ルチカの部屋を出るとなんだか外が騒がしかった。
 リビングのような使い方をしているらしい広間に出てみると、どの盗賊もそわそわしている気がする。
 よくあることでは無いらしくルチカも不思議そうにきょろきょろしている。目が合ったので目で問いかけたら、首を傾げられた。彼女にもわからないということだ。
 ルチカは適当な盗賊を捕まえた。

「ねぇ、何かあったの?」
「ちょっとした手違いがありまして…、ああ、でもお嬢がわざわざ気にされるようなことじゃないですよ。お嬢は勇者さんとゆっくりされて下さい。せっかく久しぶりに帰ってこられたんですし」
「それにしては、騒がしくない? あとさぁ…」
 ルチカはゆっくりと周りを見渡す。

「あたしの気のせいじゃなければ、さっきから誰もあたしと目ぇ合わせてくれないんだけど」
「気のせいですよ、お嬢。まぁ久しぶりにお嬢がお帰りになられたんで一部の奴らは舞上がっちまってるかもしれませんけど。ああ、そうそう。レイヴンさんが林檎をたくさん買ってこられたんですよ。あとで持って行かせましょうか?」
「いいわ、別に。…ねぇ」
 振り向いて彼女はオレを見た。オレは意味も無く微笑む。つられたのかルチカも少し笑顔になった。

「どう思う?」
「さぁ…、わからないけど」
 シャンパーニの塔には行ったことがあるけど、二回目のルチカの実家訪問じゃ彼女の家の事情なんて全く分からない。
 ルチカがわからないことがオレにわかるはずはないけれど、オレは一つ思い出したことがあった。
 目の前の落ち着かない盗賊を見ながらルチカに囁く。

「あのさ」
「なぁに」
「人ってさ、嘘をつくとき多弁になるんだってさ」
「へー」

 やや棒読み口調でルチカが相槌を打ってオレ達は二人で盗賊を見た。奇妙によくしゃべっていた男は全力でオレ達から目をそらし「用事があるので失礼します」と言い捨てて逃げて行った。
 ちっ。逃げられたか。

「ティム〜」
「あ、お嬢!」

 納得いかないルチカは、その後に目に入った黒髪盗賊を呼びとめた。先程レイヴン達と別れた時と同じように気弱そうな男はふらふらしている。
 呼び止められた彼はぎょっとしたように肩を震わせたけれど彼女の呼び声を無視する勇気はなかったようで、こちらにやってくる。明らかに何かを隠している様子だ。

「ねぇ、どうかしたの?」
「な、なにもないですよ」

 明らかに怪しい。
 さりげなく周りをうかがうと、周囲の盗賊達は心配そうにティムを見ている。
 やはりオレ達は何か隠し事をされているらしい。

「そういえば父さんはどこにいるの?」
「外出中です」

 ティムの肩が答えながらも震えている。
 明らかに先程よりも目が泳いている。盗賊達の隠し事はルチカの父親であるカンダタにかかわることらしい。

「何かやっかいな魔物でも出たの?」
「ただの散歩ですよ」
「散歩ぉ?」

 ルチカは器用にも片眉だけを上げた。

「せっかく帰ってきたし挨拶したいんだけど、いつ帰ってくるのかしら」
「もうそろそろ帰ってこられると思います。お嬢と勇者さんはどうぞゆっくりされてください」
「そろそろ帰ってくるなら、あたしのほうから出迎えに…」
「それは止めてくださいっ!」

 かまをかけるとティムはあっさりとひっかかった。彼は近くに立っているオレにすがりついてくる。
 彼を振り払いながらも、ティムの大声に彼の様子をうかがっているほかの盗賊達が片手で頭を押さえているのに気づく。ティムは明らかに嘘が下手なタイプだ。それがわかっててルチカは彼に声をかけたのだろう。周りの盗賊達もそれがわかっているだろうから、それほど知られたくないことがあるならティムをフォローしてやればいいのにとオレは思ったけど、自分の責任にされたくないかルチカに隠し通せる自信がないか。そんなところだろう。

「なんで?」
「そのお嬢と勇者さんにはここでゆっくり待ってもらったほうが、親分は喜ぶと思うんですよね」
「……」
 オレとルチカは顔を見合わせた。
 ティムの目が泳いでいる。周りの盗賊達は誰もオレ達と目を合わせようとしない。

「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
 ティム達の言葉には全く説得力がなかったので、ルチカとオレは玄関までカンダタを迎えにいくことにした。ティムが待ってくれと抱き付いてくるけど、アリアハンからの旅の間に腕力と体力が飛躍的に伸びたオレの歩みを阻むことは出来ない。力でオレを止めれないことがわかった彼が、今度はルチカのほうに手を出そうとしたので、さりげなく足を引っ掛けて倒しておいた。
 盗賊なのにオレにあっさり引き倒されるのはどうかと思う。
 ティムは余り盗賊には向いて居ないのではないだろうか。

 魔物のいるエリアを今度はルチカとオレと、あとティムを含む盗賊の何人かで戻る。今度はあのむかつく赤毛盗賊レイヴンがいないので、行きよりも魔物を倒すのに時間がかかった。
 曲がりなりにも副頭目であるレイヴンは、確かに他の盗賊達よりもも随分強いようだ。普段どうやってるのかはわからないけど、出口に向かう途中ではルチカとオレが主力となって魔物を退けた。まぁ、聖水を盗賊の一人がルチカに振りかけたのでそれほど戦うことはなかったけれど。

 毎日のトレーニングの成果である腕力を生かして力任せに魔物を切り裂くと、盗賊達から感嘆の声が上がり、ちょっと気分がよかった。カンダタやレイヴン以外ではオレより強い盗賊はいないようだ。フェンとマリーがいない分、今日はルチカとオレの戦いぶりが目立つ。
 出会ったころはルチカの方が武器戦闘は格上だったけれど、今ではオレの腕力や体力向上でなんとか並べるくらいにはなっている。これも愛の力ってやつだろうとオレは内心こっそりと自画自賛してみる。

 洞窟のアジトを出て外に出たら、森の中を何人かの盗賊達が右往左往していた。
 皆、ルチカを見ると顔を引きつらせる。ほとんどがティムのように挙動不審だ。

「もう、なんなのよ…」

 ルチカが口をとがらせる。そんな姿も可愛いなぁなんて、レイヴンがいなくて微妙に機嫌のいいオレは思っていたのだけれど。
 彼女もオレも、完全に油断していた。
 盗賊達の慌てぶりから、状況は絶対に緊急事態だったのに。

 唐突に、移動魔法特有の青い光がオレ達の前で展開して、霧散した。光の質から考えて、キメラの翼でここまで誰かが飛んできたってところだろう。
 誰かが悲鳴を上げた。

 オレ達の前に音もなく、一人の男が現れた。

 青々とした森の中でルチカとオレは無言で彼と対峙する。オレ達には、彼らのように簡単に悲鳴を上げることなど出来やしない。停止した思考を自覚しながら、オレはただ目を見開く。
 勘違いだとか人違いだとか、そういう風に思いたい。
 緩やかな風が森の木々の葉を揺らし、爽やかに音を立てている。
「お義父さん…?」
 気が付けばオレは呟いていた。
 今、オレ達の前に立っている男は、オレの未来の義父であるカンダタだ。多分。
 静かな森の中で盗賊達の悲鳴も今は止み、オレの呟きが予想以上に通る。
 オレは呆然と目の前のカンダタと思われる人物を見た。

 体格や隙のない気配から目の前の大男をカンダタだと察したけど、確信はない。何故ならオレ達の目の前にいる大男は頭から覆面を被っており、顔を見ることが出来ないからだ。
 覆面は深緑色の麻で出来たずた袋のような布で出来ていて、目のところには外を見るための二つの穴が開いている。そんな覆面をかぶっているというだけでも異様な姿だけれど、何より目を引いたのはそんなところじゃない。

 カンダタは裸だった。

 といっても全裸じゃない。限りなく裸に近い格好だけど、何も着てないわけじゃない。
 流石に覆面と同じ色の下着をはいている。ぴっちりとしたビキニパンツだ。あとは革製で、同じく深緑色のロングブーツをはいていた。飾り気のない丈夫そうな立派なブーツだ。
 そして、それ以外は何も着てはいない。

 つまりカンダタと思われる男は、裸の体に覆面とぴっちりパンツとブーツだけ履いて、森の中に立っている。
 覆面と下着とブーツというのはどういう取捨選択の結果なのだろうか。中途半端に衣服をつけているだけ、全裸よりも酷い気がするような気がする。肌色と深緑の色の違いが妙に鮮やかで気持ちが悪い。

 風がゆるゆるとオレの頬を撫でる。木々の緑がさらさらと揺れる。あの深緑じゃ背後の木々の保護色にはならないな、と螺子が一本はね飛んだような気分でオレは思った。あと意外と胸毛とすね毛が濃い。彼は金髪だから目立たないのは幸か不幸か。

 変態だ。

 凍りついた思考の中で、そう思った。
 まちがいない。目の前にいるのは変態だ。
 覆面パンツの変態だ。

「あ…」

 声にオレは横を見た。
 ルチカが呆然と、カンダタを見ている。
「あ、あ、あ……っ!」
「お嬢…っ…これはですね…」
「い…あ、嘘よ…う…」
 目を極限まで見開いて、ルチカは正常な人間なら見たくないであろうものを見ている。キメラの翼で降り立ってから微動だにしない、緑風の中の変態覆面パンツ男。その見たくないものは推定彼女の父親だ。
 なんていうか、あんまりだ。久しぶりの出会いがこれとか、これが運命と呼ぶならば運命というのは残酷過ぎる。
 ルチカの喉がひきつるように鳴った。彼女は大きく息を吸い込み、

「いやあああああああああああああああああああああああああああっ!」

そして、絶叫した。
 今まで見たことが無いほどルチカが怯えている。その様子と悲鳴にオレまで動揺してしまう。
 両方の手のひらで自分の頬を包み、現実を拒否するかのごとく首を振る。だが目の前の変態覆面パンツ男という現実は当然そんなことでは消え去らない。動揺のあまり彼女の眼尻に涙が光る。慰めたいけど、オレ自身もかなりうろたえてしまっていて、情けないことにおろおろするしかできない。

「嘘よ、嘘よっ…、変態いいいいいいいっ!」

 多分自分でも何を言っているのかわからないのだろう。
 何か言いかけたのか変態覆面パンツ男の覆面の口元が動いたけど「変態」の一言で動きが止まった。娘からきっぱりと変態と呼ばれるのは、娘に甘いカンダタには痛恨の一撃だったと思われる。自業自得だけど。

「認めないわよおおおおおおおっ!」
「ルチカ…!」

 おろおろしていたオレだけど、涙目のルチカがホルダーから鋼の鞭を引き抜いたことには驚いた。
 あまりの現実に彼女は目の前の悪夢を何か振り回すことで消し去ることに決めたらしい。確かに鞭を振り回せば彼女の周囲には誰もよって来なくなるだろうけど、外とはいえ危ない行動だ。
 でもオレが踏み出す前にルチカは鋼の鞭を振り回した。ぴしりと戦闘で聞きなれた鋭い音を立てて鞭が土をえぐる。盗賊達がその威力を恐れて慌ててルチカから逃げ出した。オレと変態覆面パンツ男だけがルチカの傍に残る。

「ルチカ…、落ち着いて…」
「いやあああああああああっ!」

 彼女の鞭の当たらないぎりぎりのところで声をかけたけど、ルチカはオレの声を聴いてくれない。鞭を振り回している間は恐ろしい現実を見なくて済むとでもいうようにルチカは何度も鞭を振り回し続ける。十七歳の乙女心に父親が変態覆面パンツという現実は多分重すぎるのだろう。今日で会うのが二回目のオレですらかなりショックだから仕方ないけど、鉄製の鎧を着ているオレはともかくほぼ裸のカンダタに鞭が当たったら危ない気もする。

「ルチカ!」

 止めようがなくてルチカが鞭を振り回しているのを見ているだけだったオレだけど、ふとあることに気が付いて咄嗟にルチカとカンダタの間に割って入った。

「…っ!」

 鞘がついたままの剣でルチカの鞭をはらう。勢いで割って入ったから威力のある鋼の鞭の威力が完全に殺せない。
 予想通りつい大きく振った鞭はいつもより大きな円を描き、オレの鉄の鎧の表面をがりがりと削って耳障りな音を立てた。オレが飛び出していなければ、きっとカンダタに当たっていただろう。最悪の事態を免れたことにオレはほっとする。

「カイリ!」
 その音で我に帰ったルチカが鞭を放り出してオレのそばに走ってきた。涙で赤くなった目でオレの傷ついた鎧を見て、そっと隣にかがみこむ。
「ごめんなさい。あたし…動転しちゃって…」
「大丈夫、これくらい」
「でも!」
「大丈夫だって。鎧の上からだし」
 腕のところが少し痛いけど鎧の上からだから別に出血していない。一応、ホイミをかければ痛みもすぐになくなった。心配そうに腕を見るルチカにオレは優しく微笑みかける。

「でも、ルチカ。今のお義父さんに鞭はまずいよ」
「そうね…。ごめんなさい、あたし、動転して…。今の父さんは鎧を着てないんだから、当たったら怪我させちゃうわよね…」
「いや、それは大丈夫だと思うけどさ」

 治ったオレの怪我を見ながら言うルチカの言葉をオレは否定した。
 未熟者のオレは鞘でうまく払えなくて怪我したけれど、カンダタほどの大盗賊ならば無茶苦茶に振り回された鞭くらい、呆然としてても無意識に紙一重で避けきるだろう。事実、オレが割って入る前に何回か鞭がかすめているけど全部そうとわからないほどの移動でかわしていて、彼はかすり傷くらいしかしていない。
 身体には何の問題もない。

「じゃなくてさ、お義父さんは今、下着しかつけてないから」
「だから怪我でしょ?」

「下着に鞭が当たったら、見えると思うんだよね」

 オレはゆっくりと言った。
 ルチカがオレのそばでかがんだまま、その大きな緑の瞳でオレの目を見る。
 鞭をはじけなかった己の技量に歯噛みする気持ちを隠しながらオレはルチカの瞳を見つめ返した。
 鋼の鞭が普通にカンダタに当たるだけなら、わざわざ彼より弱いオレは割って入らない。オレが怪我覚悟で割り込んだのは、ルチカの鞭がカンダタの下着に当りそうに見えたからだ。

「下着に?」
 オレの言葉を単調な声で繰り返すルチカ。カンダタは確かに鞭を紙一重で避けていた。だけどそれはあくまで紙一重であって、衣服くらいなら切り裂くぐらいのかすかな避け方だった。
 そんな避け方では、鞭が彼の唯一の衣服を切り裂いてしまう可能性がある。多分オレが割って入らなければあの一撃はかなりの確率でカンダタの下着の一部を傷つけていただろう。

 唯一の着衣であるパンツを失ったカンダタ。
 残るのは覆面とブーツ。あとは全裸だ。

 変態だ。
 なんか妙にマニアックな雰囲気の究極の変態様の降臨だ。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 多分想像してしまったのだろう。
 究極変態覆面全裸男という想像が、オレでも聞いたことが無いほど甲高い悲鳴をルチカにあげさせた。彼女の瞳から完全に理性の光が消え去っている。

「大丈夫だよ、まだ変態覆面全裸男にはなってないよルチカ!」
「へ…んたい、ふくめん、ぜんらおとこ…」
「なってないって!」
「あたしのとうさんが、へんたいふくめんぜんらおとこ…」
「ルチカ、しっかりして!」
「あたしのとうさんが、へんたいふくめんぜんらおとこ…」
「落ち着いてオレの話を聞いて!」
「そんなの無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 ルチカはいきなり立ち上がり、泣きながら洞窟の中に駆け出した。
 入口辺りにぼけっと突っ立っているティムを突き飛ばし、暗闇のなかであっという間に見えなくなる。レミーラの魔法を使う様子もないけど大丈夫だろうか。まだ聖水の効果は続いていると思うし、ここの魔物くらいならルチカ一人でも大丈夫だけど、心の方が心配だ。

「勇者さんがお嬢にトドメさしましたね…」
「失礼なこと言うな!」
 腹の立つことを言うティムを踏みつけてオレはルチカを追いかけるべく踵をかえす。
「ルチカっ! 待ってくれ!」
 暗闇の中では何も返事が返ってこない。一応レミーラを唱えてから、オレは呟いた。
「ルチカ…だからお義父さんは変態覆面全裸男にはまだなってないよ!」

 部屋まで追いかけたけど、結局ルチカは部屋から出てこないどころかオレの呼びかけに返事も返してくれなかった。













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