フェンと逆方向から氷のように冷たい視線がビシビシ当たっているのは敢えて無視しようと思う。直撃すると即死しそうだ。

「昨日の時点でだいたい気づいてるだろうなーって思ってたんだけど…」
「うん、気づいてたよ…」

 どことなく心配げなルチカに、オレはショックを受けたままぼそぼそと答えた。
 もちろん彼女がカンダタと関係あるってことは、わかってた。だけど、いざそうだって言われたら、平常心でいられなかったのだ。

「関係あるって…」

 誰にも聞こえないくらい小さく。
 呟いて、オレは更に恐ろしいことに思い当たった。

 もしかして。もしかして、だ。

 ルチカがカンダタの恋人だったりとか…、したりして…。
 もしオレとカンダタが戦うことになったら、身を呈してカンダタを庇ったりして…。

「あああああああああああああああああ…」

 オレは更に頭を抱えた。
 なんか、嫌だ。どうしてそう思うのかよくわからないけど、そんなのは絶対嫌だ。

「おーい、カイリ。帰って来〜い」
「完全に自分の中に閉じこもってますね」
「大丈夫?」
「いや、こういうこいつは俺もはじめて見たからどうしていいのか…」
「カイリ〜?」
「はっ!」

 ルチカの呼びかけでオレは我に返った。
 彼女とフェン、そしてマリーが不審気にオレを見ている。
 自分が想像の中で悶えていたのを見られていたのに気づいて、オレは一気に恥ずかしくなってきた。

「いや、そのね?」
「ん?」
「つ、次の話しよう。うん」
「…そうだな」

 ごまかし方が思いつかなかったので、オレは話を逸らすことにした。
 あからさまな話題転換だけどルチカもフェンも乗ってくれるみたいだ。もしかしたら、今までのオレが余りにも不審だったからかもしれないけど、その辺りは考えないようにしよう。

 気持ちを入れ替えて嫌な想像を追い払う為にオレは一度深呼吸した。
 まだ何も聞いて無いのに、オレの想像だけで落ち込むのは意味が無い。

「それで…、あのさ。昨日の話なんだけど」
 沈黙に耐え切れずオレは自分から話しだした。

「カンダタのいるシャンパーニの塔へ案内してくれるっていうのは、どういう意味なんだ?」
 昨晩ルチカは勇者と看破されて凍りついたオレに言った。
 自分がカンダタの住む塔に案内する、と。

「…あなた達とカンダタが戦うことになって欲しくないのよ」

 ルチカはじっと、オレを見た。
 視線があって、彼女の大きな瞳に驚いているオレの顔が映っている。思っていたよりも鮮やかな緑の瞳に、オレの心臓が大きく音をたてた。

「それってどういう…」
「あたしは、あなたにもカンダタにも怪我して欲しくないの」
「カンダタに怪我して欲しくないっていうのはわかるが、こいつと会ったのは昨日が初めてなんだろ。ずいぶんと、優しいんだな」
 絶句したオレに代わって、フェンが口を挟んだ。

「そうね。会ったのは、昨晩がはじめてだけど」
 ルチカはフェンに微笑みかける。対するフェンは仏頂面だ。

「あたしはカイリのことが気に入ったの。優しそうな雰囲気も、声も好き。だから怪我して欲しくない。だからあなた達が無傷で王冠を取り返せるように交渉を手伝うわ、って言うことよ」
「あんた、そんなにカンダタから信用されてるのか?」
「全然」

 残念そうも無く、ルチカは首を振った。

「彼はあたしを部下として数えてないと思う。親分の警護の面子からも外されてるしね。でもね、こう見えて割りと腕はいいのよ、あたし」
 ルチカは自分の腕をぽん、と叩いた。
 昨晩、華麗にちんぴら達を倒していった姿を見る限り、確かにルチカは強いと思う。

「だから交渉の場は用意してあげられるわ。発言力は無くは無いから」
「なるほど…」

 信用はされてないけど、実力はあるから腕ずくで話を通せるということか。
 出会ったばかりでいきなりオレのことを気にしてくれるのが不思議だけど、なにか理由があるのかもしれない。

「正直、信じられないな」
「そうでしょうね。あたしも、あなた達があたしの言うとおりに三人だけでこの酒場にやってきて今普通に話していることに驚いたわ」
「それは嘘だな。あんたは、勝算も無いのにこんなことはしないだろ」
「まあねぇ。でも、昨夜のカイリなら来てくれるかもしれないっていう勝算はあったのよ」
「のこのこやってきたわけだから、あんたは確かに賭けに勝ったわけだが」
「あなた達が頷いてくれないことには勝ったことにはならないわ」
「そりゃ欲張りだな」
「盗賊ですもの」

 悩むオレの横でフェンとルチカが話している。案外この二人、気が合うのかもしれない。

「フェンは武闘家よね。マリーさんは僧侶なの?」
「ええ」

 マリーの声がとてつもなく硬質だ。
 盗賊と僧侶はどう考えても相性が悪いだろうと思う。ルチカはカンダタ配下の盗賊だし、ただでさえ愛想の無いマリーがルチカに対してそっけないのは当然だろう。

「勇者と武闘家と僧侶のパーティかぁ。メンバーバランスいいわねぇ。うーん、そっか」
 ルチカはマリーの愛想の無さを全く気にしなかったようだ。彼女はオレとフェンとマリーを順に見て、一人頷いた。

「出会っていきなり信じられないっていうのはわかるのよね。あたしがどういう人間なのかもわからないと思うし、あたしが自分で言うとおりの実力があるのかもわかんないと思うのよ」
「立ち合いでもするっていうのか?」
「怪我したくないし、させたくないって言ってるじゃない」

 ルチカはにっこりと微笑んだ。

「そうじゃなくて、あたしも一緒に戦うわっていいたいのよ」
「は?」
「だからね、シャンパーニの塔まであたしを仲間にいれてくれない? そうしたらあたしの性格も実力もわかるでしょ」
「はぁあああ?」
「えええええ!」

 オレもフェンもマリーもびっくりして、思わず大声を出していた。

「カンダタに俺達の情報を流すかもしれないお前を連れていけってか? 無理に決まってるだろ!」
「情報を流して欲しくないなら、ここで別れるより、あたしを見張ってる方がいいじゃない。一緒に旅をしたらあたしが誰に接触するのかも全部わかっちゃうわよ?」
「お前、盗賊だろ…。隠密行動で盗賊に勝てるわけがないだろうが」
「あなたみたいな腕のいい武闘家なら、盗賊の忍び歩きなんか見破れるでしょ」
「そうなのですか?」
「そりゃ、ちょっとはわかるけども、かいかぶられても困るぞ」

 フェン達の会話がちょっと盛り上がっている。
 それを聞きながら、オレは自分の中のテンションが彼らの会話以上に盛り上がりつつあるのを抑えきれないでいた。

『ルチカと一緒に旅』

 オレの脳内をその言葉が占めていた。
 一度は追い出した妄想が、再びオレの目前に帰還する。
 ルチカと一緒に旅。
 一緒に歩いて、一緒にご飯食べて、一緒に起きて寝て、一緒に戦って。

 草原に花が咲いている風景をオレは夢想する。
 その草原に、桃色の小さな花が沢山生えているとして、その花をオレは一輪つみあげて、オレの横を歩くルチカに手渡す。オレから花を受け取ったルチカは、まるで花のように微笑み…

「…カイリ?」

 ありがとう、なんて言われるなんてことが一緒に旅をしてると起こるかもしれない。
 あと、一緒に旅をしてたら、なんていうか、こう、着替えシーンなんかをうっかり目撃しちゃうなんてハプニングもあるかもしれない。

「カイリ!」
「え?」

 気がついたらフェンもルチカもマリーもオレのことを見ていた。
 我に返ったオレに気がついたのか、フェンがため息つく。

「カイリ。こういうときはちゃんと話は聞いといてくれ」
「ごめん!」

 手を合わせて謝ってから、オレは意識して真面目な顔を心がけた。
 椅子に座る姿勢も正す。

「でも話は聞いてたよ。シャンパーニの塔までルチカを連れて行くことの有利、不利を考えるとさ、オレはルチカに直接塔まで案内してもらったほうがいいと思う」
「どうしてですか!」

 思ったとおり、マリーに最初に反論された。
 オレはなるべく冷静に彼女に視線をやる。

「すでにオレ達とルチカは出会っている。なら、ルチカと別れて塔で再会するより、一緒に行ったほうが情報を流される可能性は低い。かつ道中や塔で罠をしかけられる可能性はずっと減るはずだ」
 ちらりとルチカの様子を窺うと、彼女はまだ微笑んでいる。

「それに一緒に戦ってみれば、カンダタに信用されてなくても実力で交渉にもちこめるというルチカのことが色々わかるはずだ。そこからカンダタ盗賊団のレベルがわかる。戦闘技術だけじゃなくて、状況判断能力とかそういうのもわかるはずだ」
「逆にいえば、俺達のそれもばれるってことだぜ?」
「そうだね。だけどばれることが逆に牽制になりうることもあるだろ」

 規模は劣るとはいえアリアハンきっての盗賊団であるバコタ一味を一人で壊滅させたフェンだ。そうそうカンダタに後れを取るとは思わない。

「そういうことよ。ねぇ、マリーさん。あたしも一緒に行っていいわよね?」
「何故私に聞くのですか?」
 鋭い瞳のまま、マリーはルチカを見上げる。

「あたしがマリーさんに一緒に行っていいって言って欲しいからよ」
「…私が決めることではありません」
「そうなの? じゃあ、誰が決めるの?」

 マリーはしばらく沈黙して、少し悩んでフェンの方を見た。
 見上げられたフェンは再びため息ついて、そしてオレの方を見る。
 オレは黙ってフェンを見上げた。両手のひらを組み、祈るようなポーズで年上の仲間の目を見る。オレの目じりには涙が光っていたかもしれない。

 ちらりとフェンはルチカを見て、不機嫌そうなマリーと、目を潤ませるオレを見る。

「ま、いいんじゃねえの?」
「そうだよね。そうだよね!」

 オレはフェンの腕を掴んだ。掴まれたフェンはルチカの方を見る。
 オレ達が色々話す間ずっと笑顔を崩さなかったルチカをしばらく眺めてから、フェンは三度ため息ついた。

「お見事。あんたの完勝だ」
「どういたしまして。よろしくね、カイリ、フェン、マリーさん」
「どぉも」
 なんか疲れた、とフェンがぼやいた。

 そして盗賊ルチカを仲間にしたオレ達は、すぐに準備してその日のうちにロマリア城下町を出た。
 目指すはカンダタ盗賊団が根城にしているシャンパーニの塔。ロマリア城から北西にある古の塔だ。











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