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ルチカがすぐに連れて来てくれた神父様のおかげで、マリーはなんとか一命をとりとめた。 だが、彼女は目を覚まさない。 オレのホイミと神父様のべホイミで傷は完全に塞がっているみたいだけど、怪我した時の出血量が多く、体力が落ちきっているのが原因らしい。 命に別状はないらしいし、骨や内臓に致命的な損傷があったわけじゃないから、しばらく療養したら元に戻ると医者は言ったけれど、目を覚まさない様子を見ていると酷く心配になる。 焼けるように暑いイシスの気候は療養にはあまり向いてない。 ただでさえ、マリーもオレも温暖なアリアハンの生まれだから、イシスの極端な温度の変化に完全にはついていけてないのだ。健康体の時でそうなのに、怪我人にならなお辛いだろう。 それに場所柄イシスの物価は高かった。オアシスがあるとは言っても基本的に水不足で、生活必需品の値段がかなり高い。 色々な理由でこの場所は長逗留には向かないと判断したオレ達は、イシスに戻った翌日にはルーラでロマリアに飛んだ。ロマリアならイシスよりもずっと過ごしやすいし、ルチカのつてがあるから医者にも宿にも困らない。 ロマリアの宿を決めてすぐ、マリーの看病をルチカとフェンに任せてオレは単身ルーラでイシスに戻った。今まではマリーの怪我が気になって彼女につきっきりだったけど、オレ達はイシス王墓の探索を終えたのだ。持ち出した黄金の爪のことも含めて、女王に報告する義務がある。 イシス女王への面会依頼は、二度目ということもあってあっさりと叶った。 突然の訪問だったにも関わらず、ほんのしばらく待たされただけですぐに女王の前に通される。 以前は謁見の間で女王に挨拶したけれど、二度目の今回は何故か女王の私室に通されてしまった。黄金の爪や魔法の鍵という古代の宝物の話をするから大臣の居並ぶ謁見の間では話したくないということなのかもしれないけど、宝物の話なら余計に大臣を通しておいた方がいいような気もする。 または、ただ単に時間がなかったのか。 疑問に思いながらもイシス王家の慣習などまるでわからないオレは、侍女に案内されるまま王宮の奥深くに進み、最も奥まったところにある女王の私室に通された。 一片の曇りもなく磨かれた石の床が、昼だというのにやわらかく照らされた燭台の光を受けて、ぼんやりと発光しているように見える。熱を防ぐための布が吊り下げられる天井には、色鮮やかな花の絵が描かれている。高級そうな香の匂いがした。 いかにも高貴な女性が生活する場所、という雰囲気がすごくする。普段ならきっと気後れしただろう。 部屋の中央の長椅子には、相変わらず美しい女王が座っていた。 長く艶やかな黒髪を流して真っ白な絹のドレスを着て、この世で最も美しい宝石だとも言われる琥珀色の瞳でオレを見つめる。 だが、マリーの様態が気になる今は、彼女の美しさにも心が動かない。 オレが勇者だから、ピラミッドの事柄をイシスに報告する義務があるから怪我したマリーを置いてここに来ているのだ。報告を早く終えて一刻も早く仲間の元に戻りたい。 だから型通りの挨拶の後にオレは早々と本題を切り出した。魔法の鍵の持ち出し許可を願うのが一つ、それから黄金の爪を持ち出したことの謝罪だ。 ちなみに心配していた黄金の爪の呪いはイシス城下町では効かなかった。ピラミッド限定効果のようだ。 昨日、オレ達がイシスの宿屋前を騒がせたことをイシス女王は既に知っているのだろう。 無礼にならない程度に早口で説明したオレに、女王は僅か嘆息したようだった。 「お話はわかりました。魔王は全世界の脅威。イシスは勇者カイリ様の支援を厭いません。魔法の鍵も、黄金の爪もご自由にお使いください」 「偉大なるイシス女王様のご好意には、感謝の言葉もありません。ご支援に報いるべく全力をつくします」 一礼してオレは立ち上がった。いつの間にか周囲にいた侍女達がいなくなっているのが気になったけど、それより今はマリーの容態が気にかかる。 「お待ちください、カイリ様」 「陛下?」 帰ろうとしたら長椅子に座っていた女王がふいに立ち上がった。白い、傷ひとつない指が彼女の腕にはまる腕輪を外す。 「これはイシスに伝わる星降る腕輪。どうぞこれもお持ち下さいませ」 「そこまでしていただくわけには…」 オレは慌てて首を振った。 星降る腕輪は、イシスに伝わる宝物の中でも黄金の爪と並んで有名な宝だ。イシスの古代魔法がかかっていて、身に着けると通常の二倍の速さで動けるようになるというすごい効果がある。 一つしかない黄金の爪と違い、イシスにはまだ複数残っているというけれど、それも恐らく片手の指で数えられる程の数だろう。魔法の鍵と黄金の爪を借りて、この上星降る腕輪まで借りるわけにはいかない。 「ご安心くださいませ。この腕輪はわたくしの私物。この腕輪はイシスからではなく、わたくし個人がカイリ様を支援したくてお渡しするのです」 オレは驚いて女王を見た。 オレより少し背の低い女王は、戸惑うオレの手を取り勝手に腕輪をはめてしまう。 「女王陛下…?」 「それに」 星降る腕輪がはまったオレの腕を満足げに見つめてから女王は微笑んだ。 「この腕輪は差し上げるのではありません。使命を果たすその日までお貸しするのです」 オレは息をのんだ。 女王が何を思って星降る腕輪をオレにくれようとしているのかわからない。 魔王を倒してほしいというのはあるだろう。だがそれだけではないと、直感のようなものがオレに告げる。 何が何だかわからない。何故か鳥肌のようなものが立った。嫌な予感がする。 直感はいますぐこの場から逃げろと言っていた。赤い紅が塗られた美しい唇から吐き出される言葉の続きを聞いてはいけないと頭のどこかが叫んでいるけど、まさか勇者がイシス女王を置いて逃げるわけにもいかない。 「魔王を倒した暁には、その腕輪を返しにイシスへお立ち寄りくださいませ」 借りてはいけない、腕輪を今すぐ返してしまえとオレの勘が言っていた。 だけど星降る腕輪はあまりにも魅力的なアイテムだ。この腕輪を装備すれば、ルチカやフェンに比べて圧倒的に速さが足らないオレも彼ら並に動けるようになるだろう。 オレがもう少し強かったらノアニールやピラミッドだってあんなに酷いことにはならなかった。 迷いがオレを躊躇させた。その間に女王が下がらせていたらしい召使を呼んでしまい、どさくさのうちにオレは返しに行くことを約束させられてしまった。 なにかとてもまずい事態になった気がした。 とにかくイシス女王の許可は取り付けたオレは、イシス城を出てすぐにルーラで仲間の待つロマリアに向かった。 街外れで降り、早足で街の外れに近い場所にある宿屋に向かう。 「カイリ!」 丁度宿からひょっこり姿をみせたルチカに見つけられた。 「マリーが目を覚ましたわ!」 「!!」 オレ宿まで全力で走り、宿屋の階段を駆け上がる。 マリー用の部屋の扉の前で急に何かが怖くなり、一度深呼吸してから思い切ってオレは扉を開けた。 「マリー!」 「カイリ?」 ルチカの言った通り、マリーは目覚めていた。彼女はベッドの上で上半身を起こしていて、オレを見て目をしばたかせるた。起き上がろうとする彼女をフェンがやんわりと押しとどめる。諦めてマリーはフェンが背中に当てたクッションにもたれかかった。フェンはマリーのいるベッドの横に置いた椅子に座っている。ルチカもオレと一緒に階段を上がってきていた。 オレは扉から数歩歩いて、マリーにおそるおそる近付き、そしてベッドの前に座り込んだ。 「良かった…」 肩を落として、それだけを言う。 今はそれだけしか言葉が出てこない。 「カイリ…」 困ったようなマリーの声に、少し涙が滲んだ目を彼女に向けると、彼女は少しぎょっとしたようだった。 「その…助けて下さってありがとうございます」 「助けられたのはオレのほうだ」 うつむいたオレの頭の上からかかる、いつもより細いマリーの声。だけど思ったより声はしっかりしている。 勝手に涙が出る、と困っていたら、ルチカからタオルが手渡された。 涙を拭いて、改めてマリーを見上げる。 「心配したんだから、もうこんなことしないでくれよ」 「それは無理です」 床に座ったまま、笑おうと努力しながら言った本音が、即座に拒否された。 オレ達は三人ともぎょっとしてマリーを見る。 「無理って…」 「足手まといになってしまったことも、あなた達に沢山心配させてしまったこともわかっています。それに私も死にたいわけではありません」 マリーはオレの方をしっかり見て言う。どんな時も何も恐れない彼女の本質は死にかけても全く変わらないらしい。瞳の色に迷いの色はまったく見えない。 「ですが、あの時の私は完全に足手まといでした。魔法を使えない中では、私は誰かの盾にしかならないではないですか」 「また同じことがあれば、同じように無茶をするってことか」 「はい」 なんてことを言うんだろう。 細くてもいつもと同じ平坦な声でマリーは言う。 赤い瞳はとても冷静で、まるで決まりきったことを言っているだけのように見える。 「…残された人間の気持ちはどうする」 フェンが低く唸る。 「マリーはそれで気がすむかもしれないが、俺達にとってはそうじゃない」 「迷惑をかけてしまったとは思っています」 「迷惑とかそういうのじゃない。俺達は仲間だ。仲間っていうのはそういうものじゃないだろ!」 「戦いの中では非情になることが必要になることもあるでしょう」 フェンが怒鳴るのなんて初めて見た。 だけど、マリーも引かない。 いつも仲がいい彼らが睨み合うのを見るのはレーベ以来だ。 「あのさ」 睨み合うマリー達に、オレは声をかけた。 今まで動転していたから忘れていたけど、あの時マリーは気になることを言っていた。 「マリー。シャーナって誰?」 「!!」 はっ、と。 フェンの方を見ていたマリーが、その名前で振り向いた。 彼女は再びオレの方を見る。オレも立ち上がってマリーを見た。彼女の赤い瞳をじっと見ると、オレの視線から逃れるようにマリーは目を逸らした。 何を言われても動じなかったマリーが、シャーナと言う名前に肩を震えさせるほどに動揺している。その証拠に、今まで何をいうにも相手を見て話していたマリーがオレのほうを見ようとしない。 「シャーナ?」 フェンが呟く。彼は眉間にしわを寄せた。 「ピラミッドの中で、シャーナの分までとか言ってただろう?」 オレは静かにマリーに聞く。 マリーはオレどころかフェンやルチカの方も見ない。よほど触れられたくない話題みたいだ。 しばらく待つと、視線を逸らせたままマリーぱ口を開いた。 「アリアハンの教会にいたころの友人の名前です」 「教会の?」 彼女の指がベッドのシーツをぎゅっと握る。 「私の幼馴染みです。彼女もカイリの従者候補でした。結局、私が選ばれましたけど」 オレの仲間となる戦士の人選は一応はされていたらしい。選ばれてあの嫌な二人とマリーだったのか。選び方がおかしかったのか、よほどまずい人材しかいなかったのか、理由はどちらだろう。 「選ばれたから、シャーナさんの分まで頑張るっていうのか?」 「ええ」 マリーが頷いた。 それだけじゃないってことはまだ視線をあげない彼女の姿が証明しているけど、 「ちょっとあんた達! 何、目が覚めたばかりのマリーを問詰めてるのよ!」 ルチカに怒られた。 「マリーの看病はあたしがするわ。カイリとフェンは外でお昼でも食べて来てちょうだい」 邪魔、とばかりにオレ達は追い出された。 マリー達のいる二人部屋の外まで追い出されたオレとフェンは顔を見合わせた。 「わけありっぽいな」 「だろうねぇ…」 仕方なく言われた通り外に出ながら、オレは小さくため息ついた。 オレの横を並んで歩くフェンは、まだ少し腹を立てているみたいで、いつもより言葉が少ない。 わけありなのはマリーだけじゃない。ルチカやフェンも何かを隠している。 「話してはくれないんだろうなあ…」 皆、頑固だし。 一人だけ謎のないオレは謎だらけの仲間達を思い、少し寂しくなった。 [ next Portoga ] [ back index ] |