王冠を手に入れたオレ達は、カザーブ村に戻った。
 この村には休憩に寄っただけで、翌朝には出るつもりだった。

 が、フェンの様子がおかしい。

 カザーブ村に入った辺りから急におかしくなったような気がする。
 まず顔色が悪い。それにいつも快活にぴんと背を伸ばして歩く彼が、少しふらふらしている。暑くも無いのに汗もかいている様だ。視線も定まっておらず、時々意味のわからないことをぶつぶつ呟いている。

「どうしたんだ?」
「なんでもない…。多分、村を出たら治る…」
 答える声にもはりがない。
 しかもあからさまに青い顔で言われても全く説得力がない。

 オレとルチカは顔を見合わせて、すぐさまフェンを休ませることに決めた。カザーブの宿屋にチェックインして、彼をベッドに押し込む。だけど突然のフェンの不調にオレ達はうろたえてしまった。まさか一番健康そうで一番頼りがいのあるフェンの調子が悪くなることがあるなんて考えてなかった。
 医者に行くかと聞いても、明日になれば治るとフェンは言い張って譲らない。
 それでもやはり心配なので、オレ達は一階にある食堂のテーブルを借りて相談することにした。マリーがフェンの様子を見にいっている間に、ルチカと食堂の空いてる席を探して座る。
 飲み物を注文してすぐ、ルチカが話を切り出した。テーブルにひじをついて、オレの目を覗き込む。ゆるく首を傾ける仕草が可愛い。
 現実逃避しかけているオレの頭の中を読めるわけもないルチカは、思案気に桜色の唇を開く。

「体調不良、にしては妙よね。病気って感じじゃないし、うちで食中毒を起こしたにしては間が空いてるし」
「そうだね。少なくても食中毒の可能性はないと思う」
 
 シャンパーニの塔を出て、ロマリアに帰るだけならオレのルーラですぐに戻れたけれど、オレ達は徒歩で数日の野宿を経てこのカザーブまで戻ってきていた。
 何故わざわざ歩いて帰っているかというと、ルチカが正式に仲間になったからだ。今まではフェンとオレが戦って、マリーが後ろで見ていたけれど、ルチカだって鞭で戦える。彼女を入れた新しい四人での戦い方を考えようということになったのだ。
 フェンが仲間になってから戦闘でピンチになったことはないけれど、この先はきっと今まで通りにはいかないだろう。敵が弱い今のうちに効率のいい戦い方を考えてきちんとチームプレイが出来るようになれば、当然仲間全員の生存確率が上がる。これはとても重要なことだ。

 チームプレイの練習をしつつ、個々の戦闘訓練もする。
 戦闘訓練は最近ようやく剣を持つ姿が様になってきたマリーへの指導が中心だけど、オレも人のことは言ってられない強さで、オレ達の中で一番強いフェンが指示する立場だ。ルチカも盗賊以外と組んで旅をするのは初めてだということで、オレと並んで戦闘訓練をしていた。
 ルチカも少し旅の経験はあるそうだけど、フェンは彼女よりもずっと沢山の経験がある。かなり前から旅をしているというのは出会った時に聞いていたけど、戦士、魔法使い、僧侶、商人、盗賊等、様々な人々と組んで旅をしたことがあるというのは心強い。

 少し話はずれたけれど、そういうわけでシャンパーニの塔を出てから数日が経っているから塔での出来事が原因の可能性はほぼ無い。
 野宿中の食事にしても、一つの鍋で作った同じ料理を四人とも食べている。よりによって一番身体が丈夫そうなフェンだけ気分が悪くなるなんてことはないはずだ。
 わけがわからずルチカと首をひねっていると、マリーが降りて来た。彼女を呼んで三人で席に座る。

「フェンの様子はどうだった?」
「それが、よくわからないのです」
 多分無意識だろう。マリーは眉間に皺を寄せて小さくため息をついた。

「気はしっかりしているようですし熱も微熱程度だと思います。ですが、顔色が悪すぎます。フェンは一晩寝れば明日には治ると言いはるのですが…」

 マリーの表情が徐々に暗くなっていく。
 それを見て、オレは一気に心配になってきた。
 いつも無表情で何でもバッサリ断言するマリーがこんなに歯切れ悪く、そしてこんなに素直に心配の気持ちを表に出すのは珍しい。きっと相当フェンの様子は悪いに違いない。

「ねぇ、マリー。あなた、何か思い当たることはない?」
 先程と同じような仕草でマリーを見守っていたルチカが聞いた。思いも寄らぬ質問だったのか、マリーが瞬きする。

「私が?」
「そ。マリーから見て、最近のフェンでおかしなところはなかった?」
「何故私が」

 マリーがまた眉間に皺を寄せたのは意外な気がした。
 オレがルチカの側に寄りまくっていたことと、マリーの戦闘訓練があったから、最近フェンと一番一緒に行動していたのはマリーだからだ。そんなことはマリーならわかっていると思っていたのに。

「だって、マリーってフェンと仲がいいじゃないか」
「そんなことはありません!」
「え?」

 何気なく言った言葉に強く言いかえされてオレは驚いた。
 いや、だって今まで結構仲良くやってこれただろう?

「マリー?」
「いや、あの…。フェンの体調の話でしたね」
 僅かに赤面してからマリーは強引に話を戻した。彼女が動揺しているように見えて、オレは内心首をひねる。
 意味が分からなくてとりあえずルチカの様子を窺うと、彼女はマリーを見てものすごく可愛らしく微笑んでいた。彼女が可愛く笑っているなら多分問題は無いのだろう。
 それよりも問題はフェンの体調のことなので、マリーの様子は気に留めず、オレは再びフェンの不調の理由を考え始める。

「私にも理由は思いつきません」
「そうか…。あ、じゃあさ」
 首を振るマリーに、なんとなく思い付いてオレは言った。

「例えばこの前カザーブに来た時にも、フェンにおかしい様子はなかった?」
 前のことなど関係ないと思う。
 それは本当に思い付きの言葉だったのだけれど。

「…あ」
 マリーが小さく声を出した。

「何か思い付いたことがあるの!?」
 勢い込んでルチカが聞くのに、二度瞬きしてからマリーは首を振った。
「いえ…、多分関係ありません。きっと私の気のせいです」
「わからないよ。とにかくなんでもいいから、話してくれないか?」
 自信なさげなマリーに、オレは言った。
 もしかして、何かヒントになるかもしれないからだ。

 真剣にオレとルチカが見つめると、観念したかのようにマリーは息を吐いた。一度姿勢を正してから、背を丸めて秘密の話でもするように彼女はテーブルに身を乗り出す。オレ達もマリーに倣うと、彼女は囁いた。
 
「私は…この村の空気はおかしいような気がするのです」
「おかしいって…空気に妙なものでも混ざってるってことか?」
 オレは鼻を動かしてみたけど、宿屋の主人がつくる料理の匂いしかしない。ルチカもオレと同じようだ。それからルチカからちょっといい匂いがした。

 オレ達がぴんときていないことを察したマリーは言葉を捜す。
 テーブルの木目を睨んでいるのは、おかしい空気というのを思い出しているからだろう。
 木目の節のところを彼女は指でつついた。

「そうではなくて、空気というのはもっと感覚的なものです。重いと言うか、冷たいと言うか…」
 わかるような、わからないような表現だ。
 木目をつつくのをやめたマリーは苛々と言葉を探す。
 どうにも説明し辛い感覚のようだ。

「この食堂ではその空気は感じません。私もカザーブ村に入ってから、その空気を感じたのは二度だけです」
「寝てるフェンの側とか?」
「はい。彼のベッドの側で」
「もう一回は?」
 ルチカの質問に顔をあげたマリーは、数秒躊躇してから言った。

「先日。この村の共同墓地で、です」
「それって…」
「もしかして…」
 つまり墓場に何かがいて、それが今フェンの側にいるってことだろうか。急に寒気を感じた気がして、オレは首をひっこめる。
 降って沸いた怪談話だ。
 唐突な展開に、オレとルチカは強張った顔で見詰め合った。



 前にこのカザーブ村に来た時、マリーがフェンに剣を習っていたのはオレも知っている。
 攻撃時の注意とか、魔物からの攻撃の避け方とかも教えてもらっていたようだ。

 その戦闘訓練の休憩中に、マリーが村人に声をかけられた。
 信心深いその村人はマリーが僧侶だと見て取り、せっかくだから数年程前に亡くなった祖父母の為に祈ってくれないかと頼んできた。
 彼女はそれを引き受けて、頼んだ村人と手持ちぶさたなフェンの三人で共同墓地に向かったのだけれど。

「…?」
 その共同墓地で、何か寒気のようなものを感じて、マリーは後ろを振り向いた。
 彼女の背後には何もない。
 村人達の墓が並ぶだけだ。
 ただ、その中に一つだけ大きな墓がある。

「なぁ。あの一つだけでかい墓は誰の墓なんだ?」

 マリーより早く振り向いていたフェンが村人に尋ねると偉大な武闘家の墓だと教えてくれた。その武闘家は、素手で熊が倒せる程の腕だったという。
 マリーはもう一度辺りを見渡したけど、もう寒気は感じなかった。聞いたフェンも聞くだけ聞いて気が済んだのか明後日の方を見ている。
 その後は何事も無く、彼女は村人の祖父母の墓の前で死者の冥福を祈り、フェンと一緒に宿に戻った。というここまでなら問題ない話だ。

「そして、同じ冷気を感じた気がして驚きました」
 寝ているフェンの横に立っているとその冷たい空気を感じるとマリーは言った。
 今日は暖かい日で、屋内も暑いくらいなのに、寒さを感じるなんてありえないことだ。

「それって、墓場から何かがフェンのところに来てるっていうこと?」
 ルチカが「やだー」といいながら自分の肩を抱く。確かに事実だったらかなり怖い。

「だから気のせいだと言ったでしょう?」
 話し終えたマリーが顔をしかめた。
 そう、普通ならそう考える。幽霊なんているわけがない。
 だけどゾンビ型の魔物ならこのカザーブ近隣で沢山見た。ゾンビがいるなら幽霊だっているかもしれない。

「一応行ってみる?」
「…今、夜なんだけど」

 いつのまにか、外は暗くなっている。
 夜というのは墓場に行くには嫌な時間帯だ。
 でも墓場にはフェンの異変の原因があるかもしれない。
 結局、とてもとても怖いけれど、オレ達は墓場に行ってみることにした。



 夜の墓場はやはり怖い。
 村はずれにあるそこそこ規模の大きい共通墓地には墓守もおらず、こんな時間に入っていくのはオレ達三人だけだ。
 古びた木柵で仕切られた共同墓地の中には沢山の石の墓が立ち並んでいた。欠けた墓石は少なそうだから、丁寧に扱われているのだろう。だけど石が幾つも立ち並んでいるという光景は夜にはうっすらとした恐怖心しか呼び起こさないように思う。
 月の青白い光と、風に揺れて軋む柵、なびく雑草の黒い影。そして幽霊がいるかもしれないという疑惑が、オレ達の恐怖心を徐々に煽っていく。

 最初は三人別々に歩いていたけれど、最初にルチカがマリーに抱き付き、オレがどさくさまぎれにルチカに抱き付いたので、墓場に着く頃には三人身を寄せ合って歩いていた。

 着いてみるとマリーの言った通り、墓地には一つだけ大きな墓があった。石で出来た長方形の立派な墓だ。
 おそるおそる三人でその墓石に近寄る。
 怖いけれど何も変わった様子はないなと思っていたら、急にマリーが顔を上げた。彼女は墓の上部を見上げて何か呟く。

「どうしたのよ、マリー。驚かせないでよ…」
「空気が冷たく感じます」

 ルチカを振り向きもせずに言ったその呟きに、言われたルチカがびくっと身動ぎした。ルチカにくっついていたオレも連動するように震える。
 冷たいって、ことは。
 幽霊がここにいて、オレ達を見ているかもしれないということだ。
 オレもルチカもぶるぶる震えているのに、マリーだけは動かない。彼女はただ墓を見上げ続ける。

「…そこにいるのは誰ですか?」

 マリーは墓の上部の何もないところに真顔で問い掛けた。
 じっと見てみるけど、もちろん墓の上には誰もいない。
 オレは内心悲鳴を上げる。

「マリーっ?」
「何が見えてるんだっ?」

 ルチカがマリーの腕を離し、何も見えないオレとルチカは抱き合った。
 震えるオレ達と違い、いざ墓の前に来てみればマリーに怯えは無くなっている。
 彼女はものすごく鋭い視線を墓の上辺りに向けていた。あれだけのきつい眼差しはロマリアにくるころから見ることが無かったから、なんだか久しぶりだ。

「います」
 前を睨んだままマリーはオレ達に言う。
「武闘家のような格好の方ですね。熊を倒したとかいう武闘家でしょうか…」
「そちらの二人は、余り霊視能力は高くないようじゃのう?」
「…?!」

 オレ達三人しかいないはずの墓場に、見知らぬ男の声が加わった。
 恐慌を起こしそうになりながらも墓の上を見ると、先程まではいなかったはずの老人が出現している。オレは目を見開いた。

「幽霊?!」

 一見、ただの小柄な老人だ。
 緑と赤が基調の稽古着を着た老人が墓の上に座っている。どことなく胡散臭げなしわくちゃの顔と白いひげ、若人向けのド派手な稽古着が実にアンバランスだ。
 彼が半透明でなければ夜中に徘徊する癖のあるボケ老人だと思ったかもしれない。それくらい呑気そうな顔で幽霊はオレ達を見下ろしていた。

「僧侶のお嬢さんにだけ見えるというのも寂しいからのう。気合いを入れて実体化の度合いをあげてみたんじゃ。どうじゃ。よく見えるようになったかの?」
「そりゃ、ご親切に…」

 オレは半眼で幽霊を見上げた。
 彼が余りに幽霊のイメージからかけ離れた普通っぽい老人姿だからかもしれないけど、いざこうやって普通に会話出来るようになると、相手が半透明でも全く怖く感じない。

「貴方、フェンに何をしたのですか!」
 調子を完全に取り戻したマリーがきつい口調で幽霊に問うた。
 半透明だろうと幽霊だろうと物怖じせずに強気でいられる彼女は、なんとなく流石だと思う。最近笑顔が多かったから忘れていたけど、やはりマリーは気が強い。

「ああ、あの武闘家の青年か」
 幽霊は幽霊の癖に頬をかく仕草をした。

「やはり倒れたか、あの小僧」
「…!!」
 今にも噴火しそうな表情で、マリーは幽霊を睨みあげた。

「貴方、フェンに何をしたのですか!」
 はっきりと怒気の込められたマリーの言葉に、つられてオレ達も身構える。

「落ち着きなされ、僧侶のお嬢ちゃん。わしはただ、言葉を聞いて欲しかっただけじゃ」
 両手を上げる「降参」の仕草を幽霊はした。
「取り付こうとか、いたずらしようとか思っていたわけじゃない。わしも倒れるとは思わなかったのじゃ。わしにしてみれば、久し振りの助けじゃったからのう」
「助け?」
 意味が分からない。オレは聞き返す。

「あのフェンとかいう青年はかなり大きな空洞を内に持っておる。一言でいえば霊媒体質ということじゃが」
 幽霊は言葉を選ぶような素振りをみせた。ついでに彼は幽霊で老人の癖に格好つけて足を組直す。

「わしは、ずいぶん長くここにおるが、昼間からわしの姿が見える者は初めて見た。死者の時間たる夜に気合いを入れても、わしの声を聞けるものはほとんどおらんというのに…」
 そういうものなのか?
 ということは、フェン程じゃないけどオレ達も霊感は強いほうなのだろうか。

「わしもずいぶん長く幽霊をやっておってな、正直そろそろ天に上りたいのじゃが…」
 老人は幽霊の癖に芝居じみた仕草で語る。

「それを邪魔するものがいてのう。それをどうにかして欲しくてあの青年に頼もうと思ったのじゃが、必死過ぎて本人の体調に影響でるほど霊圧をかけてしもうたらしくて」
「で、フェンが倒れたと」
 再びオレは半眼で幽霊を見上げた。幽霊は幽霊の癖にオレから目をそらす。

「一時的なものじゃから、明日になれば大分回復すると思うがのう…」
 幽霊の老人の言うことなど当てにならないけど、それくらいでもオレは少しほっとした。

「で、お主らに頼みがあるのじゃが…」
 この話の流れならそう来ると思ったけどね。
 嫌だけどオレは視線で言葉の続きを促した。またフェンのところに行かれたらたまったものじゃない。










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