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翌朝、ルーラでノアニールに飛んで、ウィルの父親に洞窟で見つけた手紙を見せた。 彼らがルビーに取り込まれたことは結末が悲しすぎてとても言いだせなかった。ウィルとアンが地底湖の中に身を投げたらしいことだけをオレ達は告げる。 老人は、はらはらと涙を流し泣いた。彼にかける言葉を持たないオレ達は見守ることしかできない。 彼が落ち着くのを待って、オレは夢見るルビーを取り出す。 「これはアン王女が持ち出していたエルフの秘宝です。これを持って森に行けばきっとエルフの誰かがオレ達に気付くでしょう。その時にこの手紙を見せてきます。この手紙を見ればエルフの女王も村の呪いを解いてくれると思います」 オレは少し嘘を混ぜた言葉でウィルの父親を説得した。 遺書には夢見るルビーの力についての説明はなかったから、ウィルの父親はルビーの存在を疑問には思っていない。だが、エルフの女王ともなればルビーの中に残るアンの魂の残骸に気がつくだろう。説得の切り札は手紙じゃなくて、夢見るルビーになる。 そんな事実をわざわざ老人に教えることもない。オレ達は代わりに行ってくると主張し、エルフの女王に直接謝りたいという老人の同行を思いとどまらせた。 ルビーを持って行き、エルフに発見してもらうというのも嘘だ。 エルフの村への道はフェンがルビーに残ったアンの記憶から得ていたから、それを辿っていけばいい。 昨日入った洞窟のやや北にあるエルフの村へ向かう。その途中で、フェンから昨日聞きそびれていた湖の洞窟の中で彼に起きた異変についての話を聞いた。化け物に襲われる前に、フェンが湖の中へ入ろうとした件だ。 深い森の中を歩きながら、フェンは浮かない表情で話し始めた。 昨日、オレとマリーがルビス神について話し始めた頃。神学にも考古学にも興味がないフェンは会話に入らずに地底湖を眺めていた。 しばらくは何事も無く湖面を眺めていた。が、ふと何か聞こえたような気がしたフェンは反射的にその音の方を見て、そして後悔した。 湖の一箇所がぼんやりと赤く光っている。 光からは禍々しい気配を感じた。あの光は絶対に善いものではない。まともなものでもない。いびつで不安定な、亡霊のような何かだ。 「前から幽霊とかは見えてたんだけどな。うざいだけでそんなに害はなかった」 語りながら、諦めの色が強い困り顔でフェンは言った。はぁ、と彼は憂鬱そうにため息つく。 「幽霊ってそんなにあちこちにいるものなの?」 両腕で自分の両肩を抱いたルチカが顔をしかめた。 「なんか、やだー!」 「見えないなら気にすんな」 苦笑したままフェンは手のひらを振った。 「ほとんどの幽霊は見えなければこっちにゃ寄ってこねぇよ。目が合ったら向かって来ることもあるけどな。大抵の奴は黙ってじっとしてるだけだし。この前のカザーブで見たような爺さんは例外だ」 「そうなの?」 「おう。だいたい無害だから別に怖がらなくてもいいぞ」 「そっかあ…」 少し安心したのかルチカの表情に笑顔が戻る。オレがルチカの可愛い微笑みに気を取られている隙に、彼女と違って怯えた様子が全く無いマリーが妙にきっぱりと、 「もし寄ってきたら、今度こそ祓ってみせますから、大丈夫です」 と、宣言した。 「本当?」 今回のことはマリーにとってはかなり腹立たしい事件だったようだ。フェンの話を聞くマリーはいつにも増して愛想が無い。 そんな無表情なマリーの言葉でもルチカにとっては頼もしく感じたのか、ルチカの顔がぱっと華やいだ。彼女は勢いよく自分よりも背の低い僧侶に飛びつく。 「さすが、マリー! 頼りになるわぁ♪」 「オレも守るよ!」 出遅れたオレの主張は届かなかった。楽しそうにマリーの腕につかまるルチカをオレは指をくわえて見ているしかない。森の中を通る風が、足元の枯葉を巻き上げていく。 「ふっ…」 悲しい瞳で見つめているのがマリーにばれた。 勝ち誇られて悔しくなったので、フェンに抱きつこうとしたら素早く逃げられた。かなり悲しい。 「ま、そういう体質なもんで、性質の悪いものはなんとなくわかるんだ」 マリーとオレの睨み合いを見ないふりしてフェンは話を元に戻した。 湖の中の赤い光がろくでもないものだとフェンはすぐにわかった。ああいう禍々しい気配のするものをじっと見ては危ないことになる。 慌てて光から目を逸らし、オレ達に注意を促そうとした、その時。 「…誰だ?」 そう言ったはずなのに、声は出なかった。 まるで赤い陽炎のように。位置が定まらず曖昧な何か。 揺れる輪郭はそれが壊れかけたものであることを示し、凍てつくような冷たい気配はそれが死者であることを示していた。 忽然と現れたのは濁る緑の髪を腰まで伸ばした女。 青白い肌に赤い瞳の、造作だけならとても美しい女がフェンの目の前に立っていた。そしてフェンは彼女が森の中で見かけた幽霊であることに気づき、ぞっとする。 絶世の、をつけても許されるほどの美女がフェンを見上げて微笑んだ。彼女は細い腕を伸ばしてフェンの頬に触れる。予想通り氷に触れられたかと思うほど彼女の指は冷たい。彼女の指で凍傷になりそうだとフェンは思った。 もちろん嫌な予感はずっとしている。逃げられるものなら逃げたい。だが緑の髪の女が目の前に現れてから体の自由が全く利かない。呼吸さえろくに出来ていない気がする。 緑の髪の女はフェンの焦りなど気にせず、優しく微笑んだ。恋人にするようにさらにフェンの頬を撫でる。 「探した…、わたしのウィル…」 違う、と言おうとしたけれど相変わらず声は出ない。代わりのように、誰かが彼女の名前を呼んだ。 「愛しいアン…」 耳元で男の声がする。全身に鳥肌が立った。 「夢見るルビーがあれば、永遠に一緒よ。離れ離れは嫌…、ずっとずっと一緒にいようね…」 「もちろんだ。僕はずっと君のそばにいるよ」 「約束よ…」 フェンの背後にいるウィルという男にアンと呼ばれた緑の髪の女は幸せそうに微笑んだ。フェンを通して体も命も失った恋人達は永遠を誓う。 「さあ、いきましょう…」 「そうだ、いこう…」 いつかウィルという男の声はフェンの後ろからではなく、フェンの中からするようになり、そしてフェンの口から出るようになっていた。 冷たさにしびれる頭で必死にもがいてみても体が動かない。アンの求めるまま、フェンを乗っ取ったウィルはフェンの体を使い歩き出す。湖の中には相変わらず禍々しい赤い光があった。アンとウィルはそこに向かって歩いているようだ。 アンとウィルの囁きを聞いているうちに思考さえも侵蝕されていく。アンの手招きに応じるまま、フェンは足を湖の中に入れた。 気持ちが安らいでいく。湖の中の赤い光しか見えなくなっていく。 「落ちる気ですか?!」 ぶつかってきた何かのおかげで、フェンは正気に返った。 まだ鈍る思考の中でフェンは視線を落とす。すぐ目の前に長い空色の髪が見えた。誰かが自分に正面から抱きついているのだと、数秒遅れて気がついた。 アンとは違って全く幸せそうではない。必死の形相で体全体を使ってフェンを押すマリーをフェンは見下ろした。 ウィルに乗っ取られて意識を手放している間に膝辺りまで湖の中に入っていた。膝下が湖の冷たい水に浸かっている。フェンと同じように水の中に入り、濡れることも気にせずマリーは一生懸命フェンを押している。 背後からはまだウィルとアンが意識を乗っ取ろうと囁きを続けている。 その囁きにフェンは抗おうとした。 だが、それよりも早く、 「ああ…ウィル…」 「愛しいアン…」 亡霊達の悲痛な呟きが呻きに変わる。前を見れば、湖の中の赤い光がいつのまにか大きく膨らんでいた。光はフェンやマリーを飲み込む勢いで膨れ上がる。同時に大量の水が頭上から降りかかり、自分達が湖の中に沈んでいくのをフェンは自覚した。 「赤い光の正体は、夢見るルビーなんだろうなぁ」 フェンは呟いた。 エルフの村に続く森の中。オレ達はフェンに話を聞く。 「カイリが言ってた夢見るルビーが人の魂を食うっていうのは事実なんだろう。俺も夢見るルビーに一度は食われかけたみたいなんだが、ルビーの赤い光の中で沢山の人の記憶を見た。あれがルビーの取り込んでいた魂の破片なのかもしれない」 ルビーの食べ残しなのか、それともそういうものなのか。フェンはルビーの光に包まれながら石に食べられた沢山の魂の破片を見た。中にはウィルとアンの最後の記憶もあった。 「赤い光の中をしばらく彷徨ってたんだが、途中で何かルビーに衝撃が入って、なんか赤い光に綻びが出来たから無理やり暴れたら出られたんだ」 あの化け物にはオレ達の攻撃ではあまりダメージが入らなかった。フェンがルビーから脱出できたきっかけになった衝撃とは何だろう、と考えてオレは思い出す。 そういえばルチカがルビス神の力を得た回復の泉の水を一度化け物に投げた。それがきっかけだったのではないだろうか。だとしたら、さすがはルチカだ。 「私は他の人の記憶は見ていないのです」 少し首を傾けながらマリーは言った。 「自分の過去は少し見ました。見たのは取り留めの無い旅立つ前の日常の記憶です。…ですがそれも少しの間のことで、気がついたら湖の中でした。フェンが赤い光が飛び出した時に、運良く一緒に吐き出されたのかもしれません」 「どうしてマリーとフェンで違うものが見えたのかしら?」 「…そんなこと俺にもわからねぇよ。まあ、それはともかく」 立ち止まると、フェンはオレ達に頭を下げた。 「すまん。また迷惑をかけてしまった」 「えええっ! 謝らないでよ!」 驚いてオレはフェンの服を掴む。 「全然フェンは悪くないだろ! だいたいフェンがアンの幽霊を見つけてくれたから夢見るルビーも見つけられたんだし、ルビーが生んだ化け物を倒したのもフェンだし、エルフの村の場所がわかったのもフェンのおかげだ!」 はた、と恐ろしいことに気が付いたオレは彼の服を掴む指に力をこめた。 「まさか、仲間を止めたいとか言わないよね!」 「…!」 後ろでマリーとルチカが息をのむ音が聞こえた。 「カイリのいうことは本当ですか?! ノアニールの件が終わったら、剣術の続きを教えてくれると言ったではないですか!」 マリーがオレと同じようにフェンの服の端を掴む。 「そうよ〜」 ルチカまでが、フェンの服をつかむ。 「フェンがいないと、このパーティ空中分解するわよ。マリーとカイリとあたしの幸せの為にも一緒に行きましょうよ、ね」 三人がかりで詰め寄られて、フェンが困った顔をする。 「まだ別れようとまでは思ってなかったんだが…」 「ということは、考えはしたのね」 「うわああああ!」 「余計なことを言うな! それからこんなことで泣くなカイリ!」 フェンがいない旅というものを想像してしまい、泣き出したオレは鼻を鳴らす。ルチカに励まされて、彼女に頷いてからハンカチで涙をぬぐう。ハンカチは今朝、マリーに返してもらったものだ。 はあ、とため息ついてからフェンはオレの肩に手を置いた。 「ありがとう。こんな霊媒体質の俺でよければ、これからもよろしくな」 やがてエルフの村に辿り着き、夢見るルビーを持っていたオレ達はエルフの女王への面会を許された。女王はルビーを見て、全てを察したようだ。 遺書を読み、悲しげに眉をよせた彼女はオレ達に礼の言葉と、七色に光る不思議な砂の入った瓶を渡した。目覚めの砂という名の魔法の砂だ。ノアニールで撒けば眠りの魔法が解けると言う。 「…何かを恨まなければ、耐えられないって感じ」 駆け落ち騒ぎに巻き込まれただけのノアニールについて、色々言いたいことはあったはずなのに、オレ達は結局何も言えなかった。 エルフの村と人間の国はこれから先も断絶を続けるだろう。 勇者と言われても、天地属性でも今回オレは何も出来なかった。それを忘れないでおこう。そう思う。 [ next Assalam ] [ back index ] |