湖面の一箇所から赤い光が上がったとオレが認識するより前に、光は一条の光線となる。化け物に突き刺さって、光は爆発した。
 化け物の腕が弾け飛び、湖の水気で湿る地面に落ちて転がる。

「…違う」

 痛みに叫ぶ化け物の前で、オレは呆然と呟いた。
 湖から出たのは光線じゃない。
 爆発だと思ったものは爆発じゃない。

 化け物の腕を潰したのは、武闘家の足の一振りだ。

「フェン!」
 オレとルチカは同時に叫んだ。

 爆発と見紛う程の鋭い一撃は、今まで見たことが無いほどに鋭い。強い強いと思っていたけれど、フェンの本気の力をオレは今、初めて見た気がした。オレの剣の一撃と彼の一蹴りとでは差がありすぎる。

 フェンは化け物のそばに立った。痛みに暴れる化け物に動じた風も無く、じっと化け物の様子を窺っている。鉄の爪を構えて臨戦態勢を整え、その構えには全く隙が無い。

 よく見ると、湖の中から飛び出してきた彼は、全身ずぶ濡れだ。後ろで結んだ長い三つ編みも重そうに垂れている。だけど、怪我をしている様子は無い。武闘着も濡れているだけだ。

「周りに迷惑かけて、挙げ句の果てにこの様か」

 ぽつりとフェンは呟いた。
 オレの場所からじゃ、彼の横顔しか見ることは出来ないけど、彼が何を考えているのかはよくわからない。怒っているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。蔑んでいるようにも見えた。
 オレの視線に気づいたのか、フェンがちらりとオレ達の方を見た。一瞬、目を細めたけれどオレ達には何も言わず、フェンは化け物を再び見上げる。

「…終わらせてやる」
 彼は再び呟いて、それが戦闘再開の合図になった。

 化け物に向かいフェンは跳躍する。
 鋭い蹴りが化け物に突き刺さり、化け物の体が揺れた。奴が振り下ろした残った方の腕での攻撃は、ルチカよりもなお速いフェンに簡単にかわされて地面を叩いただけだった。
 腕が下ろされるタイミングにあわせてフェンは化け物に今度は鉄の爪での一撃を食らわせる。肉片が飛び散って、化け物はまた悲鳴をあげた。

 図体が大きいせいか、奴が痛がる様子が派手な割にそれほどダメージは入っていないらしい。防御力は妙に高い奴のようだ。それが不満なのか、フェンが顔をしかめた。
 が、すぐにフェンは構え直す。

 武闘家は息を吸い、そして吐いた。
 吐くと同時に地面を蹴って走り、化け物に急接近する。至近距離から息つく間も無いほどの蹴りの連打が化け物に浴びせかけられた。ダメージが通りにくい分、数で補おうとしているのだろう。
 時々化け物が反撃しようとするけれど、素早いフェンには全然当たらない。たまに体のどこかを奴の腕がかすめる程度で、戦いの様子は明らかに一方的だ。

「大丈夫ですか?」
「マリー!」
 無事だったのはフェンだけでなくマリーもだ。水に濡れた旅用の法衣を重そうに引きずりながら、水色の髪の僧侶が湖の方から歩いてくる。表情はあいかわらず無表情気味だけど、それはいつものことなので気にせずにオレはほっとした。

「怪我を…?」
 びくり、と寄り添うオレとルチカを見て一瞬震えてから彼女は言った。頷くオレとルチカを見比べて、マリーはルチカの方に手をかざす。
「ホイミ」
 本職のホイミがルチカを癒す。一度かけてから、マリーは眉をひそめてもう一度ルチカにホイミをかけた。
 その次はオレにもホイミをかける。もう怪我が無いことを確認するとマリーは珍しく浮かない顔でフェンの方を見た。
 フェンが化け物を殴りとばしている。その様子はずっと変わらない。
 さすがの化け物といえど、フェンの攻撃を何度も食らえばどうにもならない。ほんの少しの時間の後には、化け物は動かなくなっていた。

「大丈夫かっ!」
 化け物を倒した途端、フェンはオレ達の方を振り向く。走り寄ってオレ達の無事を確認すると、うつむいて息を吐いた。

「無事で良かった…」
「それはこっちの台詞よ。二人とも大丈夫なの?」

 ルチカとオレはじっとフェンを見た。びしょぬれだけど元気そうだし怪我もほとんどしていない。マリーがフェンにもホイミをかけるとそのかすり傷も消えた。

「大丈夫だ。俺達は夢見るルビーの影響を受けてただけだから」
「夢見るルビー?」

 問い返すとマリーがウエストポーチから小さな陶器製の瓶と、拳大の赤い石を取り出した。石は美しい金の縁飾りがついた赤い透明な宝石だ。こんな大きな宝石は初めて見た。中に何か模様のようなものが入っているのも珍しい。
 ルチカがよく見ようとしてたからオレはマリーの持つ夢見るルビーの上に手をかざした。

「あまりじっと見ないほうがいいよ」
「どうして?」
「夢見るルビーは強力な魔力を持ってる。じっと見ていると魂を石に吸い込まれるという記述を読んだことがあるんだ」
「…マジ?」
 ルチカが慌てて宝石から目をそらす。マリーに手持ちの空の革袋を渡して、危ないそれはしまうことにした。
 そしてオレは、こんな洞窟の中で有名な魔法の品物が出てきたことに疑問を持つ。

「どうして夢見るルビーがこんな所にあるんだ? これってエルフの宝だろ?」

 少なくてもアリアハンの図書館にある書物にはそう書かれていた。美しい外見の宝石だけれど、その厄介な効果のこともあり、石はエルフ達が厳重に保管しているはずだ。

「これを見て下さい」
 マリーが宝石と共に出した瓶をオレに渡した。手のひらにおさまるくらいの小瓶だ。取っ手が一つついているけど、割れていた。口の広い瓶で、蝋で蓋がしてある。
 目線でマリーに問い掛けてから瓶の蓋を開けてみる。中には丸められた紙が入っていた。黄ばみ気味だから古い紙なのだろうけど、密封されていたからか紙はそれほど痛んでいない。慎重に広げてみると、短い文が書いてあった。最後に二人分の署名がある。

「心中…?」
 オレの横で紙を見ていたルチカが呟く。

「ウィルとアン…、ってもしかして、ノアニールの樵とエルフの女の子のこと?」
「え?」
 もしかしてと思って聞いてみると、フェンが頷いた。ルチカが驚きの声を上げる。
 紙は二人が両親に宛てた手紙だった。手紙にはウィルとアンが心から愛し合っていること。両方の親に結婚を許してもらえなかった悲しみ。エルフの宝である夢見るルビーはアンが持ち出したこと。お互いの愛が認められないならば、いっそ死んで一緒になるということが書いてあった。
 行方不明のウィルとアンは既に死んでいたのだ。

「天国には行けてないようですけど」
 マリーがため息まじりに付け足した。口許に皮肉げな笑みをのせて彼女は言う。

「カイリの言う通りエルフの秘宝夢見るルビーには魂を取り込むという効果があるようです」
「ルビーを持って心中すれば、石の魔力で一緒にルビーに取り込まれて永遠に二人でいられると思ったんだろうな」
 フェンが、マリーの言葉を引き継いだ。

「確かに夢見るルビーを持って心中した二人の魂はルビーの中に取り込まれた」
 彼はちらりとルビーの入った皮袋を見た。
「湖の中で私達はルビーに取り込まれそうになりました。その時、少しだけルビーに残ったウィルとアンの記憶が見えたのです」
「人間であるウィルの魂は容易く石に取り込まれた。だが、流石のルビーもエルフの女王の娘の魂を呑み込みきれなかったようだ。取りこぼした彼女の魂は恋人を探して森を彷徨っていた。俺が森で見掛けた幽霊はそれだな」
「とりこまれた魂のほうもただでは済みませんでした。死という暗い心を取り込んだルビーは影を生み出し…」
 マリーの視線が動く。
「そしてあの化け物になった。それが心中した二人の果て」
 躊躇した彼女の言葉はフェンが引き継いだ。

 驚いたオレは思わず化け物のほうを見た。あの醜い化け物が、恋人達の行き着いた果てだなんてとても信じられない。
 振り向くと、倒れていたはずの化け物はいつの間にか灰のように姿を崩し、砂山のようなものがそこに残っているだけになっていた。
 悲しすぎる最後の二人だけど、墓でも作ってあげたほうがいいのかもしれない。
 そう思ったオレは皆の方を見る。

「………」

 オレは絶句した。
 仲間達は三人ともじっと化け物だった砂山を睨んでいる。何か言いかけたはずのオレは思わず言葉を飲み込んだ。彼らはそれぞれ、何かに苛立っているように見える。

 ルチカは砂山を睨んでいた。彼女がとても悔しがっているように思えてオレは不思議に思った。そう思うのはオレの気のせいかもしれないけれど、彼女は二人に対して腹を立てているように見えた。

 フェンもルチカと似た表情をしていた。そして彼もウィル達に腹を立てている気がする。だけどそれ以上に別のことにも怒っている気がした。何にかはわからない。ただ、湖から飛び出してきて化け物と対峙したときも似たような顔をしていたな、と思い出した。

 マリーは…。
 オレは驚いて彼女を凝視した。
 マリーといえば無表情で照れ屋で負けず嫌い。それからすぐ人を睨む。その彼女もルチカ達と同じように砂山を睨んでいて、

そしてマリーは泣いていた。

 彼女の目から大粒の涙がこぼれている。顔だけは悔しげで、ずっと砂山を睨んでいるけれど、彼女は確かに泣いていた。

「マリー?」
 振り向いたフェンとルチカもマリーの涙に気がついた。二人とも驚いて彼女を見る。
「どうした?」
 急に狼狽しだしたフェンが聞いて、マリーは自分が見られているのにようやく気づいたらしい。彼女は赤面して慌てて袖で顔を拭いた。だけど濡れ鼠の彼女の袖で拭いても涙を誤魔化せるだけで、顔が濡れていることには変わり無い。

「ハンカチ…」
 呟きながら湖に落ちていないルチカが懐を漁ったけど、出てきたのは半分赤く染まったハンカチだった。先ほどの戦闘の血がついたようだ。
 予想以上にルチカは沢山怪我をしていたらしい。その出血量にオレは恐怖した。
 あともう少しフェンが飛び出してくるのが遅ければオレもルチカも死んでいた。マリーがいなければ、今もルチカは傷ついたままだった。オレだけではどうにもならなかった。

 …いや、そうじゃない。
 オレは思い直した。胸の中を苦いものがこみ上げる。
 オレをかばってルチカは怪我をしたんだ。フェンが飛び出してくる直前、彼女はオレを逃がす為に身代わりになろうとした。オレは彼女のお荷物にしかなれなかったんだ。

「はい」
 動揺を誤魔化す為に、オレはマリーに持っていたハンカチを押し付けた。幸いオレのハンカチは汚れてない。少しよれてるけど多分そんなに汚くない。
「ありがとう」
「…うん」
 頷きながら考えた。嫌々旅に出て使命感だけでここまで来たけれど、オレはもう三人の人間を巻き込んでいる。経緯はともかくオレは勇者を名乗っているのだから、仲間の身はオレが守らなければならない。オレは勇者なのだから。

「大丈夫?」
 決意を心の中に隠し、オレはにこりとマリーに微笑みかけた。
「大丈夫です」
 涙はごく一時的なものだったようで、マリーはすぐに泣きやんだ。赤い目で涙を拭ったハンカチを見て、彼女はいつもの無表情に戻ってオレを見た。
「後で洗って返しますので」
「うん」

「さて、こんなところにじっとしてたら風邪引いちゃうわよ。謎も解けたことだしさっさと帰りましょ!」
 湿っぽい空気を吹き飛ばすように、大きな声でルチカが言った。彼女は腰に手を当ててぐるりとオレ達を見回す。マリーを見て何かに気づいたように彼女に駆け寄り、濡れたマリーの袖を掴んだ。
「その前にマリー。そんなに重そうな格好なら外まで歩くのも大変でしょ。一回、服の水を絞ったほうがいいわ」
 確かにマリーの服は思い切り水を吸い込んでいる。旅用とはいえ法衣だから裾も長いし、その分重そうだ。歩くのには邪魔になるに違いない。

 ルチカは周りの様子を窺ってから、オレとフェンを見た。
「幸いあの化け物以外の魔物はいないみたいだし…」
 彼女はにっこりと可愛らしく微笑む。
「今からちょっと服の水を絞ってくるけど、覗いたら殺すわよ。特にフェン」
「な…、こら!」
「カイリもよ、このむっつりスケベ。じゃあマリー、あたしが見張っててあげるから、あっちの岩の影で絞りましょうね〜」
「ちょっと待ってください!」
 ルチカに引きずられてマリーは大きな岩の陰のほうに連れていかれた。ルチカの物言いに反論出来なかったオレ達は、それを呆然と見守り、やがて顔を見合わせる。

「マリーの着替え…」
「着替えじゃないだろ、っていうか想像するな」
 思わず呟いたオレにフェンがチョップ付きのツッコミを入れた。
 オレは小声でフェンに囁く。
「だって、服の水を絞るってことは、一回服を全部脱いで水を絞って、それからもう一回着直すってことだろ? まぁ、マリーはあんまり凹凸ないけどさぁ…」
「お前、失礼だな」
 また小声のチョップツッコミを貰ってしまった。
 美少女だとは思うけどマリーにいまいちときめかないのは、彼女の性格のほかに色気の無さも原因だと思う。華奢だけど、胸とかにボリュームがいまいち足らない。


 そんなことを小声で囁きながらもフェンも服を絞って服の水気を減らし、岩陰から戻ったルチカ達と合流したオレ達は外に向けて歩き出した。この洞窟の中に回復の泉があって本当に良かったと思う。
 回復の泉で体力が回復してもルチカとオレは気力が足りなくて、それを察してくれたのか帰りは主にフェンが戦ってくれた。なんだかくたくたになってオレ達は洞窟を歩いた。
 建物や洞窟から脱出できるリレミトの魔法が使えれば、こんなに歩かなくても一瞬で外に出られるのにな、と歩きながら思う。

 リレミトの魔法はオレにも適性があるけど、魔力が足らなくてまだ使えない。使える攻撃魔法はメラだけだし、回復はホイミしか使えない。ルーラは使えるけど洞窟の中では意味が無い。

 ノアニールで待つ老人には悪いけど、洞窟を出てすぐにルーラでカザーブまで戻り、宿屋に入ってすぐにオレ達はベッドに倒れこんだ。
 疲労と自分の力不足による無力感は酷く体を重くさせていたからだ。










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