「どうしたんだ!?」
「話は後だ。とにかく走るぞ!」

 ピラミッド地下二階。
 呪文の封じられた真っ暗な細い通路をオレ達は全力で駆け抜ける。左手で握る松明をオレはかざして、フェンに引っ張られるままに走るマリーに並んだ。
 フェンは先頭を走り、こちらを振り返りもしない。

 通路はすぐに終わりフェンについてオレ達は階段を駆け上がる。
 が、フェンがいきなり立ち止まったので、オレは勢いを殺せずに顔からフェンにぶつかった。
 わりと強めにぶつかったのに、フェンは振り向かない。彼はやはり前方を見ている。

「……!」
 オレの後に階段を上ってきたルチカが息だけで悲鳴を上げた。
 ぶつけた鼻を押さえることも忘れて、オレは絶句する。

『王の証を盗む者に災いあれ!!』

 オレ達の頭上で、割れ鐘を思い切り叩いた時のようなひび割れた大音量の声が響いた。
 ピラミッド中に響きわたりそうな声が、真っ暗な地下室にこだまする。

「マジかよ…」

 オレの呟きもひび割れた声で喉からあふれ出て、響くことなく足音にかき消される。剣を持つ手が震えるのをオレは自覚する。
 階段を上がって地下一階に来たオレ達をぐるりと。
 数えきれないほどのミイラ男達が取り囲んでいた。
 
 両手を広げればあたってしまいそうなほどに近く。円状にオレ達を取り囲んでいたミイラ男達は、ひび割れた大声が合図だったように動き出した。あるものは包帯を巻いた腕を、あるものは錆びついた銅剣を振り上げる。

「マリー、明かり頼む!」

 最初に叫んだのはオレだった。
 背中を駆け抜ける恐怖に命じられるまま、オレは左手に持っている松明を前方に放り投げた。一体のミイラ男の頭部が炎上する。

 手が足らない。

 ルチカにフォローしてもらいながら、オレは背中の盾を引き出す。
 馬鹿みたいにひっきりなしに襲い掛かってくるミイラ男やマミーは片手でさばききれる量じゃない。
 盾を装備したオレはフェンの左に回り、ルチカは右に回る。オレ達はマリーを背中で庇い武器を構えた。ルチカが鋼の鞭を振り回し、ミイラ男を三体まとめて切り裂く。

「さっきの出口に向けて突っ切る! ついてこいよ!」
 再びフェンが叫んで、何かを投げた。
 鉄の爪だ。

 フェンの右手にはいつの間にか黄金の爪が装着されていた。
 そんな呪われてそうな武器をつけて大丈夫なのか聞きたいけど、聞く余裕がない。
 ひっきりなしにオレ達を押しつぶすかのように襲いかかってくるミイラ男達をなんとか倒しながら、オレ達は出口に向かって前進をはじめた。
 先導するのはフェンだ。オレからみてもかなり無理なやり方で、彼はミイラ男達をなぎ倒している。そうでもしないと進めないほどのミイラ男の数なのだ。倒しても倒してもミイラ男達は減らない。
 魔法も使えない。逃げ場もない。
 早くここから脱出しないと、一貫の終わりだ。

 オレ達は、なんとかミイラ男達をかき分けて、隣りの部屋に入った。
 ルチカが扉だと言っていた壁は黄金の爪を持ったフェンが近付いたら主を迎えた城門のように、なめらかに開いた。やはり黄金の爪は隠し扉の鍵だったのだ。

「うだあああっ!」

 ミイラ男の一体を盾で殴り飛ばしながら、思わずオレは大声を上げる。
 おそらく唯一の脱出口と思われる、その通路にもミイラ男達がびっしり詰まっていた。通路だから部屋の中で戦うよりはやりやすいはずだけれど、地下二階の細い通路とは違ってかなり広い通路だ。
 戦いやすさは部屋の中とそれほど変わらないだろうとオレは見積もった。
 そして部屋の中よりさらにミイラ男の数が多い。
 もしかしてピラミッド中のミイラ男がここに集まっているのではないだろうかとオレは思った。

 そもそも扉の向こうが出口とは限らない。だけど今は行ってみるしかない。
 オレ達はじりじりと通路を進む。
 黄金の爪を持っているせいかオレ達の倍以上の敵に襲われているフェンは、それ以上の勢いでミイラ男達をなぎ倒していた。それでも少しずつしか進めない。
 オレ達は自分がやられないようにするのが精一杯という感じだ。

「出口よ!」
 ルチカが叫んだ。
 前方に白い光が見える。魔法の少し青白い光でも、炎の光でもない。
 あれは太陽の光だ。

 胸に希望がわく。
 だけど、あと少しのところでオレ達は進めなくなった。
 思った通り今、ピラミッド中のミイラ男達がここに集結しているらしい。通路の出口側からもあり得ないくらいたくさんのミイラ男がやってくる。
 余りの多さにフェンさえも前に進めない。
 まだ魔法は使えない。
 出口は見えているのに、あと一歩が進めない。

 地下に降りてからずっと続く魔法が使えないことからくる緊張感と、あと一歩だという焦りが徐々にオレの指を強張らせていく。
 朝からのピラミッド探索と、先程からひっきりなしに続く戦闘という全身運動に注意力も散漫になっていく。集中力も続かない。
 それがタイミング悪く重なった。

 予想外のところからマミーの腕がのびてきているのをオレは見落とした。
 ミイラ男の上位種である魔物の禍々しく鋭い爪が、気が付けば眼前に迫っていた。
 別のミイラ男を切って下がったままの剣先と、さらに別のミイラ男を殴った直後で宙に浮いた盾ではマミーの攻撃は防げない。
 バランスをくずした身体ではかわすこともできない。
 このままでは、オレの顔面にあの爪は突き刺さる。

「危ない!」
 ルチカの叫びが妙にゆっくりと聞こえた。
 一瞬でオレは自分の死を覚悟する。
 だが、息を吸って吐くくらいの時間が過ぎてもオレに爪が突き刺さることはなかった。
 爪は小ぶりの盾で払われ、魔物本体は聖なるナイフの一撃を受け、砂となって崩れ落ちる。
 その後ろからまたミイラ男が襲い掛かってきた。

 オレは左を見た。オレを殺すはずの魔物を倒した剣の主は、オレを助ける為に組んだ円陣からはみ出している。
 無理やり割り込んだために彼女は完全に身体のバランスを崩しており、ろくに動くことは出来ないだろう。

「マリーっ!!」
 オレもルチカも間に合わない。
 後ろから飛び込んできたミイラ男の爪が、マリーの腹に突き刺さるところをオレ達は何もできずに呆然と見た。

「カイリ! マリー担げ! ルチカはカイリのフォローだ! 全力で突っ切るぞ!」
 どうやって後ろのことを知ったのか、フェンが叫んだ。
 腹から血を流すマリーをオレは背負う。ルチカとフェンのフォローがあってこそだ。

 フェンが再び前進を始めた。その後をマリーを背負ったオレがついていき、オレの背中と背中のマリーをルチカが守る。
 今まで無理だったことをするということは、当然無理を生じさせる。フェンは目の前の敵をただただ切り裂いている。彼はもう防御を考えていない。それはルチカもだ。オレも自分の怪我は気にしなくなってきた。それくらいオレ達は戦いに全力なのだ。

「カイリ…、私を置いていって…」

 だから、耳元で囁かれたマリーの戯言をオレは無視した。
 オレ達はとても忙しいのだ。

「最初に邪魔になったら置いていってと言ったでしょう…? このままではあなた達も…」

 続く囁きもオレは無視する。
 今、動くことも出来ないマリーに発言権なんてあるわけない。
 発言するなら元気なときにしてもらいたいものだ。彼女の言うことなんて聞けるわけがない。

「シャーナ…が…悲しむから……」

 オレはもうマリーの言葉を聞いて無かった。
 マリーも、オレに話しかけているわけじゃないのかもしれない。
 彼女の言葉は独り言のようだ。
 ろくに聞き取れない言葉の代わりに、徐々に弱くなる息だけが耳に残る。

「私は……守るた…め…に……足を…るの…は意味が……」

 そこで息が途切れた。
 オレの心臓が縮み上がる。
 出口まであと少し。
 真っ白な光が涙が出そうなほどに、酷く眩しい。
 光に照らされるオレ達は汚れ傷つき、満身創痍で戦っている。

 地上への階段を駆け上がりながら、オレは呪文を唱える。
 体当たりをかけるように肩からフェンとルチカに触れた。

「ルーラっ!」
 がたがたの構成のルーラが青白い光を放つ。
 最初に思い付いたイシスの宿屋をオレは必死でイメージした。



 なんとかルーラは成功した。
 イメージ通り、イシス城下町にある一番大きな宿屋の前にオレ達は降り立つ。
 ルーラの集中力が切れて、オレは思わず座り込んでしまう。
 そして気が付いた。
 背中のマリーは、もうぴくりとも動かない。

「ホイミして!」

 何事かと集まってくる町の人々を無視してルチカが叫んだ。
 フェンはマリーをオレの背中から下ろし、地面に横たえる。眩暈と酷い寒気を堪えながら、オレは彼女に手をかざし、ホイミを唱えた。
「あたし、神父様呼んでくる!」
 足元をもつれさせながらルチカが駆け出す。
 オレはろくに効かないホイミを何度もかけながら、ただただ血を流すマリーを見つめていた。










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