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思いがけず魔法の船を借りることができたけれど、オレ達の誰もこんなことになるとは思ってなかったから、どこに行こうかとかまだ全然決まってない。 とはいえ、その魔法の船の方も、勇者と賢者しかその魔法を利用できないことや、ポルトガ王家所有の宝であることもあって、即船出出来るコンディションではないらしい。ポルトガ城のカルロス号担当者に、船の整備に一カ月かかると言われた。 「じゃあ、先にダーマ神殿に行こうか」 王城を出てからオレはそう言ってみたら、無愛想ながらもなんとなく嬉しそうにマリーが頷いた。僧侶の彼女にとってダーマ神殿は憧れの場所なのだろう。 「そうねぇ」 オレが視線をやると、何か考えていた風なルチカも頷いた。 「神殿なら色々あるかもね」 その口ぶりが意外な気がして、オレは瞬きした。 「あれ、行ったことないの?」 「そぉよー」 ダーマとほど近いバハラタに実家があるのに、行ったことがないというのは予想外だ。 ルチカは器用に片眉を上げた。 「ま、盗賊だからね。ああいうお堅いところにはあんまり近づく理由もないのよ。財宝はあるだろうけど警備がしっかりしてるし、捕まったら脱出できなさそうじゃない」 「脱出って…」 脱出できるか出来ないかで、ルチカの場所に対する好感度が変わるらしい。オレは心の中にメモした。 盗賊らしいといえば盗賊らしい考え方だけど、場所に対するものとしては変わった価値観のように思える。 というか、その言い方だと彼女がかつて王冠を盗み出したロマリア王城の警備が緩いと言っているように聞こえるけど…。 「ふふ。そうよ、あそこは結構ゆるいわよー」 ちょっと悪い笑顔でルチカはさらりと言い切った。一応、勇者といえど常識人代表のような価値観を持ったオレは、それを聞かないふりをしておこうと思う。 「カイリ君、顔に思ってることが出てるわよぉ?」 「いや、そんなことは」 「自分は常識人だと思ってない〜?」 ルチカさん。その笑顔は可愛いけど凶悪です。いや、マジで。 というわけで、オレ達は早々にダーマ神殿に向けて出発した。 ダーマ神殿は、バハラタの街から山道を北に進んだ先、天空から地上を見守る神々に近づくために神殿は高い山の上にある。当然、そこへ至る道は険しい。魔物が増える前は巡礼者が多く通ったという神殿へ至る道は、険しさと危険さですっかり人通りは絶えてしまい、オレ達は誰も通らない道を黙々と北へ進む。 厳しい道のりだったけれど、四人で力を合わせて戦うのはオレ達の結束力が高まるようで嬉しいし、強くなりたいオレとしては強力な魔物との戦いも糧になる。 教会の総本山でもあるダーマ神殿は、霧深い山頂に立つ重厚な雰囲気の建物だ。特に問題もなくダーマにたどり着いたオレ達は、みんなで並んで神殿の大きな門を見上げた。 「ここがダーマ神殿ですか…」 僧侶としては色々感慨深いものがあるのだろう。マリーが眩しげに神殿を見上げる。賢者が住まう歴史ある神殿というのに興味があったオレもマリーと同じように神殿を見上げた。おのぼりさん丸出しかもしれないけど、興味があるのだから仕方ない。 一方、ルチカとフェンは、ダーマ神殿という歴史的建造物の中に入ってもなんだか冷静だった。 ルチカは盗賊という職業柄「あまり神殿では目立ちたくない」と言っていて、彼女は黒いバンダナを頭に巻き、きらきら光る目立つ銀髪を隠していた。おまけに琥珀色のガラスのはまった眼鏡までかけていて、完璧に変装中という感じだ。 一方フェンは、浮かれ気味のオレとマリー、いつもよりおとなしいルチカと違って、全くいつもと変わらない感じだ。彼はダーマ神殿に来たことがあるのかもしれない、とオレは漠然と思った。 ダーマ神殿至る山道には人気が無かったけれど、うってかわって神殿の中に入ってしまえば人間が沢山いて、オレは驚いた。 ここから一番近いバハラタの街と比べて、神殿の敷地は半分以下なのに人口は二倍以上いる気がする。それも普通の人ではなくて、いかにも僧侶や魔法使い、あるいは転職目当ての冒険者といった雰囲気の人が多い印象だ。人が多い分、それを見込んだ商人も多い。巡礼客目当ての宿屋はかなりの数で、神殿の一番外側の塀近くに宿場町のようなものを形成していた。 それにしても魔物が徘徊するこのご時世に、みんなはどうやってここにきているのだろう。 疑問に思って店の人に聞いてみると、大きな街の教会で定期的にルーラで参拝者を運んでいるのだという。その大きな街にはポルトガもロマリアも含まれていて、オレ達のように苦労して上ってくる人間は少ないということだった。…まあ、山道を歩く練習になったとポジティブに思っておこう。 「昔はあなた達のような徒歩での巡礼者も多かったけれど」 飯屋のおばさんが、お茶を出してくれながら言う。 「今はさっぱりよ。道が険しいだけでなく、魔物まで出るのだもの」 魔王バラモスが現れる前に比べれば全然人が減った、と彼女は嘆いていた。 ダーマ神殿は王城等と違い、図書館を一般に開放している。 けれど、オーブやバラモスに関する文献は、きっと一般開放されている図書館にはないだろう。 ダーマ神殿は歴史的にアリアハンと仲がいいから、多分オレの持つアリアハンの紋章を使えば、貴重な資料を収めた書庫にも入れてくれるに違いない。 「そういえばマリー、ダーマに知り合いの僧侶とかいるのか?」 ふと思いついて、オレはただっ広い神殿を歩きながらマリーに聞いてみた。 半鎖国のアリアハンだけど、ダーマとだけは定期的に交流している。僧侶の交換留学等もしているようだ。アリアハン筆頭宮廷司祭の娘のマリーなら、何人かとは面識があるのではないだろうか。そう思って聞いてみたら案の定、 「ええ、多分いると思います」 青髪の僧侶は頷いた。 同時に彼女の機嫌が急降下した。 そのオーラでも吹き出そうな急落ぶりに、オレは一歩後退する。 「…ということは、ここでその神官に会う可能性もあるってことかな」 「今からでも連絡を取ることは可能でしょう」 マリーは歩調を早めて、少し後退したオレの隣に並んだ。 「しかし、私の知り合いというのは、すなわち私の父の知り合いです。彼らも父同様、世俗的なものに酷く興味がある方々。会ってもろくなことにはならないでしょうね」 オレが眉をひそめた。目つきが悪くて無表情で照れ屋だけど、マリーがあからさまに誰かのことを悪く言うのは初めて聞いた気がする。 「それは、会わない方がいいってこと?」 「ええ」 マリーは、無表情だ。 不機嫌オーラはすぐ消えたけれど、オーラが消えると同時にマリーはものすごく無表情になった。彼女はいつも無表情で無愛想だけど、仲間としての付き合いが深まるにつれて感情がわかるようになってきたのに、今は全く分からない。 「会うべきではありません」 「マリー、あのさ…」 「私は」 彼女はオレの言葉を遮った。赤い瞳に強すぎる感情が反射している。 「そういう人々の中で生きてきた人間です。多分、あなたやルチカや、そしてフェンが…」 「俺がなんだって?」 オレとマリーの重い空気を察してくれたのかもしれない。 前からひょい、とフェンが会話に入ってきた。彼はオレの隣に並ぶ。 内緒話を咎めているわけではないのだろう。フェンは、いつもの優しい包容力のある笑顔でオレ達に笑いかけた。彼は、ぽんぽんとオレの肩を軽く叩く。 「どーした、お前達。また神学の勉強会か?」 「神殿についての話といえば、そうだけど」 オレは答える。 「私は」 マリーがフェンを見上げた。 瞳に先程ほどの感情の強さは見えない。 「そういや、神殿って言えばマリーの得意ジャンルだよな」 フェンはあっけらかんとそう言った。 「そういうのは得意ジャンルって言い方はしないでしょ」 ルチカがまぜっかえす。オレ達の後ろを歩いていた彼女は、言いながらマリーの隣に並んだ。フェンが口をとがらせる。 「細かいことは気にすんな」 「フェンがおおざっぱ過・ぎ・る・の・よ」 「あぁん?」 「きゃー、助けてマリー。フェンがいじめるー」 「ええ、そっちに助け求めちゃうの!?」 冗談だってわかっているけどルチカがまたマリーを頼ったことにオレは思わず情けない声を上げてしまう。 いつになったら、彼女はオレを頼ってくれるのだろう…。たいしたことじゃないことなのだろうけど、バハラタでの一件からオレにはちょっと余裕がない。 「オレも混ぜて〜!」 胸の中で生まれかけたもやもやとした気持ちを振り切る為に、オレは無理やり仲間達のところに飛び込むことにした。 マリーもルチカも飛び越してフェンの左腕に抱き着く。不意をつかれたのかフェンがオレの勢いに押されてたたらをふんだ。 ほほほ、とルチカが高笑いした。彼女は片手を腰にやり、片手で口元を隠す「高笑いポーズ」をしてみせる。バンダナと地味な格好のせいでいつもほどの迫力は出てないけど、皮のムチでも持ってアッサラームのそれ系のお店の前に立っていれば、ほんの一瞬で信者が山ほど出来そうだ。オレもそのルチカにだったら踏まれても構わない。 「ふふん、小癪な。マリーは渡さないわよっ」 我に返ったオレは妄想から帰ってきて、にやりと笑って見せる。 「オレだってフェンは渡さないもんねっ」 ノリと勢いでわけのわからない対立をするルチカとオレ。嫌そうな顔を隠さないフェン。 「あなた達…」 そしてため息をつくマリー。 そのマリーの向こうに、廊下の向こうからオレ達の方を見ている人間がいることにオレはふと気が付いた。 見覚えのない人物だ。 年齢は多分オレと同じくらいだろう。 金茶の髪がやたらとキラキラ光っているのが目立つ少年だ。 先程からよくすれ違う修行者の格好をしている。セーターの上にぶかぶかのコートのようなものを羽織り、足元はブーツをはいている。身長は多分ルチカと同じぐらいで、オレよりわずかに背が高い。 少年はオレ達のことをじっと見ている。 いや、彼が見ているのは…。 「フェン!」 少年の大声に、周りの人間が一斉に振り返った。もちろん、呼ばれた当人でもあるフェンも驚いて振り返る。 振り向いたフェンを見て、彼は瞳を輝かせた。 「やっぱりフェンインだっ!」 「え、ええっ?!」 オレに腕を掴まれたままフェンが固まった。彼は目を大きく開いて、大口を上げて彼の方に走ってくる金茶の髪の少年を見る。 「会いたかったっ!」 「え、ええっと…お前…」 ついに少年はフェンのもとにたどり着き、躊躇なく彼に抱き着いた。走った勢いのまま、飛び込むように抱き着き方だ。 勢いでオレははねとばされた。今度はオレがたたらを踏む。むっとして少年を見たら、彼はオレの方を見ずに力いっぱいフェンに抱き着いていた。オレはさらにむっとする。 今度は危なげなく少年を受け止めたフェンは、二度ぱちぱちと瞬きしてから、抱き着いた少年の肩を叩いた。少年が顔を上げる。フェンは驚いたという感情そのままの顔で少年を見下ろす。 「もしかしてポポタか…?」 「そうだよフェンっ、僕のこと覚えていてくれたんだね!」 「忘れるわけないだろ〜」 よしよし、とフェンは彼の頭を撫でた。 「わかんないよ、フェンなら」 「ちゃんと覚えてるって、お前のこともスティアさんのことも、ダンさんのことも」 「本当にー?」 「本当だって」 「で、その美少年くんはフェンの知り合いなのぉ?」 抱き着いた格好のまま会話する二人に、のんびりとルチカが割り込んだ。彼女はにやにやしているけど、オレはあんまり楽しくない気分だ。 ルチカが美少年と表現した通り、金茶の髪の少年の顔は確かに整っていて、おまけに髪もやたらとさらさらしていそうだった。男の顔が良くても髪が綺麗でもどうでもいいけれど、ルチカが彼を「美少年」と呼んだことにオレは危機感を感じる。ルチカは結構面食いなのだ。 そのルチカの様子から、自分たちが周りの視線を集めまくっていることに気が付いたのだろう。フェンと少年が慌てて離れた。 返事の代わりに頷いてから、フェンは一度咳払いをする。 「えーっとな、こいつはポポタ。オレの恩人だ」 「恩人?!」 「昔、ちょっと行き倒れてたところを助けられてなぁ…」 ははははは、と微妙に視線を外しながらフェンは笑う。 「おおっと。こっちも紹介しなくっちゃな」 フェンはポポタにウインクしてみせた。 「俺は今、パーティを組んで仲間と旅をしてるんだ。こっちの黒いバンダナを巻いてるのがルチカ」 目立つ銀髪がバンダナの中になおしこまれているので、そう紹介される。 「はじめまして、ルチカでーっす」 にこやかにルチカが微笑んだ。そんな奴に微笑まなくてもいいのに…と思ってしまう。正直ライバルは増えて欲しくない。 「青い髪の僧侶がマリー」 「はじめまして、マリアベルと申します。マリーとお呼びください」 いつものように愛想なくマリーが挨拶する。 「そっちの黒髪のがカイリ」 「よろしく」 オレのことは気が付いてなかったらしい。驚いてこっちを見たポポタにオレはひらひらと手を振って見せた。なんとなくむかつくやつだけど、ここで鷹揚に構えてやるのが勇者ってもんだ。 「みなさん、よろしく」 ぺこりとポポタが一礼した。 「僕はポポタ。ムオル村出身の商人見習いです」 「ムオル村って、ダーマ神殿の北にある村よね?」 「はい、ムオル村は小さな村なんですけど、村には港があって別の大陸から商品が運ばれてきたり、船の補給地点になったりして、村人は船員との商取引をもとに生活してます」 ダーマ神殿の北といってもムオル村はダーマからかなり離れた場所にある。この大陸の最北端にある村だ。一年の半分が雪で覆われているほど寒い場所にある為に作物は全く取れず、狩猟と先程ポポタが言った通り船との商取引で村民は生活している。 彼の説明によると、ポポタがなりたいのはムオル村がこのダーマやバハラタまで旅して、村で船に売るための商品を買い付ける役目の商人だということだった。 昔ならともかく、魔物が大量発生するこの時代には過酷な仕事だけれど、誰かがやらなければ村が干上がってしまう。 「ということは、やっぱりフェンはダーマ神殿に来たことがあるの?」 「オレは山越えでアッサラームまで出たけどな」 便利なルートがあるという噂は知っていたが、バーンの抜け穴だとは知らなかったという。 「でさぁ、聞いてよ!」 ポポタはフェンとの再会に余程浮かれているのか、強引に話を自分の方に向けた。 「それでさ、明日僕は商人として「就職」の儀式をしてもらえるんだ!」 「マジか!」 「そうなんだ、そんな日にフェンに会えるなんてっ!」 「よかったなぁ、商人になるのはお前の夢だったもんな」 「うん。これが僕の未来の第一歩なんだ!」 えへへ、とポポタが嬉しそうに笑った。 商人になるという夢がかなうことと、フェンに会えたことの両方がとても嬉しいのだろう。 「仲良さそうですね」 「そだね」 マリーがぽつりと呟いて、オレも同じように呟いた。 嬉しいのは構わないのだけれど、オレ達のフェンに抱き着きまくっているのが個人的に気に入らない、とオレは思っていて、マリーもそう思っているようだ。 「スティアさんとダンさんって誰なのでしょうか…」 「さあ」 珍しくぶつぶつ呟くマリーに、オレは投げやりに返事する。 商人見習いのポポタは用事があるということですぐに去って行ったので、正直オレはほっとした。 [ next ] |