「帰ってきていたのか…」
 宿の前で丁度トレーニングを終えて帰ってきたフェンに会った。不機嫌なオレと背後の男達を見たフェンはオレに一度挨拶したものの、

「じゃあ、俺はマリーを迎えに行ってくるから」
「待って」

 棒読みで言い訳して逃げようとしたところをオレは捕まえた。
「離せ、カイリ!」
「嫌だ!」
 オレはがっしりとフェンの服の裾を掴む。
 そして涙目でフェンを見上げた。
 ルチカを挟んでオレはあのいけ好かない盗賊二人と対しなければならない。
 みすみすルチカを渡すつもりはないけれど、このままでは一対二で人数的に厳しい。味方が欲しいと思っていたところにフェンが通りすがってくれてよかった。オレは中々幸運だ。

 本気で嫌そうなフェンを引きずるように引っ張って、彼と一緒にオレは席に座る。
 レイヴンが失礼なことにフェンをじろじろと見ていた。見られているフェンの方は「勘弁してくれ…」と疲れた声で呟いている。

 オレ達が入ったのは宿屋の一階にある食堂兼酒場だ。
 朝出立の旅人達は既に宿を発っているけれど昼食にはまだ早い時間だから、食堂の中の客は少なく閑散としている。
 その一番奥の方にある目立たない場所にオレ達は座った。
 時間帯の為か一人しかいないウェイターに適当に飲み物を注文すると、しばらく沈黙が訪れる。オレとレイヴンは不機嫌そうな顔、ルチカは何故か笑顔。フェンとティムはひきつった微笑みを浮かべている。
 注文した飲み物が届いたのをきっかけにオレ達は自己紹介をした。

 予想した通り二人の男はルチカの父、カンダタの子分である盗賊だった。
 背の高い赤毛の優男がレイヴン。二十四歳。見た目の割に腕が立つらしくカンダタ盗賊団でカンダタの右腕とか副頭目とか呼ばれているらしい。
 黒髪のへらへらした奴がティム。十六歳。レイヴン同様カンダタ盗賊団の盗賊だが、こちらはどうというわけでもないただの下っ端のようだ。下手をすると雑用係のようなものかもしれない。どうにもティムには盗賊の持つ鋭さのようなものが見えなかった。

 この二人は日用品を買い足しにバハラタに来たという。
 バハラタから北東に三日程歩いたところにカンダタ盗賊団のアジトがあるとは、そういえばルチカが以前言っていた。
 レイヴンは盗賊の前は魔法使いだったようで、ルーラの呪文を使うことが出来る。そういうこともあって、情報収集も兼ねて副頭目自らこのバハラタの街に彼はしばしば立ち寄っているという。

「お嬢、バハラタにまで来たのなら、親分に顔見せていきませんか?」

 主にルチカからオレ達の旅の話をしていると、ティムが余計なことを言った。
 オレとしてはレイヴンが犯した不埒な行動をとことんまで追求したいところだけど、ルチカの前でそれを聞くのは憚られる。あまりしつこくするとルチカにオレの恋心がばれてしまうかもしれないからだ。

 オレはティムの方を見た。
 ティムが怯えた顔で「ひいっ」っと小さく悲鳴を上げた。隣のレイヴンは睨み付けても涼しい顔をしているのに、このティムという奴は全然度胸が足りない。ルチカが視線を外した時を見計らって笑顔で睨み付けたくらいで、それほど怯えることもないだろうに。

 とはいえ、おそらくルチカに不埒な想いを抱いているであろうティムだけど、彼がオレの恋敵にはならないであろうことはほぼ確実だ。
 こんなに頼りない奴をルチカが好きになるわけない。

「…まぁ、こいつなら排除も簡単そうだし?」
「カイリ?」
「ん。なんでもないよ」

 うっかりと口に出してしまった言葉を、隣に座るフェンがひきつった声で問い返してきたけど、オレは受け流した。
 それよりも、問題は奴だ。
 ルチカの視線がそれた時を見計らって先程から睨みあっているけれど、臆した様子もなくそれどころか余裕そうな表情でオレを見下ろしているこの赤髪盗賊。

「そうねぇ」

 オレとレイヴンの睨みあいを知らないルチカは、頬に指を当てて考えているようだった。
 その仕草がますます可愛い。
 ただ、先程から微妙に機嫌が良さそうに見えるのが気になった。
 久しぶりに知り合いに会ったのが嬉しいのだろうけど、オレとしては嬉しくない。

「聞いた話だとあんまり元気ないみたいだし…、久し振りにそっちに行ってみようかしら」
 ねぇ、とルチカがオレに視線を向けた。
「黒胡椒胡椒が届くまでまだ少し日にちがあるわ。ちょっと出かけてきてもいい?」
「もちろん」

 にこり、とオレは微笑んで言った。ルチカの望みをオレは遮るつもりはない。
 ルチカが少し意外そうにまばたきした。
 隣りで黙って座っているフェンが暑くも無いのに汗をかいている。

「ところで、オレも一緒に行っていい?」
 場所を覚えておくと、いざというときルーラで送れるし、と口実も足してオレはさりげなく言う。

 ルチカが了承してレイヴンも頷いた。
 ティムは既に空気になっている。オレとレイヴンの気迫に負けたティムに発言権はない。
 だけど、フェンがバハラタに残るといいだした。
 黒胡椒の注文待ちなのにバハラタの街をオレ達全員が離れるのは気が引けると言われて、オレはしぶしぶ頷く。
 フェンが残るなら、バハラタの大きな教会を見学したいと言っていたマリーもこの街に残ったほうがいいだろう。
 教会のマリーに事情を説明してから、オレ達はレイヴンのルーラでカンダタのアジトへ飛んだ。


 魔法の青い光が消え去って目の前に見えたのは洞窟だ。
 文様が刻まれた石柱で補強されているから、多分遺跡だろう。どうやらカンダタ盗賊団のアジトは地下にあるようだった。

 階段を降りると正方形の形をした真四角の部屋に出て、オレ達はレイヴンを先頭に歩き出す。
 最初の部屋を左に曲がると先程と全く同じような部屋があった。レイヴンは今度は右に曲がる。その次の部屋も今までの部屋と酷似している。半ば混乱しながら一応頭の中で曲がった回数を数えておく。

「迷いそうだな…」

 オレは小さく呟いた。
 洞窟の中は似たような部屋が続いている上に、魔物まで出てきた。シャンパーニの塔と同じくわざと魔物を掃討せずにおくことにおいて番犬代わりに使っているのだろう。
 だが、この魔物との戦いが曲者で魔物と戦っているうちに自分がどちらから来たかわからなくなりそうだった。
 とにかくどの部屋も、四方同じ壁に出口が一つついていて、どの面も同じように見えるのだ。

 住み着いている魔物も結構強い。
 キャッツバットなどの鬱陶しい魔物がいきなり飛び出してくる。
 星降る腕輪のおかげで素早く対応できたけど、持っていなかったら少し厳しかったかもしれない。

「前より強い奴が住み着いてる気がするわねぇ」

 前からそんなものかと思っていたら、そうでもないらしい。
 ルチカがきょろきょろと辺りを見回しながらレイヴンに話しかける。
 彼女に話しかけられたレイヴンは無駄に爽やかにルチカに微笑みかけた。

「そうですね。ここ一年ほどで急にこの辺りの魔物が狂暴化してきて、見かける魔物も前より凶悪な奴を見かけるようになってきました」
「そっかあ…。罠とかは昔のまま?」
「はい。この様子では罠を仕掛けるのも手間だろうということで」
「罠?」

 二人に会話されるとむかつくのでさりげなくオレは会話に割り込んだ。
 レイヴンがむっとするのがわかるが無視する。

「そ。仮にもここは大盗賊カンダタのアジトよぉ。仕掛けくらいあるにきまってるでしょ」
「えっと…」
「シャンパーニのほうにもあったのよ。もちろんこっちにもあるわ」

 あの塔にも仕掛けがあったというのは初耳だ。

「こっちはね、フェイクの宝箱をおいてるの。カイリは興味ないと思うけど、気を付けてね」
「うん?」
「『人食い箱』が置いてあるの。開けたら噛まれるわよ」
「へぇ」

 人食い箱というのは、ミミック族に属する魔物だ。
 宝箱の形をしていて、宝箱を開けた冒険者にかみついてくる凶悪な魔物だ。
 財宝をため込んだ盗賊団の罠としてはいいかもしれない。

「まぁミミックじゃないから、カイリだったら大丈夫だと思うけど」
「うーん、そうかなあ」

 手を振りながらルチカは言ってくれたけど、文献によると人食い箱は相当強い魔物らしい。旅立ったころよりずっと強くなったとは思うけど、勝てるかどうかは謎だ。

「ミミックだと、ザキがあるからね…」

 ミミックも人食い箱同様に宝箱の形をした魔物だ。
 人食い箱よりさらにタフで噛み付き力が強いだけではなく、この魔物は死の呪文「ザキ」を使うことができる。
 高位の僧侶が使うこともできるこの呪文は即死魔法と呼ばれ、その名の通りこの呪文をまともに受けた生物は即座に死んでしまうという恐ろしい魔法だ。
 集中すれば打ち払うこともできるけど、隙を狙われたらどんなにベテランの戦士だって即死する。

「さすがにそんなものまでは準備しませんよ」
 何か気になったのか、急に黙り込んだルチカにレイヴンが声をかける。
 声をかけるだけじゃなく、赤毛男はさり気にルチカの肩にまで手を置いた。

「魔物、来てるよ!」

 いらっとしながらも、暗闇の奥から魔物が出てきてるのが見えたのでオレはレイヴンに怒鳴るように教えた。
 さすがに魔物と聞いてはレイヴンもルチカから手を離す。

「ヒャダルコ」

 レイヴンは魔法使いの魔法を使うことができる。
 洞窟内だからイオなどの派手な魔法は使わないけど、氷系と補助魔法はどんどん使っていた。
 しかも結構な威力だ。

 星降る腕輪の力を借りて真っ先に飛び出したオレは、魔物を一体切り裂いた。
 その後からルチカの鞭が別の魔物を切り裂く。
 背後からレイヴンのスクルトが飛んできて、オレの目の前で不可視の壁となり、オレ達を守った。

 レイヴンは魔法だけでなく、盗賊としてもいい動きをしている。
 技量はそこそこだけど、腕力がある分ルチカよりも強いかもしれない。

 オレはスカラやフバーハのような補助魔法に全く適性がない。唯一適性がある防御魔法は、使いどころの難しいアストロンだけだ。
 仕方ないのでオレは力任せに魔物を叩ききることに専念した。











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