ゴライアス達の後もちらほらとおべっか使いの職業聖職者達がやってきたけれど、それらは皆マリーが追い払ってくれた。
 真面目なマリーに性格の悪そうな奴らの相手をさせてしまうのは気が引けたのだけれど、彼女は「そういう人達」だと認識すれば強い感じでいけるらしい。

「ありがとう、マリー…」
 しみじみ呟きながらオレは分厚い本のページをめくる。
 マリーに外野の対応を任せ、ルチカの意見でフェンがマリーのボディガードについたので、書庫にいるのはオレとルチカと…数人の僧侶達だ。
 ダーマ神殿には性格悪そうな僧侶もいたけれど、もちろんまともな僧侶や魔法使いだって沢山いた。
 その人達に手伝ってもらってオレ達はオーブや魔王バラモスのことを調べる。

 半月ほど書庫に籠って、オーブの場所はいくつかわかった。
 グリーンオーブがテドン村に、ブルーオーブがランシール神殿に、パープルオーブがジパング王国に、シルバーオーブがネクロゴンド王国にあるらしい。
 見つけた記録や資料はオレどころか親父さえ生まれていない時代の記録で、ブルーオーブについては場所が神殿だから今もある可能性が高いけれど、他のオーブについては今もその場所にあるかどうかは怪しい。
 ネクロゴンド王国はバラモスにより滅ぼされてあるし、テドン村も滅ぼされていると聞いた。ジパングはアリアハンよりさらに強力な鎖国状態であり、中のことがさっぱりわからない。そして残り二つのイエローオーブとレッドオーブについては場所が特定できる記述がない。
 バラモスについてはさっぱり情報がなかった。
 不自然なほど唐突に奴は現われたのだ。

 調べものを続けはしたもののなんだか手詰まり感を感じ始めた頃、手伝ってくれている僧侶の一人から気になる話を聞いた。
 ダーマ神殿の北にガルナという名前の塔がある。その塔には「悟りの書」があるという。

 悟りの書とは平たく言うと賢者に転職するのに必要な聖なる書物だ。
 通常、理力か聖力の片方しか持たない人間の魔力を、理力と聖力の両方を使えるように魔力の質を変質させるという力がある。書物の形をしているけれど、異世界知識の集合体だとか神の力の一かけらではないかともいわれている。
 その悟りの書ににならオーブやバラモスのことも書いてあるかもしれない。何しろオーブは神の作ったのものなのだし。
 正直悟りの書の存在自体が眉唾ものの情報だったけど、朝から晩まで書庫に籠る生活に嫌気がさしていたオレ達は、腕試しも兼ねてガルナの塔に上ってみることにした。


 ガルナの塔はダーマの近くにある古い建物だ。
 半月ぶりに鎧を着て、ダーマ神殿の北東にある古い塔につく。時代的にシャンパーニの塔と同時期に建てられたというこの塔は、高さも様式も確かにシャンパーニの塔と似ていたけれど、この塔は奇妙な張り出しを幾つも持ち、一筋縄ではいかない予感がする。
 塔の真下で高い塔を見上げたオレ達だけど、シャンパーニの塔で育ったルチカだけなんだか懐かしそうだ。

 中に入ってみると、さすがダーマ神殿の近くにあるだけあって、この塔の中を探索しているのはオレ達だけではなかった。一人で歩く僧侶風の男や、オレ達のように仲間とともに探索する冒険者達もいる。少し歩くだけで、オレ達以外にもだいたい十人ぐらいの人間をみかけた。
 話しかけて聞いてみたら全員が悟りの書を探しているようだ。ガルナの塔に悟りの書があるというのは、ダーマでは案外有名な話らしい。
 オレ達は顔を見合わせる。
 有名だということは、今いる十人以外にも沢山の人間が悟りの書を探したということだ。これだけの人間が探しても見つからないということは、悟りの書は相当見つけにくいところにあるのか、この塔には存在していないのかのどちらかだろう。
 どちらにしても手に入れられる可能性は低そうだとオレは思った。

 塔のお約束として、案の定ガルナの塔にも周辺の平原よりも強力な魔物が住み着いていた。魔物にとっては聖なる場所というのが関係ないものらしい。
 オレ達は階段を見つけては上に上がっていった。階を上がれば上がるほど強力な魔物が住み着いていてオレ達の進路を阻み、それに比例して通路を歩く冒険者の数は減っていく。オレ達は途中で見つけた隠し通路を上がって塔の一番上まで上がってみたけど、悟りの書はなかった。
 魔物の襲撃と塔の探索で歩き回って疲れたオレ達は、見晴らしのいい最上階で休憩することにした。



「高いわね〜」
「高いですね…」
 今日はルチカのテンションが高い。
 それに比べていつも低めのマリーのテンションは、今日は更に低めだった。
 まぁ、マリーの気分はわからないでもない。
 この最上階に来るまではあるかどうかも分からない悟りの書を探してあちこち歩き回り、その途中で千切れそうにおんぼろな縄のつり橋を渡ったり、マリーが苦手な旅の扉を幾つか通ったりした。
 実のところ、オレやフェンも少し疲れている。

「何か変わったものは見えない?」
「悪いが、特に珍しいものは見えないな」
 水筒の水をあおりながらフェンに聞いてみたけれど、首を振られてしまった。幽霊が見えるフェンにならオレにはわからない何かが見えるかもしれないと思ったのだけれど、そうそううまくはいかないようだ。
 オレと同じように地面に胡坐をかいて座って、水筒の水を飲むフェンはちらりと外を見る。
 塔の最上階であるこの六階はあまり広くなく、そのくせに安全用の柵すらないので外を見ると滑り落ちそうでとても怖い。背筋がむずむずする気がする。
 高所恐怖症ではないけれどフェンもムズムズしたようで、肩をすくめて内側にちょっとだけ移動した。彼の気持ちはよくわかる。

「少し降りたところに気になる空間があるのよね」
 隠し扉を探したり、塔の見取り図を描いたりと、一番大変な作業をしているはずなのに唯一元気なルチカが、その彼女手製の見取り図をオレ達の前に広げた。
 座り込んだままオレ達は見取り図を覗きこむ。
「この…崩れていた辺り」
 彼女が指示す場所に、確かに空き空間がある。
「あと、ここだけ見たらダーマに帰ろっか?」
「そうだね、そうしよっか」
 頷いてオレは先程から思っていたことを聞く。
「ところでさ、なんかいつもより元気じゃない?」
「あら、そう見える?」
 ルチカはちょっとばつが悪そうにした。
「塔の探索って慣れてるし、最近盗賊っぽいことしてなかったからさ。ついはりきっちゃうのよね」
 さすがシャンパーニの塔で育った盗賊ということなんだろう。逃げられないところが嫌いで、塔の探索が好きだというのが最近知ったルチカ情報だ。ちなみに地下洞窟はあまり好きではないらしい。

 怪しい場所にいく梯子や旅の扉がどこかにあるのかもしれなかったけど探すのも面倒だということで、五階の縄梯子の真ん中あたりから下にルチカが持ってきていたロープを垂らし、四階の空き空間に直接降りることにした。
 魔物は相変わらず散発的に襲いかかってくるので、身の軽いルチカとフェンが四階に降りる。身のこなしに自信がないオレとマリーは五階で留守番だ。
 そして十五分後に、ルチカとフェンは一冊の本を抱えてオレ達のところに帰ってきた。


 ダーマに戻って調べてみたら、ルチカ達が見つけた本は本物の悟りの書らしい、という結論が出た。
 オレ達が悟りの書を手に入れたという噂は瞬く間にダーマで広がり、今まではおべっか使い達がやってくるだけだったのに、悟りの書が見たい人や悟りの書を見つけた人が見たいミーハーな人など、沢山の人が訪ねてくる。
 神殿だけじゃなくてオレ達が泊まる宿屋にまで訪ねてくる人がかなり沢山いて、宿屋に迷惑がかかってしまってるかもしれないなと思ていると、ダーマ神殿から使者が来た。ダーマ神殿の神殿長が、オレ達に彼の客として神殿内の客室に泊まらないかと提案してくれているという。どうやら神殿長もオレと同じことを考えたらしい。
 まだダーマを出るつもりのないオレ達は神殿長の好意に甘えることにして、お礼と挨拶の為、オレ達は神殿長を訪ねることにした。
 オレ達が来るぐらいの時に外出して、つい最近神殿に帰ってきたという当代の神殿長に会うのは今日が初めてだ。
 面会を申し込んだらあっさりと受け入れてくれた。

 格式のありそうな神殿長の執務室にオレ達は案内される。
 ダーマ神殿および神殿が治める神殿直轄領を統括するリチャード・ハールニック神殿長は世にも珍しい賢者だ。
 賢者は世界に数人しかおらず、ダーマ神殿にいる賢者は彼一人だ。だから三十代という異例の若さの神殿長が前神殿長の引退と同時に誕生したという。
 彼が神殿長になって数年経つけれど、それでもまだ彼は三十代半ばだ。オレ達程ではないけれど、アリアハンやロマリアの王様に比べて随分若い。

 立ってオレ達を出迎えたリチャード神殿長は、思ったよりも普通の人だった。
 紺色の長い髪と賢者の証である銀色の輪が目を引くけれど、中肉中背で、神々しいオーラを放っているわけでもなく、普通にオレ達に会釈した。
 壇上の玉座に座って命令してきた今までの王様達に比べて、ずいぶん腰の低い人だというのが第一印象だ。
 
「お久しぶりです」

 オレもルチカもマリーも「はじめまして」と挨拶したけれど、フェンの挨拶だけが違っていた。
 驚いたオレ達は思わず三人でフェンを見る。
 そういえば彼は、ダーマ神殿に来たことがあると言っていたから、その時に会ったのだろうか。
「聞けば皆様は半月程前に、当神殿へ来られたとか。ご挨拶が遅れました、神殿統括を務めるリチャード・ハールニックと申します」
 言いながら、彼は執務机前の応接用のソファをオレ達に勧める。
「うわ」
「うわ?」
 思わず漏れた声に、リチャード神殿長が瞬きした。
 怪訝そうな彼に、オレは意味も無く手を振る。
 さらに椅子を勧められて、慌てた気分のままオレはソファに腰かけた。仲間達はオレの隣に、神殿長はオレ達の正面に座って、そのタイミングを見計らったように神殿長の秘書のような人が飲み物をソファ前のローテーブルに人数分置いた。秘書が部屋を出て、執務室にはオレ達と神殿長だけになった。

「…いや、その、驚いたので」
 言い訳しなければいけないような気になって、オレはやっとそういった。
 神殿長がもう一度瞬きする。
「何か失礼なことをしてしまいましたか?」
「違いますよ。カイリは普通に驚いてしまったんです」
 言葉の出ないオレを救ってくれたのはフェンだ。オレの左隣で彼は神殿長に話しかける。
「世界中の聖職者を束ねるダーマ神殿長にそんな丁寧に話しかけられたら、誰だって驚くでしょう」
「高々一神殿を預かるただの者よりも、魔王を倒す旅につく勇者一行の方が高貴でしょうに」
「一神殿って…」
 ダーマ神殿を一神殿と謙遜するのは、やりすぎだ。
 広大な土地を神殿領として所有し、その権力は小国の王よりもはるかに高いというのに。
 こうやって、護衛もなしにオレ達と面会しているのがまず異例だと思う。多分、ダーマは昔からアリアハンと親交があるからだろうけれど…。
 
 大幅過ぎる謙遜にフェンがあっけにとられてしまったので、オレは再び口を開いた。
「私は何も成し遂げていない、ただの旅人です。多くの人々を救ってこられた神殿長に、そのように扱っていただける者ではありません」
 というか、身の丈が合わなさすぎて落ち着かない。二倍以上の年齢の人にへりくだられるのも、妙な感じがするのだ。
 ふむ。とリチャード神殿長は、オレの心からの言葉に対して、何か考え込んだようだった。
 そして彼はオレ達四人の様子をじっと見て、頷く。

「了解した。君達が望むなら、そうすることにしよう」
「是非」

 敬語が止んでほっとした。
 今度は妙にフレンドリー過ぎる口調のような気もするけど、敬語よりはずっとましだ。

「体裁を気にして、話が遠回りになるのも意味がないだろうしね。とはいえ、それは君達にも言えることだ」
「はい?」
「私はただ、君達より少し長く生きているだけの人間だ。必要以上の敬語は必要ない、と思うんだ」
「そんなことは、出来ません」
 慌てて首を振ると、意外と間を詰めるのが早い神殿長は、フェンに視線をやる。彼はいたずら気に微笑んで、片目をつむって見せた。

「出来るだろう、フェンイン」
「神殿長…」
 意外と強気の神殿長は、引く気は全く無いらしい。
「…わかりました。気をつけます」
 オレとフェンはしぶしぶ頷いた。意外と押しの強い神殿長が満足げだ。

「同意が得られたところで、本題に入っていいかな。君達はオーブを探しているそうだね」
「オーブをご存じなんですか?」
 オレの問いに神殿長は頷く。彼はアッサラームのビビアンのように、地図を机に広げた。
 オレ達は身を乗り出して地図を見る。
「パープルオーブ、グリーンオーブ、ブルーオーブについては調査済みだと聞いたから、それ以外のものについて私が知るところを話そう。まずシルバーオーブだが、古い文献にはネクロゴンド王国の外れにある祠に祀られているという。ネクロゴンドの中央部分はバラモスが奇怪な城を建ててしまったが、端の方ならまだ祠も残っているかもしれない」
「祠ですか…」
「難しいことかもしれないが、君達になら見つけられるように思う」
 意味深に、神殿長は一度囁くように言う。

「次に、レッドオーブだが、これはサマンオサの南の方にある小さな村に昔はあったようだね。その村自体はバラモスが数十年前に廃村になったそうだが、地元の宝としてあがめられていたようだから、その別の村にあるのではないだろうか」
「なるほど」
「最後にイエローオーブだが、これは文献にはない。だが、商人の間で流通しているという噂を聞いたことがある」
「本当ですか?」
 確かにイエローオーブについては全然情報がないからどうしようかと思っていたのだ。
「商人か、盗賊に伝手があるなら聞いてみたら何かわかるかもしれないな」
 オレはルチカを見た。彼女が頷く。
 ルチカにはアッサラームのビビアンや、養父のカンダタというコネがある。頼めばきっと噂話を探してくれるだろう。
「わかりました。そちらの伝手を当たってみます」
「…君は、盗賊なのかな?」
「そうです、けど」
 前を見ると、リチャード神殿長はなんだかまじまじとルチカの方を見ていた。ルチカは微妙に視線を逸らしている。
「盗賊が勇者様の旅についていってはいけませんか?」
「そういうわけではないよ。盗賊もこの神殿で正式に「就職」出来る職業だ。ただ「悟りの書」を見つけ出した敏腕盗賊に会えたからついつい見つめてしまったんだ。すまないね」
「そうですか…」
 言いつつも、まだリチャード神殿長は、じっとルチカの方を見ている。
 気のせいかもしれないが、好奇心にしてはずいぶんと彼女のことを熱心に見ている気がする。
 …まさか。

 嫌な予感がして、オレは恐ろしいことを想像する。
 もしかしてオレが一目惚れしたルチカの美貌は、ダーマ神殿の長までを陥落してしまったのではないろうか。

 オレはルチカの方を見ている神殿長を今までと違う意味でじっと見てみた。
 歳は三十代半ばとだいぶんオレ達より年上だけれど、年を取っている分だけ大人の落ち着きみたいなものを感じて、人によってはそれが素敵だとかいうかもしれない。まあまあ顔立ちもいいし、濃紺の瞳には知性の光が輝いている。神殿長をやっているのならきっと知識にあふれていて、ついでに金持ちだろう。この前の盗賊レイヴンと違って、こちらは性格もよさそうだ。
 ライバルとしては、かなり手強い…と言えるだろう。
 その神殿長はまださりげなくルチカを見ている。

「罪作り過ぎるよ…」
「どした?」
 落ち込みつつフェン泣きついたら不思議そうに問われた。
 この場では言えないけどオレは今、また増えたと思われる強力ライバルの出現に想いっきり狼狽えてます。
 心の中でさめざめと泣いておこう。

「オーブについてはこの程度の情報しかなくて、申し訳ない」
「いえ、そんなことはありません。ありがとうございます」
 オレが嘆く間に、オレから会話を引き継いだマリーが、神殿長と淡々と会話していた。

「それから悟りの書についてだが…、中は見てみたかい?」
「はい、一応は…」
 マリーは頷いたけれど、言葉を濁した。
 悟りの書はオレ達はもちろん、知り合いの僧侶や魔法使いにも見てもらったけれど、誰一人として内容が理解できなかった。古代語と記号のような不思議な文字が入り混じったものが連なっていて、なんとなく単語の意味はわかるのに内容はさっぱり理解できない、示すものもつながらない、不思議としか言いようのない文章があった。
 目の前にあるのに、それが何かわからない。悟りの書を理解することは朝方の夢の中であがくような感覚に似た、手ごたえのなさを感じる。

「私達が見つけたものは、本当に悟りの書なのですか?」
「話を聞く限りでは、悟りの書に間違いはないと思う。…私も一度、読んでいるからね」
 そう言う神殿長はそう言えば賢者だ。元は僧侶だったという話を聞いたことがあるから、彼は悟りの書を使って賢者になったということか。
 でも本物ならなおさら、貴重品だ。もらってしまっていいのかと神殿長に聞いたら、彼は鷹揚に頷いた。

「ガルナの塔の悟りの書は見つけた者に進呈すると以前から通達していたから問題ない。悟りの書はもう君達のものだ。その為の悟りの書なのだから」
「どういうことですか?」
 断定的に言い切る神殿長に、マリーが問い返す。
 ちなみにルチカ達が悟りの書を探している間に一応聞いてみたけれど、マリーは賢者に転職する気は全く無いということだった。
 フェンは武闘家でルチカは盗賊、そして天地属性のオレは転職できない勇者なので、実は手に入れたのはいいものの悟りの書の使い道はない。
 つかの間、神殿長は無言になった。
 表情は親しげな微笑みのままだけれど、彼のこぶしがぎゅっと握りしめられたのにオレは気づく。

「ガルナの塔で悟りの書を探す人々を見ただろう。私は別のところで悟りの書を見つけたのだけれどね、ガルナの塔に悟りの書があるらしいという噂は実は百年以上過去からあって、ずっと前から毎日十数人の人間がガルナの塔で悟りの書を探している」
「そんなに昔から?」
「魔物が出るから簡単に調査するというわけにもいかない場所なのだけれどね。それでも百年の間探し続けても、今日まで悟りの書が見つかることはなかった。それが、盗賊がいるとはいえ、たった半日で君達は探し出したんだ」
 神殿長は、静かにオレ達に問う。

「それを疑問には思わないか?」

 今度はオレ達が無言になった。
 思いもしなかった指摘に言葉が出ないオレ達に、彼は淡々と問いかける。

「悟りの書を見つけたのはルチカさん…君だったね。悟りの書は塔のどこにあった?」
「…塔の二階の隠し部屋に」
「宝箱の中に?」
「ええ。隠し部屋ではありましたけれど、床にぽつんと置かれた宝箱の中に入ってました」
「やはり、そうか…」
 神殿長は視線を伏せた。
 静かに、静かに彼は呟く。

「悟りの書は君達に必要だということだ。悟りの書は、必要な者の前にしか現れない」
「どういう意味ですか?」
 悟りの書を使う気が無いマリーが賢者に問う。
 
「悟りの書は必要な者の前にしか現れない」
 神殿長は繰り返す。
「例えば、悟りの書を手に入れたら好事家に高く売りつけようと思っている人間と、賢者になり沢山の人々を救いたいと思う人間の二人が書を探していたとする。カイリ殿なら、どちらの人間に悟りの書を手に入れて欲しいと思うかな?」
「それはもちろん、賢者になりたい人ですよ」
 急に振られたたとえ話に戸惑いつつもオレは当然の答えを返す。

「ならば、己の名誉欲の為に賢者を目指す人間と、世界を救う為に力と知識を求める勇者。どちらに悟りの書を手にして欲しいと思う?」
「………」
 オレは神殿長をじっと見た。言いたいことはわかるけれど疑問も残る。

「勇者に悟りの書を渡したいと思ったのは誰なんです?」
 神殿長のたとえ話からすると、そう思った誰かがオレ達に悟りの書をわたるように差し金したということになる。
「場所はガルナの塔、物は悟りの書、君は天地属性者で、それは運命の導き…」
 神殿長は大仰な言い方をする。

「その全てに干渉できるのは神だけだ」

「は?」
 神様だって?
「待って下さい、神というのは…」
 職業柄聞き捨てならなかったらしく、マリーが神殿長に問うた。

「フェンイン。君の探し物は見つかったのか?」
「…まだですが」

 だがオレ達の疑問を無視して、リチャード神殿長はずっと無言だったフェンに質問した。
 唐突な話題転換だし、それに彼にとっては触れて欲しくない話題だったのだろう。フェンの眉間に少し皺が寄る。
 探し物をしているというのは、出会ったころにそう言っていたことのを覚えている。その後マリーが仲間になったりしてるうちに彼が何を探しているのかは聞きそびれていた。それに、フェンも何かを積極的に探している気配もなかったから、オレは今まですっかり忘れていた。

「その様子だと君は探し物のことを仲間には話していないんだな」
「俺のことは、悟りの書にも魔王にも関係ないでしょう」
「いや、関係することだ。おそらくは、どちらにも」

 今度こそ、オレ達は絶句する。
 驚きすぎたオレ達は、だから神殿長が机の下で握りしめたこぶしが力を入れ過ぎて白くなっていることも、彼の瞳に後悔のさざ波が揺れていることにも全く気が付かなかった。
 神殿長は、表面上は淡々と言葉を続ける。

「私も、君が今日ここに来るまで君の探し物について深く考えることはなかった。だがフェンイン、君は勇者ともに悟りの書を持ってダーマ神殿に来た。だから、これは偶然じゃない」
「どういうことだ!」
 瞬間、ソファを蹴り倒す勢いでフェンが立ち上がった。
 見たこともない様子で、彼は神殿長に詰め寄る。
「何か知っているのか!」
「知ってはいない。推測だ」
 座ったまま、神殿長は激昂する武闘家を見上げる。

「だが君だけがそれを知っているのは、不親切だろう」
「不親切…?」
「座りなさい、君の仲間が心配している」

 フェンは座らない。
 立ったまま彼は、じっと神殿長の紺碧の瞳を見つめる。

「話せということですか?」
「仲間なんだろう?」
 神殿長はフェンの疑問に疑問で返す。
「明日、私の意見を君に話そう」
「…わかりました。しかし必ず明日話して下さい」
「もちろん」
 言うや否や、あのフェンが挨拶もせずに部屋を出て行った。オレ達は困惑して顔を見合わせる。

「…神殿長」
「君達にもフェンインにも、意地悪したいわけじゃない。ただ、これは君達が知っておくべきことで、フェンインが直接君達に話しておくべきことだと私は思う」
 オレはじっと神殿長を見つめた。
 神殿長も、ただじっとオレ達を見返す。

「わかりました。明日の二度目の鐘がなる頃に、こちらへ参ります」
 結局、オレはそう言った。


 部屋を出てしばらく言ったところで、壁にもたれてフェンが待っていた。
 彼は少し気まずそうに眼を細めて、オレ達を見る。
「明日の約束してきたよ。鐘が二つ鳴る時間に、また神殿長の執務室に行こう」
「…ああ」
 少し口ごもってからフェンは切り出す。

「話を聞くには俺の探し物の話をしないとな。飯の後でいいか?」
「うん」
 外で食べる気にならなかったので、適当な食べ物と飲み物を買って部屋に戻り、いつもより言葉少なにオレ達は軽い夕食を終わらせた。
 窓の外を見るといつの間にかすっかり夜だ。
 ガルナの塔を攻略したばかりで疲れているはずなのに、今日は眠くない。

「俺の探し物の話だが」
 オレとフェンインが寝る予定の二人部屋でお茶を飲みながら、ぽつりとフェンが切り出した。
 備え付けの椅子に座ったルチカとマリーが彼の方を見る。
「そんなに長い話でも複雑な話でもない。今から六年くらい前の、俺の話だ。…楽しくはない話だが聞いてくれるか?」
 オレ達は頷いた。
 緊張するオレ達に苦笑したフェンインは「軽く聞いてくれ」と前置きしてから、話をはじめた。









 約六年前。
 彼が目を覚ますと漆喰で固められた天井が見えた。
 外からは日の光が暖かく入り、風に揺れるカーテンが黄金色の光を散らしながら、ちらちらと揺れる。
 気持ちのいい午後だった。

 頭が痛い。

 それだけをぼんやりと思いながら身を起こす。
 だいぶん長い間ベッドの上に寝ていたようだ。
 少し背中が痛い。

 身を起こしてはみたものの何も考える気が起きない。ベッドの上でぼんやりと座っていると、しばらくしてから横の扉を開けて女性が一人入ってきた。
 三十歳を過ぎたところだろう。家事用のエプロンをつけたキビキビとした雰囲気の女性だった。

「あら、目が覚めたの?」
「…はい」
「良かったわ。全然目を覚まさないから心配してたのよ」
 そう優しく言って、彼女は微笑んだ。
「私の名前はスティア。ここはムオル村にある私の家よ。あなたの名前は?」
「俺は…」
 言いかけて、彼はようやく気がついた。
 
 自分は誰なのか。
 何故ここにいるのか。
 眠る前には何をしていたのか。

「ねえ、どうしたの? 気分が悪いの?」
 スティアの声が耳を通り抜ける。

 何も思い出せない。
 自分の名前も、過去も、姿さえも。

 全ての記憶をなくした彼は、後に彼の第一発見者の少年にフェンインと名付けられることになる。




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