フェンがマリー達と戦った時ほどぴたりと止められたわけじゃないけど、オレの持つ剣の先はカンダタの首元に突き付けられた。
 カンダタの驚いた視線とオレの必死な視線が交錯する。

「お前…何者だ?」
 鋭い視線でカンダタはオレを睨みつけた。

 何者だって言われましても…。
 カンダタの言葉を頭の中で繰り返してから、オレは大変なことに思い当たった。

 しまった。オレはまだカンダタに名乗っていない!
 もしかしなくても、これは大失態だ。
 初対面なら、しかも未来の義父への挨拶ならば、最初に名乗らなければならないのに、失礼過ぎる。今からの挨拶でも許して貰えるだろうか。
 咳払いこそしなかったけれど、オレは喉の奥で気持ち声を整えた。

「オレはカイリ…。カイリ・マディリアスといいます。お義父さん、オレがルチカさんと一緒に旅をすることをどうか認めていただけないでしょうか?」
「…先に剣どけろよ」

 ぼそりと言われて、オレは慌てて剣を下ろした。鞘の中に刃を収め、オレよりずっと背の高い盗賊を見上げる。
 そのオレの横にルチカが再びやってきて並んだ。彼女も下から父親を見上げる。

「ね、カイリとだったら、旅に出てもいいでしょ?」
 大事な娘が微笑んでも先程のようにカンダタは微笑まなかった。ルチカの方をちらりと見ただけで、彼はすぐにオレに視線を戻す。むすっとしたまま、目を細め、カンダタはオレから目を離さない。
 まるでオレを恐れているようにも見えたけれど、オレはすぐにその考えを打ち消した。先程は意表をついてカンダタから一本とれたけど、普通に戦えばカンダタの方が絶対に強いからだ。
 カンダタが低く唸る。

「ルチカ。こいつは何者だ?」
「やあね、父さん。彼はもう名乗ったじゃない」

 オレの腕にルチカは腕を絡ませた。どきりとして彼女を見るオレには頓着せず、カンダタを見上げてルチカは笑う。
 初めて出会った時のように、ミステリアスにどこか蠱惑的に。彼女は微笑んだ。オレの胸が激しく音を立てだす。

「カイリ・マディリアス。「天地」属性者で、アリアハンの公式勇者様よ」
「まさか!」
 やっと気付いたというように。見開いた目でオレを見るカンダタ。

「で、オルテガ様の…」
「お前、ケイトさんの息子か!」
「へ?」

 説明を中断されたルチカがきょとんとして父親を見た。
 カンダタはやはり娘に取り合わず、オレの髪からつま先までざっと見て、もう一度オレの顔を見る。なんだか表情が真剣だ。

「お前はケイト・マディリアスの息子だろう」
「母を知ってるのですか?」

 オレは驚いて聞き返した。
 親父が世界的な勇者だということで、小さい頃からずっとオルテガの息子と言われ続けてきたオレだけど、親父より先に母さんの名前を出されたのは初めてなのだ。
 うーん。やっぱり世界は広い。ロマリアは大国だけあって、アリアハンでは体験できないことを色々出来たけど、こんなことまで体験できるとは思わなかった。

「やっぱりそうなのか…」
 世界の広さにオレは納得していたけど、カンダタは何故か慄きながら言葉を続けた。
 彼はようやくオレを見るのを止めてルチカの方を向く。彼は腰をかがめ、何故か震える指でルチカの肩に触れた。

「ルチカ。この小僧の旅についていくかどうかはさておき、もし万が一恋愛感情を向けられても絶対に受け止めるなよ」
「ちょ…酷っ」
「…なんで?」
 オレの苦情を無視して、カンダタは娘の顔を涙でも流しそうな悲痛な目で見た。

「こいつの母親ケイト・マディリアスは…修羅だ。付き合って、もし万が一こいつと結婚とかいうことになればあの鬼女を姑に持つことになる。俺はお前を不幸にしたくない!」
「お義父さん、失礼です」
「お義父さん言うな。じゃあ聞くぞ、オルテガの息子。お前はケイト・マディリアスが鬼以外の何に見える?」

 カンダタの顔は完全に真顔だった。目は真剣で、嘘や冗談の欠片は全く読み取れない。
 振り返っての問いにオレはしばらく真剣に考えた。
 考えてから、カンダタから目を逸らす。

「若い頃は、ありあはんデモ有名ナ、美女だったらしいデスヨ?」
「俺の目を見てそれ言えよ、ニ代目勇者」

 カンダタが半眼でオレを見る。
 オレは背中に汗をかきながら、カンダタから目を逸らし続けた。
 万が一でもばれればオレは確実に殺られる。それは絶対に避けなければならない。

「なんかそうとまで言われたら、一度会ってみたい気がするわ…」
「止めろ! お前まで地獄を知る必要はない!」
「どんな人なのよ…」

 首をかしげるルチカの問いにオレは沈黙を守り続けた。
 母さんの恐ろしさは、実際に会うまでは絶対に理解できないからだ。


 恐ろしい話題を誤魔化す為に視線を動かすと、丁度フェンが最後の一人を殴り倒したところだった。周りには気絶した盗賊達が累々と転がっている。アリアハンでバコタ盗賊団を潰したときもきっとこんな感じだったのだろう。
 最後の一人が倒れたのを待って、マリーが彼に駆け寄る。何かを問い掛けたマリーに苦笑しながらフェンが首を振っていた。
 状況から考えて、怪我をしていないか聞いたマリーに、フェンがしていないと答えたってところだろう。

 視線に気付いたのか、フェンがこちらを振り向いた。
 一気に表情が厳しくなる。

「怒ってるわね」
「かなりな」
 ルチカとカンダタが人事のように呟いている。フェンは青筋たてた状態で大股に歩き出した。


 怒鳴るフェンにルチカと一緒に平謝りしてたら、呆れた様子のカンダタに食事に誘われた。
 その頃にはフェンに倒された子分達のほとんどはもう元々の持ち場に戻り、リビングにいるのオレ達とカンダタ、そして数人の雑用係だけになっていた。
 少し前まで気絶した盗賊達で埋め尽くされていた床をオレは思い出す。あれほどの人数差があったのに、全員手加減して気絶させたフェンは本当にすごい。軽い怪我をした何人かはルチカに頼まれたマリーがホイミをかけたので全く後腐れしていない。なんというか、円満解決して良かった。

「勇者が盗賊団と一緒に仲良く食事してもいいものでしょうか…」
「まあ、ロマリア王には言えないな」
 ぼそりと呟かれたマリーの一声に、やはりぼそりとフェンが返す。それをオレとルチカは聞かないふりをした。

 どんなものが出てくるかと思ったけど、カンダタ子分が用意してくれた食事は美味しかった。
 カンダタの正面でアリアハンから旅立ったことや、ロマリア王から王冠を取り戻すことを頼まれたこと、ルチカと一緒に旅をしたいことを話していたから、オレは余り食べられなかったけれど。

 夕食中、ため息の後にため息のような声でカンダタは渋々ルチカの同行を認めてくれた。
 前からルチカは旅に出たいとカンダタにいっていたという。ロマリア王から王冠を盗んできたら一人前の盗賊と認め、旅立ちも許してやると酔った勢いで言っただけなのにとカンダタは嘆く。
 約束は約束よとルチカは言った。

 オレ達の話の後は、カンダタの話だ。驚いたことに、カンダタはオレの親父と旅をしてた時期があるという。
「二人じゃなくて、三人だったんだけどな」
 ぼそりと付け足す。

 親父とカンダタと、それから現在行方不明になっているサマンオサの勇者サイモンの三人で、それなりの長さの間、旅をしていたらしい。
 とはいってもずっと一緒というわけでもなく、二人だったり、一人だったり、他のメンバーが入ったりと固定された面子ではなかったそうだけど。
 オレの母も、一度は親父やカンダタと旅をしていたらしい。結構オレの両親とカンダタが親しかったことにオレは驚いた。ルチカとの縁は、オレが思う以上に深い縁なのかもしれない。

「でも、不思議ですね」
 疑うわけじゃないけど、オレは首をかしげた。
「サイモン様のことは母から聞いたことがありますけど、カンダタさんのことは聞いたことがないんです」
「もしかして盗賊嫌い?」
 ルチカが彼女の父に聞く。確かに冒険者であっても、盗みの技術を持つ盗賊をうさん臭いと思う人間もいるらしい。
 母さんが盗賊嫌いだったかどうかを思い出そうとしたけれど、特にコメントしてなかったように思った。少なくとも嫌いでは無さそうに思っていたけれど。

「いや、嗜好の問題だ」
「?」
 わけが分からずカンダタを見上げるオレ達に、彼は話題を切り上げるように言った。
「ケイトさんは…俺のことを余り好いてないんだよ。だから話さなかったんだろう」
 嫌われた理由については話さず、何度聞いてもただその言葉だけをカンダタは繰り返した。


 親父とカンダタの過去の話を聞いているうちに遅くなった。カンダタに是非泊まっていけと言われてしまい、オレ達はお言葉に甘えることにした。ルチカだって旅立つ前に父親とゆっくり過ごす時間がいるはずだ。


 一泊するうちに盗賊達ともすっかり意気投合してしまった。翌朝、旅立つオレ達をカンダタ盗賊団全員が見送りにきてくれる。

「お嬢〜、俺も付いて行きたいです!」
「元気でいてくださいねっ」
「たまには帰って下さいよっ。お…おれはずっと待ってます!」

 ルチカの周りには盗賊が群れを成して別れを惜しんでいた。中にはどさくさ紛れに彼女と握手しているやつもいる。
 恋敵と判断したオレは、そいつらの顔を要警戒人物として覚えておくことにした。特に黒髪の地味な男、あいつは絶対ルチカに気があるに違いない。

 昨日ホイミをかけたのが原因だろうか。数人の盗賊がマリーにも話しかけていた。そういえばマリーは、旅立ち序盤によくあったきつい言動を知らない彼らには、ただの優しい美少女僧侶に見えるのかもしれない。
 困っているマリーを見兼ねてか、さりげなくフェンが盗賊達を追い払っていた。










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