出口が見えないかと思って周りを見渡してみたけど、周りが暗すぎてよくわからない。足元に明かりを近づけると床に大量の骨が散乱しているのがわかった。オレと同じようにそれに気がついたルチカが「うぇぇ」と呻く。
 余り考えたくないけど、地下室の出口が見つからなければオレ達もこの骨達の仲間入りをする羽目になりそうだ。

 当然ながらオレ達の持つ明かり以外の光は無い。暗闇以外何も見えないというのが妙に怖く感じて鳥肌がたった。寒々とした何かが足元から這い上がってくるような気分だ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 声をかけられてオレは慌てて首を振った。ルチカは不思議そうにオレを見たけど、それよりも周りの様子をさぐるほうが重要だと思ったのか、彼女はオレから視線を外してぐるりとあたりを見回す。

「向こうと…あっちから別の場所に出られるみたいだけど、こういうところって他にも何かありそうなのよねぇ」
「よく見えますね…」
 ルチカを見上げながらのマリーの呟きにオレは頷いた。
 この暗い中、よく見えるものだ。オレとマリーには暗闇しか見えないというのに。

「通路があるってことは当然移動出来るってことだよな」
「? それはそうだろ?」
「カイリ、マリー。白いもんがこっちにやってきてるぜ」
「げ」

 ルチカ同様夜目がきくフェンが鉄の爪を暗闇の方に向ける。相変わらず闇しか見えなかったけど、オレは剣を構えた。ルチカが鋼の鞭を構えて、マリーが聖なるナイフを構えながら後ろに下がる。
 無言で暗闇をうかがうと何かを引きずるような音と固いものが割れるような音が近づいてきていた。多分、床の骨を踏み潰す音だ。

「慎重にな」
「ああ」

 魔法が使えないということは、怪我をしても魔法で回復できないということだ。一度致命傷を浴びたら終わりだし、そうでなくても怪我した箇所が多ければ動きが悪くなる。
 普段戦う時よりずっと緊張して、オレは汗で湿る剣の柄をぎゅっと握りなおした。
 明かりの届く範囲内に白いものが姿を現す。ルチカが鞭を振り上げ、フェンが駆け出した後ろからオレも駆け出す。
 床に置いたランタンの明かりがフェンの鉄の爪に反射して、きらりと光った。
 そのオレンジ色の光を眼の端にとらえながら、オレは剣を振り上げる。床を踏みしめるブーツが砂と骨の上を滑り乾いた音を立てる。



 最初に襲い掛かってきた魔物のむれはほぼ無傷で倒した。そのあとも、探索中にミイラ男達が散発的に出てきたけど、それも受け流せた。普段戦うときよりも緊張するけど、いまのところなんとかなっている。
 実際に出口を探すのはオレ達にはなにもわからないので、ほとんどルチカにまかせきりになった。床や天井、壁を注意深く見たり触ったりするのをオレ達は見守るしかできない。
 しばらくして、ルチカが壁を調べている途中で動きを止めた。こんこん、と彼女は探るように壁を叩いてから、オレ達のほうを振り向く。
「ここ…多分開くと思うのよ」
「ここが?」
 ルチカの指した壁はどうみても、周りと同じ石壁にしか見えない。
 それはフェンとマリーも同じようで、オレ達は三人で首をかしげた。

「魔法の鍵があった場所と似た作りになってるの。多分、開放のボタンがどこかにあるはず…」
 探してみたけど見つからないと彼女は言った。魔法の鍵の扉もボタンと離れたところにあったから、今度もそうなのかもしれない。

「それと…気になることがあって…」
 ルチカが座り込む。壁と床の部分を彼女は指差した。

「ここから、向こうに道みたいなものがあるのよ」
 隣りの部屋をルチカは指した。出口らしいところと、隣りの部屋を誰かが通ったあとがあるという。彼女はそれを”道”と表現した。
「この”道”を複数の人間が行き来したのは間違いないと思うわ」
「ピラミッドに来たのは俺達が初めてじゃないっていういうのは確かだが」
 フェンが呟く。
 一階には開かれた宝箱もいくつかあった。だけど、ここに来た人は皆、魔法の鍵以外が目的で来ているようだ。
「黄金の爪か?」
 権力の象徴とされた宝物だ。黄金で出来た武道家用の武器で、売れば大金になるだろう。爪、という武器の最高峰の作品だとも言われている。というのも、古代イシスで隆盛した武術は現代の武闘家の格闘スタイルのルーツだそうだからだ。

「出口を探すついでに爪も探してみる?」
「うーん。道は辿ってみようか…」
 だが、伝承によると「黄金の爪」にはは古代イシス王の呪いがかかっているという。いくら強力な武器といえど、そんな恐ろしいものオレは欲しくない。ましてや霊媒体質のフェンに使ってもらうなんて怖すぎる。
 だけど他にヒントがないなら、この怪しい道を探索してみるしかないだろう。もしかしたら、出口への道かもしれないし。

 道を探って隣の部屋に入り、ルチカが床にあった隠し階段を発見した。
 階段を蓋している石のタイルをこじ開け、閉じないように楔を数本打ち込んでから、オレ達はそろそろと地下二階へ降りる。床には相変わらず骨とか乾いた死体とかが落ちている。こちらはあまり空気が入れ替わっていないせいか、なんとなく息苦しい。
 オレは乾ききった死体を見下ろした。
 遺体があるということは、何か危険があるということだ。ひとつ唾を飲み込み、オレは慎重に歩き出した。

 地下二階は一本道だ。
 人が二人ほど並んで歩くのが精いっぱいの細い通路がずっと続いている。道なりに歩いていくと奥に玄室があり、部屋の中央には金で出来た派手な棺が一つだけ置いてある。
 ピラミッドの上の方にも棺は沢山あったけど、この棺はそれらとは段違いに派手で大きい。
 室内をあらかた調べてからルチカが首をすくめた。

「この部屋には、それらしいスイッチはないわね。この棺で眠っているのがピラミッドの主らしいわ」
 彼女が指差したところを読むと、古代文字で棺の主を称える言葉があった。
 ルチカって、古代文字読めたのか…。魔法使いでもないのに。
 彼女の意外な才能にこっそり惚れ直しながら、オレは古代文字を目で追う。

「偉大なる我、ここに眠る。我が黄金を求めしものよ。我が王国の扉は汝の道を阻まぬだろう。だが、我が兵は偽りの主を許さず。黄金を盗むものに災いあれ」

 多分古代文字は読めないフェンの為に読み上げる。
「あんた、こんなややこしい古代文字をよくスラスラと現代語に訳せるわね…」
 感心したというより呆れたような、ルチカの言葉にオレは苦笑いした。
 天地属性の人間にしか使えない…いわゆる勇者専用の呪文を先生についてるときに学んだけれど、どの呪文も古代文字でしか資料がなかったのだ。オレが古代文字を学んだのは必然に近い。
 その呪文も、魔力不足で一つも使えて無いから情けないのに。

「つまり、この棺に眠る黄金の爪を取ると扉が開く。しかし同時に黄金の爪を手にした者には古代イシスの呪いがかかる…ということなのでしょうか?」
 顔をしかめてマリーが言った。地下から出る方法は見つかったけど、漏れなく呪い付きだというのは困る。

「フェン、何か見えない?」
 棺の上にはイシス王の魂でも彷徨っているのかもしれない。一番霊感の強いフェンに聞くと、彼は顔をしかめたまま首を振った。
「逆だ。この階におりてから何もいなくなった」
「へ?」
「外には煩いほど霊が漂ってたんだけどな。イシスの奴隷っぽいやつとか、途中で力尽きた墓荒らしみたいなやつとか、あと俺にはよくわからないやつ」
 ピラミッドの最上階から地下一階までどこにでもいた幽霊達が、地下二階に来た途端一人もいなくなったという。
「そっちのほうが逆に不気味ね…」
「そんなにいたんだ…」
 何も見えて無いオレ達はいいけど、フェンにとってはさぞ嫌な探索だっただろう。

「どうしてその時言わないのよ〜」
 ルチカがそそくさとマリーに抱き着き、じっとりとフェンを見上げる。
「ピラミッドって墓だろ。墓に幽霊がいるのは当然だから、今更言う意味もないじゃねえか」
「墓場も幽霊多いっていってたもんね…」
「でもぉ〜」
「大丈夫だって。それにこの地下二階には幽霊はいないんだから、マリーにくっつかなくても大丈夫だよ」
「それは、そうだけど…」

 しぶしぶという感じでルチカはマリーの腕を離した。
 前々から気づいていたけど、ルチカは幽霊の類がどうやら苦手なようだ。幽霊を怖がっているルチカは、それはそれで可愛いけど、怖がっているときはいつもマリーに抱きつきにいくというのがオレとしては少し不満だ。
 やはり僧侶はそういう時に頼りになるように思えるのだろうか。オレだってニフラムもホイミも使えるんだから、オレを頼ってくれてもいいじゃないかと思う。
 マリーの腕を抱きしめるルチカの、その豊かな胸がマリーの腕に押し付けられていた。女の子同士だからマリーは嬉しくもなんともないだろうけど、その状況を含めてルチカに頼られるということ自体がオレとしてはとてもうらやましい。
 くそう。どうしてオレは僧侶じゃなかったんだ!
 どうしてルチカはオレを頼ってくれないんだあああああああ!

 心の中で叫んでいたら、マリーと目があった。
 ふ、と勝ち誇られる。オレは敗北感からがくりと膝から崩れ落ちた。

「きゃああああっ! どうしたのよカイリ! もしかして、ゆ…ゆう…っ」
「なんでもない。なんでもないんだ…」
「安心しろ。幽霊とは全く関係ないぞ」
「そうさ。これはオレの問題…」

 幽鬼のようにゆらりとオレは立ち上がって、再びルチカに腕をつかまれているマリーを見た。
「負けないよ…」
「私は対決しているつもりはないのですが」
 つもりはない、と言いつつもマリーの視線は鋭い。彼女の目つきが悪いのはいつものことといえば、いつものことだけれど。
「おいおい。なにをじゃれあってんだよ。それよりもこれからどうするかだろ」
 フェンに仲裁に入られて、とりあえずオレ達は離れた。ルチカもマリーの手を離す。

「まったく。どうしてこんな人のことを…」

 離れる瞬間、マリーが小さくつぶやいたのが聞こえた。
 疑問に思ったけど、言い合うなと言われたばかりだ。オレは呟きを無視して、棺のほうに向きなおった。

「開ける?」
「呪いって教会に駆け込んだらなんとかなるかしら」
「多分…、呪いっていっても、それも古代魔法だと思うんだよね」
 ミイラ男の正体も魔法で動いているゴーレムなわけだし。

「それってピラミッドを出れば…最悪イシスを出ればどうにか「呪い」を振り切れるってこと?」
 ルチカの問いにオレは頷いた。
 その可能性は非常に高い。王の呪いの正体は十中八九、この地下にかかる魔法封じのような範囲指定型の古代魔法だろう。どれぐらいの範囲にかけられているのかはわからないけど、イシスより広いということはないだろう。


「『汝の道を阻まぬ』というメッセージがあるということは、黄金の爪を持っていれば先ほどの隠し扉が開くということでしょうか…」
「他の道もきっとあるとは思うけど…」
「だけどゆっくり探している時間はないね」
 黄金の爪はおそらく隠し扉を開く条件の一つだ。黄金の爪が王の所持品だということを考えれば、王を示す物品を所持するということで扉はピラミッドは黄金の爪の所持者を王と認めるのだろう。
 だが、おそらく手にすると同時に「呪い」も発動する。
 それがどういう呪いなのかは、棺のメッセージだけではわからない。

 呪いつきの爪など持ちたくはないけど、他の道はあるかどうかは正直半々だとオレは思っている。ピラミッドというのは大体盗掘を避けるために出入口を潰してしまうものなのだ。
 魔法の封じられた地下で、あるかどうかもわからない出口を探すのは厳しい。

「試してみるしかないか…」

 爪を持っていれば、外に出られる可能性が高いなら、その可能性に乗ったほうがよさそうだ。
 憂鬱な気分でオレは棺に近づく。棺に手をかけようとしたら、ルチカに止められた。

「素人が宝箱を開けるのは危険よ。あたしが開けるからあなたは下がってて」
「でも、黄金の爪には呪いが…」
「なおさらよ、勇者様。だいたいルーラを使える唯一のメンバーが呪われて、万が一意識でも失ったら大変じゃない。イシスから脱出したら呪いの効果を受けなくなる可能性が高いんでしょ?」
「うっ…」

 ルチカの正論にオレは言葉につまった。
 確かにオレ達の中でルーラを使えるのはオレだけだ。もしオレが意識がなくなれば、ルチカ達はオレと呪いの爪をかかえて、砂漠をわたらなければならない。
 だが、そんな危険な物を可愛いルチカに触らせるというのも何か嫌だ。

「盗賊に何かあっても困ります」
 オレとルチカが見詰め合ってたら、マリーも口を出してきた。
 いつものようにいまいち感情の映らない瞳で、マリーはルチカを見上げる。
「もし黄金の爪に思ったような効果がなければ、今度こそあなたに出口を探してもらわなければなりません。それに、外に出るまでにまた罠が無いとも限らないでしょう」
 マリーは冷静に淡々と言う。
 彼女はちらりと無言のフェンの方を振り返った。

「かといってパーティの中で一番強いフェンに何かあっても困ります。これは私の役目でしょう」
 一応僧侶ですからね、と言って彼女はオレ達が止める間も無く棺に手をかけた。
 重そうに見えた黄金の蓋は、マリーの手により意外と簡単に開いてしまう。

「…とくに何も起こりませんね」

 棺が開いて反射的にオレ達は見構えたけど、別に何も起こらなかった。
 おそるおそる棺に近寄り中を覗きこむ。大きな棺の中にはカラカラに乾いたミイラが一体と、その上に黄金色に光るものがあった。多分、これが黄金の爪だ。
「墓荒らしをしているという実感が沸いてきました…」
 僧侶らしく主神と、イシスで人気がある神にマリーは短く祈った。懺悔と…それから冥福を祈る言葉が繋げられる。

「これが鍵になりうる爪か…」
「罠は…ないと思うけど…」
 素早く棺を調べたルチカの言葉に、オレは頷いた。
「じゃあ、申し訳ないけど借りていこうか」
 後でイシスに返せばいい。

 手を出そうとしたら白い手が先に伸びて、黄金の爪はマリーにつかまれていた。
 少し重そうに、マリーは両手で爪を持ち上げる。
「これが黄金の爪…」
「マリー!」
 爪を持ったマリーをフェンがばっと引き寄せた。
 彼は鋭い目つきで天井を見上げて、彼女から黄金の爪を取り上げてしまう。
「何をするのですか!」
 霊感体質の彼が呪われた黄金の爪を持ってしまって大丈夫なのか?
 フェンの身を案じて、オレ達は彼を見たけどフェンの表情を見て何も言えなくなった。
 今までで見たことがないほど、フェンが青ざめている。

「やばい! 走るぞ!」
 そして彼は、いきなりマリーの腕を掴んで走り出す。
 オレとルチカは慌ててその後を追いかけた。













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