皆で話し合った結果、次はイシス王国の首都イシスに向かうことになった。
 オーブの話をビビアンから教えてもらったけど、オーブがどこにあるかの情報は全く無い。けれど、現存していれば神話の時代から伝わる代物だ。ならば、歴史ある国に情報がある可能性が高いのではないかとオレ達は思ったのだ。

 それからもう一つ、オレにはイシスに向かう理由があった。
 ノアニール村で目覚めた村人達の様子を見ているときに、雑談の中でなんとオレの父親である勇者オルテガの話が聞けたのだ。親父はノアニールが眠りにつく直前にあの村に滞在していたらしい。
 親父はイシスでなにかしらの魔法の品を探しているようだった。ノアニールが眠りにつく前だからもう十年以上前の話だけれど、それでも既に魔王が出現していた時期にあの親父がわざわざ探していた品物というのは気になる。何か、魔王退治のヒントが得られるかもしれない。
 という二つの理由でオレ達はイシスへと旅立った。

 イシスは広い砂漠の中心辺りにある。砂漠の中といっても大きなオアシスのある場所にあるから水もそこそこ豊富で農業すらもできているらしい。

 砂漠越えは初心者には危険、ということでビビアンのコネでイシスに向かう商隊に混ぜてもらえるようになった。
 オレ達と一緒に行ってくれるのは十数台のラクダ車がいるかなり大規模な商隊だ。オレ達はその商隊の護衛として雇われる形で同行することになった。
 現金報酬は出ないけど、砂漠渡りのノウハウを教えてもらえるし旅の間は水や食料が分けてもらえるというかなりの好条件だ。行き先は同じイシス城下町だから途中で道に迷うこともない。ルチカもフェンも砂漠を旅したことは無いので、本当に助かった。

 その商隊の護衛はオレ達以外に十人いた。幾つかの商人が寄り集まってできた商隊だけど、護衛はオレ達同様に一括で雇われている。メンバーは、ルチカとフェンの見立では戦士八人、盗賊二人。うち戦士二人は結構腕利きとのことだ。
 その強い戦士達が護衛達のリーダーとサブリーダーで、砂漠初心者であるオレ達はこの人達から砂漠のレクチャーを受けた。

 砂漠に出た。
 予想してたけど、やっぱり暑い。
 アッサラームからイシスまで、順調にいっても半月はかかる。その間、厳しいイシスの砂漠を助け合って越えていかなければならない。
 体調を崩さないようにしないと、とアッサラームに入る前の自分を思い出しながら考えた。

 砂漠で移動するときは昼は休んで夜歩くのが定番だ。本に書いてあった通りだと思ったけど、昼の暑さまでは本はフォローしてくれない。護衛リーダーの助言がなければオレ達はすぐに倒れていただろう。それくらい過酷な世界だった。

 ルチカは気の良さそうな商人と仲良くなって、時々ちゃっかりとラクダ車に乗せて貰っていた。もちろん一人じゃなくてマリーも一緒だ。ラクダ車には麻布で出来た幌がついていて、外を歩くよりはずっと楽そうだ。
 冗談まじりにフェンにずるいぞと言われて「悔しかったらあなたも美少女に生まれ変わってごらんなさいっ」とやはり冗談っぽく可愛く勝ち誇ってはいたけれど、彼女一人だったらこういうことはきっとしなかっただろう。
 多分、フェンも当人も気がついているとは思うけど、ルチカがラクダ車に乗せてもらえるように交渉したのはきっとマリーの為だ。

 昔に比べてずっと持久力のついたマリーだけど、盗賊出身のルチカや男のオレとはやはり基礎体力が違う。温度差の激しい砂漠では彼女が一番体調を崩す可能性が高い。
 だが、アリアハンの時からそうだったけれどマリーは辛くても疲れてても意地をはって何も言わないから、こうでもして休ませないとある日急に倒れかねない。
 そんな意地っ張りなマリーも、ルチカが笑顔で強引に誘えばラクダ車に乗るのを嫌とはいえない。そこまで気のまわるルチカはやっぱり流石だと、なんとなくオレは誇らしい気持ちになった。

 オレ達は夜に移動するけど、夜は魔物の時間だ。どうしても普段よりも多く魔物と遭遇する。旅立った最初の夜から早速魔物に襲われた。

「まずいっ! 火炎ムカデだ! 」

 誰かが叫んだ。別方面の方を見ていたオレとフェンが振り返る。
 最初から大当たりの火炎ムカデと、その他数体の魔物の群れがオレ達のほうに向かってきていた。
 火炎ムカデはそれほど強くない魔物だけど、口から火を吹く魔物だ。荷物に火が付いたら大変だから見かけたら奴を最優先で倒すように言われている。

 オレ達は急いで商隊の前側に回りこみ、魔物の群れから商隊を背で守るように立つ。別のところにいたルチカとマリーも先程の声を聞いて前側にきた。
 オレより早く砂の上を走ったフェンが、火炎ムカデに強烈な蹴りをいれた。
 頑張って彼に追いついたオレは、ロマリアで手に入れてから気にいって使っている鋼鉄の剣を蹴りでのけ反ったムカデに突き立てた。
 砂に足をとられて思うように動けないけど、これくらいなら二人がかりでなんとかなる。
 安全確認を兼ねて後ろを振り返ると、他の護衛の人達がぽかんとした顔でオレ達を見ていた。とくにフェンのほうを見て、驚いたように目を見開いている。

 残るキャットフライは、フェンが向かっていったので問題ないだろう。目の前に魔物がいなくなったので、周囲に視線を巡らすと少し離れたところで、空を飛ぶ魔物をルチカが景気よく撃ち落としているのが見えた。
 鞭の届かない範囲にいる魔物はマリーがバギで打ち落としている。
 鉄の爪でキャットフライを切り裂いたフェンが、他の護衛の人達の助けに入るようなので、オレはルチカとマリーの方に走った。

「マリー、交代っ」
 声をかけるとマリーが振り向いた。
 怪我人にホイミして貰う為に、彼女の魔力はなるべく残しておいて欲しい。
 オレが追いつくときを見計らって、マリーは後ろに少し下がった。この辺りの連携は、ロマリアから続く戦闘訓練のたまものだ。

「あんたもルーラ分の魔力は残しなさいよ!」
「了解!」

 ルチカからの声に思わず笑顔で答えた。
 今回護衛にいるメンバーの中でルーラを唱えられるのは多分オレだけだ。キメラの翼と違い他者を連れていけるルーラはこういう過酷な場所を歩く時の最終手段に成りうるから、いざという時の為に最低でもルーラ一度分の魔力は残して置きたいと思っている。
 だから、余り魔力を使うわけにはいかないけど…。

「じごくのハサミがきます!」
 マリーが叫ぶ。前方に蟹の形をした魔物が四匹こっちへやってきた。奴らの鋏の音が耳障りな不協和音を響かせる。この魔物は見た目通り身体がものすごく硬いので、生半可な武器攻撃では全く歯が立たない。おまけにスクルトまで使えるという非情に鬱陶しい奴らだ。それが四匹も出るとかありえない。
 音とその数に思わずオレは顔をしかめて、武器を構えたまま呪文を唱え始めた。魔法ならば、まだ効く。

「バギ!」
「ギラ!」
 マリーが放った真空の刃がじごくのハサミ達を切り裂いていく。覚えたてのオレの閃光系呪文が同時に砂の上を走った。
 体力もあるじごくのハサミは魔法二発でもまだ倒しきれなかったので、オレはもう一度ギラを放った。それでも更に生き残ったしつこい一匹は、いつのまにかこちら側に来ていたフェンがまっぷたつに切り裂いた。
「ふぅ…」
 思わずオレは息を吐く。初日からこれじゃ、これから大変そうだ。

「移動するぞ!」
 魔物の群れをなんとか全部倒したようだ。
 戦ったあとにぐずぐずしていると、血のにおいをかぎつけて別の魔物がやってくるのは平原とも変わらない。
 オレ達は慌てて移動を開始した。


 最終の戦闘での戦いぶりから、オレ達はなんだか一目置かれたようだ。
 砂漠に出た頃は不審げにオレ達を見ていた他の護衛達が、最初の戦闘の後は敬語で話しかけてくる。
 おかげでいざ魔物が襲い掛かってきた時も、オレ達…というかフェンをたてて動いてくれるのでやりやすかった。
 危険は外側だけじゃなくて、内側にもあったけどこれも問題なかった。護衛も商人も男ばかりだったからルチカやマリーに不埒な視線を向けて来る奴もいたけど、彼女達は強いし、さりげなくオレとフェンが壁になり追い払った。そういう努力もあり、予定を少し過ぎた二十日程でオレ達は無事にイシスに着く。

「やったー!」
「今日はベッドだー!」
「肉ー! 野菜ー!」

 イシスについて、とりあえずオレ達は思い思いに叫んでみた。
 食料補充の出来ない砂漠では、ほとんど携帯食料の類が続いていたから久しぶりに美味しいご飯が食べたいし、護衛という立場上ゆっくり寝られなかったから、今日こそはベッドでぐっすり眠りたい。
 途中小規模なオアシスには二回程寄ったけど、久し振りのまともな街だ。オレ達は疲れを全部忘れて歓声をあげた。

 商隊と同じ宿に泊まらせてもらい、その日は久し振りの美味しいご飯とまともなベッドを満喫した。街の中って幸せだ。
 翌日、適当に身繕いしてから、一応勇者ってことで城に挨拶しにいくことにする。

 城に面会を頼んだら、午後にイシス女王に会えることになった。
 アリアハン王にもらった額冠が身分証明になったのか、扱いが丁寧だ。


 女王との面会まで時間が空いたので、その間四人でぶらぶらとイシスの街を歩く。
 イシスの城下町は、今まで歩いてきた街ともアッサラームとも違う不思議な家が立ち並んでいておもしろい。イシスの城もアリアハンやロマリアとの城とは外観からして様式が違ったから、本当に異国に来ているという実感が湧く。

「カイリって新しい街に来るといつも楽しそうよね」

 丁度、屋台の集まっている商店街を見てまわっているところで、ルチカがそう言った。
 彼女と並んで歩いていたオレは、瞬きする。彼女に限らずそんなことを言われたのは初めてだ。

「そう?」
「うん。ロマリアでは街の情報を嬉しそうに聞いてたし、アッサラームでははしゃいでたし」
「そうかなあ?」

 屋台で飲みものを買ってきてくれたフェンから、固い木の実の外郭を利用して作ったコップを受け取りながらオレは考える。
 確かに今オレはとても楽しい。けど、指摘されるほどオレは浮かれているのだろうか?
 確認するように周りを見渡してイシスの異国情緒溢れる町並みと隣を歩く仲間達の様子を眺める。そして、確かにオレは浮れてるのかもしれないと思い直した。
 どうしようもない結論に、我ながら苦笑してしまう。とりあえずルチカの誤解は解いておいた方がいいだろう。

「確かに知らない街を見るのは好きだけど」
 オレは一息にコップの中の飲みものをあおった。不思議な風味の甘い飲みものが乾いた喉に心地よい。

「どの街でもルチカがそばにいるからオレは嬉しいんだ」

 ばしゃ。
 ルチカとフェンが同時にコップを取り落とした。
 まだ半分くらい残ってたのにもったいない。

「どうしたのさ?」
 うっかりというには同時というのも不思議だ。
 俊敏なはずの二人がコップを落としたのがよほどショックだったのか、ルチカもフェンも、それからマリーも目を見開いて動きが止まっている。

「もちろんフェンとマリーもいるから更に楽しいんだけどね」
 それほどショックなら、落としたことには触れない方がよさそうだと判断したオレは、普通に言葉を続けた。
 アリアハンから今までの短いけれど充実した旅をオレは回想する。
 レーベの村に着いた時には、魔王退治の旅がこんなに楽しくなるなんて思わなかった。旅に出るのは渋々だったし、仲間達はろくでもなかった。
 マリーはそのむかつく奴の一人だったけど、彼女がこんなに真面目で努力家だなんてオレは知らなかったし。

 色々あったなぁ。と思い出に浸っていると、コップを取り落としたショックからルチカから復活していた。さすがルチカだ。フェンとマリーは、まだ呆然としているのに。

「カイリ。あんた、アリアハンに恋人いたでしょ…」
「何言ってるんだよ。そんなわけないだろ〜」

 思いもかけないことを言われて、オレは思い切り首を振った。
 だから、フェンに言ったとおり母さんのスパルタ教育の下で恋なんて出来たわけがないじゃないか。オレの初恋の相手は、正真正銘、今目の前にいるルチカその人だ。
 どうしてそんな疑いを帰られるんだろうと首をひねったけど、ため息ひとつついてからルチカが話題を変えてしまったので、そのことについてオレは聞きそびれてしまった。


 午後から城に行ってイシス女王に会った。
 女王はものすごい美人だとは話に聞いてたけど、噂とか予想とかを越えすぎた美女で、玉座から見下ろす様をオレ達は呆然と見た。オレやフェンはもちろん、ルチカやマリーも女王様の完璧な美貌に声もでない。

 最初に我に帰ったオレが、一応アリアハン公式勇者でもあることだし、代表して挨拶の口上を述べた。
 挨拶のあと、イシス女王にバラモスのことについて聞いてみたけど、彼女も新しい情報は持ってなかった。
唯一の新情報が

「魔法の鍵?」

 かつてオレの親父がイシスでそれを探していたらしいということがわかったくらいだ。
 親父は魔法の鍵を探してイシスに来たが、結局見つけられずに諦めて旅立ったらしい。

 魔法の鍵については本で読んだことがある。魔法によって封じられた扉をなんでも解錠できるという宝物だ。バコタが作った盗賊の鍵とは比べ物にならないくらい価値がある。


「その事を話していただけたということは…」
「オルテガ様がイシスに来られたのはわたくしが即位してすぐのことですが、魔法の鍵が無い為に苦労されていたようでした。オルテガ様の忘れ形見であり、勇者でもあるカイリ様を援助する為にもお渡ししたいのは、山々なのですが…」

 魔法の鍵はピラミッドにあるという。
 ピラミッドとはイシスの古い時代の王が建てた巨大な墓だ。砂漠の中に幾つも建っている。
 ピラミッドの中央には王の遺体と共にイシスの財宝が納められ、最も古い時代に作られたものは王の召使達も共に葬られたという。

 イシス女王が魔法の鍵の在処として示したのは、そのピラミッドのうちで最も有名なものだった。
「…つまり、ピラミッドに入る許可を下さるということですか?」
 女王に確認すると肯定された。
 女王は相変わらずのクラクラするような美貌だけど、しばらくすると慣れて来た。オレは笑顔で女王にお礼を言いながら、考える。
 確かにピラミッドの情報や魔法の鍵の情報は有り難い。
 だけどイシス女王は、ただ勇者を支援する為にこの話をしてくれたのだろうか。

 なんとなく、ひっかかるものがあって、頭を下げながら目を細めた。
 彼女もロマリア王のようにオレを試すつもりなのだろうか。
 オルテガの息子、アリアハンの勇者ってだけで全面的に協力しろなんて言う気はないけれど、彼女はなにか目的があって魔法の鍵の話をした気がする。
 謁見の間から退出したオレの背中を女王の視線がずっと追ってきている気がした。











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