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「すまなかったな」 床の敷物の上であぐらをかいたカンダタは、オレに向かって深々と頭を下げた。さすがに今は覆面をしていないし、服も初めて会った時のような普通の服を着ている。 「お前のおかげで最悪の事態は免れたぜ…」 渋い感じの美形と言ってもいいカンダタが苦笑しながらそう言った。 おじさま好きの女の子ならその微笑みを素敵だと言うかもしれない。それぐらい今のカンダタには先程の覆面変態男の気配を感じなかった。 謝られても困る、とオレは思う。 オレは彼とルチカの再会に割って入ったけれど、結局そこそこ最悪の事態にはなってしまった気がする。気がしたけどカンダタを絶望に突き落とすようなことはとてもじゃないけど言い出せず、オレは曖昧な微笑み付きで恐縮しておいた。 頭を上げたカンダタは、毛皮で出来たふかふかの座布団の上に座り、背もたれ用のクッションにもたれかかって、別の座布団に座るオレにコップを差し出した。 高価そうなガラス製のコップにカンダタの手によりビールが注がれる。オレは陶器の水差しを手に取り未来の義父のジョッキに注ぎ返す。 クッションと座布団の下には麻糸で編まれた厚手の敷物が引いてあり、対面に座るカンダタとオレの間には両手を広げたくらいの大きさの卓袱台が一つ。木製の卓袱台の上にはビールの水差しとコップ、それからつまみが山と乗せられていた。さすが大盗賊団の酒肴だ。あまり食べ物には詳しくないけれど、豪華そうに見える。 勧められるままにビールを一口飲んでから、オレは少しだけ姿勢を正した。 「ルチカは…」 「カイリ、その先は言うな」 悲しそうにカンダタはオレの言葉を遮り、首を振った。娘と未来の息子に変態覆面パンツ男状態を見られたのは、カンダタにとって精神的痛手のようだ。オレ達にとっても今夜の夢でうなされそうな出来事たったので、あの出迎えには本当に痛みしかなかったように思う。 カンダタ盗賊団の盗賊達がオレ達を必死で止めようとしたのは、あの痛恨事を止めるためだったのだろう。 カンダタの「帰還」から数時間後、オレはカンダタに誘われてアジトの客間に通されていた。彼は酒とつまみを運び込ませてから部下の盗賊達を部屋の外に下げたので、オレはカンダタと二人っきりで飲む羽目になっている。未来の義父と二人で飲むというのが嫌だというわけではないけれど、数時間前まで変態覆面裸男だったカンダタが脳裏にちらついて落ち着かない。 ルチカは部屋に閉じこもったまま、未だ姿を見せない。 オレもカンダタも、後からのこのこやってきたレイヴンも部屋の外から彼女に呼びかけたけれど、結局ルチカは一言も返事してくれなかった。三人で相談した結果、今はそっとしておくほうがいいという結論が出たのでカンダタとオレは酒を前に座り、レイヴンは何かしらの仕事とやらに戻っている。副頭目という立場は割と忙しいらしい。 「それにしても、これはいったいどういうことなんですか?」 「これには深い理由があるんだ」 先程の騒動の理由を今のうちに聞いてしまおうと思って聞いてみると、カンダタは低く唸った。唸る姿には憂いがある。繰り返すが見た目は悪くないのだ。 その見た目の良さを全部台無しにした理由というのが気になって、オレは目で問いかけた。 「実はな、解放感がな…」 ぽつりぽつりと、カンダタはあの変態姿の散歩の理由を語りだした。言い辛いのかビールを飲むペースが速い。 彼が言うには、あの覆面パンツという格好をすると解放感を恐ろしく感じるという。色々やってみたが、あの麻袋もどきの覆面と深緑のパンツ姿が最上の解放感をもたらすということだった。 その格好で誰もいない森林を散歩すると、ものすごく気持ちがいいとか。最後の方は酔いも手伝って熱く語られてしまう。 露出狂。 という単語が頭をよぎった。でも、口に出さない方が賢明だろう。 この変態性癖としかいいようがない衝動は昔から彼の中にあったけれど、幼いルチカに変態と言われてショックを受けてからはずっと我慢していたらしい。ルチカがオレ達と旅に出て、抑えが利かなくなったというかさみしくなったというか。とにかくカンダタの公言できない性癖は再発した。 「実は、ケイトさんに嫌われたのも、この趣味が原因でなぁ…」 カンダタはため息の様な声で呟いた。 オレの母であるケイトがまだ若かったころ、同じく若かった変態パンツ姿のカンダタと偶然鉢合わせしてしまったという。 母さんが結婚する前の話だそうだけども、若き日の母さんは氷よりも冷たい視線と、あり得ないほどの罵詈雑言でカンダタの性癖をこき下ろした。 あの時はケイトさんも若かったから、とカンダタは言ったけれど、オレが旅立つ前日でも色々と容赦がなかった母さんなら彼の変態性の発覚が今であっても視線と言葉は変わらなかったのではないかと思う。 「それは大変でしたね…」 オレは母さんからはそういう目にあったことはないけれど、冷たい瞳と容赦ない言葉は時々マリーからもらっている。彼女がオレを嫌っているわけじゃないのはわかってるけど、自分の衝動のようなものを冷たくきっぱりとこき下ろされるというのは、割と堪えるのだ。 心からの同情はカンダタの心に強く響いたようで、カンダタは「そうか、わかってくれるか!」と、前のめりに同意してくれた。今、彼とオレの間に男同士の連帯感めいたものが生まれた気がする。 母さんかマリーに見つかったら即断即殺されそうな絆ではあるけれど。 とにかく、カンダタの露出趣味の発覚が原因で母さんはカンダタを嫌うようになった。 ということは彼の変態じみた趣味さえなければ、カンダタと母さんは交流を持ったままになり、オレは幼いころからルチカと出会えていたということか。そういう意味では、カンダタの趣味を恨んでしまいたい気もする。 気まずい話題は早めに切り上げて、それからしばらくカンダタと一緒に夕食を兼ねた酒宴になった。 カンダタは早いペースでビールとワインをちゃんぽんで飲み、相手がよく知る人物の息子で、おまけに部下を下げてルチカもいない気安さからか色々な話をしてくれた。話題は前回の時よりももっとくだけた、少しきわどい話題にもなりそうなものだ。 性癖の割にカンダタは話し上手で、オレは楽しく彼の聞いていたのだけれど。 「あれ?」 話の途中で、ふとカンダタがオレの首元を見た。 オレが下を見ると、出迎え事件の直前にルチカがくれたペンダントの紐が服から飛び出している。少し酔いが回ってきたから、無意識に身体が傾いてきたせいかもしれない。 「それ…」 酔っているのかもしれない。 カンダタは膝立ちになり、オレに断りもいれずにその紐を引っ張った。 大盗賊の太い指に引っ掛けられた紐に引きずられてペンダントトップが外に出る。紫色の美しい石が服の上で軽く跳ねた。 「おい、これは!」 酔っ払いから一転して急に真剣な顔になったカンダタにオレは戸惑う。 カンダタは立ち上がり、卓袱台を回り込んでオレの隣に片膝を立てて座った。彼は再びオレの首にかかるペンダントを持ち上げる。 「これルチカのじゃねぇか?」 彼はペンダントトップを裏返す。 見下ろすと、表面には紫色の石が台座にはめ込まれているけれど、台座となる金属板の裏側には、小さな字で何か彫り込まれてあった。 細かい傷がたくさんあって、掘られた何かが消えかけているけど文字のようだ。定番なら送り主か送られた人物かの名前がくるところだろう。 「どこで手に入れた?」 「ルチカが…」 彼女はこのアジトでは人に見せないでと言っていた。 カンダタにばれてしまったことに心の中でルチカに謝りつつも、カンダタの真剣な視線に押されて、先程ルチカが命の石のペンダントをオレの首にかけてくれたことを話した。カンダタが先程よりもずっと長く低く唸る。 しばらく難しい顔をしていたカンダタは、真剣な空気を維持したままだ。 完全に酔いの覚めた様子で彼はオレの目をじっと見た。 「おいお前、このペンダントが何か知っているのか?」 「命の石だって聞きましたけど…」 彼と同様に酔いが飛んだオレは、緊張でどもりながら答えた。妙に喉が渇く気がする。 カンダタはオレの答えに目を細めた。 「確かにそうだが、これはそれだけのもんじゃねぇ。このペンダントはな、ルチカの父親の形見だ」 「え?」 思わずオレは聞き返した。 ルチカの父親はカンダタのはずだ。 そしてカンダタは今、オレの前に座っている。 「ルチカとオレは血が繋がってねぇ。ペンダントの元の持ち主はあの子の実の父親だ」 「……」 オレは驚いてカンダタを見た。 これは急な、そして衝撃の告白だ。 顔は似て無いけれどルチカとカンダタはとても仲が良かったから、彼女達の血縁を疑ったことはなかった。 「うちの子分どももほとんどこのことは知らねえからお前が知らなくても全然おかしくはないがな。ルチカは五年くらい前に拾ってきた娘だ。あのペンダントは唯一の形見。それをお前は受け取ってるんだぜ」 「…はい」 オレは頷いた。と同時にやりきれない気持ちになった。 ルチカはオレが思うより、ずっとオレのことを信頼してくれている。 そしてものすごく心配してくれている。 オレはルチカを守りたいのに、彼女が心から笑えるように幸せにしたいのに、知らないうちに守られそうになっている。カンダタが教えてくれなければ、形見のことなど考え付きもしなかった。 どうして彼女はオレを守ろうとするのだろう。 大事な形見を預けてまで。 ひそかに献身的なそれは多分、オレが彼女に向ける気持ちのような恋や愛では多分なくて、もっと痛々しいものだ。 ノアニール近くの地底湖や、先程のルチカの部屋でも見た覚悟を伴った何か。 それが知りたい。 けれど、聞いてもいつもはぐらかされる。 きっと、オレがしっかりしてないからだ。だから彼女はオレを頼ってくれない。 「ルチカがそこまでお前を信じているなら、俺もお前を信じよう。だが、万が一ルチカを泣かせてみろ。地獄の底まで追いかけて仕返ししにいくからな」 違うんだ。 心の中の反論をオレは口に出さなかった。 ルチカはオレを信じてペンダントを渡してくれたわけじゃない。 カンダタは勘違いをしているようだけれど、その誤解を解くつもりはない。これはオレがわかっていればいいことだ。 オレはペンダントトップを黙って握り締め、そして服の中に落とした。命の石は再び見えなくなる。 軽いはずのペンダントトップが重い。 「ルチカの本当の両親は…?」 「母親は死んでるよ。父親は行方不明扱いだが、おそらくは生きてはいない。その様子ならいつかルチカが話してくれるだろうさ」 五年前といえばルチカは十二歳だ。その時期に何かあったのだろう。多分カンダタはその何かを知っているようだけれど、彼はこれ以上話すつもりはないようだった。 酔いの覚めたオレはカンダタに礼をいい、ルチカの部屋に向かった。 ルチカの部屋の前に行ってはみたけど固く閉じられた扉の前で声さえかけることは出来ず、オレは宿泊用の客間に入った。 彼女は何を聞いてもきっとはぐらかせる。カンダタと血のつながりがないことを黙っていたなら、それを問われることはもしかして彼女に痛みをもたらせることなのかもしれない。 今はまだ、何も聞けない。 多分、カンダタから聞いたことも知らないふりをしたほうがいいだろう。 未来を行動で示していくしかないオレは、魔法の勉強をしながら久し振りの一人の夜を過ごす。 翌朝の朝食の席で、ルチカがバハラタに戻ると言い出した。 カンダタは寂しそうな顔でルチカを見ていたけど、何も言わなかった。 バハラタにはオレのルーラで帰る。 洞窟のアジトを出た場所の、昨日カンダタが変態姿をさらした場所で、カンダタと彼の子分達はルチカとオレを見送る為に集まった。 今朝からルチカもカンダタも盗賊達も、変態姿のことには誰も触れない。彼らはこれを無かったことにすることに決めたようだ。 帰るとは告げたけど別に急ぐ様子もなくルチカはいつものようににこやかに盗賊達と会話をして、この出口までどちらかというと機嫌よさげに歩いている様にも見えた。 何かすっきりした様子にも見える気がする。 カンダタをはじめとする盗賊達はシャンパーニの塔の時同様、ルチカとの別れを惜しんで彼女の周りに集まる。 別れを惜しまれないオレは、ぼうっとそれを眺めていたのだけど、 「二代目勇者」 オレに声をかける人間もいた。赤毛のいけすかない盗賊レイヴンだ。 今日も相変わらず嫌味でむかつく。 高い身長にものを言わせて見下ろされるのもむかつく。 「やあ。君は見送らなくていいの?」 連れて行かないぞという思いをこめてそう言えば彼は首を振る。男の外見や雰囲気には基本的に興味ないけれど、今日のレイヴンは妙にさっぱりとした風情だ。 「必要ない、挨拶はもう済んでいる。それに昨日振られてきた身だ」 「へ?」 聞き返すとレイヴンは気障な仕草で肩をすくめてみせた。にやりと笑う。その目から敵意が消えていた。 笑う彼の背後の、透き通る青い空が妙に目に入ってくる。 「昨夜、ルチカに愛してると告げたんだ」 「…それで?」 「何度も言わせるな。振られたと言っただろう」 レイヴンの瞳には憤りや後悔の欠片すらない。 彼の背後の空には、雲が一つもなかった。 どこまでもすっきりとしていて何もない。切ないほどに、潔く何もない。 「二代目勇者…、お嬢が傷つくようなことはしてくれるなよ」 「当然」 まだ混ざってくる皮肉は無視する。確実な自信があるわけではなかったけれど、オレはレイヴンの目を見上げてしっかり答えた。 彼の気持ちに負けないように。 昨日の気持ちを守るために。 未来に対する誓いのごとく。 「彼女は絶対にオレが守るよ」 「そうか…」 レイヴンが視線を逸らせた。 長い睫毛を伏せて、彼は静かに微笑む。 「俺が居ても、親分に多少変わった趣味があったとしても、このアジトはお嬢の家だ」 「知ってるよ」 レイヴンは、カンダタとルチカに血のつながりが無いことを知っているのだろうか? …きっと、知っているのだろう。 副頭目でもあるし、オレに語る言葉は、ルチカとカンダタの事情をオレと彼が知っていることをわかった上での話だと、オレにはわかる。 「このアジトはお嬢の家だ。だからいつでもここに帰って来て欲しいと伝えてくれないか? …無論、仲間とともに」 率直で真摯な言葉に頷きかけたオレだったけど、ふいにルチカ達の方から上がったざわめきに気を取られた。 ルチカはカンダタにぎゅっと体全体で抱き付いて、一生懸命に何かを言っていた。 昨日ルチカがカンダタの養女になったのは五年前だと聞いたけど、抱き合う二人の様子は完全に家族のそれだ。周りでルチカを慕い立っている盗賊達も込みで、ここはルチカの家だ。そう思う。 「言う必要はないだろ」 「…そうだな」 まだ騒ぐ父娘と盗賊達を見守って、オレとレイヴンは初めてまともに笑いあった。 ルーラでバハラタに戻ると、宿屋の一階にある食堂で早めの昼ご飯を食べていたフェンとマリーに「おかえり」と言われた。「ただいま」と返しながらマリーの隣りに座るルチカを見て、オレの口元は意識せずに吊り上っていく。「おかえり」と言われて「ただいま」と返して、特定の住居なんてなくても旅の途中でも、ルチカとオレと、フェンとマリー。この四人にだって十分家族並の絆があるように感じたからだ。 それから、しばらくは四人でバハラタで黒胡椒が届くのを待った。 黒胡椒屋のタニアと親しくなり、彼女の婚約者のグプタにも会った。将来は二人でこの黒胡椒屋を盛り立てていくのだという。 ルチカを守りたいオレは、バハラタ滞在中も真面目に剣や呪文の練習をした。今までさぼりがちだった魔法のほうに、特に力をいれる。使える魔法は多いほうがいい。魔法は苦手なほうだけど、そうも言ってられないんだ。 昔、賢者の師匠が天地属性者こと勇者のオレが使えるはずの魔法の数を調べてくれたけれど、オレはまだ、その三分の一も使えて無い。 適正のあるべホイミが使えるようになれば、もし万が一マリーが怪我をした時も傷を治せるだろうに、オレはまだべホイミを使えない。 どちらかというと理力魔法向きなオレの魔力は、攻撃魔法のほうが覚えやすい。 ベホイミへの道は遠そうだ。 一週間の平和な日々は修行をしているうちに過ぎ、タニアから黒胡椒が届いたという連絡がきた。 「じゃあ、いってきます」 買い取った黒胡椒を抱えて、オレはルーラを唱えた。今回は全員で移動だ。 もっとも、次の目的地はバハラタの北にあるダーマ神殿だから、ポルトガで黒胡椒を渡したらすぐにバハラタに帰ってくることになる。 ポルトガ城で王に面会をお願いしたら、遅い時間だったのにすぐに玉座の間に通された。王は黒胡椒をよほど楽しみにしていたらしい。 玉座の前でかしこまったオレ達を王は上機嫌で迎えた。一応、バハラタの視察という名目だったはずだけど、王はちらりともその話題を出さなかった。こちらとしてはそのほうがいいけど、なんだかなあという気もする。 一週間遅れでホビットのノルドの言葉を伝言する。伝言を伝えると王は驚いた顔をした。 「あの人間嫌いのノルドに気に入られるとはさすが勇者殿じゃ」 「はっ…」 上機嫌なポルトガ王は、機嫌よさげに頷くと、オレの方を向いた。 「黒胡椒の分とは別に、我が古き友に手紙を届けてくれた勇者殿に個人的に礼がしたい。何か望みはないか、勇者殿」 予想外の発言だ。船のことをいつ切り出そうかと思っていたオレにとっては願ってもない。 「陛下の温情には感謝の言葉もありません。では、お言葉に甘え、一つお願いがございます」 オレは居住まいを正し、ポルトガ王に視線を向けた。 「いますぐというわけではありませんが、私達は魔王討伐の為にいつかは海に出る必要がございます。その時に、世界一の海運国の王であられる陛下に、なにとぞお口添えいただけないでしょうか」 「ふむ」 オレの口上に少しだけ王は真面目な顔になった。 「口添えだけでは旅は出来まい。勇者殿は、いずれはネクロゴンドまで行こうとしているのじゃろう。この時代、あの魔の場所に船で行こうとする猛者は勇者殿くらいじゃ」 「……」 確かにそうだ。一応バラモスの城にはラーミアというあてがあるけど、そのオーブが危険な場所にないとは限らない。 「魔王によって海にも昔からは信じられない程魔物が増えた。魔王退治は世界の危機であるのはもちろんじゃが、海運国ポルトガにとっては命のかかった悲願。勇者殿にそのような大事を願うのに、口添えだけというケチなことはいわん。勇者殿には船一艘を贈ろう」 「は…?」 勇者のふりも忘れて、オレは呆然とポルトガ王を見上げた。 少し真剣な表情をしていた王は邪気のない笑顔に戻る。 「本当は船員もつけたいところじゃが、余計な人員は勇者殿の邪魔になるじゃろう。四人で動かせる船があるからそれを持っていくがよい」 「それは…もしや…!」 驚いてオレは声をあげた。 四人でも…というか、その気になれば一人でも動かすことの出来る魔法の船、それがポルトガ王家の宝カルロス号とサブリナ号だ。 どちらも一人で動かすことが出来るための魔法がかかっている魔法の船で、カルロス号は小さいのにもかかわらず嵐の中を無傷で切り抜けられる程丈夫で、サブリナ号は小さな船とは思えない速度で走ると言う。 世界初代ポルトガ王はこの二艘を使い大商人になり、さらにはこのポルトガ王国を打ち立てたのだ。 「勇者殿にはカルロスのほうがよかろうな…」 「そんな!ポルトガ王家の秘宝をお借りするわけにはいきません!」 「ほぉ…カルロスのことを知っているとは、勇者殿は博識だな。よいよい、どうせ持っていても使えるものはいないのだ」 笑ってポルトガ王は言う。 「カルロス号とサブリナ号は理力と聖力の両方がなければ動かせん。そんな珍しい魔力を使えるのは、勇者殿でなければ、賢者くらいのものだからの」 勇者ほどではないけど、賢者も世界中探しても指で数えられるほどの数しかいない。 ポルトガに賢者はいないらしい。 王の言葉を聞きながら、オレは考える。 確かにこれは格好のチャンスだ。 この先も旅をする上でオレの知る限りカルロス号程オレの目的に沿う船はない。 オレは丁重に礼を言い、ポルトガ王の好意を有り難く受けることにした。 最初は妙な感じで始まったけれどバーンの抜け道といい、今回の船といい、ポルトガ王には世話になり通しだ。 もしかしたら黒胡椒は口実で、彼はとんでもない賢君なのかもしれない。 礼を言って退室する時に、オレはそっと王の様子を窺ってみた。 ポルトガ王は大臣に黒胡椒の料理をものすごく嬉しそうに注文していた。 …オレは彼のことがよくわからない。 ノルドに聞けば、そのあたりのことを教えてくれるだろうか? 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