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バーンの抜け道を通り山脈の向こう側にオレ達は出た。 ルチカが使える鷹の目という魔法とコンパスを使い、地図を見ながらしばらく南下するとバハラタの街に出る。 抜け道からバハラタへの道のりではそれなりに山道が続いたけど、抜け道を通らなかった時に比べればかなりましな道だ。体調が心配だったマリーもそれほど辛そうな様子ではないみたいだから本当に良かった。 バハラタの街には大きくて立派な教会があった。さすがダーマ神殿領だとオレ達は感心してそれを見上げる。僧侶であるマリーは、教会のステンドグラスの美しさに見とれてぼうっとしていた。なんだか珍しい。 教会はともかく、オレ達がポルトガに来ることになった理由は黒胡椒を買う為で、ポルトガ王に買ってくるように頼まれた黒胡椒はバハラタでも貴重な香辛料だ。 バハラタに来たことがあるルチカに聞いてみると、バハラタにも黒胡椒を扱う店は指で数えられるほどしかなく、品質のいい黒胡椒を扱うのはそのうちの一軒だけらしい。 仮にも王に納める黒胡椒なのだから、品質は高いものがいいだろう。ということで、オレ達はルチカの案内でその店に向かった。 ルチカお勧めの店は、黒胡椒のような貴重なものを扱っているとは思えない程、こじんまりした店だった。とは言っても、店の掃除や手入れは良くされているようで、床には埃ひとつなく、綺麗に磨かれたカウンターは骨董物のように美しい。 「いらっしゃいませ〜」 ドアベルを鳴らしながら店に入ると女性の声が奥から聞こえた。 そのすぐ後に、カウンターの奥の扉から少女が一人出て来た。ルチカと同世代の女の子だ。オレの見立てでは推定十八歳。なかなか可愛い。 「あれ、ルチカ?」 「タニア〜。おひさしぶり〜」 ルチカが踏み出して、そのままタニアに抱き着いた。すぐ離れたけど、彼女達は手を取り合ってはしゃぐ。 「知り合い?」 聞くとルチカはタニアの手を話してにっこり笑う。タニアもルチカの連れであるオレ達の方を興味深そうに見た。 くるりとルチカは手のひらをオレ達のほうに向ける。 「ごめん。紹介するね。黒髪がカイリ、背の高いのがフェンイン、僧侶の女の子がマリアベルよ。今、あたしは彼らと旅してるの」 「へぇ〜」 なにやら頷くタニアを指し、ルチカはオレ達の方を向く。 「彼女がタニア。この黒胡椒屋の看板娘。で、あたしの友達」 「よろしく〜」 ぺこりとタニアに頭を下げられ、慌ててオレ達も挨拶した。 バハラタといい、アッサラームといい、ルチカには各地に友達がいる気がする。 そしてみんな結構可愛い。もちろんルチカが一番かわいいけれど。 「おお、ルチカちゃんじゃないか」 タニアと世間話をしていると、奥からもう一人。白いひげの痩せた老人が出て来た。 「おじさん、こんにちは」 「じいさんでかまわんよ」 にこにこと愛想よく、老人はルチカに微笑みかける。 「それより、こんなところでどうしたんじゃ。ルチカちゃんは旅に出たのじゃろう?」 「なんで知って…」 言いかけて、ルチカは一つ瞬きした。 「あ。もしかして、父さん来た?」 「ルチカちゃんが旅に出てしまったといって、すっかりしょげてたよ」 ルチカと老人は朗らかに会話する。どうやら彼らはかなり仲のいい関係で、そしてルチカの父親の話題が出てもタニアも横で笑って聞いているから、彼らはカンダタのことを知っていてなお、ルチカと仲がいいということだ。 「こんなところで立ち話もなんだ。さあ上がって行きなさい」 という老人の好意に甘えて、オレ達は黒胡椒屋の奥にある居間に通された。 居間に通されてすぐ、オレ達は黒胡椒の話をした。 ポルトガ王の使いだというとタニア達は驚いたようだったけど、王へ商品を納めれば箔がつくと言って喜んでくれたから良かった。 だが、残念なことに今は黒胡椒がこの店でも品薄で、特に王へ納めるほど上質な黒胡椒の在庫がなく、十日程待ってくれないかと言われてしまった。 もちろん、オレ達は嫌とは言わない。 黒胡椒の予約契約だけをして、その話は終わりになった。 ルチカとタニアは本当に仲が良くて、黒胡椒の話が終わってすぐにおしゃべりをはじめた。意外にマリーもその二人の会話に溶け込めている。最初に出会ったころのマリーなら多分こうはいかなかっただろう。ルチカと仲良くなってからマリーも随分性格が丸くなった。あの素直じゃないマリーを変えるルチカは偉大だ。 女の子達が会話しているのを見るのは可愛いし楽しいけど、それにも限度がある。 身体を動かしたくなってきたオレとフェンは、彼女達を黒胡椒屋に残して先に外に出た。 タニアに紹介してもらった宿で部屋をとってから軽くトレーニングをしたりしている間に夕方になる。夕食前の時間になって、やっとルチカとマリーが宿に帰ってきた。 「じゃ〜ん」 帰ってはきたけど、行く前となにかが違う。 宿屋に帰ってきたマリーは服装が変わっていた。ルチカは変わってないけど、マリーよりも百倍は楽しそうな笑顔でルチカはマリーの肩を押す。 普段のマリーは軽いものとはいえど鎧を付けている。鎧の下には旅の僧侶がよく着る貫頭衣を着ているけれど、その服は丈夫さや動きやすさが主眼となっていて、可愛さは余りない。 レーベで着替えてきた時からその傾向はあったけど、旅を続けるうちにマリーの格好はどんどん無骨になっていっていた。もちろん彼女の身を守るためにそうなっていっているのだから問題は全くないし、オレはマリーに色気は全く求めていないのでオレとしても問題なかった。 そのマリーが今、ひらひらしたワンピースを着ている。 深い緑色の上品なデザインのワンピースだ。多分タニアの持ち物なのだろう。布は余り上等のものではなさそうだけど、デザインは可愛い。 袖がない服なので、マリーは上着代わりにレース編みのショールを羽織っている。羽織ってはいるけれど、象牙色のショールの下に、普段は見えないマリーの二の腕が見えた。かなり色が白い。 黙っていれば清楚なお嬢様に見えるマリーにはよく似合っていた。 「タニアに借りてみたの。似合ってるでしょ」 「似合う、似合う」 「そうでしょ〜」 ご機嫌なルチカとは違って、着ている本人であるマリーは恥ずかしそうだ。少し頬を赤らめて俯いている。 女の子というのは可愛い服を着ると楽しい気分になるらしいと聞いたような気がするけどマリーはそうではないのだろうか。まあ、色々と変わったところのあるマリーはそうなのかもしれない。 「ルチカはこういうの着ないの?」 ルチカだって似合うと思うし、何よりオレがひらひらスカートのルチカを見たいから聞いたら、タニアの服はルチカじゃ入らないという悲しい理由が分かった。とても残念だ。 「あたしのほうがかなり背が高いし」 とルチカは言っていたけど、胸のサイズのこともあると思う。 タニアはマリーより胸があるけど、ルチカよりは小さい。というかルチカはかなり大きい。 「フェン?」 話しかけようとして横を見たら、何故かフェンはマリーをじっと見ていた。心ここにあらずという感じだ。 「どうしたんだ?」 また、幽霊の類でも見えたのだろうか? オレが呼んで、ようやくフェンは我に帰った。 なんとなく慌てた雰囲気でオレの方を向く。 「いや、なんでもない」 「本当に?」 フェンの「なんでもない」は微妙に信用できない。 カザーブやノアニールの場合みたいなこともあった。 また何か具合の悪いことでも隠しているのかもしれないと思って彼をじっと見上げる。 どこか少し慌てた様子のまま、フェンはオレから目をそらせた。ますます怪しい。 「へぇ〜」 ルチカはそんなフェンを見てにやにやしていた。 マリーは顔を赤らめたまま、うつむき気味に何故かフェンの方を窺っていた。 そういえばフェンはまだマリーの服についての感想を言っていない。 俯いて恥ずかしがっているくらいだからマリーは今、珍しく他人の目が気になっているのだろう。 彼女の様子がおかしいのは、彼女が多分一番信用しているであろうフェンが何も言わないからに違いない。 「フェン」 オレはそっぽを向いてしまったフェンの服を引っ張った。 「なんだよ?」 「あのさ、まだマリーの格好の感想言ってないだろ。言わないの?」 『なっ!』 何故かオレ以外の三人が同時に驚いた声を出す。 「何を言ってるのですか、カイリっ!」 「な、な、な、な…!」 顔を真っ赤にしてマリーが怒鳴ってきた。彼女がこんな風に怒るのも珍しい。 フェンは何故か動揺しまくっている。先程から「な」しか言えてない。 マリーは真っ赤になってうつむきながら、視線だけをフェンに向けた。 マリー同様赤くなったフェンがそんな彼女を見下ろす。 「あ〜、似合ってるぞ」 「ありがとうございます…」 なんだか流れる微妙な空気。 フェンとマリーはお互いを意識しながら、何も言わない。 二人とも視線が彷徨いまくっている。 なんだかすごいことになってしまった空気に困ってルチカを見たら、ルチカはものすごい笑顔でオレに親指をたてていた。 なんで褒められているのかわからないけど、ルチカが喜んでいるなら別にまずいことをしたわけじゃないみたいだ。 結局、微妙な空気はルチカがなんとかしてくれた。 やっぱりルチカは偉大だ。 [ next ] |