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似たような部屋を幾つも抜けると、ある部屋で唐突に階段が現れた。この階段がカンダタ盗賊団アジトの本当の入口ということらしい。 階段を上がると、下とは少し違う様子の普通のレンガ壁の部屋に椅子と机が幾つか置いてある場所に出た。 真っ暗だった階下とは違い、壁には火のついたランタンが吊るされ、明かりの下には数人の盗賊がカードゲームをしている。 場所から考えて、見張り部屋というところなのだろう。 盗賊達はオレ達に気が付くと一斉にカードを放り出して椅子から立ち上がった。 「お嬢!」 「ただいま〜」 ルチカが彼らに手を振ると、嬉しそうににやけた奴が二人。彼らがシャンパーニの塔でも見た「オレ的要注意人物」であることをオレは確認する。オレの中での「最要注意危険人物」は、ちゃっかりルチカの隣に立っているけれども。 副頭目だというその男は、しれっとルチカの隣をずっと確保しつつも見張りの盗賊達に荷物を手渡していた。偉そうに。 「副頭目、お疲れ様です」 「ああ。俺がいない間に何か問題はなかったか?」 「いえ、何も。今日もいつも通りですよ。副頭目こそお嬢と一緒に帰られるなんて、いったいどういうことなんですかい?」 「バハラタで会ったからな。アジトに帰ってこられるように勧めた。親分は上におられるのか?」 「いや、外出中です。散歩ですけど」 「そうか」 階下での戦闘には一切参加しなかったけれど、レイヴンが買った食料品をほとんど一人で抱えていたティムがよたよたと奥へ向かっていく。別の盗賊がその頼りない様子を見て、慌てて手伝いに入っていた。 会話が途切れたのを察して、ルチカがレイヴンの方に手を振る。 「レイヴン、悪いけれど皆に会う前にカイリを連れて行きたい場所があるの。あたしが帰ってきたことの報告をお願いしてもいいかしら?」 「それはかまいませんが…」 戸惑い気味に赤髪の盗賊は頷いた。 「じゃあ、後でね」 そう言い残すと、ルチカは「こっちよ」とオレを呼んだ。 スキップすらしてしまいそうな調子でオレはルチカの後を追う。 後ろから妬ましげな視線が何本かオレの背中に突き刺さったけど、オレは全然気にしなかった。むしろ、ちょっと気分がいいくらいだ。 ご機嫌なオレは、ルチカに連れられてアジトの奥の方に通された。 途中何人かの盗賊にすれ違って挨拶されたり話しかけられたり、挙句の果てに何故か泣き出されたりしたけれど、ルチカは久しぶりに帰省した為か、楽しげに奥へ進む。 途中、通りすがりの盗賊から水差しとグラス二つを貰い、ルチカは歩く。 ある扉を懐から出した鍵で開き、彼女は中に入っていったのでオレもついて部屋の中に入った。 「ん。ここ?」 「そう、ここよ」 あまり広い部屋では無いと思う。 実家のオレの部屋と同じくらいの広さだろう。 そんなことを思ったのは、この部屋が誰か個人の部屋のように思えたからだ。 ルチカが持っている明かりを二つほど壁にひっかけてくれたので、部屋の全体をオレは見ることができた。 小さなチェストとテーブル、それから椅子が二脚。壁の端に大きな姿見があり、別側の壁についたてがあった。ついたての後ろにはベッドがあるらしい。あと扉のすぐ隣に空の木箱があった。 簡素な部屋だ。壁は普通のレンガで出来ていて、窓もないし絵の一枚もない。小物の類も全く無く、殺風景だった。 「こっちにどうぞ、座って」 水差しをテーブルに置いて、ルチカはグラスに水をつぐ。 よくわからないまま、オレはおとなしく椅子に座った。 「えっと、ここは?」 「あたしの私室よ」 「え?」 言われたことの意味が理解できず、反射的に聞き返してしまった。 思わずオレは立ち上がってしまう。 「え、えええええっ! ここ、ルチカの部屋なの!?」 「そうよー。どーぞ、いらっしゃいませー」 にこにことルチカはしているけど、オレはそれどころじゃない。 大好きな女の子の部屋にオレはいるのだ。 ということは。 「……」 ちらり、とオレは部屋の奥のついたてを見る。 あの奥に見えるベッドがルチカの私物ベッドだというわけで、あの上でで彼女は可愛らしく寝たり転がったりしたわけで…。 「なんで、そっち見てるの?」 「やっ、見てないよ!」 「そぉ?」 うっかり眠るルチカという妄想で興奮しかけたオレは、こちらを疑わしげに見る彼女に思わず手を振る。 落ち着きを演出するために、椅子に座りなおす。 「なら、いいけど」 「そ、そうだよ」 言いながらもオレは胸の奥の期待が少しだけ膨らむのを感じる。 実家に帰って真っ先に自室につれてきてくれるなんて、もしかして彼女はオレのことを特別に思ってくれるんじゃないかという期待だ。 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、部屋の持ち主であるルチカはもう一脚ある椅子には座らず、壁のレンガの一つを叩き始めた。 「何してるんだ?」 「ここにねー」 彼女が笑顔で言った時に、その壁から「がこっ」っという音がした。何かが外れるような音だ。 驚いてみていると、ルチカは壁に埋め込まれているはずのレンガを一つ引き抜いた。足元にそれを置くと、レンガが外れてできた穴に腕を突っ込む。何かを引きずるような音がして、彼女は小さな箱をその穴から取り出した。オレのこぶしほどの大きさの小箱だ。 どうやら隠し金庫のようなものらしい。 箱をテーブルに置いて、レンガをまた壁に埋め込んでからルチカはオレと向かい合うように椅子に座った。 小箱には厳重なことに鍵がかかっているようだったけど、ルチカが懐から出した鍵を差し込むと軽い音を立てて開錠される。 彼女は箱を開いて中にあるものを取り出した。 「ペンダント?」 中から出てきたのは、大きなペンダントトップが特徴的なペンダント・ネックレスだった。紫色の大きな宝石が金色の台にはめ込まれている。宝石の大きさから高価なものだと思われるのに、チェーンではなく編まれた皮ひもで吊るされている。まるでスー族の民芸品のようだ。 「そう。命の石のペンダントよ。命の石は知ってるわよね」 「知ってるけど、それが命の石なのか!」 オレは、また驚いた。 今日は驚くことばかりだ。 命の石というのは、別名「身代わり石」とも呼ばれる。 持っていると持ち主がザキやザラキのような「死の呪文」で死にそうになったときに、代わりになってくれるといわれているからだ。 庇ってくれるのは死の呪文だけだけど、それでも一度は確実に死の呪文から守ってくれるというのは心強い。 そういうわけで危険と隣り合わせの冒険者なら誰でも欲しがるものだけれど、絶対数が少ない上に、死の呪文の身代わりになると粉々に砕け散ってしまうため、かなりの希少価値がある。 「えへー、レアでしょ〜」 「うん。初めて見たよ」 ちょっと自慢げにペンダントをかざすルチカに、オレは相槌打った。 っていうか、少し胸をそらせてペンダントトップを掲げるルチカがものすごく可愛い。 「ちょっとー、聞いてる〜」 「え、いや、聞いてるよ。もちろん!」 「本当?」 「もちろん、もちろん!」 意識を飛ばしかけたのを見つかったオレは、慌てて首を振った。 「まぁ、いいわ。とにかく命の石の効果は知ってるのね」 「ああ」 「さっき、ミミックの話したでしょ。その時、これのことを思い出したのよね」 今はまだ無いけれど、そのうちミミックを見ることもあるかもしれない。 このペンダントをしていれば、もしミミックに遭遇しても一度は安全だ。 「じゃあ、このペンダントを持っていくんだ」 「もちろんよ。魔王を倒す勇者の旅なんですもの。こんなレアアイテムは、こういう時に役立つ為のものじゃない。そう思うでしょ?」 「思うよ」 オレは頷いた。 旅の目的はともかく、オレとしてはこのペンダントさえあればルチカがザキにかかる可能性が減るというのが何より嬉しい。一緒に旅をするうちに怪我をするルチカだって何度か見てるけど、彼女にはなるべく傷ついて欲しくない。ザキにかかるなんて恐ろしいことなんて、考えたくもない。 「でしょ、でしょ?」 オレの全面同意が得られてルチカも嬉しそうだったので、オレも嬉しい。 にこにこと楽しそうに微笑んだまま、彼女は立ち上がってオレの背後に立った。 「どうしたんだ?」 「前向いてー」 「うん」 ルチカの動きに合わせて振り返ろうとしたら止められた。なんとなくオレは座りなおす。 「じっとしててね」 「え、ちょっと、これって!」 首に当たる紐の感触にオレは戸惑う。 目の前に紫色の石があった。 「似合うわよ。さすがは勇者様」 オレが戸惑っている間にルチカはペンダントから手を放し、テーブルの向かい側にある椅子に座りなおしてしまった。 やはり彼女は楽しそうだ。 「どうしてオレに…?」 ルチカの部屋から出てきたペンダントは、今彼女自身によってオレの首にかけられていた。 オレの胸元で命の石のペンダントトップが、ランタンの炎の灯りを反射してキラキラと輝いている。 「そりゃ、あなたに持っていて欲しいと思ったからよ」 しれっとルチカは答えた。 オレとしては戸惑うばかりだ。 「それに、あなたがパーティの中心でしょ」 「宝箱をあけるのは、盗賊のルチカだろ」 「でもミミックが狙うのは盗賊とは限らないじゃない」 「でも…」 確かに本によるとミミックは宝箱を開けた人の背後に立っている人もよく狙って襲い掛かってくるという話だけれども。 それでもオレとしてはルチカが命の石を持っているべきだと思う。 何よりルチカの持ち物なのだし。 「ザキはねー、本当にその時勝負だからね」 「うん、だから…」 「外しちゃだめ」 オレはペンダントを外そうとして、少しきつめの口調で止められた。 一瞬後に、ルチカは笑顔に戻る。 「いざという時に、何もできないのは嫌なのよ。だからこれはあなたが持っていて」 「オレだって、いざという時に…そんなことないと信じてるけど、命の石をルチカが持っている方が安心するよ」 「その気持ちは嬉しいけどね。でもあなたは勇者なのよ」 ふとオレは。 ぞっとするような気持ちになった。 先程まであった浮かれ気分がみるみる内に霧散していく。 ルチカの言いたいことはなんとなくわかる。 オレが天地属性者の「勇者」というレアな存在だから、命の石という保険をかけておくべきだということだ。 そしてルチカは、彼女自身の命より「勇者」の命の方が重いと思っている。 「勇者の仲間だって、重要だよ」 「あなたがあってこそよ」 ノアニールの地底湖での出来事が頭をよぎる。 フェンとマリーが行方不明で、ルチカとオレの二人だけで強敵と戦っていたとき、ルチカは自分を犠牲にして「勇者」を助けようとした。 この命の石のことも、同じ考えで彼女はオレに渡したのだろう。 そしてそれにオレが納得いかないのは、あの時も今も同じだ。 「受け取れないよ。オレは君が…」 「好き?」 誰より大切なんだ、と言いかけたのにルチカによって曲げられた。 「え?」 好き?と聞かれて、オレの心は反射的に「ルチカが好きだ」と返した。 そんな質問をルチカ自身にされたのに驚いたのと照れたので、オレは声につまる。 「好きよね?」 「あ…」 「あたしは、あなたのこと好きよー」 軽く、彼女は言った。 フェンやマリーに対するのと同じぐらいの気楽さで。 その口調から、なんとなく今の好きはオレの思う恋愛目線の「好き」ではなくて、仲間や友達としての「好き」なんだろうなとわかった。 「うん、オレも好き…だよ」 仲間として好きかとうかを聞かれているのだとわかったから、オレも素直にそう答える。 それでも好き、の後に言葉がつまってしまうのは、まるで恋愛感情の愛する気持ちの方も込めてしまいそうになったからだ。 「じゃあ、あなたが好きな人であるあたしのお願いは聞いてくれるわよね?」 にっこりと、駄目押しのようにルチカが微笑んだ。 笑顔だけれど有無を言わさなないその口調にオレは「ルチカだってオレのことを好きだといったじゃないか」という言葉を飲み込んでしまった。 彼女はとてもずるいと思う。 そして、やっぱりルチカにとってオレはまだ頼りないと思われているのだと、実感する。 「それじゃ、決定ね。あ、カイリ。ここ一応盗賊団のアジトだから命の石なんていう宝物は目立たないようにしておいてね」 強引に決めた彼女は皮ひもを引っ張って、ペンダントトップをオレの胸元から服の内側に入れた。オレが来ている厚手のチュニックの内側なので、外側からは皮ひもしか見えない。 言うだけ言って、すぐにルチカは立ち上がり扉を開いた。 本当にこのペンダントをオレに渡すだけの用事だったらしい。 「…わかったよ」 心配してもらえるのは嬉しいけど、心配ばかりされているような気がする。 最初の出会いからして頼りないと思われるのは仕方ないけれど、そればかりじゃ辛い。 ルチカに本当の意味で信頼されるのは当分先のことになりそうだと思って、立ち上がりながらもオレはこっそりため息ついた。 [ next ] |