タニアの店に黒胡椒が届くまで、少し暇が出来てしまった。
 この間にバハラタの北にあるダーマ神殿に行こうかとも思ったけど、ダーマは高い山の上にある。アッサラームからの険しい山道を越えたすぐ後に、ダーマまでのやはり険しい山道に挑戦するのは辛い。
 ということで、しばらくバハラタに滞在することにした。
 よく考えたら今までほとんど休みなく前に進んできたのだ。ちょっとくらい休んだり遊んだりしてもいいだろう。
 休みの間には仲間達と…特にルチカと、遊びに行くのも楽しそうだ。

「出来ればデートしたいなぁ」
「すれば、いいじゃないか」
 宿屋のベッドでごろごろしながら呟いたら、二人部屋の隣のベッドに腰掛けたフェンに返事された。
 オレはフェンの方を向いて転がる。

「あれ、聞こえてた?」
「…聞こえてないつもりだったのか?」
 ちょっとだけ困った顔をして、フェンはオレの方を見た。

「お前はベッドの上をごろごろごろごろ落ち着きなく転がりながら」
「うん」
「俺が一度も返事してないのにも気にせずに」
「うん」
「ルチカとデートしたいだの、デートではどこそこに行きたいだの」
「うん」
「一時間以上話し続けてるんだぞ、カイリ」
「えへ♪」

 照れたオレは笑ってごまかした。
 男がそれをやっても可愛くない、とフェンに一刀両断される。

「そんなにルチカのことが好きならデートでもなんでも誘えばいいだろ。というか、好きだとはまだ伝えてないのか?」
「す・きぃ!!!?」
「どぅわあああああああああああああっ!!」

 好き、という単語に驚きすぎたオレは一回転してベッドから跳躍して隣のベッドに着地。そしてそのベッドに腰かけたフェンの肩をがっしりとつかんだので、驚いたフェンが後ろにのけぞって悲鳴を上げた。

「好きとか、告白とか! そんなこと無理だよ!」
「そうなのか?」
「無理無理無理無理…!」

 そりゃいつかは、オレの恋心を伝えてルチカに恋人になって欲しいけど、どうやら頼りないと思われているらしい今の状況だとオレの告白が成功する可能性は望み薄だ。
 頑張ってルチカを守れるくらいに強くなって格好いい勇者だと思ってもらえるようにならないと、好きだと告白したはいいけど振られて、結果オレと顔を合わすのが気まずくなったルチカがパーティから抜けてしまう、なんてこともありえる。

「だって…」

 フェンの肩を掴んだまま、オレは俯いた。
 それにルチカに告白出来ない理由はもう一つある。

 ルチカには目的がある。
 ラーミアを召喚してまでも行きたい場所が彼女にはあるという。
 ほとんどおとぎ話に近い伝説に頼ってまで追うその願いは、おそらくひどく彼女にとって切実なものなのだとオレには分かっている。
 ルチカが時々とても辛そうな表情をすることがあるのはきっとそのことと関係があって、その目的を達成するまではきっとルチカの心が晴れることはないのだろう。
 だから、たとえバラモス城に行く方法が他に見つかったとしても、オレはラーミアを復活させるつもりだ。

「どうした?」
「だって、オレはまだ旅の途中だ…」

 そしてルチカの願いをかなえた時こそ、正々堂々とルチカに想いを伝えることが出来るのだと思う。

「そうだな」

 俯いたままのオレに、優しい声が降る。
 顔を上げるとフェンが目を細めて微笑んでいた。

「気軽に言って悪かった。しかし、本当にお前はルチカのことが…」
「誰もいないのですか?」

 フェンが何か言いかけたところで、唐突に部屋の扉があいた。
 扉を開けたのはマリーで、彼女の眉間にはしわが寄っている。
 後で聞いた話だと、オレが騒ぎすぎてマリーのノックの音に気付かず、不審に思ったマリーが扉を開けたということだった。

「あなた達、何をしているのですか?」
「えっと、相談?」

 何故かみるみるうちにマリーの眉間のしわがすごいことになっていく。
 よくわからないオレはフェンを見上げた。オレに肩を掴まれているフェンもオレを見たので、オレ達はベッドの上で至近距離で見詰め合うことになった。

「近過ぎます!」
「確かに!」

 何故かフェンが即座に反応して、オレから飛びのいた。
 オレには理由はさっぱりわからないけど、フェンが額を押さえて呻いている。
 なんだか困った空気になったので再び「てへ」と笑ってみたら、今度は二人にツッコミを入れられた。




 翌日、どうしてかはわからないけど不審げに見つめてくるマリーから逃げるようにオレは宿屋を出た。
 廊下でルチカと会った時に彼女を散歩に誘うことに成功したので、オレとしては一石二鳥だ。

 オレは可愛いルチカと二人でバハラタの街を楽しく歩いていた。
 バハラタは水の街と言われるほど水に恵まれた街で、大きな教会があったりすることもあり、今まで見たどの街よりも美しい街並みだった。
 白い砂壁も青々とした草花も、高級なガラスをはめ込まれた家がいくつもあることも理由だと思う。
 店も整然とした女の子が好きそうな店が多くて、オレの隣を歩くルチカも楽しそうにしている。
 これはかなりデートっぽいのではないかと、にやけながらルチカとオレは歩いていたのだ。
 あいつらに、出会うまでは。

 林檎を山と積んだ食料品店の前を通りがかった時だった。
 店の中から赤毛の男と、地味そうな黒髪の男が出てきた。食料品を買い込んだのだろう。黒髪が持つずた袋に、野菜が詰め込まれている。
 その二人組がふとオレ達の方を見た。

「お嬢!」
 叫んだのは黒髪の方だ。

「あれ、レイヴン?」
 ルチカが呼んで、黒髪ではなく赤髪のほうが、はっとした様子でルチカを見た。どうやらレイヴンというのは赤髪の方の名前らしい。
 背の高い優男だ。むかつくくらいに整った顔立ちをしていて、鳶色の瞳が今は驚きに揺れている。深い色の赤髪はルチカよりも少し短いくらいで、彼女のことをお嬢と呼ぶ人間の連れだということは多分彼も盗賊なんだろうけれど、刺しゅう入りの長衣を着ているせいで魔法使いのように見える。
 年齢はフェンより少し上あたりだろう。

「お嬢…!」
 赤髪の方もそう叫んで、そしてその男はオレ達の方に、というかルチカの方に走り出した。

「久しぶりね」
 にこやかにルチカがレイヴンと呼んだ赤髪優男に話しかける。
 せっかく彼女が話しかけたのに、レイヴンとかいう奴はルチカの前で立ち止まり、じっと彼女を見つめた。彼の後ろからずた袋を引きずりながら黒髪が追いかけてくるのも、ルチカの隣にオレがいることも完全無視だ。
 目を見開いてルチカだけを見つめるレイヴンという奴にオレはむっとした。

「おい…」
「お嬢」

 無視されたことより熱い視線でルチカを見つめることが気に食わなくて声をかけようとしたら、レイヴンはそれも無視して腕を差し出した。
 ルチカのほうに。

 悪寒のようなものが背筋を走り抜ける。
 鳥肌がたった。

「会いたかった…」

 こともあろうにレイヴンは。
 オレの目の前で、そう目の前で!
 腕を差し出しルチカを抱きしめた。

 オレは無言。
 レイヴンは幸せそうな苦しそうなよくわからない表情でルチカを抱きしめたまま動かない。
 ルチカはオレに背を向けているので、表情がわからない。

 そのまま、十秒くらい。
 あまりの事態にオレは何も言えず、黙って二人を見ていた。
 胸の奥にふつふつとした苛立ちのようなものがあふれてくる。

「なに、してるんだ」
「っ!! 離して!」

 ぱっと、ルチカが腕を前に出して、レイヴンの胸を押した。
 そしてやっと二人は離れる。

「お嬢…?」
「おい、お前!」

 不思議そうにルチカを見下ろすむかつく男に、オレは怒鳴った。
 ようやくレイヴンがオレの方を見る。

「誰だ?」
「だ、誰って…」

 何か怒鳴りたいけど、まさかルチカはオレの好きな子なんだから手を出すな、なんてことは言えない。
 今のところ告白もできない間柄だし。

「オレは彼女の仲間だ!」
「仲間?」
「そうだ!」

 とりあえず仲間であることのアピールはする。
 悔しいことにこの赤毛の男は美形で、身長もオレよりずっと高い。
 劣等感を刺激されて、苛立ちはますます加速する。

「お嬢の仲間…?」

 レイヴンがオレをじっと見て、眉をひそめた。
 まるで予想外と言わんばかりだ。

 馬鹿にされているような気がして、オレはさらにレイヴンをにらんだ。
 オレと彼の間に不可視の火花が散る。
 バハラタの朝風は爽やかなはずなのに、オレの熱気に充てられて、じっとりとオレ達の髪と服の裾をなびかせた。

「お前が二代目勇者か」

 オレを見下ろしてレイヴンは呟いた。
 二代目、という言葉の中に「親の七光り」の意味が含まれているのが、オレにはすぐわかった。
 親の偉大さに助けられて身にそぐわない高待遇を受けているのだと、言外に彼は言っている。

 確かにオレは高名な勇者の息子で、あの勇者オルテガの息子だから実績無しでもアリアハン公式勇者として送り出されたわけだけど、この赤毛の優男に言われるとものすごく腹が立つ。二代目は二代目なりに頑張ってるんだ。
 ルチカとオレの楽しい散歩に割り込んできた奴に言われたくない。

「まぁね。今日は仲間と一緒に散歩中なんだ」

 仲間という単語にアクセントを置いてオレは言った。少しだけ微笑んでやる。
 嫌味を言われたから、嫌味で返してやろう。
 嫌味っていうのは、ルチカはオレの仲間なんだから、仲間じゃないお前なんてお呼びじゃないってことだ。
 理由はともかくルチカが望んでオレの仲間であることは事実だから、アドバンテージはオレにあるはずだ。

 嫌味の応酬が終わって不可視の火花が劫火になる。
 のを止めたのは。

「お嬢〜。お久しぶりです〜」

 ルチカのほうににじり寄っていく、情けなさそうな声だった。
 レイヴンと一緒にいた黒髪の男だ。
 年齢は多分オレと同世代で背の高さも同じくらい。
 この男には見覚えがあった。ルチカがシャンパーニの塔から旅立つ時に、彼女を涙ながらに見送っていた盗賊の一人だ。ということは、この黒髪と、黒髪と一緒にいるレイヴンはやはりカンダタ配下の盗賊だといういことだ。

 なんだかへらへらした雰囲気の黒髪男は、こともあろうにルチカの手を握ろうとして、さらりとルチカに回避されていた。
 さすがルチカだ。

「ティム…、久しぶりね」
「お、お嬢。お会いできて嬉しいです〜」
「へぇ」
「ひっ!」

 ティムと呼ばれた黒髪の男がまたルチカを追いかけようとしたので、思わず睨み付けたら彼は悲鳴を上げた。
 ちらりと隣を見たらレイヴンもティムを睨んでいたらしい。

「彼はあんたのトモダチじゃないの?」
「一家のものではある。お嬢もな」

 嫌味を言ったら、嫌味で返された。むかつく。

「レイヴンさん〜」
 ルチカに寄ることを諦めたらしいティムは、今度はレイヴンに情けなさそうな声で呼びかけた。

「とりあえず移動しましょうよー。みんな見てますよー」
「そうだな」
「うわ」

 思わずオレは声をあげた。
 レイヴンとのにらみあいに集中していたから気が付かなかったけど、周りに人があつまってきてオレ達を取り囲んでいる。何人かの暇そうなおじさんが無責任なひやかしを投げてくる。

「…こっちに宿あるから」

 やはり今気が付いたらしい。
 顔を赤くしたルチカの案内で、ルチカとオレと邪魔者二人は宿屋の一階にある食堂へと足を向けた。










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