自己紹介のあとはしばらく色々しゃべっていたけど、やがてフェンが席を立った。
 日課である筋トレをしに外に行くのだろうと思っていたら、マリーもすぐに立ち上がる。

「どした?」
 マリーを見て、フェンが首をかしげる。
 彼女はじっと長身の武闘家を見上げた。

「忘れたのですか。カザーブに着いたら、私に武器を扱う方法を教えてくださると言ったではないですか」
「あー、そういやそうだっけ。すまん。じゃあ、するか」

 いつの間にかそんな約束をしていたらしい。
 マリーは武器を使っての戦闘が出来ないことを気にしているようだったから、乗り越えるべくフェンに稽古を頼んだのだろう。本来ならマリーと戦い方が近いオレが教える方がいいのかもしれないけど、フェンのほうがオレよりもずっと強いし、教えるのもうまそうだ。
 マリーがフェンに稽古を頼んだのは正解だと思う。

「カイリとルチカはどうする?」
「あとで行くよ」
「あたしもー」

 手をひらひら振ってみると、肩をすくめてフェンは部屋を出て行った。その後を小走りでマリーが追いかける。

「マリーって頑張り屋さんよねー」
「そうだね」

 そりゃ剣なんて使えるに越したことは無いけど、いきなり上手くなるものじゃない。少しマリーは焦り過ぎているような気もした。
 明日にはカンダタのいるシャンパーニの塔へ向かうのだ。
 今日はあまり頑張らない方がいいんじゃないかとも思ったりする。

 その辺りはきっとフェンが気にしてくれると思うから、多分大丈夫だろう。それよりも大事なのはオレの目の前に今、ルチカがいるということだ。
 彼女と二人きりになるのは、初めてあった時以来なのだ。

 二人きりであることを意識すると急に恥ずかしくなってきた。なんとなくオレの体温が上がっている気がする。ルチカをよく見たいのに、目が合うと照れるというのは妙な気分だ。
 もじもじしてたら、ルチカがくすりと笑った。

「どうしたの。あたしの顔に何かついてる?」
「そういうわけじゃないんだけどさ」

 まだ照れる。だけどしり込みしてたって気持ちは伝わらないから、一つ深呼吸してオレはやっと彼女を見た。
 何か言いかけて、口を閉じる。彼女を見ているとやっぱり照れるなとオレは思った。

「もう、どうしたのよ。まさか愛の告白をしたいってわけじゃないんでしょ?」
「え」

 冗談っぽく言ったルチカの言葉がオレの動きを止めた。「愛の告白」という友達の間で聞いたような聞かなかったような単語がオレの脳内をぐるぐると回る。
 趣味で読み込んだ国語辞典の「告白」という単語の意味を頭の中で三回くらい暗誦してから、オレは少しだけ我にかえった。

「告白ぅぅっ?!」

 とりあえず繰り返してみたものの、動揺は全く収まってない。声も裏返ってしまっている。
 愛の告白といえばアレだ。自分の恋愛感情を相手に伝え、恋人になって下さいとか頼んだりするとかいうアレだ。旅芸人の芝居や、吟遊詩人の語る歌物語なんかに時々出てくるアレだ。幼馴染のブライトンが好きな女の子に先週かまして、見事玉砕したアレだ。
 もしオレが今、目の前にいるルチカに、その愛の告白をしたとして、そしてもし万が一彼女が「あたしも…」とか言ってくれたら、オレとルチカは恋人同士。手をつないでデートしたり、揃いの指輪をしたり、もしかしてキスとか出来ちゃったり…。

「もしかして本当に告白なの?」
「はっ!」

 想像ではない、現実のルチカの声でオレはようやく我に返った。目の前には不思議そうにオレを見る彼女がいる。

「あ、いや。とりあえず、今はしないつもりだけど!」
「今は…?」

 やはり不思議そうにルチカはオレを見た。幸せな幻影を心の隅に追いやったオレは少し身を乗り出す。

「そうじゃなくて、あのさ。金の冠を取り返した後もオレと一緒に旅をしてくれないか?」
「あたしはロマリアに手配されるような盗賊団の一員よ。そんな盗賊を連れて行きたいなんてこと、マリーとフェンの了解は貰ってるの?」
「まだ、だけど一番大事なのはルチカの気持ちだろ?」

 ルチカはオレの目をじっと見た。オレも彼女を見つめ返す。

「フェンもマリーも君の事を気に入ってるよ。だからマリーは昨日同じ部屋に泊まれたのだし、フェンとだって楽しそうに話してたじゃないか。それに…」

 少しだけ、オレは言葉を詰まらせた。

「それにオレというか、勇者と一緒に旅をすることは君が目的を果たすには有利なんだろ?」
 ルチカは答えない。だけどオレはわかっていた。

「本当はさ、君はオレが本当に勇者の器なのかロマリアからずっと試していたのだろう?
 多分、オレだけじゃなくてフェンやマリーのことも。そして見極める為に、オレ達をシャンパーニの塔へ案内しているんだ」
「…驚いたわ」

 ルチカの表情に浮かぶのは苦笑。
 初めて出会った時からずっと。可愛らしい笑みの間にほんの少しだけ混ざっている寂しげな色が、彼女の瞳を横切った。
 彼女はとても明るく綺麗に笑う女の子なのに、何がそんなに悲しいのだろう。それがふと気に掛かる。
 少しの間、ルチカは目を閉じた。そして再びオレを見た彼女の視線は強い。
 その真剣な姿がどうしようもなく綺麗だと言ったら、彼女は怒るだろうか。

「案外、鋭いのね。だいたい正解よ。でもそんな女だとわかってて、どうして連れて行こうと思うの?」
「君と一緒にいたいからだよ」

 ロマリアからカザーブまで来る間に、オレはすっかりルチカのことを気に入っていた。外見の美しさに最初は惹かれたけど、一緒に旅をする間に彼女の面倒見の良さと明るい性格は、オレの旅をより楽しいものにしていた。
 フェンとマリーのことも好きだけど、金の冠を取り返せばこの旅からルチカがいなくなると思うと憂鬱になった。出来ればずっと彼女と旅をしたいと思う。

「オレの旅の使命は魔王退治だからさ。最後までついてきてくれとはいえないけど、君の目的がオレの使命と一致するところもあるなら、もう少しだけでいいからオレと一緒に旅をしてくれないか?」
「あなた、ずいぶん恥ずかしい人なのね」
 束の間、ルチカは言葉を詰まらせたようだった。僅かに頬を紅潮させて、彼女はオレから目をそらせる。

「あなたの言葉は愛の告白よりも恥ずかしいのよ。そんなこと言われるなんて思わなかったわ」
「だって、オレは君と旅がしたいから。言いたいことは言っておこうと思ったんだ」
 繰り返すとルチカは更に頬を赤らめた。

「…わかったわ。ならば、カンダタから金の冠を取り返して、あなたこそが勇者なのだと示してよ。あなたが本当に勇者なんだったら、あたしはどこまでだってついていくわ」
「よし!」

 無理やり旅立たされた旅だけど、今ほど天地属性に生まれてよかったと思ったことは無い。
 オレは立ち上がりガッツポーズをする。

「じゃあ、明日の為にオレは修行してくるよ。フェンに頼んで、オレも強くなる!」
「頑張って…」

 カンダタを出し抜けるなら、付け焼刃とかそんなの気にしない。なるべく爽やかにオレはルチカに微笑みかけ、ダッシュで部屋を飛び出した。
 廊下をスキップで進み、裏庭に出て、フェンとマリーの修行に乱入する。
 飛び込んできたオレはフェンには驚かれ、マリーに睨まれたけど、そんなことはまったく気にならなかった。
 オレの幸せは、シャンパーニの塔に続いている。






 そして夕方。夕食前、オレはフェンを呼び止めた。
 二人部屋のドア近くのベッドに胡坐をかいて、何か呟きながら考え事をしていたフェンがオレを振り返る。
 オレは修行中に言い忘れていた、ルチカの話をほぼそのままフェンにした。
 マリーは…まあ夕食中でもいいだろう。彼女はルチカのパーティ加入に反対しなさそうだけど、オレとしてはフェンが心配だった。
 幸い、フェンは反対しなかった。
 けれど、彼は頭を抱えて横向きにベッドに突っ伏した。

「恥ずかしい奴だな、お前」
「それはルチカにも言われたよ」

 言い方まで似ていた。
 どちらも深い緑色の瞳だからだろうか。顔や雰囲気は全く似ていないにも拘わらず、時々ルチカとフェンが似ていると思うことがある。
 一緒に居ると安心するところとか…。

「妙な目でこっちをみるな。俺はルチカじゃねぇぞ」
「はっ、そうだった!」

 我にかえったオレに、突っ伏したまま半眼のフェンが見上げてくる。
 彼は寝転んだまま、頭をかく。そしてぼやいた。

「お前、惚れたら一直線ってタイプだったんだな…」
「惚れ?」

 オレはフェンを驚いて見た。

「オレは、ルチカに惚れているの?」
「………」

 口を半開きにした彼らしくもない顔で、フェンは硬直した。
 数秒で硬直は解けたけれど、彼はオレから視線を外す。
 何かを思い出そうとするように視線を中に向け、腕を突いて起き上がる。ベッドの上で再び胡坐をかいた彼は、真剣な表情でオレの目を見た。

「惚れているようにしか見えないぞ」
「えええええええっ!」
「お前のことだろう。驚くなよ」

 ルチカも大変なのに惚れられたもんだ。いや、ルチカなら大丈夫か?…とか呟くフェンに、おそるおそるオレは問う。

「オレは…その…ルチカに惚れているんだよね?」
「そうにしか見えない」
「そうなのか…」

 衝撃の事実にオレは驚いていた。しかしよく考えれば、オレがルチカに抱く感情はどれも噂に聞いた恋愛感情というやつと酷似している。つまりこの、ドキドキしたり照れくさかったり嬉しかったりするこの感情が、恋愛感情というやつなのだ。不思議な感情の意味をオレは理解した。
 そして呟く。
「ルチカがオレの初恋の相手なのか…」

 ばふ。

 フェンが再びベッドに突っ伏した。
 と、思ったらまた起き上がって、オレを指差す。
「初恋…なのか?」
「そうみたい」

 意味も無く笑顔でオレは言い切った。気が抜けたようにフェンは指差していた腕をおろす。
 こういう感情を誰かに抱いたことは無い。初めて恋愛感情を持つことを初恋というと聞いた。だから、ルチカがオレの初恋の相手、ということで言葉の意味はあっているはずだ。

 だいたい、笑顔でスパルタ教育をかましたあの母親の下で、恋愛なんか出来たはずはない。
 オレは十代前半の輝く季節の大半を、剣の修行場と城の図書室と、それから師匠のいるレーベで過ごした。友達も何人かはいたけれど、ほとんど遊ぶ暇は無かった。
 あの時は毎日、勇者として名乗りを上げてしまった迂闊な自分を責めていたものだ。

「案外、遅い初恋なんだな」
「そうかな。じゃあ、フェンはいつ頃の初恋なのさ?」
「……」

 何気なく聞いただけの質問に、フェンの表情が僅かに強張った。

「忘れたな」
「ええ〜!」

 ごまかすフェンをオレは恨めしげに見上げる。

「オレの初恋話はしただろ!」
「俺が言うまで気付かなかったじゃないか、お前は」
「そ、そうだけど」

 俯いてぶつぶつと呟いていると、フェンが笑う気配がした。顔をあげると予想通りフェンはオレを見下ろして笑っていた。が、その笑い方がなんだか寂しそうだったのは、予想外だった。
 オレの視線に気付くと、すぐにフェンは笑みをひっこめた。もしかしたらフェンの初恋は悲しい恋だったのかもしれない。


 翌日。カザーブの村にもカンダタについての情報はほとんどなかったけど、ルチカを信じてオレ達はシャンパーニの塔に向かった。
 何日か野宿して、辿り着いたのは古い塔。
 シャンパーニの塔は、ナジミの塔より一回り大きく、一回りボロい塔だった。だいぶん老朽化が進んでいるようだ。

「昼でも見張りはいるし、見ての通り見晴らしの良い場所に建ってるから、あたし達の接近はばれていると思っていて。あと、居住区に使っているのは上のほうだけで、下のほうの階には魔物が住み着いているから気をつけてね」

 塔の門の前で、ルチカが再度説明した。このあたりのことはロマリアですでに聞いていたけど、確認の為に説明してくれたようだ。
 塔の中にいる魔物は、平原よりも若干強い魔物が多いらしい。ナジミの塔でもそうだったけれど、魔物というのは強い奴ほど塔や洞窟のような暗い場所に入り込むようだ。
 誘いの洞窟で戸惑っていたオレもここまで来る間に、それなりにロマリアの魔物とまともに戦うこつをつかめるようになっていた。修行を始めたばかりのマリーに武器戦闘はまだ厳しいだろうけど、アリアハンを出たときほど足手まといになっているわけじゃない。
 フェンやルチカは、ロマリアあたりの魔物は余裕で倒せるから全く問題ない。

「宝物は最上階の宝物庫にあることが多いけど、金の冠はカンダタの部屋にある可能性が高いわね」
「その時は…」
「戦闘か」
「そういうことになるわね。だけど、なるべく殺し合いは避けてちょうだい。代わりにあたしは全力であなた達を守るから。ねっ」

 両手を祈りの形に組んだポーズで可愛くお願いされた。

「おっけぇぇぇい!」
「おちつけ」

 つい勢いで親指を立てたオレをフェンがはたいた。ちょっと鼻息が強くなっていたオレの呼吸が元に戻る。
 見上げれば呆れ顔のフェンがいて、彼の隣でマリーがオレを黙ってみていた。もちろん、彼女の視線は氷のように冷たい。

「じゃあ、隊列を決めようか。フェン、先頭を頼んでいい?」
 気まずくなったオレは、話題をそらした。
 塔の下層部に罠がないことはルチカから既に説明されている。ならば盗賊のルチカが先頭を行く必要は無い。オレ達の中で一番強いフェンが戦端を切り開くのがいいだろう。
 頷くフェンを確認して、オレは女性二人に目をやる。

「ルチカはフェンの後ろ。マリーはルチカの後ろ。オレは後方警戒…でいいかな?」

 勇者が最後尾というのは格好悪いけど仕方がない。背後からの不意打ちを警戒する役目もある殿も重要だ。武器戦闘の苦手なマリーをここに置くわけにはいかないし、鞭で範囲攻撃のできるルチカは前のほうにいた方がいい。

「OKよ」

 今朝ルチカに、どこまで彼女が手伝ってくれるかを細かめに確認しておいた。
 昨日オレを試していることを彼女は認めたけど、予定通り最初は宝物庫まで案内してくれる。そこに冠がなければカンダタと交渉までするけど、戦闘には手を出さない。
 マリーを守るくらいならするかもね、とルチカは付け足した。ずいぶん彼女はマリーのことを気にいっているらしい。

 それからオレ達はシャンパーニの塔を登っていった。
 古いシャンパーニの塔はあちこちが崩れていて、微妙に足元が怖く、そして教えてもらった通り平原より強い魔物が沢山出てきて鬱陶しかった。
 しかしどれも想定内の出来事で、オレ達は問題なくカンダタ盗賊団の居住区まで辿り着く。
 なるべく静かに登っていったけれど、やはりこの塔は彼らのアジトだ。下で散々魔物と戦闘しながら上がってきたこともあり、宝物庫に辿り着く前に、彼らに見つかってしまった。

 彼らは、オレ達を見て驚いたようだ。
 というよりルチカに驚いたらしい。
 三人ほどの盗賊達はしばし硬直して、そして一斉に頭を下げた。

「お帰りなさいませ、お嬢!」
「ただいま〜」

 盗賊達は全員かなり年かさの男達で、その男達に直角に腰を曲げて挨拶されたというのに、ルチカは動じた様子が無い。にこやかに返事した。

「ねぇ、金の冠って親分が持ってるの?」
「そりゃ当然じゃないですか。それにしてもお嬢。うしろのお客さんはどういう方々で?」
「ロマリアで仲良くなった人達よ。親分に紹介しようと思って連れてきたの。ね、いつもの部屋?」

 カンダタ配下の盗賊達がいまいち納得して無さそうな顔で頷くと、ルチカはにっこりと笑って、オレ達の方を振り返る。

「やっぱりカンダタ親分が持っているみたい。上に上がるね」
「待ってください」

 マリーが階段に足をかけようとしたルチカの背中に声をかけた。

「『お嬢』とは、どういうことでしょうか!」
「もしかして、言わずに連れてきたんですかい?」

 黙ったルチカに盗賊の一人が問いかけた。
 ルチカもオレ達も黙っていると、盗賊はため息つく。彼の態度にはだいぶん呆れが含まれていた。

「そんなことも知らずにここに来たのか。ルチカお嬢は、カンダタ親分の一人娘なんだぜ?」










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