翌朝。オレ達はおそるおそるフェンの様子を見に行った。
 ベッドが一つ置いてあるだけの小さな狭い部屋に、三人で押しかけていったから、オレ達が全員部屋に入って扉を閉めると相当狭い。

 オレ達が訪ねた時、フェンはとっくに目を覚ましていて、ベッドの上で胡坐をかいて座っていた。格好は昨日寝たときのまま。病気だったわけじゃないのに一晩でどこかやつれた気配がする。

 オレはベッドから降りようとしたフェンを制した。オレ同様動揺しているマリーをルチカがベッドに座らせて、オレとルチカはベッドの横で壁にもたれかかった。

「どっか痛いとことかある?」
「大丈夫。今はなんともない」

 胡坐をかいていたフェンが正座に座り方を変えた。
 カザーブ村に入る前より動きが鈍い気もするけど、顔色はいいみたいだから良かった。ほっとする。
 フェンがオレ達を見回してから、少し姿勢を正した。

「迷惑かけてすまん」
「ええ?!」

 ベッドの上で正座になったフェンが頭を下げた。オレ達は慌てて一斉に頭や手をぶんぶんと振る。
 だってフェンは全く悪くない。
 悪いのはフェンに付きまとったあの幽霊だ。
 オレがそういうような内容のことを怪しい呂律でまくし立てている側で、
「フェンって霊感強かったのね…」
 ルチカがしみじみと呟いた。
 言われて見ると、確かに仲間の中で唯一魔法が使えないフェンが、仲間の中で一番霊感が強いのも不思議な感じだ。

「ここまでとは自分でも思ってなかったんだがな…」
 正座のまま眉間にしわを寄せたフェンが呟く。
 昨日のことはフェンにとって相当不本意なことだったようだ。そんなフェンをマリーが眉間に皺を寄せつつ無言で心配そうに見つめている。ぱっと見には睨んでいるようにも見えた。

「同じ武闘家だから、変に波長が合っちゃったのかもしれないわねぇ」
「それであの傍迷惑な老人に泣き付かれたんだけどさ」
 ルチカのナイスフォローの後に、オレは話をはじめる。

「ロマリアに戻る前にノアニールに行ってみようと思うんだ」
 フェンが少し目を細めてオレを見た。

「あの爺さん。やっぱ、それ頼んだのか」
「まあね。あの老人も必死なんだろ」
 あの幽霊がフェンに付きまとっていたのは、これが目的なのだ。
 幽霊が言うにはカザーブ村と近い場所にあるノアニール村周辺に濃い魔法の気配が立ち込めているせいで、天にうまく昇れないらしい。熊を一人で倒した豪傑という話なのに、自分と関係ない魔法に影響されるなんて随分根性の無い爺だ。

 あの魔法をどうにかしてくれとわがままなことを頼んできて、解決は約束できないけれど行くだけは行くと約束させられてしまった。オレ達だったからいいものの、霊感があったのが普通の旅人だったらどうするつもりだ、あの爺。

 もう一度謝るフェンに、オレは再び首を振る。
 昨晩のうちにノアニールがどういう村なのかは地元民であるルチカに聞いていた。
 形だけとはいえ、一応世界を救う為の勇者の旅路だ。
 困っている人々がいると知っていて無視するというのは勇者の行いではないだろう。




 噂のノアニール村は、カザーブの北に広がる森林の中にある。
 数日かけてそのノアニール村に辿り着いたオレ達は、噂通りの異様な光景にまず絶句した。
 この村のことはルチカに聞いていたけど、目の前の様子はあまりにも奇妙だ。

 ノアニール村は、一見普通の村に見えた。
 村の入り口を示す石垣も、カザーブやレーベとほとんど変わらないありふれた様式で、特に特徴は無い。周囲に住む魔物達も普通だし、森の様子におかしな所があるわけでもない。だから、村の中に入ってみるまでは全く違和感を感じなかった。

 カザーブからノアニールへの街道も普通に残っていたし、余りにも他の場所と調子が変わることなくノアニールに辿り着けたから、なんとなく油断したような気分になっていた。
 そのオレ達の気分を一変させたのは、木々に阻まれて村の入り口から丁度見えない場所に立っていた村人だ。

 その村人は村の入り口近くに立っていた。
 年齢は三十歳ぐらいだろうか。ありふれた茶色の髪の中肉中背の男だ。麻の作業着を着て、斧を抱えているから樵だと思う。これから仕事に行こうとしているのか、彼は右足を踏み出して身体を前に傾けていた。

 そして、その傾いた姿勢のまま、彼は眠っている。

 瞳を閉じて、軽く寝息を立てている。
 オレ達が近寄っても彼はぴくりともしなかった。不自然な体勢で彼は寝ている。

「もしもし…?」
 おそるおそる、オレはその不自然な村人に声をかけてみた。
 薄々予測はしていたけど、もちろん村人は反応しない。もう少し大きな声で呼んでみたり、軽く肩を叩いてみたけど、結果は同じだ。

「奇妙ですね」
 呟くマリーの眉間に皺がよっている。
 ここに来る途中に、まだザメハを覚えていないと彼女はくやしがっていたから、またそう思っているのかもしれない。
 この村にかかる魔法は、ザメハくらいで覚ませるような規模のじゃないから、気にしなくてもいいのに。と、オレは思う。
 同じことを思ったのか、フェンがマリーの頭を励ますように軽く叩いていた。

 村人を起こすのを諦めて、オレは村の入り口をもう一度見回してみた。
 村の体裁そのものはごく普通だ。だが、その入り口の木柵が妙に…もう十何年も整備されていないかのように古びている。ノアニール村を示す石塔も全く手入れされていないようだ。

 一方、村のあぜに生える植物が不自然なほどに普通だ。ついこの前手入れされたばかりのように、余計な雑草は刈られ、枯葉もほとんど落ちていない。
「植物も寝ているのか?」
「それっぽいよね」
 フェンの呟きにオレは同意した。
 目の前で黄色の小さな花をつけた草が風に揺れている。
 もしかして、この花は二十年以上ずっと、こうやって風に揺られているのだろうか。
「こわ…」
 ルチカも顔を引きつらせていた。
 シャンパーニの塔からカザーブを経てロマリアに行くことはよくあるそうだけど、彼女もノアニールに来るのは初めてなのだ。

 オレは村の奥の様子を窺った。
 木柵や草花のような細かいところだけじゃなくて、この村には更に違和感があることをオレ達は気づいている。
 この村からはほとんど音がしない。話し声がしない。動物の鳴き声も聞こえない。風に揺れる草花が立てる音しかしない。
 昼時なのに煮炊きの煙も上がらない。だけど村は荒れていないし、廃村じゃない。
 不自然に時間だけが凍り付いている。

 カザーブの村で、ルチカは言った。
 ノアニール村は眠りの呪いにかけられている、と。
 この村は十数年前からずっと眠っているのだ。


 オレ達はおそるおそる村の中に入ってみた。
 道沿いに村の中央へ向けて歩く。途中何人かの村人とすれ違ったけれど、起きている人は誰もいなかった。

 ある青年は鋤を振り上げた格好で寝ている。ある少年は友達とふざけて取っ組み合いをしている状態でまぶただけ閉じて寝ている。ある女性は数人で井戸端会議をしながら寝ている。
 何人かは起こそうとしてみたけど、入り口にいた青年と同じく誰も起きなかった。

「王様もほったらかしにしてるわけじゃないみたいなんだけどぉ」
 不自然な格好で眠り続ける村人達を前にルチカが呟いた。

「一応、僧侶とか魔法使いとか学者とか。眠りを覚ます方法を考えようとはしてたみたいだけど、こんなに変な魔法、全然例がないじゃない?
 皆、全然解決方法が見つからなかったらしくてねー。おまけに村が眠りについたのはバラモスが現れてからだから、貴重な僧侶や学者を村一つの為に派遣するのは危険だし、村は何故か魔物に襲撃される気配もないし」

 一応、村を歩いても、後から来た人が急に眠りだしたりとかはしないらしいけど、とルチカは言った。噂だけどね、と前置きして。

「これがあの幽霊の言ってたよくない魔法でしょうね」
「とりあえず、もう少し見て回ろうか…」
 一か所でじっとしていても仕方ない。
 村をよく見てみてみたら何かわかることもあるかもしれないということで、オレ達はゆっくりと静かな村を歩き出した。
 どこを見ても静かで、どこを歩いてもオレ達の声しか響かない。
 予想通り家畜や野鳥も人間達と同じように寝ていて、植物も村の入り口同様、全く成長していない。
 無礼を承知で幾つかの家の中をのぞいてみたけど、家具は古びて食べ物なんかは腐っていたけど、人間は全て何かの動作をしようとする格好のままで寝ていた。オレは呻きを喉で飲み込む。
 不気味とも言える村の風景にオレ達の気が滅入ってきた頃、ようやく動くものを見つけた。

「煙だ…」
 村の一番奥、森林との境目で、かなり村のはずれ辺りだろう。
 オレ達は急ぎ足でそこへ行ってみた。

 村のはずれにあるのは、小さな一軒家だった。その煙突から煙が出ている。
 オレ達は顔を見合わせる。煙が出ているということは、起きている人がいるのかもしれない。

「すいませ〜ん」
 ルチカが扉を叩いて呼びかけた。
 緊張しながら数秒待つと、何かが倒れたような音がした後に内側から扉が開いて、一人の老爺が現われた。
「また老人…」
 ぼそりとルチカが呟く。
 だが、今度出てきた老人はあの幽霊のように半透明なわけでも似合わない格好をしているわけでもない。普通の格好をして、ちゃんと身体も影もある。少しやつれ気味だけど、ごく普通の老人だ。

「あなた達は…?」
 驚いた顔でオレ達を見上げる彼に、旅人だと名乗る。老人にこの村の住人なのかと尋ねると、彼は肯定の返事をした。
 立ち話もなんだし、久しぶりの客だということで彼はオレ達を家に招待した。話を聞きたかったので、もちろん丁重に招待を受ける。
 彼の家はオレ達全員が入ると少し狭かったけど、魔法で眠る人が突っ立っている食堂や宿屋で話すのも落ち着かない。
 クッションや床にひいたラグの上に座ると、老人から茶が振る舞われた。

 痩せた老人はノアニールに住む元木こりだと名乗った。ノアニール村に住む、唯一の起きた住人だそうだ。
 ノアニールにかかる魔法について聞くと、彼は悲しげに顔をしかめた。
 どうやら、この老人もわけありらしい。


 村の中で野宿するのも嫌だったのでノアニールの宿屋で無断宿泊させてもらい(宿賃はカウンターに置いておいた)、翌朝オレ達は老人に教えてもらった道を辿っていた。
 老人が言うにはノアニールに眠りの魔法をかけたのは近くの森に住むエルフの、その女王だというのだ。

 十数年程前、老人の一人息子で彼の後を継いで木こりをしていたウィルという青年が、森の中で怪我をしているエルフの少女を見つけた。
 森の奥にエルフの集落があることは知っていたけれど、人里近い場所にエルフは出てこない。初めてエルフを見たウィルは驚きながらもエルフの怪我を手当てしてやった。
 それが切っ掛けでウィルとエルフの少女アンは仲良くなった。仲良くなった二人が何度もこっそりと会ううちに、愛が芽生え、ある日ウィルはアンを連れて家に帰ってきた。父親にアンとの結婚を許して貰う為だ。
 だが、彼は二人の結婚に反対した。近くに集落があることはわかっていてもエルフは異種族だ。ただでさえ閉鎖的な村社会。エルフの妻を迎えれば、村八分にされてしまう。ウィル達もいらない苦労をすることになるだろう。
 そう思った彼は何度説得を続けても二人の結婚を認めなかったのだけど、ある晩からウィルが家に帰ってこなくなった。
 嫌な予感がした彼は森の中を探し回った、がウィルもアンも見つからない。
 困り果てていたところにエルフの娘が一人現われた。
 アンの所在を聞くエルフにウィルが帰ってこないことを告げるとエルフは高圧的な口調てアンとウィルを探し出すように命じてきた。
 それまで村は封印する、という言葉に慌てて村に帰ってくれば、ノアニール村は眠りについていたという。

「わしらのせいで村の者は…」
 老人の嘆きがまだ耳に残る。
 彼がいくら探しても、必死にロマリア王国に助けを求めて兵士や学者が調べても、ウィル達の行方は全くわからなかった。
 彼に泣き付かれたのもある。けれどあまりにも老爺が可哀相でオレ達はエルフのいる森に踏み込んだ。
 老爺は村さえ元に戻してもらえるならなんでもする。命さえいらないと言った。直接エルフに村を戻して欲しいと頼みたいが、村が眠って以来、何度森に入ってもエルフに会うことは出来ないから謝ることすら出来ないという。

「この辺りかなあ…」
 森の中、適当なところでオレは立ち止まった。

 ノアニールから西方面の森にエルフの村があるという噂がある。オレ達は早速森の中にやってきていた。この辺りは、森の妖精の異名をとるエルフが住んでいるだけあって、ノアニール辺りよりも森が深い。
 気のせいかもしれないけど、ただならぬ気配を感じる気もする。

「エルフの皆さ〜ん! 私は「天地」属性を持つ者です!」

 ちょっと間抜けな気もしたけど、オレは適当な方向に向かって大声で呼びかけた。
 エルフ種族は人間と違い、全員が理力を持って生まれるという。優れた魔法使いである彼らの中には高位魔法であるレムオルを習得する者も少なくない。エルフの村が人間に見つけられないのは、そのレムオルの応用魔法を村全体にかけているからではないか、というのが人間の学者の通説だ。
 だから、オレ達がエルフの村を探す為には、向こうから出てきてもらうしかないのだけど、エルフというのは人間を自分達より下等な生き物だと思っているらしい。当然、彼らが普通にオレ達の前に出てきてくれるわけはないのだけど、そんな彼らでも特別視する人間がいる。
 それが、天地属性者だ。
 彼らは何故か天地属性者だけは、一目置いてくれるらしい。

 というわけで、一応天地属性者であることを、エルフの村があるんじゃないかなあと思われる辺りでアピールしてみている。誰かが聞いてくれていたならラッキーだ。

「誰かいませんか〜?」

 オレはもう一度呼びかけてみた。
 耳を澄ませてみたけど、何も聞こえない。

「やっぱり、作戦が大雑把過ぎるか…」
 何の気配もしない森の奥にがっかりしながらオレはうな垂れた。
 どこにエルフがいるのかオレにはわからないし、天地属性者を本当に特別視しているかの確信もない。我ながらやっていることが適当過ぎる。

「そう悲観したもんでもないと思うぞ」

 フェンがオレの背後に視線をやった。
 彼の視線を追ってオレは振り向く。
 濃い緑の茂る森の中、オレには誰もいるようには見えなかった。










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