とりあえずなんとか怒りをおさめてくれたらしい。
 ため息を吐いたルチカは、少し不機嫌を残したぞんざいな仕草で顎をしゃくった。

「カイリ。あんたを連れていく所があるの。用意して頂戴」
「はい! もちろん!」
 正座のまま、平伏しそうな勢いでオレは頷いた。オレの勘が今少しでもルチカの機嫌を損ねれば、恐ろしいことになることを予感している。

 慌てて服を着たオレは店を出て行こうとするルチカを追いかけようとした。ちなみに、マッサージ代は前金で支払っているのでこのまま出て行っても問題ない。
 ルチカは出口のドアノブに手をかけて、何か思い出したかのようにくるりと振り向いた。
 袖に手を通しながら彼女を追いかけていたオレもつられて振り向く。ルチカの視線の先には、金髪の盗賊がいた。

「トパーズ。悪いけどひとつ頼まれごとをしてくれないかしら」
「珍しいわね。何?」

 彼女は親しげにルチカに問いかけた。
 その微笑に微笑みで応じつつも、ルチカは不機嫌さの欠片を瞳に宿したままだ。いつもより口調が少しそっけない。

「デビットの宿屋にあたし達の連れが泊まってるの。この勇者様がふらふら外に出て行ったから心配してるはずよ。無事保護したって伝えてくれない?」
「わかったわ。お連れさんの名前は?」

 ルチカの頼みをトパーズはにこやかに請負った。親切な人だ、とオレは思ったけど、ルチカはそうは思わなかったようだ。
 彼女は半眼で彼女の友人を見る。

「フェンインとマリアベルよ。言っとくけどマリーはすっごい可愛いんだから、余計なちょっかいはかけないでよね」
「ええ〜。そんなに可愛いの?
 …仕方ないわね。わかったわ。あなたの可愛いマリーには手を出さないから」
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 マリーは、とルチカは念押ししたけど、宿屋にはフェンもいる。不穏なものを感じたオレは、そうっとルチカの様子を窺った。
 ルチカには未だ不機嫌な気配が消え去っていない。

「あの、フェンは…?」
「いいのよ、あんたにろくでもない情報を流すような奴は」

 ごめん、フェン。何故かわからないけどぱふぱふについて色々教えてもらったことがルチカにばれました。どうしてばれたのかはオレにもわかりません。

 ルチカは扉を開けながらオレに答えて、振り向かなかった。これ以上ルチカの機嫌をそこねないように黙ってオレは外に出て行くルチカを追いかける。
 オレが後ろ手で扉を閉めようとしたとき、トパーズの弾んだ声が最後に聞こえた。
 
「元お客様との再会か〜。楽しみね〜」
「ほら、カイリ。行くわよ」

 なにやらものすごく恐ろしいことを聞いた気がするけど、ルチカに呼ばれてオレは無言でルチカについて歩き出した。
 本当にごめん、フェン。


 ルチカを追いかけるように外に出た。
 相変わらず空気は生暖かく、ざわざわしている。風があるだけ、室内よりは過ごしやすい気もしたけど、汗ばむのは変わらない。

 でも、こんな空気は嫌いじゃない。

 隣にルチカがいるからかもしれない。初めて会ったときのように、月光を背負って立つ彼女のエメラルドのように輝く瞳にオレはひきつけられる。
 オレは少し歩調を上げて、ルチカの隣に並んで歩き出した。

「なんで笑ってるのよ」

 うっかり顔が緩んでいたらしい。見咎められて、オレは少し背筋を伸ばした。が、だめだ。やっぱり顔が笑ってしまう。

「だって、夜のデートみたいだからさー」
「で…」

 ルチカは少し目を開いてオレを見て、声を詰まらせた。彼女は顔をしかめる。多分、オレの気のせいだと思うけど、頬が少し赤い。

「あんたって、ああいう店に入った後にデート気分だなんて、根性座ってるわねぇ」
「あははははははははははははは…」
 オレは笑ってごまかした。

 なんとかルチカを怒らせないように気をつけながらオレは彼女について道を歩く。
 ルチカは狭い路地裏に入り込む。砂を塗りこめた石壁の隙間の細い道路だ。表通りに比べて暗くて細く、人通りもほとんど無い道を彼女と二人並んで歩く。

「ここよ」

 ルチカが立ち止まって、ある壁についた木製の扉をノックする。扉が開いて内側から老婆が現れ、オレ達を中に誘う。
 老婆からランプを受け取ったルチカが無言で歩き出す。この場所のことをルチカは良く知っているのだろう。トパーズの店を出てから、ここまでルチカに迷う様子は全く無かった。
 建物の中に入ったことで、月の光が届かなくなった。
 代わりにランプの炎があるけれど、月光で輝くルチカはとても美しかったから、オレはなんとなく残念に思った。



 それほど大きな建物ではなさそうだった。外見から考えて二階建て。アッサラーム風に石を組上げて出来た家だ。広さはオレの実家と同じくらいだろうとオレは見当つけた。

 少し廊下を歩くと現れたアッサラームでは珍しい黒い木材の扉をルチカがノックもせずに開く。ルチカの後をついてオレもその扉をくぐった。
 色をつけられたガラスで出来た高価そうなランプのそばに、布がかけられたソファがあり、そのソファで女性が一人くつろいでいた。
 トパーズよりも色の薄い金髪の美女だ。アッサラームに住んでいるのにトパーズやルチカと違ってその肌は日に焼けておらず、陶磁器のように白い肌を黒いドレスで包んでいる。
 ドレスの胸元は谷間が見えるほど大きく開いていて、折り曲げた足が太ももの半ば辺りまでドレスの裾を巻き上げてしまっている。
 長い睫毛の下にはルチカよりも深い色の緑の瞳。ゆるく波打つ金髪を背中に無造作にながして、彼女はしどけなくソファの背にもたれかかっていた。

「……」
 オレは愛想笑いのようなものを浮かべたまま、言葉に詰まった。
 …なんていうか、色気が。
 彼女から溢れる色気が凄すぎる。
 
 ルチカは普通の女の子よりも色っぽい雰囲気があって、そんな彼女には毎日ドキドキしっぱなしだけども!
 先ほど会ったトパーズもかなりセクシーだし、アッサラームはなんとなく色気のあるタイプの女性が多いけれども!
 
 ぶっちゃけ、桁外れです。と、心の中で誰かに向けてオレは降参の白旗を振る。
 どこをどうやったら、こういう女性が出来上がるのだろう。
 雰囲気に完全にのまれたオレは、扉の入り口から動くことすら出来ない。

「いらっしゃいませ、勇者カイリ様」

 話しかけられて、それでやっと緊張がやわらいだ。少しだけだけど。
 そして、そこでオレは初めて気がついた。オレは、彼女の顔に見覚えがある。

「ビビアンさん?」

 アッサラームの繁華街近くにベリーダンスの劇場がある。そのポスターに彼女は描かれていた。たしか彼女は一番人気のベリーダンサーだ。

「なんで知ってるの…?」
 ぼそりと呟かれたルチカの言葉に、先程とは違う理由でオレは固まった。
 ベリーダンスのポスターを覚えてたのは、もちろんベリーダンス劇場に行きたかったからだけど、素直に理由を言ってはいけないとオレの本能が言っている。

「ベリーダンスはこの街の名物で、わたしはそのナンバーワンよ。勇者様の記憶に残っていることもあるでしょう」
「………そうね」

 ビビアンが口添えしてくれた。頷くまでの間が妙に長かったのが気になるけれど、一応ルチカも納得してくれたようだと、思う。多分。
 そんなルチカに笑いかけてから、ビビアンは再びオレに目をやった。

「改めて自己紹介させてくださいね。わたしはベリーダンサーのビビアン。この街では「石の女王」とも呼ばれるけれど…」

 流し目が芸術的に色っぽい。
 ルチカの視線が怖いのでなんとか流されないように踏ん張りつつ、オレは彼女の言葉の意味を考えた。

 「石の女王」とは、先程話したぱふぱふ嬢のトパーズが所属する盗賊団の首領の二つ名だ。「石の女王」の率いる盗賊団の幹部は宝石の名前を冠し、ルチカも客分でありながら「エメラルド」という「名前」を貰っている。
 彼女の率いる盗賊団は盗賊都市と呼ばれるこのアッサラームの街で、最大規模の勢力を誇り、構成員の人数も多いらしい。その盗賊団の首領がベリーダンサーのビビアンだなんて、予想外過ぎる。

 ルチカは、この「石の女王」なら王宮や神殿がつかめない情報も知っているかもしれないと話していた。きっと、アッサラーム中の情報が、彼女の元に集まるのだろう。
 ベリーダンサーのビビアンが盗賊団首領だというのもショックだったけれど、それがルチカの知人だというのもショックだった。
 ということは、だ。
 ルチカとマリーに黙ってこっそりとベリーダンスを見に行ったとしても、ビビアン経由でルチカにはオレの行動が丸わかりになるということだ。

 さよなら、ベリーダンス…。
 オレは少し悲しくなった。

「ルチカがここではエメラルドと呼ばれていることはご存知かしら。彼女はこの街で仕事をすることもあるの。仕事の報酬は、わたしの知る情報」
 そしてビビアンは、オレに妖しく微笑みかけた。

「その情報は…勇者様。あなたにとっても大事な情報なの」
 彼女は微笑んだまま、一枚の紙を脇から取り出した。指先で勧められて、ビビアンの向かい側にある三人がけのソファにルチカと並んでオレも腰掛けた。ビビアンとオレ達の間にはやはり高価そうなガラスのテーブルがある。そのテーブルの上に一抱えほどもある紙が広げられた。
 オレはテーブルの上に広げられたその紙を覗きこむ。丈夫そうな紙には、かなり詳細な世界地図が描かれていた。
 ビビアンの細い指が、地図の一点を差す。綺麗に磨かれた爪が指す場所は、バラモスの居城があるネクロゴンドだ。

「ネクロゴンドにある魔王バラモスの居城は険しい山々に囲まれているわ。わたしの知る限り、その山を越えた者はいない」

 親父はその険しい山を越えようとして死んだ。勇者オルテガに出来なかったことを駆け出し勇者のオレに出来るわけがない。

「陸路からも海路からも、魔王の城に行くことは出来ない。魔王が現れてから十数年の間、沢山の人々が魔王の城に繋がる洞窟や旅の扉を探したけれど、それも見つかっていない。ルーラで行こうとも、バラモスの城にたどり着いた人間が一人もいないから、誰も連れて行けない」

 ビビアンは絶望的なことをさらりと並び立てた。
 魔王バラモスが現れてから、多分沢山の戦士達が魔王を倒そうとネクロゴンドの城を目指したのだろうと思う。だが誰も城に入ることすら出来てないほど恐ろしいことになっているとは思わなかった。
 情報の集まるアッサラームの「石の女王」がそう言うなら、本当にバラモス城に辿り着けた人間はいないのだろう。そして、バラモスが現れて十数年の間、世界中の人々が必死になって探し続けて見つからないなら、本当にネクロゴンドに行く方法などひとつも無いということだ。

「でも、まだ空路があるわ」
「え?」

 きらりと瞳を光らせて、ビビアンは更に妖艶に微笑んだ。
 様子の変化に驚いたオレは隣に腰掛けたルチカを見る。ルチカは少し眉間に皺をよせていて、オレの視線に気がつくと、目でビビアンの方に向き直るように指示した。
 オレが今聞いている話をルチカは知っているようだけれど、説明係はビビアンということらしい。

「ええ。徒歩でも海からもバラモス城に行くことが出来ないなら、後は空から行くしか無いでしょう?」
「空って…」

 オレは困惑する。
 当たり前だが、人間は空を飛べない。
 魔力をうまく制御すればルーラの応用呪文で少しの間くらいなら宙に浮くことは不可能ではないけれど、その魔法での滞空時間はごく短い。ネクロゴンドの高い山など、とても越えられるものじゃない。
 それにバラモス城の周りなら、鳥形の魔物も沢山いるはずだ。制御の難しいこの魔法を操りながら、魔物を避けたり撃墜したりするのは、まず不可能といっていい。

「六つのオーブの伝説をご存知かしら?」
「聞いたことはありますけど…」

 ビビアンの急な話題変換についていけずに、オレは首をかしげながら答えた。
 どの本に載っていたかは忘れたけど、この世界には不思議な六つのオーブがあるという。本には、赤、青、黄、緑、紫、銀の六色のオーブは、神がこの世界に向けて流した涙が結晶化したものだという伝承が記述されていた。

「なら、六つのオーブを集めると、神に会うことが出来るという伝承は?」
 聞かれてオレは考えた。
 確かに、あまり一般的な伝承ではないけれど、そういう伝承もどこかに書いてあった気がする。

「ある場所にね、その神はラーミアであるという伝承があるの」
「ラーミア!?」
 神鳥ラーミア。精霊神ルビスの分身という伝承もある聖なる鳥だ。夢見るルビーのあった洞窟にそのルビスを祀る祭壇があった。

「もしかして…」
「そう。六つのオーブを集めてラーミアを呼び出せば、ラーミアはその人を背に乗せて飛んでくれるそうよ」
「伝説ですよ?」

 オレは言った。
 そんな神話じみた眉唾ものの伝説をまともに追いかけるなんて、正気の沙汰じゃない。それに、万が一事実だったとしても、神の分身とも呼ばれる神鳥に乗る勇気はオレには無い。

「まず、オーブの伝承は、ただの神話では無いわ。オーブは実在する…わたし、見たことがあるもの」
「えええええええっ?!」
「イエローオーブを…まあ、大昔にね。で、オーブが実在するなら、ラーミアの伝承が事実である可能性も高いでしょう?」
「それはそうですけど…どこで、オーブを見たのですか?」
「このアッサラームでよ。知り合いの商人が見せてくれたの。その商人が事故で死んでから、オーブは行方不明になって、今の所在はわからないけれど、あのオーブはただの綺麗な石ではなかったわ」
 ビビアンが断言した。断言するからには確信を持っているのだろう。「石の女王」の確信なら、信じてもいい気がする。

「あたしには、ラーミアを呼んで行きたいところがあるの」

 ふいに。ルチカが呟いた。
 驚いて振り向くと彼女はソファに腰掛て俯いていた。両手を膝の上に置き、鮮やかな緑の瞳が髪に隠れている。彼女はオレのほうもビビアンの方も見ていない。
 だが、話の流れからオレにそれを言ったのだとわかった。

「行きたいところ?」
 オレは話の続きを促す。

「ネクロゴンドじゃないけど、空でも飛ばないととても行けないところ。あたしは、そこに行く方法をずっと探してた」

 ルチカの声からは何の感情も窺えない。横顔からも感情は見えなかったけれど、普段表情豊かなルチカがそういう風に話すのは、何かをオレに気がつかせたくないからだと、ふとそう思った。
 彼女が何を考えているのかはわからない。
 けれど、彼女にとって楽しい感情ではないのだろう。

「どこに行きたいんだ?」

 オレはルチカに聞いた。
 高い山々に囲まれた場所なんて、オレの知る限りネクロゴンドくらいしかない。鎖国状態のアリアハンもジパングもサマンオサも、中に入る方法はいくらでもある。

「それは…まだ、言えないわ」
 囁くほどの小声でルチカは答えた。
 ルチカは無意味にオレに隠し事をするような女の子じゃない。オレに言わないのは、何か意味があるはずだ。

「聞かないと、納得できない?」
「いや、そうじゃないけど」

 ビビアンに聞かれて、オレは首を振った。
 ルチカが何かを抱えている女の子だって言うことは、初めて出会ったときから感じていたことだ。その様子は月の光のように儚く美しいけれど、オレは元気よく笑う太陽のように明るいルチカのほうが好きだ。
 オレがオーブを探すことで、ルチカの心が軽くなるなら、なんだってやりたいと思う。

 …まだ、何も話してもらえないというのは、もちろん寂しいけれど。
 旅を続けて、彼女がオレを心から信じてくれるようになれば、いつか話してくれると、そう思う。

「わかった。オレ、オーブ集めてラーミアを呼ぶよ。そして絶対君を空に連れて行ってみせる!」

 俯いているルチカを少しでも元気付けたくて、オレははっきりと言い切った。
 それに、言ったことは嘘じゃない。
 大好きな女の子の願い事だ。オレに出来ることならなんでもしてあげたいと思う。

「ありがと…」

 ようやく、ルチカが顔を上げた。
 いつもより数段儚く彼女は微笑む。

「勇者様がそう言うなら安心ね」
 一方、ビビアンはにっこりと満足げに微笑んだ。

「わたしからの情報は今のところこれだけよ。オーブや魔王について情報収集はしておくから、また時間が出来たらここに訪ねてきなさい」
「ビビアンも…ありがとう」

 ビビアンにルチカは深く頭を下げる。ルチカが頭を上げると、ビビアンは仕草でルチカを呼んだ。呼ばれたルチカがソファから立ち上がりビビアンの隣に腰掛けると、彼女は横からルチカを抱きしめた。

「いいのよ。可愛いエメラルドの為なら、これくらい…」
 ビビアンはルチカの頬にひとつ口付けてから腕を離した。
 女の子同士だけど、どちらも標準以上に色気があるからなんだか妖しい雰囲気だ。

 オレがそんな危ないことを考えていることを知るはずもない二人はもう一度抱擁して体を離した。

「ではカイリ様。お気をつけて」
 それからビビアンに礼を言ってルチカと一緒に外に出た。

 宿に戻ったら、ちょっとした修羅場になっていた。
 ごめん、フェン。










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