一時間後にフェンインと名付けられることになる彼の、第一発見者はスティアの息子だ。
 スティアは彼に語って聞かせる。

 彼女の息子の名前はポポタという十歳の少年であること。
 ポポタが村の大人達に彼が倒れていることを知らせたこと。
 呼びかけても彼が全く目覚める様子がなかったので、ポポタの母親であるスティアが彼の身を引き受けたこと。
 ポポタは今、外出中でもうすぐ帰ってくること。

 彼が記憶喪失であることをスティアに話すと彼女は大層驚き、同情した。
 結局、帰ってきたポポタが彼に懐いたこともあり、行くあてのない彼…フェンインはポポタの家に居候することになる。

 厄介になるだけというわけにもいかないので、フェンインは家事雑用を引き受けたり、村の市場を手伝ったりして働くようにした。ポポタに懐かれたこともあって、村の子供達の子守のようなこともした。




「ポポタって、あのポポタ?」
 フェンの話にオレは割り込んだ。
 どうしても気になったからだ。
「そうだ。俺を拾ってくれたのはあの商人見習いのポポタだよ。まさか、ここで会うとは思わなかったな」
 話の割り込みに気を悪くした風もなく、フェンは自然に答えてくれた。

 オレはあのいけ好かない少年商人の顔を思い出す。
 フェンに対して馴れ馴れしい奴だと思っていたけれど、そんなところからの知り合いだから飛びついたりしていたのかと思う。
 もしかしたら向こうも、オレのことを後から割り込んできた馴れ馴れしい奴だ、なんて思っているのかもしれない。
 馬鹿な。
 今、フェンと一緒に旅をしているオレ達がフェンと仲良くしているのは当然じゃないか。

「スティアさんと話をしてたら、ポポタが家に帰ってきてな。名前が分からないって言ったら、あいつがフェンインという名前を付けてくれたんだ」
「ふぅん…」
 何かおもしろくない気がして、オレはそれに唸るだけの相槌を打った。

「親切な人に拾ってもらって良かったわねぇ」
 ルチカが口をはさむ。
 フェンは彼女の方を見た。
「それはそうなんだが、実はそれだけじゃなくてなぁ」
「どういうこと?」
「普通、港と市場があるといっても記憶喪失の男一人を養ってくれるなんて親切過ぎるだろ。最初はそうでもなかったんだが、だんだん疑問に思ってきてな、仲良くなった奴に聞いてみたんだ。そうしたら、ちょっと意外な答えが返ってきた」
 フェンが苦笑いする。

「俺は二人目らしい」

「は?」
「ムオル村に記憶喪失で倒れていた人間というのは俺が初めてじゃない。俺が倒れていたのと同じ場所に、俺と同じような記憶喪失の男が倒れていたことがあるそうなんだ。その男の第一発見者もポポタだった」
「ええっ?! なにそれ!」

 フェンと違って、一人目の記憶喪失の男は体格のいい壮年男性で、しかも全身に怪我を負っていた。
 フェンが発見されるよりも更に四年程前のことだという。
 
 フェン同様、一人目の記憶喪失の男もポポタに名前を付けられた。
 五歳児のセンスでポカパマズという珍妙な名前を付けられた壮年男性は、奇妙な名前にも余所者として気味悪がられることにも気を悪くした風もなく、村の空き家でしばらく生活していた。
 村人達のポカパマズへの見る目が変わったのは、ポカパマズが現れて二カ月程経った時のことだ。
 魔王バラモスの登場とともに活発化した魔物が群れを成してムオル村に襲い掛かってきた。その相当数の魔物の群れをポカパマズはなんと一人で追い払ってしまったのだ。
 魔物の群れが逃げ去ってすぐ。村人達がお礼をするよりも早く、ポカパマズは記憶を取り戻したという言葉を残して人知れず村を立ち去ってしまった。
 村人達がフェンに優しかったのは、フェンが村に現れた状況があまりにもポカパマズに似ていたからだ。フェンはもしかして村の恩人ポカパマズに関連する人物なのかもしれない。邪険に扱っていたのにもかかわらず命を懸けて村を救ってくれたポカパマズへの感謝と悔恨の気持ちが、フェンへの親切につながったらしい。

「といっても、二か月どころか六年経っても俺は記憶を取り戻さないわけだけどな」

 フェンが目が覚めて二カ月程経った頃、村に旅の武闘家が訪れた。
 ムオル村でずっと世話になるわけにもいかないし、ポカパマズのように魔物と戦えば彼のように記憶を取り戻すかもしれないと思ったフェンは、その武闘家に弟子入りして村を出た。
 やがて武闘家として免許皆伝されてからは師と別れ、一人記憶を取り戻す旅を続けている。


「神殿長の言う探し物とは、記憶のことだったのですね…」
 目を伏せてマリーが呟いた。
 フェンが頷くのをオレはじっと見る。
 頼り甲斐があって誰にでも優しいフェンが実は記憶喪失という辛い過去を抱えてるなんて、今日の今まで、オレ達は全く気付かなかった。
 記憶が無いということは、すごく不安な気持ちになることだと思う。
 何せ、自分が今までどうやって生きてきたか、どういう人物なのか、生きるための指針が全く分からないという状況だからだ。
 六年前ならフェンはまだ十四歳くらいだろう。彼は何でもないことのように話したけど、さぞかし辛い思いをしたに違いない。
 いや、今も辛いのかもしれない。
 だから優しいフェンが神殿長に怒りの声を上げるほど、取り乱したんだ。

「フェン〜!」
 悲しくなってオレはフェンに抱き付いた。
 彼の上着をぎゅっと掴む。
「おい待て、なんでお前が泣いてるんだ!」
「だってさぁ…」
 フェンの過去を思って勝手に涙があふれてきたのだから仕方ない。
 オレは涙声で言い訳のようなことを言おうとしたのだけれど、

「鼻水でてるぞ、カイリぃっ!」
 涙と一緒に、うっかり鼻の方からも透明な液体が流れだしてしまった。
 鼻からの液体は、フェンの上着にこぼされる直前に、ルチカに差し出された布でオレの顔に押さえつけられた。これは…宿泊施設附属のタオルだ。

「今も…記憶は戻ってないの?」
 ぎゅうぎゅうとオレの顔を押さえながら、ルチカはフェンに問いかける。
 タオルを押さえながらのオレの「ありがとう」というお礼の言葉は黙殺された。

「ああ。まだ何も…思い出せない」
 オレの方を見ないようにしてそう言ってから、少し無理をした笑顔でフェンは笑った。
「おいおい、そんなに暗い顔をするなよ。もう六年も前の話なんだぞ。それに…俺はカイリに感謝してるんだからな」
「オレに?」
 オレはまばたきした。

「ムオルを出て、イシスからアリアハンまでうろついてみたが、どうやらその辺の主要都市にオレを知っている人はいないらしい。ランシールとかサマンオサとかそっちのほうも行ってみたいと思っていたところに、お前が旅に誘ってくれた。オーブを探して世界中を回るんだろう?
 勇者のお前と一緒ならば普通の旅人が行けないような珍しい場所に行けるし、そこならば俺のことを知っている人に会えるかもしれない。そうでなくても記憶を取り戻す魔法なんかが都合よく見つかるかもしれないじゃないか」
「だけど…」
フェンの服を掴んだまま、オレは言い募った。
「フェンが記憶をなくしたのはオレのせいかもしれないんだろう?」
「…んなわけ、ないだろ?」
 フェンは否定してくれたけど、リチャード神殿長はフェンの記憶喪失はオレに関係すると言った。ならばフェンの記憶喪失の理由がオレという可能性もある。

「…ところでさぁ、カイリみたいな公式勇者でもないのに神殿長と知り合いってすごいわよね。フェンのお師匠様ってそんなに凄い人だったの?」
「いや。師匠は強かったけど神殿長にコネがあるような人じゃなかったぜ。師匠は本当に放浪の武闘家だったからな…」
 放浪というか自由気ままというか破天荒というか…、と彼はぶつぶつと呟いた。どうやらフェンの師匠はかなりかっ飛ばした人物らしい。
 フェンは少し目を閉じた。
 彼は何かを振り切るように一度深呼吸してからオレ達のほうに向きなおる。

「俺が記憶喪失なのを師匠はもちろん知ってた。ムオル村から出てダーマ神殿に武闘家への「就職」儀式を依頼するとき、師匠がついでに俺の魔力検査を神殿に依頼してくれたんだよな」

 オレ達は頷く。
 魔力検査というのは、検査対象の人の魔力の質が理力か聖力か…つまりその人がルチカのような理力属性者なのか、マリーのような聖力属性者なのかということを見極め、その魔力の量がどれくらいあるかを調べてもらうことだ。別にコネが無くても神殿に幾らかの代金を払えば誰でも受けられる。
 フェンの師匠がフェンに魔力検査を受けさせた理由は簡単だ。
 確実にそういう風になるとは限らないけれど、魔力の属性と量は遺伝する傾向がある。だから魔法使いの子は魔法使いに、僧侶の子は僧侶になることが多いのだ。
 だが、オレのような天地属性だけは基本的に遺伝しない。
 親も子も天地属性だなんてレアケースは賢者であるオレの先生ですらオレしか知らないという。

「まあ、魔力が高けれは他の職業につかせてもいいと思ったそうなんだがな」
 フェンは肩をすくめた。
「それで普通に計ってもらったんだが、そん時に俺には魔力が全く無いって結果が出たんだ」
 オレ達はもう一度頷いた。
 つまり、魔力のないフェンの両親はごく普通の人で、魔法使いでも僧侶でもない可能性が高いということだ。
 でも魔力が無いっていうのはもの凄く普通のことだ。それがどうして神殿長に繋がるのだろう。

「何度も色んな人に計ってもらったんだけど、本当に全く魔力が無い。でついにリチャード神殿長にまで俺の魔力検査の話がいったんだ。当時はまだリチャード神殿長は神殿長じゃなかったけど、すでに賢者ではあったから、彼にわからなければ本当にわからんってことになった。神殿長と知り合ったのはその時だ」
「ちょっと待って」
 フェンの言葉に引っ掛かりを感じたオレは、まじまじと彼を見上げる。
「無いって、本当に全く無いってことなの?」
「そうらしいぜ」
「どうして魔力が無くて賢者が出てくるの? 世の中、ほとんどの人は魔力を持ってないじゃない」
 ルチカの問いにフェンは苦笑して、オレは返す言葉を持たなかった。
 フェンの言葉をもう一度考えて、その余りのインパクトにオレは愕然とする。

「それで魔法使いや僧侶の才能は無いってことで、武闘家になったんだ」
「それでって、そんな簡単に…」
「いやでも、俺は魔法は使えねぇし、師匠は武闘家だし」
 重要なことをさらりと言うフェン。

「カイリ…、どうしてあなただけわかってるんですか?」
 震えていると今まで黙って聞いていたマリーに睨まれた。彼女もフェンの言う意味がわかってないようだ。
 ううう、と唸りながらオレは口を開く。ここは多分説明した方がいいところだろう。

「魔力がゼロっていうのは、少なくともオレは聞いたことが無いんだ」
 フェンの様子を窺いながらオレは説明を始める。

「だいたいの人は神殿で魔力が無いって診断されるけど、その人たちも実は魔力を持っているんだ。ただメラやホイミの呪文を使うには足りないとか、それ用の修行をしてないから少ないとか、そういう意味で『魔力が無いと同然』の人のことを、神殿は『魔力が無い人』と定義して通知する。そしてたとえ微量でも魔力があるなら、それは理力や聖力のどちらかは含むんだ」
 だいたいは片方だけど、天地属性者だけは理力と聖力の両方を持つ。

「フェンの言う無いっていうのは、本当に微量すらも魔力が無いってことなんだろ?」
「まあな。魔力が無いから、俺は聖力も理力も無い。だから俺は聖力属性者でも理力属性者でもない」
「……」

 人は誰でも理力属性者、聖力属性者、そしてその両方の属性を持つ天地属性者の三つに区切られる。
 だがフェンはそのどれにもあてはまらない。

 意味を理解したルチカとマリーも先程のオレのように言葉を無くす。
 オレはフェンが記憶喪失なことも、霊感体質のこともひたすらに黙っていた理由が、ようやくわかった気がした。

「フェン…」
 タオルをわきに置いて、オレはもう一度フェンの服のすそを掴んだ。

「話してくれてありがとう」
「礼を言われるとは思わなかったな。どっちかと黙ってたことを怒られるかもしれないとか思ってたんだが」
「怒るわけないだろ!」
 ぎゅっとオレはフェンの服を握り締めた。

「ありがとう」
 信用してくれてありがとう。
 彼のことを考えると、一度引いたはずの涙が再び溢れ出すのを感じる。

 記憶喪失も霊感があることも、それだけなら多分ここまでフェンは気にしなかったと思う。
 だけどそれに足して魔力が無いという例の無い体質ということを彼は知ってしまった。
 原因を探ろうにも記憶はなく、今までどこで何をしてきた人間なのか知る人は誰もいない。
 そのことがフェンは不安で、多分自分で自分のことを不気味に思ってしまってるのだろう。
 そんな心のトラウマになっていることを簡単に話せるわけがない。
 神殿長に条件に出されたとはいえ、オレ達のことをフェンがものすごく信用してくれたから、話してくれたんだ。

 感謝と感激の気持ちを込めてフェンに抱き付いていたら、フェンはオレの頭の上に手を置いた。
 涙で歪む視界の向こうで、フェンは悲しげにオレを見下ろしている。

「カイリ、鼻水…」
 溜め息つきながら、今度はマリーがタオルを渡してくれたので、オレはそれでフェンの服にとうとう付いてしまった鼻水を拭った。




[ next ]