ノアニール村で目覚めの砂を撒いたら、村人達が十数年振りに目を覚ました。
 虹色の砂がさらさらと風に流れていくのを見終えてから、オレ達はウィルの父親と一緒に村長に事情を話した。
 でも村全体が今の状況を知るのはもうすぐ先にになると思う。
 旅人であるオレ達は、村の行方を見届けずにノアニールを出た。

 オレ達は、ルーラでカザーブに戻る。
 元々の依頼主である武闘家幽霊の様子を見るために共同墓地まで行ってみたら、誰もいなくなっていた。霊感のあるフェンにも何も見えないらしい。
 ノアニールにかかっていた強力な魔法が解けたから、天に昇るのを邪魔するものはなくなったということか。
 鬱陶しい老人だったけど無事に天に昇れたならよかったと、ぼんやりする頭でオレはそう思った。

 そして翌日。オレ達は王冠を届ける為にロマリア城を訪ねた。
 ノアニールの件の為にオレ達に王冠返却を後回しにされてたとかいう理由を知らないロマリア王は、王冠を手にしてものすごく喜んだ。
 浮かれたロマリア王は、はしゃぎ過ぎて何故かオレに王位を譲りたいとまで言い出す。慌てて大臣さんが止めていたけど、ロマリア王はアリアハン王よりさらに雰囲気に流されやすいタイプのようだ。
 仲間達の様子を窺うと、王冠を盗んだ張本人であるルチカが呆れたようにロマリア王を見ていた。


 かなり引き止められたけど、色々と面倒だったからオレ達は適当な理由をつけてロマリア城から早々と退出した。
 相手を煙に巻きつつも、ロマリア王からオレが勇者として旅をすることを認めるという言質を忘れずに引き出したルチカとマリーには尊敬の念しか湧かない。

 ロマリア城を出てから城下町をしばらく歩き、見つけた洒落た喫茶店に入る。
 店を選んだのはもちろんルチカだ。
 メニューには沢山の飲み物の名前が並んでいた。そのメニューをあれこれ指差して、ルチカとマリーが何かを楽しそうに語り合っている。
 果実水を注文することに決めていたオレは、昼過ぎの明るい光がルチカの銀髪に当たってきらきら光っているのをひたすらに眺めた。

 やがて注文の品が運ばれてきて、魔法で冷やされた冷たい紅茶を飲みながら、ようやく次はどうしようかという話になる。

「アッサラームに行くってのはどう?」
 最初にルチカが言った。彼女は言いながらくるくると指を回している。細い指の先の、形のいい爪が空中に円を描く。
「どうしてですか?」
「それはねー」
 紅茶の入ったカップを両手で抱えたルチカがマリーに微笑みかけた。
 なるほどアッサラームもいいなと、オレはその街の情報を脳内から引っ張り出す。

 盗賊都市アッサラーム。
 一応イシス王国の一都市である街だけど、イシス王国の弱体化に伴い半独立した自治都市だ。農業には適さない場所にある為に昔から商人が多い街だったけれど、自治都市へと変貌する過程でいつしかアッサラームは広大なスラム街に非合法な商売がひそむ裏の顔を持つようになった。街には大小の盗賊組織が存在し、抗争を繰り広げているという。

「ちょっと前にも話してたけどさ、行き先とか決めて無いんでしょ」
 これはオレへの質問だ。オレは頷いた。
「うん。あんまり細かく決めてない。どうやってネクロゴンドに行けばいいかもわからないし、だいたい今まではそれどころじゃなかったしさ」

 誘いの洞窟を使ってアリアハンを出ることは決定していたから、まずロマリアに着くことは旅立つ前からわかっていた。
 他の国と海を隔てているアリアハンと違って、ロマリアからなら世界中の大抵の国にいくことが出来る。サマンオサやランシールに向かうには船が必要だろうけれど、それでも半鎖国のアリアハンからよりはずっと行き易いだろう。

 そのロマリアからであっても、魔王バラモスがいるネクロゴンドには真っ直ぐ向かうことが出来ない。

 ダルファ先生に調べてもらったことだけど、十数年前に魔王バラモスが突如世界に現れた時、ネクロゴンド周辺は謎の地殻変動を起こして、城の四方を高い山に囲まれているような地形になってしまったという。
 周りは活火山で草一本も生えていない不毛の土地になっている。おまけにネクロゴンド全土に大量に凶悪な魔物が住み着いていて、普通の人間では山に近づくことさえも出来ない。
 
 だが、バラモスの居城に辿り着くには、その火山を越えていくしかない。
 オレの親父である勇者オルテガは、その火山を越えようとして叶わなかった。彼は足を滑らせて火山の中に落ちた。

 まだ全然弱いオレに親父のような山越えルートはとても無理だ。オレは別に天才じゃない。ついでに言うと、親父みたいに正義と勇気に満ち溢れた人間でもない。
 勇者として旅立たされたから、そして優しい仲間達に出会えたから、自分なりに努力して大事な人々だけでも守っていきたいと思っているだけだ。

 話がずれたけど、そういうわけでオレは親父みたいに山越えルートをとる気は全く無かったから、アリアハンにいる時にダルファ先生に色々調べてもらった。
 だけど、山越え以外でネクロゴンドに行く手段は見つからなかった。

 半鎖国のアリアハンだから情報が足りないのかもしれない。他の国なら、例えばロマリアなら別のルートもわかるかもしれないかもしれないと思っていたのだけど、ロマリア王に聞いてみたけど彼も知らないようだった。この王には、つくづくただ働きさせられたと思う。
 まあ、ロマリア王の自分勝手な頼みのおかげでルチカと出会えたのだから、良しとするけども。

「アッサラームは素人には危ない街だけど、盗賊や商人が多いから情報量は世界一よ。どちらも情報が重要な仕事だからね。王宮には無い情報があるかもしれない」
「なるほど…」

 オレがルチカに見とれているので、代わりにフェンが頷いた。顎に手を当て彼は何か考えているようだ。様子から考えて、彼はアッサラームに行ったことがあるらしいなとオレは思った。アッサラームを見たことが無いオレとマリーは首を傾げるだけだ。

「あと、アッサラームにはお世話になった人がいるから旅立つ前に挨拶したいというのもあるのよね。あたし一人でキメラの翼を使って行ってきてもいいけど、さっきも言ったとおり情報量が多い街だし、商人が多いから何かいい買い物も出来るかもしれない。イシスへの中継点にもなる街だから、行っておいて損はないかなと思って」
「そうだね…」

 ルチカの言い分はもっともだった。
 ネクロゴンドに行く為の情報は、まだ全然足りない。
 アッサラームのような街や、古の王国の一つであるイシスには行ってみる価値は十分ある。

 それにイシスについては、別に気になっていることがある。ノアニールで目覚めた村人の中に、親父がイシスに行くと言ってたと話した人がいた。十数年前、彼らが眠る前の情報だけど、あの勇者と呼ばれた親父がわざわざ目指した場所だ。何かあるのかもしれない。

「ということはルチカってさ、アッサラームに詳しいんだ?」
「まあ、そこそこね。父さんに連れられて何回も行ってるから」
 オレの質問にルチカは肩をすくめつつ言った。

「フェンは?」
「行ったことはあるが、詳しいと言えるほどじゃないな。知り合いも特にいねぇし」
「そっか」
「どうしたの?」
「情報は確かに欲しくてさー」

 オレは椅子の背もたれにもたれかかった。
 みんなの様子を眺めながら、考えをとりとめなく口に出す。

「オレはダーマにも行きたいんだよね」
「転職出来ないのに?」

 アッサラームより更に遠い場所の名をだすと、ルチカが訝しげに聞いてきた。
 ダーマ神殿といえば「転職」の儀式だ。ルチカがまずそれを聞くのは当然のことだろう。

 アリアハンやロマリア等、城下町や大都市には必ず高位の僧侶がいる。彼らは「就職」の儀式を執行する能力と資格を有する者達だ。
 就職といっても別に大工とか兵士とか、そういう職業に就くことの為には儀式はいらない。彼らが執行するのはダーマ神殿法で定められた九つの職業のうち戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、商人、盗賊、遊び人を認める為の儀式だ。
 この儀式を行ってこれらの職業は正式にその職業に就いているとみなされる。

 戦士や武闘家ならこの儀式を受けずにその手の職業を名乗る、所謂「もぐり」がいたりするけれど、魔法を覚える為の下地として「就職」儀式が必要な魔法使いや僧侶はそうはいかない。
 だから城や大都市には、この就職儀式を執行する僧侶がだいたいは赴任している。

 この「就職」の儀式は、一度執行してしまうと取り消すのが難しい。違う職業に就きたいと願う場合は就職より更に高位の資格を持つ僧侶に「転職」儀式を行ってもらう必要がある。
 その転職儀式を持つのはダーマ神殿につとめる高位僧侶のみとされている。だから転職するには必ずダーマ神殿に行かなければならないのだ。

 転職儀式は資格を変えるにふさわしい意識を持っていると確認されたら誰でも「転職」できるけど、九つの職業の一つと正式に認められながら、一つだけこの儀式で転職できない職業がある。
 それが「勇者」だ。

 勇者こと天地属性者は、魔法を覚えるのに一切の儀式を必要としない。「就職」の儀式すら必要としない。その代わり適正の無い魔法は何の職業に就こうとも決して覚えられない。逆にその職業に就くことによって、本来使えるはずの魔法が使えなくなったりする。
 だから勇者の転職には意味が無く、ダーマ神殿も認めない。

「一応天地属性だからねー。じゃなくてさ、ダーマならネクロゴンドに行く為のヒントがあるかもしれないと思うんだ」

 ダーマ神殿は、世界中の神殿の総本山だ。
 歴史も長いし、神学や遺跡や数々の学問がこの神殿に集まっている。学者の数も多い。
 旅の扉とか抜け道とか、便利な魔法とか。ダーマ神殿になら何かの情報があるかもしれない。

「なるほどねー」
 みんな納得してくれたけど、ダーマ神殿はロマリアからかなり遠い。
 ルチカの挨拶のこともあるし、まずは比較的近い場所にあるアッサラームをオレ達は次の目的地に決める。
 それから数日後、装備を整えロマリアを旅立った。

 ロマリアから東南方面に伸びる街道をそのまま歩き、海峡を二度越えてオレ達は南大陸のイシス領へと足を踏み入れた。
 幾つかの街や村を越えて野宿を繰り返す。
 道を進む度に気温が上がっていく。イシスやアッサラームの気温はロマリアよりもずっと高いということは知識上知っていたけど、実際にその熱気を受けつつ歩くのは意外と辛かった。

「暑そうねー」
「まあね」
 すすっ、とオレのそばにやってきたルチカに、元気のない声でオレは返事した。
 
 比較的軽装で、しかもアッサラームに行ったことがあるルチカとフェンは元気そうだ。
 だが通年温暖な気温が続き酷い寒さも暑さも経験したことが無いオレとマリーにはこのむしむしとした暑さはかなり堪える。
 オレより更に体力がないマリーを気にかけて、ルチカはまめに彼女に世話を焼いていた。オレに対しても、暑さに対するアドバイスを何かとしてくれる。

 それでも歩き続けて、その暑さにも徐々に慣れてきたころにオレ達はようやくアッサラームの街まで辿り着いた。
 慣れたとは言ってもやっぱり疲れているのだと思う。街を見てほっとしたのが顔に出ていたみたいだ。

「まだ気を抜いちゃダメよ」
 それを目ざとくルチカに見つかった。

「アッサラームは慣れるまではすごく危険な街なんですからね」
「最初は一人で行動するなよ。この街はスリも詐欺師も阿漕な商人も山程いるんだ」
「マリーなんて可愛いから特に危険よ。人さらいも潜んでいるんだからね。あ、カイリ。男だってさらわれることがあるから油断しないで」

 街に向かう途中、繰り返しフェンとルチカは注意をする。
 オレもマリーもロマリアやカザーブを歩いてきたのだから、別に旅の素人ってわけじゃない。繁華街だってオレはアリアハンにいたころからそれなりに慣れている。
 まだまだ旅の素人だと言われているような気がして、オレとマリーはしかめ面をした。




 アッサラームに着いたのは昼過ぎだった。
 太陽が一番厳しい時間だ。とにかく暑い。

 挨拶に行ってくるというルチカと別れて、オレ達三人は大通りを歩いた。
 アッサラームの露店街は、ロマリアやアリアハンの商店街とは大分違って、全体的にごちゃごちゃしている。けど、活気はこっちのほうがあった。
 延々と露店が続いているように見えるけど、フェンが言うには街の北部にはきちんと建物の中で品物を売っている店舗もあるらしい。

 一般的に露店の商品は安いけれど、品質に問題があるものや粗悪品も多いから武器を買うのは勧められない。露店街を抜けたところに一軒、品質のいい商品を扱ってるし店主は奇妙なほど友好的だけど、ものすごくふっかけてくる武器屋があるという話は街に着く前に聞いていた。
 街に入る前はいまいちぴんとこなかったけど、実際に見てみるとなんとなく納得できる。

 この街は、オレの知る街とは全く違う。
 道行く人の姿も全然違う。
 露店に積み上げられた売り物もみたことないものばかりだ。箱一杯に積み上げられた鮮やかな色の果物や、金メッキがピカピカ輝くごついアクセサリーを売ってる男が積極的に客を呼び込んでいる。何かわからない皮製の品物をめぐって、露店主と客が必死で交渉していた。
 そのあまりのもの珍しさに、オレは疲れているのも忘れて、ついつい歩みは遅くなる。

「こら。ちゃんとついてこいよ。はぐれるぞ」

 引っ張られて振り向くと、フェンがオレの襟首を掴んでいた。
 フェンの腕にはマリーがしがみついている。小柄な彼女がはぐれるのを防ぐ為だろう。人の熱気にあてられたのかマリーの頬が少し赤い。

「早くしないと宿屋がなくなるかもしれないんだ。人気のあるところだそうだしな。店なら明日ルチカとデートしながらみてこいよ」
「うわ、それ最高!」
 フェンの素敵な提案に、オレはテンション高くフェンに抱き付いた。
 人ごみに流されないように、マリーを見習ってオレもフェンの腕にくっついてみる。

「デートかぁ…」
 オレが呟いたその時、丁度カップルらしい二人連れがオレ達とすれ違った。輝く銀色の髪飾りを指差して、女性のほうが何かを一生懸命話している。
 それを自分の身に置き換えて想像してみたら、心弾み過ぎて顔がゆるむのが止められない。

「もしかして、ルチカと付き合っているのですか?」
 にやにやしていると、マリーにそう聞かれた。いつものような無表情で、直接きっぱり聞いてくる彼女はやはり元お嬢様らしくない。
 しかし、マリーの単調な声質で言われたとしても「付き合っている」という単語には心が弾む。将来、そうなればいいなぁと呟きながらオレは答えた。

「いや、その、今のところオレの片思いだけどさ」
「気持ちはもう伝えているのですか?」
 オレは照れながら首を振る。
「まだだよ」
「まだなのか」

 フェンも少し目を見張った。
 そのフェンにくっついて歩くのが暑くなってきたので、オレは彼の服を掴むことにした。片方にマリーが腕にぶら下がり、片方でオレが服を掴んだからフェンは歩き難そうだ。彼は少し顔をしかめたけれど、はぐれるよりはましだと思ったのだろう。服については何も言わなかった。

「父親に挨拶までしたのに、告白もまだなのですか…」
「確かにちょーっとフライングしちゃったなぁとか思うけどさ」
 プロポーズじみたことを口走ったかもしれないけど、一緒に旅をするのだって命を預かるっていう結婚と同じくらい責任のあることだ。あれくらい言うのがオレは当然だと思う。
 そう思ってから、オレは今重大なことを言われたのに遅まきながら気がついた。

「…って、なんでマリー、オレがルチカのこと好きなの知ってるんだよ!」
「今、あなたが自分で言ったではないですか。片思い、と」
「しまったああああああああ!」

 オレは頭を抱えた。
 フェンに恋心を看過されて、うっかりマリーにまで口を滑らすなんて我ながら浮かれすぎている。

「マリー」
 おそるおそる、オレはフェンの向こう側にいる青髪の僧侶に話しかけた。
「何ですか?」
 相変わらず彼女には愛想が無い。だが、そんな彼女とルチカは仲がいい。
「ルチカには、このことは黙っててくれない?」
「…いいですよ」
 しばらく感情をはっきり出さない瞳でオレを見上げていたマリーは、そう答えてオレから目を逸らした。
 ほっとして、オレは息を吐き出す。

「ありがとう。告白はやっぱり自分でしたいからさ」

 愛するルチカへ、この恋心を伝えるときは絶対にドラマチックなシチュエーションで、まるで劇に出てくる王子様のように爽やかに愛の告白をしたいとオレはひそかに思っている。
 仲間といえどもオレ以外の人間の口から、先にこの恋心を知られるのは嫌だ。

「俺らは何も言う気はないけどな…」
 フェンが、何故か物言いたげな目でオレを見下ろしていた。マリーも同じような目でオレを見ている。
「まあ、これに関してはお前とルチカの問題だし、これ以上は何も言わねぇけど…」
「ルチカですからね…」
 彼の言葉に頷いて、何でもばっさり言い切るマリーが言葉を濁した。

「どうかした?」
「いや。まぁ、頑張れよ」
「うん!」

 いつか最高のシチュエーションでルチカにこの思いを伝えよう。
 太陽に熱されたアッサラームの街で、オレの心は熱く燃え上がった。
 









[ next ]