年齢の話が一段落してからルチカが言った。
「関所の話に戻すけど、開けるだけなら魔法の鍵で開けられるんじゃない?」
「なるほど」

 ピラミッドで手に入れた魔法の鍵は、大抵の扉なら解錠できる。関所は魔法の鍵を試して見るには良い場所かもしれない。
「ついでにポルトガに行ってみないか?」
 頬杖つきながら、フェンが言った。

「ポルトガには世界最大規模の港がある。オーブってやつを探すのも、この大陸だけの話ってわけでもないんだろうし、いつかは海に出ることになるんだから、関所に行くならそのままポルトガに行ってみてもいいんじゃないか?」
 オーブの話はイシスに向かう前にフェン達にもした。ルチカが行きたいところがあるということも彼女自身が話したけど、その時も場所はやはり言わなかった。

「世界一の造船技術を持つ国だもんねぇ。船の一つや二つ。世界平和の為に気前よくくれないかしら」
「さすがにそれは…」
 たいした実績のないオレじゃ無理だろう。

「でも、せっかくポルトガとの国境に行くのだし、そこまで行くならポルトガ城を目指すってのはいいね」
「そうそう」
 ルチカとフェンが、うんうんと頷いた。
 元の予定では、マリーが完全に回復したらルーラでアッサラームまで飛んで、そこから山道でダーマを目指そうと思っていた。だけど、アッサラームからダーマに向かう山道はかなりの難所だ。それに比べてロマリアからポルトガへ行くルートなら、街道も整備されていて歩きやすい。魔物が徘徊するこのご時世でも、街道沿いなら宿もぽつぽつとはある。それにダーマ辺りよりポルトガ辺りの方が弱い魔物が多いらしい。

 オレはこっそりと沈黙するマリーの方を盗み見た。
 今、オレ達はマリーが回復するのを待っている状態になっている。これは負けず嫌いのマリーにとっては、とても悔しいことだろう。みんなそれがわかっているからこそ、ポルトガに行ってみることを言い出したに違いない。いつかはポルトガに行くだろうというのも事実だろうけど、それよりもマリーの心情を慮ったからだろう。
 普段あまり行先について口を出さないフェンからそれを言い出したのも彼がマリーを心配しているからで、行先について今日はマリーが一切口を出さないのもみんなの気持ちがわかっているからだ。

 まあ、どちらにしてもここでロマリア王に絡まれているくらいなら、移動出来るところには向かってみたほうがいい。

「そうだね。じゃあ、交渉してみようか」
「魔法の鍵で開くといいな…」
 確かに関所が開かなかったら、この予定は考え直さないといけないけど。

「とにかく交渉してみましょ。明日の朝、謁見を申し込みに行くわよ。明日はあたしがついていくからね」
「君が?」
 万が一、知ってる人に会ったら嫌だから城にはなるべく行きたくないと言っていたルチカが自分から城に行くと言い出したのでオレは驚いた。一応、冠を盗んだ張本人でもあるし。
 理由はわからないけど怒ってたようだから、そのせいだろうか。
 もしかしたらオレは頼りないと思われているのかもしれない。と、思うと少し落ち込む。
 ここは一人で大丈夫だとルチカに言って、頼れる勇者であることをアピールするほうがいいのかもしれないけど…。

「なぁに。駄目?」
「いや、おっけぇぇぇぇぇぇい!」

 久しぶりの上目づかいにオレの理性は即座に陥落し、気が付けばハイテンションで親指を立てていた。
 ちらりと横を見たら、マリーの視線は絶対零度だった。
 いつもよりおとなしくても視線の冷たさは変わらない。そのことにほっとするべきなのだろう。多分。



 ということで、翌日オレとルチカはロマリア王に会いに行った。
 頼りないと思われているのかもと疑っていたけど、その割にルチカは交渉には口を出さず、ほとんどオレと大臣の会話で話は進む。
 前回と違ってルチカがいるのからオレは気分が良くて態度にももちろんそれは出てたはずなのに、大臣達は前回と同じくひきつった笑顔でオレに遠慮しつつ会話して、そのおかげか関所の通行願いは予想よりもあっさり通った。
 謁見から三日後にはロマリアの大臣の立会いの元、オレ達は関所に入った。王家の代理人としてはロマリアの王女がついている。見届け役だから、王女が謁見についてきたのだろうか。
 
 オレの見立てではオレより二つ年下の十四歳の姫は、なんとなく懐かしい豪華絢爛な馬車でロマリアの関所までやってきた。まあまあ可愛い感じの姫は、ロマリアの第三王女だ。
 アリアハン旅立ちの時にお偉方と旅をすることの大変さを思い知っていたから、一緒に行ってほしいというロマリアの依頼を適当な理由をつけて断り、関所には姫と別行動で来た。だから彼女と会うのは謁見の間で紹介されて以来になる。
 それにしても王家の代理人としてこういう仕事をするのは普通王子ではないだろうか。疑問に思ったけどあまり関わりあいたくなかったので流しておいた。

 王女の相手は貴族の相手に慣れてるマリーに任せて、オレは関所にある扉に向かった。閉鎖の魔法がかかる扉は、試しに押したり盗賊の鍵を試してみたけど開かない。
 ルチカが鍵穴を覗き、魔法がやはりかかっている事をオレ達は確認する。

「開けます」
 皆が見守る中、宣言してオレは扉の前に立った。
 イシスにいた宮廷魔法使いに聞いたところ、魔法の鍵はオレのような天地属性者じゃないと使えないらしい。試しに適当な鍵で試してみたけど、確かにオレ以外の誰にも使えなかった。だから便利なもののはずなのに盗掘もされずにピラミッドに残ってたわけだ。

 魔法の鍵を鍵穴に差し込み、オレは発動の為の合言葉を言った。
 すると鍵が一瞬発光し、すぐにカチリと音がした。押してみると今まで開かなかった扉が簡単に開く。
「便利〜」
 口笛を吹きそうな口調でルチカが言った。確かにこの方法だと操作のややこしい盗賊の鍵を使うよりも早いし楽だ。

 すごいのは魔法の鍵なのに王女様にも感動されてしまい、興奮気味に話しかけられたオレは少し困惑した。
 鍵開けに感動する王女ってのもどうかと思う。これ以上、王女に変な影響を与えないようにオレはなるべく彼女と話さないようにしつつ、オレ達は彼女達に挨拶して関所の扉をくぐった。

 関所をくぐればポルトガ国内に入る。ポルトガ王都へ向かう街道を歩いていても雰囲気はロマリアとあまり変わりがないけど、少しだけロマリア辺りよりも出てくる魔物が強い奴らの気がする。
 オレ達は病み上がりで若干ペースの遅いマリーを気遣いながら街道を行った。

 彼女を気遣いながら歩くのは、そういえばアリアハンのレーベ村を出た時以来だ。
 最初は靴擦れで血豆を作っていたようなマリーだけど、旅の間に体力がついてきて、ノアニール辺りではすっかりオレ達のペースについて歩いていた。オレやルチカに追いつくほどじゃないけど、武器戦闘もそこそこ慣れてきて、少なくともピラミッドの地下のような特殊な場面以外では彼女を庇いながら戦う必要はなくなっていた。だから、こういう風にマリーの様子を見ながら歩くのは久し振りな気がする。

「よく考えたら、元お嬢様なのにそれだけの期間で、そこまで出来るようになったのもすごいよね」

 休憩中、フェンにそんな話を振ってみた。
 そのマリーといえば、今はオレ達から少し離れたところでルチカと何か話している。彼女の耳に入るところでマリーを褒めると、ものすごく勢いで否定したり何故か睨んできたりするから直接は言えないけど、オレはマリーの根性には本当に感心している。他の面はともかく根性だけはオレ達の中で一番あると思う。

「そうだな」
「仲間にしてよかったね」
「ああ」

 フェンもマリーが恥ずかしがり屋なのは知っているから一瞬だけちらりとマリーに目をやってから微笑んだ。
 その表情はとても優しい。彼女に剣の使い方だけじゃなく旅のやり方全般を教えたのはフェンだから、師匠のような気持ちになっているのかもしれない。

「でも負けず嫌い過ぎるよね」
「負けず嫌いだから、あれだけ努力できてるんだろ?」
「そうだけどさ。もうちょっとオレ達を頼ってくれてもいいと思うんだけど」
「頼ってくれてるぜ」
「フェンにはね。まぁ、いいけど」

 あの負けず嫌いのマリーでも、フェンとルチカには最近頼ることを覚えたらしい。けど、一応勇者のオレのことはほとんど頼る気配がない。別にいいけど。それは別にいいのだ。

 オレはルチカの方を見た。

 マリーがオレを頼らなくてもフェン達に頼ってるなら別にいいけど、恋する男としては愛するルチカにこそオレを頼ってほしいと、オレはひっそりと思っている。なにしろルチカはマリー以上に誰も頼らない。
 確かに彼女は、旅のやり方も武器戦闘も、オレより詳しいくらいだからオレを頼る必要がないのはわかってるけれど、それでも大好きな女の子に頼れる人間だと思われたいのは男の常だと思う。
 だが、ルチカがオレを頼れる男だと思ってる様子は、今のところほとんどない。
 そもそも出会い方からしてオレは情けなかったし、ノアニールでは庇われただけだった。イシスやロマリアでは何かオレに腹を立てていたみたいだ。そういえばアッサラームでもぱふぱふ屋で怒られた。
 なんか助けられたり怒られたりばっかりだな、オレ。ちょっと、我ながら情けない…。

「どうした。頭抱えて」
「なんでもない…」

 フェンに心配されつつも、いつもより悲観的な気分のオレは嫌な想像をしてしまう。
 そういえばルチカがオレの仲間になったのは親父とカンダタのつながりのこともあるけど、一番大きな理由はオレが勇者だからだった。もし、オレがあまりにも情けない奴で、ルチカがオレに対して勇者らしくないと判断すれば、ルチカはもしかしてオレと旅をするのをやめてしまうかもしれない。
 彼女に仲間として好かれてないとは思ってないけれど、彼女は行きたい場所があると言っていた。
 オレ以外の人間と旅をするほうがその目的に近くなるなら、そちらへ行ってしまう可能性もある。

「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 オレは頭を抱えたまま呻いた。さらにフェンが心配してくれているみたいだけど、もう頭に入ってこない。それほどオレは自分の想像に打ちのめされていた。
 可愛いルチカのいない旅、彼女のいない生活なんて、もう想像できない。
 朝起きたらすぐに会いたくなるし、夜寝る前も一度顔を見てから寝たいと毎日思っているのだ。彼女の微笑み一つでオレのテンションは馬鹿みたいに跳ね上がるし、彼女の悲しい様子を見たら切ない気分になる。

 絶対に、オレはルチカのそばを離れたくない。
 大事なひとは、手をつないでいないときっと消えてしまうから。

 だから、オレは勇者として成長していかなきゃいけない。
 そしてルチカのこともフェンやマリーのことも守れるくらい強くならないといけない。

「カイリ、落ち着いたか〜」
「…うん。大丈夫」

 フェンに向かってなんとか微笑みを作ることに成功したオレは、心の中でこっそりと決意した。










[ next ]