「海だ〜っ!」
「海〜っ!」
 とりあえず、意味も無くオレ達は叫んだ。

 ロマリアの関所からポルトガ王国に入り街道を南西に歩き続けたオレ達は、ポルトガ王国の首都に来ていた。ポルトガの首都であるポルトガの街は、世界最大規模の港町でもある。
 魔物だらけの平原を超えて街に入ったという安堵感。広大な海を目にしたことによる解放感。
 その二つに快く浸かりながらルチカとオレは意味も無くぴょんぴょんと飛び跳ねる。そして更に手を繋いで二人でくるっと一回転してみたりする。海から反射される午後の光に照らされたルチカは今日もとても綺麗だ。

「おいおい。どうした」
「だって〜」
 オレ達のテンションにはついてこないフェンに苦笑交じりに問われて、キラキラ光るルチカは楽しそうな笑顔のまま指をくるくると回した。

「海じゃない」
「海だよ」
「海なのよ!」
「だから、なんだ」

 ルチカの言うことがわからないらしい。フェンが不思議そうに聞いてくる。
 ふふふ、と可愛らしくルチカは笑った。

「海の前にくると、なんか楽しくならない?」
「いや、別に」

 残念なことにフェンには海を前にして心が高ぶる気持ちがよくわからないようだった。マリーもそれは同じようで、やはり彼女も首をかしげている。
 オレにはよくわかっているので、もちろんオレは大きく彼女に同意した。

「本当にわかって頷いてるのかぁ?」
「当然だよ!」
 が、フェンにはそう思ってもらえなかったらしい。
 半眼で疑わしげに問われて、オレは慌てて首を振った。

 オレ達はポルトガ王国城下町に来ていた。
 街の中に入るといかにも港町っぽい家並みがオレ達を出迎えた。青く輝く海と、透き通るような空に吹き上がる雲。それから遠くに見える赤い煉瓦の建物のコントラストが美しい。
 アリアハンにもロマリアにも港はあったけど、ポルトガの港はそれよりも段違いに大きく美しかった。魔物が海に住み着いているのに、船もまだたくさん行き来しているようで活気もある。

「まずは宿か」
「知ってる宿ない?」
「俺はポルトガ来たときは、だいたい安宿で船乗り達とごろ寝してたからな…」
 ルチカとマリーがいるのでもちろん船乗り達とごろ寝の宿は無理だ。ルチカもポルトガの宿はよく知らないということなので、オレ達は普通に宿を探すことにする。
 が、表通りに一歩足を踏み入れた時、オレ達の足は同時に止まった。

「いいにおい…」
「おなかすいた…」

 さすが港町だけあって、魚介類の水揚げ量も多いポルトガの、そのメインストリートには魚介類を調理して提供する店も数多く存在するようだ。洒落た店から、露店まで。昼時なこともあって、どの店からも貝を焼く匂いや、魚を煮る匂いがする。

「宿を決めたらお昼ご飯にしよう」
 言い切ったオレに全員がきっぱり頷いた。
 オレはイカを焼いたのに甘辛いソースをかけた料理がものすごく食べたいのだけれど、みんなはどうなんだろう。
 





 食欲を満たしていたら王城に行くのが遅くなり、ポルトガ王への面会は翌日ということになった。
 翌朝、オレ達はポルトガの王城に入った。ポルトガの街には港町独特の工夫がところどころにされているけど、ポルトガ城はアリアハンやロマリアの城とよく似ている。
 城同様、王のいる謁見の間や玉座も、アリアハン等とよく似ていた。王の格好もだ。

 ただアリアハンやロマリアと違うのは、玉座に座るポルトガの王はかなり体格のいい、…遠慮なく言うと彼はかなり肥えた老人だということだ。ロマリア王の恰幅もかなりよかったけれど、ポルトガ王はロマリア王より横に一回り大きい。洞窟に住む妖精ホビット並みの太り具合だとオレは思った。
 多分年齢はアリアハン王と同じぐらいだろう。旅立ちが決まってから今まで、正直言えば「王様」と呼ばれる人にいい印象を抱いたことが無い。多分この王もアリアハンやロマリアの王と同じような王なのだろうなと、げんなりしながらオレは考える。

「勇者カイリ・マディリアスよ。ポルトガは貴殿の旅を支援することを約束しよう」

 そろそろ慣れつつある型通りの挨拶の後、雰囲気は重々しくポルトガ王は切り出す。
 衰退してもアリアハンには権威だけは残っている。アリアハン公式勇者であるオレをわざわざ認めないなどと言い出すことはないだろうと考えてはいたけど、一応でも勇者と認めてもらえたことにオレは内心ほっとする。
 ただ、ロマリアの例から言って、実績のないオレは簡単に認めてもらえることはないだろうと思う。
 案の定。

「ただし」

 ポルトガ王は重々しく、嫌な予感しかしない接続詞を付け足してきた。
 ただで支援してくれるわけがない。ポルトガもオレ達を試すつもりなんだろう。

「条件がある」
 面倒だけど、断るという選択肢を選ぶのはオレの立場だと難しい。
 オレの気持ちなど全くわかっていないと思われるポルトガ王は意味も無く頷いた。

「最初に断っておくが、わしは勇者であるカイリ殿が優れた戦士であることを疑ってはおらぬ」
「…はい?」
 意外なことを言われて、オレは目をしばたかせた。
 ポルトガ王はそんなオレを真剣な表情でじっと見つめてくる。
 男に見つめられても嬉しくないけど、王が真面目にオレに何か言ってくるのは初めてのことだから、なんとなく緊張する。
「アリアハンが認めた勇者なら、その力を疑おうとは思わない。ポルトガは、貴殿の目を確かめたい」
 いつもと少し言われることが違う。
 ポルトガ王は今まで見てきた王とは違う気がすると、オレは思った。

「バハラタへ向かい、その地の見聞を我に報告せよ。その内容を持って貴殿が真の勇者であるかを判定する」
 オレは目を見開いた。
 背後の仲間達が動揺する気配が背後から伝わってくる。

「失礼ながら陛下。バハラタはダーマ領ですが…」

 イシス王国とダーマ神殿直轄領の境目にバハラタという街がある。
 バハラタには聖なる河が流れていて、しかも場所がダーマ神殿とかなり近いこともあり聖職者が多い街として知られる。他の街からやってくる巡礼者も多いから、旅人相手の商売も活発だ。
 だが先程オレが口にした通り、バハラタの街はダーマ神殿領だ。ポルトガの王が隣国の情報を調べて報告せよという依頼をしてくるなんて、どうにも胡散臭い。何か穏やかでない何かを狙っているのかと、オレは注意深く王を見上げた。
 オレの緊張を知ってか知らずかポルトガ王は意味も無く鷹揚に頷く。

「うむ。だがバハラタでなくてはならんのだ。バハラタの名産品は黒胡椒だろう。勇者殿はバハラタの様子を見聞し、是非とも黒胡椒を我が国に持ち帰って欲しい」

 ポルトガ王はものすごく真面目な顔と声でそう言った。
 オレも真面目な顔で王を見上げる。
 言われた内容はわかった。つまり、王はこう言いたいのだろう。

「………つまりはバハラタで黒胡椒を買い、陛下にお届けせよということですね」
「その通り。しばらくロマリアとの関所を閉じていたこともあり、城の黒胡椒が尽きてしまってのう。儂はもう三か月も黒胡椒を食べておらんのだ」
「黒胡椒を持ちかえれば、勇者と認めていただけるということですか」
「そうじゃ。なるべく早く頼むぞ」

 王はまだ真顔だ。冗談を言っているようには見えない。
 オレが真顔のまま王と見詰め合っていたら、大臣が横からやってきて、封筒と皮袋を差し出した。
「紹介状と黒胡椒の代金でございます」
 封筒が紹介状、皮袋の中身は金貨だろう。黒胡椒一粒の値段は、金一粒とも言われる。さすがに支度金は出してくれるということか。
 それらを受け取ったオレは、目の前の大臣を観察した。
 見た感じそれほど年を取っているようにはみえないのに、大臣の黒髪には白いものが多く混ざっている。彼もきっと苦労しているのだろう。オレは大臣に同情の視線を寄せた。オレの視線に気が付いた大臣は、何も言わずに悲しげに微笑んだ。

「アッサラームの近くにノルドというホビットが住んでおる。彼にこの手紙を渡せばバハラタまでの近道を教えてくれるはずじゃ」

 いつの間にかにこやかな表情になった王が、朗らかにそう言った。
 紹介状を渡してでも彼は黒胡椒が食べたいらしい。話はそれだけだということなので、オレ達は城を退出した。

「王様ってさあ…」
「言うな」

 言いかけたルチカを沈痛な表情でフェンが遮った。
 思わず遮ってしまった理由はよくわかる。仮にも魔王退治を目指す勇者への依頼にしてはどうしようも無さすぎる。
 はっきり言ってとても馬鹿らしい。

 だが、依頼内容のろくでもなささ加減はともかく、普通山越えしないといけないバハラタに抜け道があるというのはいい情報を貰った。ポルトガ行きのタイミングといい、今回のバハラタといいオレ達は運がいい。
 気を取り直したオレ達は、その日は新鮮な海鮮料理をお腹いっぱい詰め込んで、翌朝ルーラでアッサラームに飛んだ。

 久し振りのアッサラームはやっぱり暑かった。
 アッサラーム近くの街道におりたオレ達は街には寄らず真っ直ぐにホビットの住む洞窟に向かった。
 ポルトガの苦労性大臣が金貨と一緒にくれた地図は分かりやすかったけど、山中の自然洞窟というのは探しにくい。半日程山の中を探し回って、ようやく目的の洞窟を見つけた。

「こんにちは〜」
 扉も暖簾もない、一見普通の洞窟だけどホビットが住んでいるという話なので、一応挨拶しながら洞窟に入ったら、挨拶に驚いたのかコウモリが中から数匹飛んできた。

「おいおい、コウモリ出てきたぞ。ここに本当に人が住んでるのか?」
「足跡はあるけどねぇ…」
 コウモリをフェンを盾にして避けつつマリーを庇うという器用なことをやりながらルチカが呟いた。

 ランタンに火をつけてオレ達は洞窟の中に入った。一応住居なので光量の強すぎる魔法の明かりは灯さない。
 手元の灯りが炎の生み出す僅かなものだけというのは、つい最近のピラミッドの事を思い出させる。オレは少し顔をしかめた。
 ちらりと横目でマリーを見ると、ピラミッドで死にかけた彼女だけが真面目な顔で洞窟を見ていた。フェンとルチカもピラミッドの酷い出来事を思い出したのか、オレと同じしかめ面だ。

「じゃ、さっさとノルドさんとやらに会いに行きましょ」
 オレの視線に気付いたルチカが少しだけわざとらしく弾んだ声で言った。その一言で少し空気が柔らかくなる。
「ここが希望の第一歩なのよ」
「海か…。まだ実感がわかないなー」
「でも、いつかは必要になるわよ。絶対に」
「それはそうだけどさ」

 昨日の謁見の後にルチカから出た話だけれど、オレ達が魔王退治の旅を続ける以上、どこかで船に乗る必要が出てくる可能性が高い。海で強力な魔物が跋扈するこのご時世、勇者を乗せて旅をしてくれる船というのは少ないだろう。
 だがいつかはきっと必要になるはずだ。だから、今のうちに海運王国の王の依頼を素直に聞いて必要な時に口利きしてもらおうという作戦をオレ達は練っている。黒胡椒を欲しがるボケた王でも、あれでもポルトガ王だ。それくらいはしてくれるだろう。

 ルチカの明るさに元気づけられたオレ達は洞窟の中を進んだ。
 洞窟は案外広く、五分程歩いてやっと住居区らしいところについたのだけど、
「留守?」
 ノルドさんとやらがいなかった。
 洞窟の再奥には確かに生活感があり、岩で出来た囲炉裏には鍋がかかっていて、いいにおいがするから誰かが住んでいるのは確かなようだ。
 風も流れていて、洞窟の中にどうやって空気をとりこんでいるのだろうと疑問に思い囲炉裏の上を見ると空洞があった。小さな穴なので人は入れなさそうだけどここが風の通り道になっているらしい。
 なるほどこれならなかなか居心地よさそうだ。

「なんじゃね、あんたらは」
 ホビット独特かもしれない珍しい様子の居住区がおもしろくて、ついつい観察していたら岩の影から一人のホビットが出てきた。その出現の唐突さにルチカさえも驚いている。
 ホビットはエルフ同様に妖精といわれる存在だ。岩や土の多いところで生活し、岩と同化することが出来て暗闇でも不自由なく歩くことが出来るという。

「ノルドさんですか?」
「なんじゃ、人間」
 ノルドはオレ達を警戒しているようだ。オレも含めて全員フル武装だから、警戒されるのは仕方が無い。

「ポルトガ王から手紙を預かってきました」
 言いながら手紙を差し出した。
 不審そうな顔で受け取ったノルドは宛名を見ると、一転して嬉しそうに笑う。

「なんだ、ジョニーからの手紙か!」
「ジョニー?」

 きょとんとするオレ達には頓着もせず、ノルドは王家の捺印が入った封蝋を引き千切り、中の手紙を読みはじめた。何か面白いことでも書いてあるのか時々笑い声をあげながら手紙を読み切ったノルドは封筒を懐にしまうと、先程までとはうってかわってご機嫌な表情でオレ達に笑いかける。

「ジョニーの為に黒胡椒を買うためバハラタに行きたいそうだな」
「はい」
 やっぱり色々言ってたけど黒胡椒が目的だったらしい。

「抜け道を通してやろう。ついてこい」
 オレ達はおとなしく彼について洞窟内を歩いて行く。
 ある場所でノルドは足を止めた。彼の目の前にはただの岩壁があるだけだ。
 もしかして、バハラタへの抜け道はホビット技術が利用されているのかもしれない。

 オレ達に下がっているように言うとノルドは岩壁の前に立った。
 彼は一つ大きく息を吐くと、壁に向かって全力で走る!

「どぉりゃぁぁっ!」

 何となく既視感を感じる。
 あれは…そうだ、誘いの洞窟の封印を解いた時だ。
 オレはとっさにしゃがみ、身を伏せる。
 ノルドの拳が壁に当たると、魔法の玉が爆発したみたいな音が炸裂した。

「…!」

 まき上がる砂煙がすごい。
 砂煙が収まった後、顔をあげるとそこにあるのは大穴。今野で別の洞窟に繋がったらしく、穴の奥には闇が広がる。
 髪についた砂を落としながら周りを見ると、勘のいいルチカはオレと同じように伏せていたし、マリーは魔法の玉の時と同じようにフェンに庇われていた。
 しまった。オレもルチカを庇っていたら見直していてもらえたかもしれなかったのに。

「この穴を通ればすぐバハラタにつくはずだ。使いが終わったらまた遊びにこいとジョニーに伝えてくれ」
「はぁ…」
 大味すぎる開通方法とチャンスを逃した自分への後悔に思わずぼんやりと頷いてしまったオレだけど、どうしても気になることがある。

「あの、ジョニーというのは…?」
「なんじゃ、お主。運んだ手紙の送り主の名前もしらないのかね?」
 オレ達を馬鹿にしたのか、ノルドは鼻で笑った。
「見てみい。ちゃんとジョニーと書かれているだろう」

 ノルドは先程の手紙を懐から出すと、最後の一枚だけオレに渡した。
 手紙には角張ったホビット語が数行書かれている。一応何かに役立つかもしれないと、さわりだけ覚えておいたホビット語の知識を総動員してオレは数行の文字をじっと見た。できれば辞書が欲しいところだ。

「『では、また…酒でも飲みましょう』」
 だいたいこんな意味だろう。慣用句だったりしたらお手上げだけど。
「『ノルドの友、ジョニーより』」

 手紙の送り主の名前には汚い字で「ジョニー」のスペルがきっちりと書かれてあった。
 名前の隣りには駄目押しのようにポルトガの印が押されているから、これは王直筆の手紙に間違ない。王宮にいるような翻訳者だと、こんなメタメタな文書はつくらないだろうし。

「ほほう、人間のくせに儂らの言葉を知っておるのか」
「少しだけですけど」
 オレが少しだけホビット語をかじっていたことで、ノルドの心証が良くなったみたいだ。ポルトガを出る時に買っておいたお土産を渡すと、上機嫌でポルトガ王とホビットのノルドが出合った時の話をしてくれた。
 ノルドと若いころのポルトガ王の冒険(というか珍道中)は、かなりおかしいものだった。少なくともノルドの語る「ジョニー」はとても王族らしくない珍行動を繰り返していた。

「ポルトガ王のファーストネームってジョナサンって言うんだよねー」
「だからジョニーになるのですね」
「あのさぁ、ポルトガ王ってさぁ」
「言うな」

 抜け穴を出てから何か呟きかけたルチカの言葉をフェンが遮る。
 ポルトガ王には若干の親しみがわいた。
 だが、王の威厳とか尊厳とかはどこかへ行ってしまった。
 オレは玉座に座るポルトガ王を思い出す。
 そして黒胡椒のことを思い出す。

 オレは細かいことはもう考えないことにした。










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