翌朝。午前の鐘が鳴る頃にオレ達はダーマ神殿長の執務室を訪れた。
 リチャード神殿長に昨日と同じように出迎えられるけど、昨日と違ってオレ達には緊張感があった。それはリチャード神殿長も同じようで、全員の表情がかたい。

「その様子だと、探し物の話は出来たみたいだね」
「俺が神殿長にお会いできた理由も話してます」
 背筋を伸ばして、昨日よりずっと落ち着いた雰囲気でフェンが言った。その静かだけれど毅然とした様子に、やはり静かに神殿長は頷く。
 
「君の魔力を調べてから、もう五年以上が過ぎている…。あの時君を武闘家にする儀式を行った後も、私は君が何者なのかずっと考えていた。何しろ魔力が無い人間というのは、このダーマ神殿にも一切記述の無いことだったからだ」
 フェンは黙って頷いたけど、オレは神殿長の言い方に少しかちんときた。
 彼が気にしていることをわざわざ言わなくてもいいじゃないか。

「だが、君が勇者カイリと共に現れた時、一つの仮定を思いついた。この仮定を証明することは出来ない。だが、それならば説明がつく」
 言って、神殿長は少し黙った。
 仮定があると彼は口にしたが、それを説明しない。
「…それで、その仮定とは?」
 結局最初に焦れたのはオレだった。オレは彼に続きを促す。
「これは私の仮定だが…」
 促されたリチャード神殿長は重々しく口を開いた。

「フェンインは、おそらく天地属性者だ」

 もったいぶったわりに、さらりとその言葉は放たれた。
 オレ達は、ただ神殿長を見つめた。
 オレも含めて誰も神殿長の言葉を理解出来てない。
 誰も返事をしないまま、神殿長の言葉だけが淡々と続いていく。
「君は魔法の適合ゼロの天地属性者。即ち、フェンインの元の職業は勇者なのだろう」
「え…」
「ええええええええええっ!」
「…………!!」
 我に返ったフェン本人よりも、今更内容を理解したオレの叫び声のほうが大きい。
 思わずオレは立ち上がって、それにつられたのかマリーまで一緒に立ち上がった。

「それはどういうことですかっ! その根拠はっ!?」
 オレのテンションにあてられたのかもしれない。普段はあまりこういう時には口を出さないマリーが、驚いた顔のまま神殿長を問い詰めている。
 オレとマリーの剣幕に神殿長も座っていられなくなったのか立ち上がる。そして、彼は一歩後に下がった。まるでフバーハでも唱えるときのように彼は両手を前につき出す。

「ちょっと待ってくれ! 今説明するから…」
「だからどういうことですか! フェンが勇者って、そんな、まさか!」
「…落ち着けって、二人とも」
 更に神殿長が一歩下がったところでオレ達は、何故か当本人であるフェンにたしなめられてしまった。
 しぶしぶソファに座りなおしたオレとマリーを横目で確認してから、彼は再び神殿長に向きなおる。

「それで…どういうことか説明していただけませんか」
「もちろんだとも」
 こちらもソファに座りなおした神殿長が懐から取り出したハンカチで汗をぬぐいながら言った。彼は呼吸を整えるように、一つ咳払いをする。

「…カイリ殿の師であるダルファ殿から聞かせていただいたことがあるのだけれど、カイリ殿は天地属性者としては稀にみる強い魔力の持ち主だと聞いた。適合のある呪文の数もかなり多く、ホイミのような易しい魔法から天地属性者のみが使える最強魔法ギガデインまで適合があるというのは更に珍しい」
 微妙に褒められたと思われるオレはなんとなく頷いた。
 天地属性者というのが少ないので統計もろくにとれてないようだけど、普通の天地属性者はそれほど呪文の適合があることは無いらしい。先生によると、普通(?)の天地属性者の適合のある呪文は、だいたい八個ぐらいが平均なのだそうだ。

「カイリ殿はご存知かと思うが、天地属性者こと勇者の魔力はその適合がある呪文の数に、ほぼ比例する」
「そうなのか?」
「そうらしいよ」
 オレは適合する呪文の数が師匠調べで十八個だった。そのおかげか潜在魔力も天地属性者の平均よりもかなり高いらしい。逆に呪文の適合が三つしかなかった親父は、魔力がかなり低かったそうだ。
 世の中の天地属性者達が勇者と呼ばれるのは、だいたいこの特殊な魔力よりも妙にタフな身体能力の結果だ。実のところ勇者としては魔力が高いとされているオレでも、どっちかというと呪文よりも剣で戦う方が得意だったりする。

「もしフェンインが呪文適合がゼロの勇者ならば、魔力もその適合に比例してゼロということもあり得る」
「そんなまさか…」

 驚きの展開にフェンが思わずといった様子で呟く。
 これは誰も予想していなかった驚愕の展開だ。

「呪文適合ゼロの勇者というのも聞いたことはないが、君が天地属性者だとすれば納得いく事柄は他にもある。君の記憶のことだ」
 フェンの目が神殿長をじっと見た。
 そういえば、これが本題だ。

「端的に言うと、天地属性者は記憶喪失になりやすい」
「はぁ?」
「これは本当だ。理由を説明しよう」

 再びとんでもないことを神殿長は言い始めた。オレ達としては話を聞くしかない。

「カイリ殿は、ダーマ神殿が定める「天地属性者」の定義を知っているかな?」
「生まれつき理力と聖力の両方の魔力を持ち、契約することなく呪文を使える人間のことでしょう?」
 神殿長の仮定では、両方ゼロのフェンのような人物も天地属性だと仮定できるけど、オレはとりあえず一般的な天地属性者のことを話した。
 間違いを答えたわけじゃないようだ。リチャード神殿長は軽く頷く。

「天地属性というのは、勇者の呪文の代名詞であるライデインから来ているという説もあるが、ダーマ神殿の規定する天地属性者の定義は魔力でも呪文でもない。神々が声をかけることが出来る者、それを天地属性者という」
「神の声を聴くのは僧侶でしょう?」
「僧侶や賢者が神の啓示を受けることもある。だが、我々の受ける啓示と天地属性者が聞く「声」は違う。全く別物だ。…言葉にすると誤解を招くかもしれないから、この話はあまり広めないでくれ」

 神殿長は前に組んだ手のひらをぎゅっと握りこんだ。
 酷く真剣に彼はオレとフェンを見る。

「僧侶が受ける啓示は言葉による助言、魔法、奇跡だ。それは僧侶本人や、あるいは神々が人々を救う為のもの、神々の慈悲だ。だが天地属性者の受け取る「声」は神々が君達に求める願望。すなわち天地属性者とは、神々に運命を委託される者だ」
 神殿長は真顔で恐ろしいことを言う。

「つまり、天地属性者とは神々の頼みごとを引き受けることが出来る人物だが…」
「そんなことは…」
「ありえないと思うかもしれない。神々はすべての父であり母であり主であり、すべての生き物を救ってくださる存在だ。その神々すらも、なしえないことがある。神々がその時助力を求めるのが天地属性者であり、神々は天地属性者達に自ら接触する」
「!!」
 今度こそオレ達は完全に絶句した。

「だからこそ天地属性者は特別なのだ。神々の願いを叶えるために、高い身体能力、特殊な魔力、ライデインのような特殊な呪文の才能を持つ。神々は世界の理により直接世界に介入することは出来ない。だが小さな奇跡や断片のようなメッセージを天地属性者に届けることが出来る。そして、わずかながら運命にも介入できるのだ。その全てが合わさって天地属性者は、常人では起こしえない偉業を成し遂げ、勇者と称えられる」

 神殿長はオレとフェンを見た。

「その仮定が事実だとして、俺が記憶喪失であることと何が関わってくるんですか?」
「…神の言葉は迂遠。神の力は膨大なり。幾ら才能のある天地属性者であっても、人であることには変わらず、人間にとって神の言葉は重い。時には受け止めきれないこともあるようだ。ダーマの記録によると天地属性者と確認された者の二割が記憶をなくした経験がある。記録に無いものを合わせるとより高い確率になるだろう」

 フェンが記憶喪失になったのは神のせいだというのか?
 オレ達はただ黙って神殿長の言葉を聞くしかない。

「神の力を受け取った場合だけでなく体質的なものもあるだろう。神々の声を聞くための体質的な何かが不調になることにより、記憶を混乱させることもある。…これは神の啓示を受けた僧侶や賢者でもあることだ」
「俺は神のメッセージを受け止めきれずに記憶喪失になったということですか?」
「その可能性は高い。何しろ、君達は既に神々の介入をかなり受けている」
「え?」

 オレは瞬きした。
 君達とはつまり、少なくとも天地属性者であるオレと、今話題になっているフェンは少なくとも含まれるだろう。
 オレとフェンが神々に語りかけられているということか?
 だが、オレには覚えがない。フェンの方を見ると、彼は難しい顔をして何か考えているようだ。もしかしたらフェンには心当たりがあるのかもしれない。

「カイリ殿の方は、覚えがないようだな」
「ええ、まあ…」
「今の状況が既に神々の介入を受けた結果だろう。カイリ殿がアリアハンを旅立ってまだ一年にも満たない。フェンインとは旅立って何日目に出会った? 示し合わせたわけでもないのに、おそらく世界に二人しかいない天地属性者が、偶然出会うなんてことがありえるだろうか?」

 背筋が、凍った。

「神々は君達に助けて欲しい。そのメッセージを無意識に受け取った君達は同じ目的に進み、その途中で出合った。あるいは奇跡により、君達は出合った。そうも考えられないだろうか」

 オレはフェンを見た。フェンもオレを見ている。
 フェンと出会ったナジミの塔は、アリアハン王に面倒な従者達を押し付けられたから、ダルファ先生の勧めで行った場所だ。多分、一人で旅立っていれば、あるいは王のつけた従者達に困らなければオレは塔には上らなかった。
 その偶然のようなオレとフェンの出会いが、神々の仕業だというのか?

「…冗談が過ぎますよ、神殿長」
 オレはそれだけを言った。こんな馬鹿な話があるものか。

「ポカパマズという男を知っているか?」
 唐突にリチャード神殿長は話題を変えた。
 オレは眉を顰めながらも頷く。ポカパマズというのは、フェンの話に出てきた男の名前だ。彼もフェンと同じように記憶喪失になってムオル村に倒れていた。

「まさか…」
「ポカパマズは記憶が戻った後、ダーマに寄った。そしてムオルの村であったことを当時のダーマの神殿長に話したんだ。私の前任者に当たる人物なのだけれどね。この話を知ったのは、私も神殿長を引き継いだ三年前なのだが…。ポカパマズは記憶を取り戻した後、魔王退治の旅を再開した。ムオルでは村長にだけ本名を明かしたそうだ。ポカパマズの、彼の本名はオルテガと言う」

 息を吸うタイミングを失敗して、オレの喉が奇妙な音を立てた。
 ポカパマズの正体が、親父…だって?
 天地属性者で記憶喪失で、ムオルで倒れていたフェンとよく似た男が、オルテガだって…!?
 フェンが口を開く。

「ふざけるなっ!」
 が、彼が何か言う前にオレは立ち上がり叫んでいた。
 オレは座ったままの神殿長を見下ろす。

「それじゃあ、まるで…!」

 後の言葉は言えない。
 絶対に言いたくない。
 フェンが記憶喪失になったのも、オレ達か出合ったのも、もしかしたら親父が死んだことすら…神の介入を受けた結果かもしれないなんて。
 オレやオレの周りの人々が決めてきたことが、神々のシナリオ通りだなんて認めたくない。

「カイリ殿、神々は君達に運命を強制しているわけではないだろう」
「だって…」
「神々は天地属性者を援助しているだけだ。天地属性者は神々の望みをかなえようと動いているのだから、その後押しが介入になっている。勇者カイリ殿、神々が人に助けを求めるほどの問題、そして君達の目的は何だい?」
「魔王バラモス…」
 オレは答えた。
 突如現れた魔王バラモスという存在。それを倒す為にオレ達は旅をしている。
 そして神々はそれを応援しているということか?

「君達がこの旅を続ければ神の奇跡は続くだろう。その課程でフェンインが記憶を取り戻すこともあるかもしれない」
「リチャード神殿長」
 今まで黙っていたルチカが、初めて口を開いた。
「悟りの書が手に入ったことも、神々の意思と関係するのでしょうか」
「そうだと私は思っている。そして同時に君達は悟りの書を持つにふさわしい人格と才能があるから、悟りの書は君達の前に現われたのだとも思っている」
「………」
 納得はいかなかったけど、オレはソファに再び座った。

「ムオルに行ってみるといい」
 しばらく黙っていると、神殿長がぼそりと呟いた。

「最初の理由を振り返れ。お前達が何を求めて旅に出たのかを、もう一度考えよ」
 若き神殿長の言葉は予言のようだった。




[ next ]