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一日間意識不明な状態が続いたマリーがすぐに元気になるわけもなく。オレ達はしばらくロマリアに逗留した。 宿はルチカの知り合いの経営する宿で、町外れにある小さな宿屋だけど、感じのいい中年夫婦が経営していて居心地が良かった。 シャンパー二の塔にいたカンダタ盗賊団は、オレ達がイシスに行っている間にロマリアを出て行ったそうだ。世間的には勇者が追い払ったということになっているらしいと、よりによってルチカから聞いたオレは飲みかけの茶を噴出した。 「バハラタにもアジトがあるから、そっちに移ったと思うのよね」 というのがルチカの予想だ。 休憩しているだけだから城に挨拶しにいかなくてもいいかと思ってたのだけど、どこからか情報が漏れたらしい。 ある朝、唐突に宿屋の前に兵士がやってきた。ロマリア王がオレを呼んでいるという。 心の中でこっそりつけている好感度名簿の、ロマリア王への好感度ポイントを1ポイント下げながら、オレは嫌々王城へ行った。 「おお、勇者殿!」 案内されたのは前にも来たロマリア王宮の謁見の間。 満面の笑みで出迎えられたオレは、ひきつり笑いでロマリア王の大げさな挨拶に応じた。 オレの後ろではオレが一人で城に行くのが嫌だと散々ごねたら仕方なくついて来てくれたフェンが、無表情で頭を下げている。 王の隣りには前の謁見時にはいなかった王妃と姫が座っていた。 彼女達を紹介した後、ロマリア王はおもむろに口を開いた。 「ポルトガとの関所を開けてもらえないだろうか?」 意味がわからなくて、オレはにこやかな表情のまま、数秒無言で王を見返した。 ポルトガとロマリアの関所がこの城の西北にあることは一応知っている。開けてもらえないか、という依頼をされているということは今は閉まっているのだろう。 関所は王宮が管理しているもののはずだ。開けられないということの意味がわからない。そもそも何故それを一般人であるオレに言ってくるのかもわからない。オレは関所がしまっていることも今知ったというのに。 内心いらいらしながら、オレは心の中のロマリア王好感度ポイントをさらにマイナス10する。 だが、悲しいことにオレは一般人で、目の前にいるのはロマリア国王だ。 「…申し訳ありませんが、どのような事を依頼されているのか、もう少し詳しく教えていただけないでしょうか?」 わけのわからない依頼など無視して早くルチカ達の待っている宿屋に戻りたいけれど、下々の者でしかないオレはにこやかな表情を崩さずに王へ問いかけた。言葉使いも丁寧にしているはずだ。 だが不機嫌な感情はついつい漏れ出たらしい。もしかしたら声色に不穏なものも含めてしまったかもしれない。 オレを見ていた大臣達が、びくぅ!と一斉に肩を震わせた。 「し、詳細は私から説明させていただきます!」 王のすぐそばにいた一番年配の大臣が、わざとらしく割って入ってくる。 「勇者殿ならご存知かもしれませんが、我が国と隣国ポルトガの間には両国を繋ぐ関所があるのです。ですがここ数年の間、この関所を我が国は閉鎖していました」 何故、閉鎖していたのかは言葉を濁して答えてくれなかった。国同士のややこしい事情でもあったのかもしれない。 王の言葉を封じるように早口で大臣がいうには、ロマリア王国の役人が久し振りにポルトガとロマリアの間にある関所の扉を開けようとしたら、その関所の鍵が行方不明になっていることがわかったという。 国レベルの大事な鍵を紛失していることが年単位でわかってないというロマリア王宮のずさんな仕事に、オレはアリアハンとロマリアを繋ぐ重要施設にも関わらず全く管理されてなかった誘いの洞窟のことを思い出した。全体的にロマリアは国と国とを繋ぐ施設について扱いが適当なようだ。 「アバカムを使えば開くのではないでしょうか?」 我ながら妥当かと思うことをオレは聞いたけれど、大臣は首を振った。 「その様な高位の魔法の使い手は…」 いないらしい。 確かにいかなる扉をも開く魔法アバカムは、理力魔法の中でトップレベルに難しい呪文だ。 王の傍に控える数人の大臣達は入れ替わり立ち代わり、オレに申し訳なさそうに頭を下げたり説明してくれたりするけれど、ロマリア王や王妃はどこまでも呑気そうににこにこと微笑んでいる。オレ達がこの依頼を断る可能性どころか、オレ達が気分を損ねる可能性すら考えてなさそうだ。 この呑気な王族達に大臣達は日々苦労させられてるのかもしれないと思うと、多少同情してしまう。 一応勇者であるオレとしてはロマリア王の頼みを無碍にすることもできない。結局善処はするとだけ答えさせられるはめになったオレは、心の中のロマリア王好感度ポイントをマイナスにしておくことにした。 帰り際、やけに引き止められたけどマイナスポイントの王と食事しても楽しくない。連れが宿で待っていることと、うち一人が療養中であることを言い訳にして、丁重に辞退させていただいた。 ため息つきながら宿に戻り、昼食の合間にルチカ達にロマリア王の話をした。 ルチカが温野菜サラダをつつきながら、首をかしげる。 「関所を使わなくても、ポルトガにはいけるわよ」 「そうなのですか?」 根性で怪我の二日後には起き上がろうとしてオレ達に止められたマリーは、一週間たった今ではすっかり元気だ。まだ全快とは行かないけど、歩くくらいなら出来るようになっている。 宿の中にある食堂で出される豆とキャベツの入ったスープを気に入っているようで、彼女は今日もそれを注文していた。スプーンの先をスープ皿に沈めて、彼女は身体ごと隣に座るルチカの方を向く。 ルチカが視線をマリーの方へやった。 「うん。ロマリアとポルトガは昔から国同士のいざこざは沢山起こしているけど、商交流は活発なのよ。国と国をつなぐ船も沢山出てるわ。関所を使うことなんて滅多にないわね」 「何かの行事に使うってことか?」 「あたしもあんまり詳しいわけじゃないけど、関所を使う式典なんて半年後の国交回復記念式典ぐらいのものよ。これは想像だけど、ロマリアは鍵が無いことにそれほど困ってないわ」 ふふん。とルチカは意味ありげに笑った。 緑色にきらめく瞳が、今は冷たく光っている。不穏な空気を感じたオレはこっそりと背筋を伸ばした。何故かだらけた格好で聞いては行けない気がしたのだ。 ひそかに緊張しているオレに構わず、ルチカと同じように冷たい光をその赤い瞳に宿したマリーが緩く微笑む。彼女はいつも割と無表情気味だけど、こういう笑い方をすることはあまりない。 「カイリを引き止めるのが目的というわけだとルチカは予想するのですね?」 マリーは不快げに眉をよせ、そのままの顔でオレの方を見た。 「王女を紹介されたと聞きましたが…」 「うん。あと王妃も」 背筋を伸ばしたまま、オレは答えた。 答えた途端、ルチカとマリー両方の眉間にしわが寄ったので、なぜだかオレは「まずい」と思った。嘘なんてついてないしつきたくないけど、まずいことを言ってしまった気がする。 「ルチカの予想の裏付けがとれましたね」 「まったくこういうことは油断ないのよねぇ」 マリーが平坦な声でそう言えば、同じような平坦な声で答えてルチカが頷く。 「まぁロマリアの方は、勘で避けてくれたみたいだからいいけどさあ?」 彼女達は再び横目でオレを見た。 「イシス女王には押され切ったみたいなのよね」 「え、イシス?」 視線に怯えながらも唐突に出て来た砂漠の国の名にオレは首をかしげた。 というか、オレにはルチカとマリーが何の話をしているのかがさっぱりわからない。二人の話を聞く限りロマリアとイシスが何かを企んでいるように聞こえるけど、そんなことあっただろうか。 助けを求めて隣りに座るフェンに目で聞いてみたけど、フェンは首を振った。どうやら彼にもわからないらしい。女性二人にだけわかっているみたいだ。 「カイリ。その腕輪、イシス女王に借りたのよね?」 ルチカの視線がオレの腕にはまったままの星降る腕輪に注がれた。 なんだか彼女の目が怖い。やっぱりあの時受け取り拒否しておけばよかったけど、もう後の祭りだ。 「もう過ぎたことはくどくど言わないわ。でも、カイリ。わかってると思うけど、人から物を貰うときは気をつけてね?」 ルチカもマリーも微笑んではいた。多分、どちらもはた目にはかなり可愛く微笑んでいるように見えたのではないだろうか。 だが、その視線はどちらも冷たく目は笑っていないどころか強い苛立ちを感じた。オレに対してだけじゃないみたいだけれども、オレにも、ちょっとだけフェンにも向いている謎の怒りだ。 おびえたオレは声も出せずにガクガクと縦に首を振った。 助けを求めて隣に座るフェンに視線を向けると、彼も強張った顔で背筋を伸ばしてじっとしていた。無論、オレのことは助けてくれない。彼は彼で精一杯ということだ。 「マリーはどう思う?」 「カイリの年齢から考えて、けしかけてくるなら十歳から二十五歳でしょうね。本人の場合は、自分への自信次第といったところではないでしょうか」 「やぁねぇ。ちょっと有望かもしれないってわかった途端にハイエナみたいにさぁ」 「権力者とはそういうものですから、仕方ないです」 「あら、慣れてる感じ」 「ある程度は」 呟いて、マリーは目を細めた。 ルチカがその大きな瞳で青髪の僧侶をじっと見る。 「もしかしてマリーって、この手のことで頼りになったりする?」 「多分。少しは」 「もうマリーったら。やっぱり頼りになるぅっ」 どこか怖い雰囲気を持ったまま、かわいらしくルチカはマリーに抱き着いた。 だけどオレには彼女達が何の話をしているのか相変わらずさっぱりわからない。助けを求めてフェンを見たら、無言で首を横に振られた。フェンにもわかっていないらしい。 「イシス女王は当人パターンですが、彼女は幾つだと思います?」 「三十歳過ぎ…くらいかしら」 どうやら年齢にかかわる話らしい。 彼女達は真剣な顔でイシス女王の年齢を予測し始めた。今までの話とのつながりがいまいちわからないけど、イシス女王の年齢がルチカ達は気になっているみたいだ。 「そんなにいってるか? せいぜい二十代半ばだろ」 フェンがようやく話に入ってきた。 確かにイシス女王の見た目はとても美しい。ぱっと見、それくらいに見えるだろう。 そのフェンの言葉に「騙されちゃ駄目よ〜」と節をつけて歌って、ルチカは指を振った。 「いや、あれは結構いってると思うのよね」 「ルチカのは言い過ぎかもしれませんけど、三十近くではあるでしょうね」 「イシス女王って四十二歳だろ?」 「え?」 彼女の年齢の話だと思ったので、オレも口を挟んでみた。 なんとなく言ってみたのに、ルチカ達がぎょっとした顔でオレを見る。 一斉に振り向かれたのに驚いてオレは瞬きした。 そんなに大したことは言ったつもりはなかったのに、ルチカ達の反応が妙に大きい。 「四十二歳?! …いや、どうみても二十過ぎだろ?」 「最初に食いつくのが年齢!? いや、そうじゃないでしょ!」 ぐっと身を乗り出したフェンに軽くチョップを入れて黙らせてから、ルチカも身をテーブルに乗り出した。 彼女はどこかじっとりとした目でオレを見る。 「ずいぶん具体的な数字を知ってるのねぇ。どこで聞いたのぉ?」 「えっと…」 彼女の勢いに押されるように、オレは椅子に座ったまま後ずさった。背もたれに背中を当てて、意味もなく手を振る。 「いや、誰かに教えてもらったわけじゃないよ。こういうのってだいたいわかるだろ!?」 「わかんねぇよ」 さらりとフェンからツッコミが入った。 納得いかないオレは首をかしげる。あまり口に出したことはないけど、こういうのは普通のことだろう。どうしてオレはツッコミを入れられているのかわからない。 「年齢なんて聞かなくてもわかると思うんだけどなあ…。オレ、女性の年齢は間違えたことないし」 「おいおいおいおいおいおいおい!」 「ちょーっと、待ちなさいカイリ?」 今度はフェンとルチカの両方からツッコミが入った。 ルチカとフェンはこういう時は良く声が重なる。フェン相手に嫉妬はしないけど、ルチカと声が揃ったことがないオレとしてはフェンがとてもうらやましい。 「今、とても聞き捨てならないことを聞いたような気がするのよ」 「何が?」 ルチカに更にじっと見つめられて、オレはどぎまぎしてきた。 最初からオレ達の話したことをずっと思い出してみたけど、オレは一度も変なことは言ってないはずだ。なのにどうしてルチカもマリーもフェンさえも驚いたようにオレを見る。 「年齢がわかるってどういうこと?」 「そのままだけど」 「…誰でもわかるの?」 「ううん」 首を振ると「そうよねー」と、ルチカが息を吐いた。フェンとマリーも似たような感じだ。 どうしてオレが年齢がわかるかどうか彼女達がこだわっているのかわからないけど、仲間に嘘をつくのはよくないと思うオレは真実だけを口にする。 「わかるのは女の子だけなんだ」 『 ちょっと、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』 すごい。 ルチカとフェンの叫びが今度は完全一致だ。いいなぁ。オレもルチカと声を合わせて叫びたい。 あまりの声に食堂にいた関係ない周りの客がオレ達の方を見た。それに気づいたルチカは愛想笑いで周りをごまかし、フェンが咳払いをする。 周りの客がそれぞれの食事に戻ったことを確認してから、フェンが小声でオレに聞いてくる。 「おい。さっき誰でもわかるわけじゃないって言ったよな?」 「え。うん。男はわからないよ」 「と言うことは女なら誰でも歳がわかるのか?」 「まぁ、そうかなぁ」 「うぉい!」 机につっぷしながら、意味わからん、とフェンが呟いた。 オレとしては男の年齢なんてどうでもいいので、女性だけわかるのも特に問題ないのだけれど。 そういう意味では意味は無くはないと思ったりもする。口に出しては言わないけど。 ルチカに指で呼ばれて、オレはテーブルに身を乗り出した。 何故かルチカはひきつった笑みを浮かべながら、オレに質問を始める。 「ねぇ。あのさ、じゃあマリーとあたしの年齢もわかるの?」 「十六と十七だろ?」 オレは答えた。 旅を始めたばかりの時にどちらも本人から聞いているし、これは答えられて当然だろう。 「アリアハン教会のミリィ神官の年齢はわかります?」 今まで黙ってたマリーも身を乗り出して聞いてきた。 マリーの聞いているのは、アリアハンの一番大きな教会で雑用などをこなす女性神官のことだろう。若いのに妙に老けて見える女性だよね、あの人。 「二十八歳だよね」 「…正解です」 信じられないと言うようにマリー答えた。神官といえども地味すぎる格好をしているから十歳くらい上に見られるミリィ神官は、個人的な感想ではとても損をしていると思う。 「ルイーダは?」 これはフェンだ。 「四十二歳」 「マジか!」 「マジだよ」 「うわぁ。なんかショックだ…」 「聞きたいだけの質問じゃない。答え知ってるとこ聞きなさいよねー」 ぺし。と再びルチカのツッコミチョップが再び突っ伏したフェンの後頭に入った。 「じゃあねぇ、トパーズはわかる?」 「二十六歳だろ?」 アッサラームのぱふぱふ嬢でルチカの友達の、その豊かな胸を頭の中にちらりと思い浮かべながらオレは普通に答えた。 もちろん胸のことを思い出したのは顔には出さない。 「嘘ぉ、どうしてわかるのよ…。それじゃあね、ビビアンはどう? わかる?」 トパーズの上司で、アッサラーム最大の盗賊団の主の名前をルチカは出した。オレ達にラーミアの情報をくれた人で、「石の女王」という二つ名を持つ大盗賊でありながら、ベリーダンス劇場のトップダンサーである金髪の美女のことをオレは思い出す。 「四十歳」 「……」 ルチカが沈黙した。 「すげぇなぁ…。なんか敬いたくなりそうだ」 「しなくていいわよ」 尊敬の目でオレを見るフェンに、ルチカから三度目のツッコミチョップが入る。 マリーは無言でフェンを見ていた。視線が冷たい。 「でも、本当に百発百中なの? わからない子とか全くいなかったわけ?」 驚きが落ち着いたのか食事を再開しながらルチカがオレに聞いてくる。オレはしばらく考えて、それから唯一わからない人がいることを思い出した。 「一人だけいるよ」 「え、誰?」 「オレの母親」 家族のせいなのか、母さんの存在が規格外だからなのかはわからないけど、母さんの年齢だけがオレにはわからない。 聞いても教えてくれなかったし、祖父や近所の人々も知らなかったから、そういえばオレは未だに母さんの年齢を知らない。カンダタと知り合いだったことといい、親父以上に母さんには謎が多いのではないだろうか。 「お前の母親って何者だ?」 「父さんもあなたのお母様のことは全然教えてくれないのよね〜」 ルチカ達にもオレの母さんは謎な存在らしい。 彼らに何も答えられないオレは、黙ってエビピラフにスプーンをつっこんだ。 不審げな視線で見られるのは母さんの存在のことだけじゃないみたいだけど、オレは不審人物じゃないから、居心地が悪い。 ただ女の子の年齢が百発百中で当てられるのが特技だというのは、そんなに奇特な特技ではないはずだ。 [ next ] |