ダーマ神殿に大書庫の使用申請を出したら、翌日にあっさり下りた。
 アリアハンと交流があることがプラスに働いたようだ。
 だけど。

「もしや、勇者カイリ・マディリアス様でいらっしゃいますか?」
「うわ」
 ルチカ達と神殿を歩いていると知らない僧侶二人に声をかけられた。どちらも五十代の禿げた男だ。笑顔でオレに話しかけてくるけど、なんかその微笑みが胡散臭い。
「そうですけど…」
 そう返すと、僧侶達の笑みが増々深まった。不気味だ。

「初めまして。わたくしはダーマ神殿の資料室に所属しておりますゴライアスと申します。勇者カイリ・マディリアス様のご有名は常々聞き及んでおりまして…」
「はぁ…」
 ずい、と禿げたオヤジがオレの目の前に迫ってきた。可愛い女の子ならともかく、禿げオヤジに近寄られても全く嬉しくない。揉み手しそうな勢いで話されるのも含めて妙に不愉快だ。
 気の抜けた返事をしたオレの様子に頓着することもなく、ゴライアスと名乗った男はずいと身を乗り出してきた。

「今回は聖職に携わる者として是非とも勇者様のお手伝いをさせていただきたいと思いまして馳せ参じました。まずは、わたくしとわたくしの部下の紹介を兼ねまして小規模ながらお食事でも…」
 僧侶はどんどんまくし立ててくる。困ったオレはフェンを見上げたけど、フェンも困った顔でオレを見ていた。こういう風にごまをすられるというのは余りないので対応の仕方がよくわからない。

「お待ちください、ゴライアス殿」

 助けは別のところから来た。
 延々と続きそうなゴライアスの揉み手を遮ったのは、聞きなれた平坦な声。
 オレの真横から青髪の僧侶が割り込んできてくれた。彼女が入ってくれたのを幸い、オレはこっそり一歩下がる。
 マリーはいつものように姿勢よくゴライアス達の前に立った。僧侶達はにこやかに彼女に向きなおり、美少女の登場に少しだけ目を見張ったようだ。

「これはこれは。美しいお嬢さんだ。貴女は勇者様の従者ですかな?」
「ええ、アリアハンから勇者様にお仕えしております」
 マリーに対しても揉み手をし始めたゴライアスに対し、マリーは焦ることもなく淡々と答えた。
「さすが勇者様の気高い旅を支えている聖女の方は、心だけでなくそのご容姿もお美しい」
「ありがとうございます」
 驚いたことににっこりと、あのマリーが微笑んだ。 

 マリーの愛想がいいという状況がいかに珍しいかを知らないゴライアス達は、相変わらずの揉み手で彼女に応じる。
「そうだ、聖女殿もご一緒にどうぞ。エジンベアから取り寄せた最高級の茶葉で入れた紅茶もあるのです」
「お心使い感謝いたしますわ。しかし…」
 いつもの無表情無愛想はどこへいったんだよ、とオレが驚きまくっていることなどに頓着せずに愛想がよかったマリーが、ふと視線を外した。これもいつも人の瞳を見ながら話す彼女らしくない仕草だ。

「ですが勇者様は世界を救う為に一刻を争う旅をされているのです。お手伝いいただく方々の招きに毎回応じるわけにもいきませんし、一人だけのお誘いに応じるのも不平等というもの」
「一人ではありませんよ、この会も神殿の僧侶達と勇者殿の交流が目的なのです。勇者様はダーマ神殿の書庫にご用があると聞いていますが、見たところ皆様方は四人しかおられない。それでは探す書物を見つけるのも大変でしょう? 人海戦術を使うにも、勇者様はダーマ神殿にはお知り合いはおられないでしょう。勇者様の出身国であるアリアハンは、半鎖国状態でしたから…」
「ご心配にはおよびませんわ」
 ゴライアスの長話を再びマリーは遮る。
「勇者様は、この私、マリアベル・ローズガーデンが全力でご支援いたします。私もアリアハンの出身ですが、修行中の身とはいえ僧侶です。ダーマ神殿の方々には多少の知己がございます」
「…ローズガーデン?」

 オレはマリーの愛想のよさに驚いていたのだけれど、ゴライアス達は彼女の名字「ローズガーデン」に驚いているようだ。彼らは目に見えて浮足立つ。
「もしや、あのアリアハン筆頭宮廷司祭の…」
「娘です」
「ああ、これはこれは!」
 急にゴライアスは姿勢を正した。隣の僧侶もそれは同じだ。
「私は父に誠心誠意勇者様にお仕えするように申し付かっております。ここは私に任せて、今日のところはお引き取り下さいませ。それともあなた方にはローズガーデン家以上に勇者様を支援できる力があるというのですか?」
「それは、それは。いえ、出過ぎた真似を申しました!」

 ゴライアス達はぺこぺことマリーに頭を下げると、逃げ去るように立ち去って行った。何が起きたのかまだわかってないオレ達はぽかんとそれを見送る。

「…えっと、なんだったんだ?」
 色々と珍しいものを見てしまったオレは、とりあえずフェンに聞いてみた。
「全然わからん…」
 オレと同じように困惑し続けていたフェンが、オレと同じような表情でオレを見返す。
「何よぉ、そんなこともわからないの?」
「わかるの?!」
 さすがはルチカだ頼りになる。
「もっちろん」
 ふふん、とルチカは豊かな胸をそらした。
「マリーはとぉっても頼りになるってことよっ」
 言ってルチカはマリーにウィンクした。
 呆然と、その可愛い姿をオレは見て。

 …………。

「しまったあぁあああああああああああっ!」
「おい、どうした?」
「うわああああああああああああああああ!」
「落ち着け、カイリ!」

 オレは愕然とした。
 なんてことだ。オレは重大なミスをおかしてしまった。
 せっかくルチカに頼りがいがあることを見せるチャンスだったのに、マリーに…助けられてしまった。
 いや、マリーに助けられるのが嫌だというわけじゃないけど、先程のことはルチカにかっこいい勇者アピールをする絶好のチャンスだった気がする。そのチャンスをオレはふいにしてしまった。

「素敵〜」
「別に…私は…」

 現に今、ルチカは元の無表情に戻ったマリーに、楽しそうに抱き着いている。
 オレがあそこで格好よく僧侶達を追い払っていたら、今ルチカに抱き着かれているのはオレだったのかもしれない。

「いやぁん、謙遜しないでよ。あの禿げオヤジに笑顔で立ち向かうあなたはすっごく可愛かったわよぉ」
「別に可愛くは…」
「可愛かったわよぉ、あのゴライアスとかいうオヤジ、完全に鼻の下伸ばしてたじゃない〜。ね、フェン。マリーの笑顔は可愛いわよね?」
「え゛、あ?、そ、…そうだな」
「…無理しなくてもいいですよ」
「無理とかしてないわよ! ああ!もうっ! ね、ちょっと、男ならそこで詰まらないでよ…、気の利かない男ね、ホホホ」
「いでっ!」

 落ち込むオレをしり目にマリーを中心にルチカ達は楽しそうにはしゃいでいる。フェンが何故かルチカに腕をつねられていて涙目だけど。

「大丈夫か、カイリ」
「大丈夫だよ〜」

 ルチカのつねり攻撃から逃げてきたフェンが声をかけてくれた。

「あのさぁ…」
 オレは呟いた。
「マリーって可愛いよね…」
「へ?」

 ルチカは可愛い女の子に優しい。
 そしてマリーは間違いなく美少女だ。
 オレも美少女だったら、ルチカに腕とか組んでもらえたのかなぁ…。

 ため息をついていたら、何故かフェンが固まっていた。








 そういえばロマリア辺りでもそういうようなことを言われた気がするけれど、ひそかにオレの名前はちょっとばかり有名になってきたらしい。
 ゴライアス達の後も、次から次へとおべっか使いの人間がやってきた。
 そして、その全てをマリーが追い払ってくれた。

「マリーが腹芸出来たっていうのは、意外だわー」

 ルチカが呟いた。
 大書庫に避難したオレとルチカは、書庫の済みで調べ物をしながら、こそこそと話をする。
「腹芸?」
「ああ、こっちの独り言よ、気にしないで」
 分厚い本のページを慎重にめくりながらルチカはそう言った。オレも分厚くて古そうな本のページをめくりながら、ちらりと戸口の方を見た。
 今もマリーはやってくる人達の応対をしてくれている。調べ物は苦手だというフェンは、ルチカの指示でマリーのボディガード役をしているから、今はオレとルチカの二人きりだ。

「ねぇ、マリーのお父さんって、偉い人なの?」
「王宮のことにはあんまり詳しいわけじゃないけど、マリーの父親はアリアハンの筆頭宮廷司祭だから、そりゃ偉いと思うよ」
 勇者と言われても平民のオレより、立場で言えばマリーの方がだいぶん上だと思う。筆頭宮廷司祭というのは、アリアハン城に出入りする僧侶の中でで一番偉いってことだ。マリーの父親は、宮廷内でも十本の指に入るくらいの権力者だと思う。

「へぇ、それでよく冒険に出ようとしたわね〜」
「オレも本当にそう思うよ」
 ルチカに聞かれて、オレは簡単にマリーが仲間になった経緯を話した。ふんふんとルチカは頷く。
「なるほどね…。だから皆、怖がってるのね」
「怖がってる?」
「ううん。こっちの話」

 オレは瞬きした。
 そういえばマリーの苗字にゴライアスをはじめ、みんなが怖がっている気がする。

「そういえば…」
「なに? まだ何かあるの?」
「いいや、なんでもないよ」

 ふと、オレはマリーと彼女の実家に関する噂を思い出した。
 だけどルチカには話さない。
 あんなに酷い噂は、嘘に決まっているからだ。









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