|
ルチカはその後は姿を見せず、オレもルチカに会いに行かなかった。 オレは、彼女に腹を立てているのだろうか、悲しんでいるのか、それともイラついているのか。自分のことなのに、よくわからない。ただ今は会えないと思ってしまった。 気が付けばオレはムオルに行くことになってしまったようだ。 翌朝、ルチカを置いてオレ達はムオル村へと旅立った。 旅立つ朝は嫌味なほど晴れていた。 ムオル村は、ダーマの北にあるガルナの塔より更に北。大陸最北端にある。 村までは途切れ途切れに道があり、道沿いには数は少ないけど補給地点になりそうな小さな村も点在する。それでもやっぱり徒歩で行くには大変な距離なので、途中までは神殿の魔法使いの人がルーラで送ってくれた。けど、やっぱり遠い。 神殿の魔法使いと別れてから三人で旅をしたけれど、なるほど。ポポタが商隊を充実させようと考えた意味が分かるほど人通りが少ない。村はあるけど、町が無い。しかも、どの村も生活に必要な物品を旅の商隊に頼っているようだ。 予想通り平原に出る魔物にはそれほど強い奴もいなかったけれど、癖のある魔物が多くて割と苦労した。 まあ、道には問題なかったのだけれど。 「ルチカぁぁぁ…」 問題があったのはオレの精神的な部分だ。 旅立った最初の日は、オレの気持ちをわかってくれないルチカに悲しくなったり、逆に勝手に賢者になろうとするルチカに腹が立ったり、運命や神に苛立ってみたりしていたオレだった。 だけどそれはルチカあっての気持ちだ。ルチカが傍にいないなら、気持ちの向かう先が無い。むなしくオレの胸の中をぐるぐると渦巻くばかりだ。 だからそんな気持ちは三日も持たなかった。 そしてダーマ神殿を旅立って一週間経った今日、オレは完全に違う気持ちに支配されている。 「寂しいよう…」 オレは涙ながらに呟いた。 ルチカがいない。 起きて挨拶出来ない、一緒に食事出来ない、お休みの挨拶を言えない。 そのことが驚くほどオレの気力を減らしていた。 十六年間、彼女のいないところで平気で過ごしてきた自分がいたことが今では信じられない。 綺麗な花をみれば可愛いルチカを思い出すし、魔物と戦ったら彼女の勇敢な戦いぶりを思い出す。今のオレが思い出すのはルチカのことばかりだった。寂し過ぎて食欲もわかない。 焚火の前で三角座りして、オレはのろのろとスプーンを口に運ぶ。 フェンが作ってくれたシチューはいつもなら美味しいのに、今日はなんだかとても味気無く感じた。 「…予想と違う風に調子が狂っているな」 日も暮れて、ルチカの銀髪のように美しい光が降り注ぐ夜。 呟くオレから、かなり距離を取ってフェンが自分の分のお代わりを皿にそそぐ。座りなおした彼の隣には、やはりオレと距離をとったマリーが眉を寄せて座っていた。 「寂しいとか悲しいとかカイリが呟き始めてもう六日だ…。飯を食えているだけまだましなのかもしれねぇが…」 「それは正しい表現ではありません。正確には『カイリが寂しい、悲しい、切ない、苦しいなどの負の感情を常にブツブツと呟く怪しい物体になり果てて六日半』です」 「いやさすがに、そこまでは言い過ぎじゃないか…」 「しかも目も死んでます。ニフラムで消え失せないのが不思議ですね」 「いや、カイリは生きてるから! ゾンビじゃないから!」 「そうですね。ゾンビならアンテッドモンスターの嫌いなルチカには嫌われてしまいますからね。本人も本能部分で死んだらまずいとはわかっているらしくて、食事睡眠戦闘は出来ているようですし」 「それ本能でやってんのか…。しかも理由がそれかい。なんかすごいな、あいつ」 「無駄に高性能ですよね」 ふぅ、と憂鬱気にマリーはため息ついた。 「あれだけ怒っていたのです。私、てっきりカイリがしばらくは拗ね続けると思っていました」 「蓋を開ければ一日で廃人化とはな…。あいつの愛重過ぎだろ…」 「彼が頑なにルチカと別れるのを嫌がっていたのは、こうなる自分を予測していたからでしょうか?」 「初日は拗ねてたっぽいけどな。多分、今の廃人状態は本人も予測してなかった気がする」 「なんだか私、とても酷いことを言ってしまった気がします」 「俺もだ。っつーか、まさか泣くとは思わなかった」 オレは寂しすぎて、しくしくと泣いている。 ウサギは寂しいと死んでしまうんだと誰かが言っていたけれど、もしオレがウサギなら既にもの言わぬ屍になっているに違いない。 ムオルまであと半月もある。寂しすぎて、もう勇者も神もどうでもよくなってきた。フェンの記憶のことと、ルチカの修行のことがなけれはオレは速攻ルーラを唱えていたと思う。 だけど今更帰れない。旅を途中で投げ出すような勇者には、きっとルチカは会ってくれない。 うっかり忘れそうになるけれど、彼女がオレについてきてくれたのはオレが「勇者」だからなんだから。 やっとムオルの村にたどり着いたとき、オレの精神は限界に近い状態になっていた。 ルチカと離れて一カ月弱。よく気力が持ったものだと自分を褒めたい。 「じゃ、オレはこれで!」 「待て」 爽やかな笑顔で即座にルーラしようとしたら止められた。 「何するんだよ」 「今、ルチカのところにいってどうするつもりですか?」 だいぶん限界気味の脳でオレは考えた。 オレは今すぐにでも彼女に会いたい。だけどムオル村に着いただけで何も調べてない、でダーマに帰ってきたと知ったらルチカはオレにがっかりするだろう。 「…話、聞きに行こうか」 「何か売られて行く子牛みたいな雰囲気だぞカイリ」 「私、今のようなあなたを見たことがある気がします」 「ああ、そうかもね…。大丈夫だよ。村の中ではちゃんとするよ…」 とぼとぼと。オレはムオルに入っていく。 ムオル村は人の行き来が無いわりに、村の外れに市場のようなものがある不思議な村だった。フェンの説明によると、ムオルには年に二度程、中規模の船団がきて、その市場で物を売り買いするそうだ。北周りの渡航ルートの重要な補給地点ということらしい。 船から購入された物品を受け取った陸上の商人は、オレ達が通ってきた道を通ってダーマとダーマに至るまでに通る村々に運び、逆にダーマから運んできたものを船に売るという。 ポカパマズの話を聞くために、オレ達は挨拶も兼ねて、まず村長に会いにいくことにした。 「おお。フェンインではないか!」 「ご無沙汰してます、村長」 フェンを見て村長が立ち上がった。笑顔で彼はオレ達に椅子を勧める。 ムオル村の村長はかくしゃくとした老人だった。いそいそと茶菓子を勧める様子から、この村でもフェンは好かれていたことがよくわかる。 「後ろの方々は?」 「カイリとマリアベル。今俺が一緒に旅をしている仲間です。着いた早々申し訳ないのですが、村長に質問がありまして…」 「かまわんよ」 勧められた席に座ったオレ達は、村長の妻らしき女性が持ってきてくれた茶をのみ、礼を言った。 「昔、ポカパマズさんという男性がこの村にいたでしょう」 「ああ。…もしかして」 「二人はオレが記憶喪失であることも、まだオレの記憶が戻ってないことも知っています。ダーマ神殿で聞いたのですが、ポカパマズさんは俺とは違って記憶を取り戻したそうですね」 「ダーマに…。そうか、確かにあの方ならダーマ神殿に友人もおられるだろうな」 しばらく考えて、村長は言った。 「ええ。その方から、ポカパマズさんは、彼の本名を村長に伝えたと聞ききました」 「ポカパマズさんの本名がオルテガ・マディリアスだという話は本当ですか?」 オレも村長に聞いてみた。村長は頷く。 「本当じゃ。ポカパマズさんがあの高名な勇者様だというのには驚いたが、あの村を救った武勇を思えば納得したな。オルテガ様がどうかされたのかな?」 「オルテガはオレの父親なんですが…」 「何っ!」 村長は椅子をひっくり返しそうになった。なんとかこらえてから、彼はオレのほうにぐっと身を乗り出す。じっと見られたオレは思わずちょっと背を引いてしまった。 しばらく目を見開いてオレを見ていた村長は、やがて我に返ったように椅子に座りなおした。 「確かに、顔立ちや雰囲気が似ておられますなぁ。いやはや。ポカパマズさんの息子さんに会えるとは思ってもみなかった。それもフェンとともに来られるとはのう」 言いながらも村長は、もう一度オレを見た。 「何故、会ってすぐに気付かなかったのかと思うほど似ておられますな」 「そうですか?」 オレは首をかしげた。似ていると言われたこともあるけど、初対面でオレを親父と似ていると一体とは今まで一人もいない。 「本当ですよ。あとで市場に行ってみれば、あなたをポカパマズさんと間違える人もいるでしょうな」 懐かしげに村長は語る。 「そういえば、ポポタには会いましたかな?」 「商人見習いの? 彼ならダーマ神殿で会いました」 「昨日、修行を追えてムオルに帰って来たのですよ。あの子がフェンとポカパマズさんの第一発見者です。あの子とあの子の母親の方がわしよりもポカパマズさんについては詳しいでしょう」 オレ達よりポポタの方が先に村に着いたのは、多分キメラの翼を使ったからだろう。村長からは他にたいしたことは聞けなかったので、オレ達は村長の勧め通り市場に向かうことにした。 「…ポカパマズさん?」 市場について最初に聞いた言葉がそれだ。 市場のほとんどは閉じていたけど、居住区を兼ねたそこには村の人々が住んでいた。 フェンに声をかける人もいるけど、ほとんどの人がオレに声をかける。 彼らはポカパマズがムオルに帰ってきたのかと思ったと口々に言う。 オレがポカパマズの息子と知ると、口々に親しげに声をかけてきた。 「何で首をひねってるんだ?」 「いや…こんなに親父に似てると言われたのは初めてだなと思って」 市場の片隅でオレとフェンはこそこそと会話する。 「今まであまり似てるって言われなかったからさ」 もしかしたらポカパマズさんは、オレや親父に似た別人なのかもしれないと思ってしまう。 「兜?」 そんなことをオレ達が話しているうちに、ある店の前で、ふとマリーが足を止めた。店は武器と防具を扱うようだ。船が来たときだけ営業する店なんだろう。今は荷物の整理中なのか半開きのカウンターの奥に、妙に立派な装丁の兜があった。 「ポカパマズさん?」 小さな村に似合わない装丁の兜だと思っていると、視線に気付いた店の人がオレを見て驚いた顔をした。 「ダンさん、久し振りです」 「おお、フェンインか。隣りの人は、どなたかな?」 「カイリとマリー。今の俺の仲間です。カイリはポカパマズさんの息子なんですよ」 「なんだって!」 息子だと名乗る度に驚かれる。ポカパマズはよほどこの村で好かれていたらしい。 「こんな立派な兜、扱ってたんですか」 「いや、これは売り物ではないよ」 短く笑って、ダンさんは兜を慎重にカウンターの上においた。 「これはポポタのものだ。あの子に頼まれて手入れしていただけだよ」 「ポポタの兜?」 兜は丈夫そうだけど重そうで、商人になるポポタには不似合いな気がする。 「これをポポタに返す日にカイリさんに会えたのは神様の思し召しだな。これはポカパマズさんがこの村を出る時に、ポポタにあげた兜なんだよ」 「!!」 驚いてオレは兜をみた。「カイリ、この紋章!」 オレと一緒に兜をみていたマリーが悲鳴のような声で呼んだ。 マリーが指差す先をオレは見る。兜の壁面に小さく、知った紋章が描かれていた。 少しかすれていたけど、紋章がわからなくなるほどじゃない。 これは…アリアハン王国の紋章だった。 「親父なのか…」 違うかもしれないという淡い期待は消えた。アリアハン王から何かの時に下賜された兜なのだろう。家には幾つかそういうものがあったから、これも多分そのうちのひとつだ。 王からの頂き物を渡したということは、親父はよほどポポタに感謝していたようだ。 「丁度、ポポタなら二階にいるよ。上がっていきな」 お言葉に甘え、オレ達は二階に上がった。二階にはオレと同世代の少年が三人いて、そのなかの一人がポポタだった。 「フェン!」 ポポタ達がフェンに気付いて彼に駆け寄る。ポポタはそのままフェンに抱き付いた。 「フェン、ムオルに帰ってきてたの?」 「ついさっき着いたんだ。修行終わったんだって?」 「まあね。普通よりも三週間も早く、免状をもらえたんだ、僕!」 「そりゃ、凄いな〜」 オレとマリーのほうは全く見ず、フェンのほうだけ見て話すポポタにオレは内心ムッとする。が、ポポタと一緒にいた二人はオレとマリーのことが気になっているようだった。 「おっと、すまん。紹介するな。カイリとマリー。今、オレがパーティ組んでいる仲間だ」 「ポカパマズさんに似てるね〜」 ポポタよりやや年上の青年が、オレのほうをみてポポタに囁いた。 「そう?」 ポポタが首をかしげる。 「そりゃ似てるだろう。カイリさんはポカパマズさんの実の息子さんなんだから」 「息子?!」 オレ達のあとに階段を上がってきたダンさんが言った言葉に、彼らは一斉にオレを見た。 「よろしく」 内心肩をすくめながら挨拶すると、ポポタの友人達はオレのほうに駆け寄ってきた。 「本当にポカパマズさんの息子なのか!?」 「確かにすげぇ似てるな!」 「ちょっと待てよ!」 ポポタがオレの方を睨んで叫ぶ。 「ダーマで聞いた、あんたの父親は…」 「それがポカパマズさんなんだ」 フェンがポポタの肩に手を置いた。 「それって、どういう…」 言いかけてポポタの動きが止まった。ダーマにいる間にオレの父親の名前くらいは聞いたのだろう。 ポカパマズが記憶喪失で、その名前が本名でないことをポポタは当然知っているはずだ。 年齢や行動から、勇者オルテガとポカパマズをイコールで結ぶのは難しくない。 そして、オレが勇者として旅をしていることを知っているなら、オレの親父がどうなったのかを知っている可能性は高い。 「嘘だ…」 親父の最後がどうだったのかまで知っていたのだろう。 目を見開き、顔を歪めてポポタはオレを見た。 「嘘をつくな! お前みたいな奴がポカパマズさんの息子なわけないだろ! フェンまで騙すんじゃない!」 気持ちは分からないでもないけど、ポカパマズが親父でショックだったのはオレもだ。 「…文句があるならダーマのリチャード神官長に言って欲しいな」 「なんだって?」 八つ当たりの意味をこめて神官長の名前を出すと、ポポタ達がまた驚く。 オレは、ポポタに視線を向けた。 「神官長からポカパマズさんの話を聞いてオレはここに来たんだ」 「…もう一回、俺が確認しようとしてるのに、付き合ってもらってるんだよ」 フェンインが口を挟んだ。 「記憶を戻す為に、もう一度ムオルに来てみようと思って。 カイリはポカパマズさんのことを知ってこの村に興味をもったということもあるが、理由の大部分は俺の為なんだよ。もちろんマリーもな」 「……まだ、記憶戻ってないんだ」 「まだな」 フェンをみていたポポタが、ふいに視線をそらせた。 「この後、どうするの?」 「できればもう一度、六年前の話をお前の母さんから聞いてみようと思ってる。 母さん元気か?」 「うん。今から来る?」 「…いや」 しばらく考えてから、フェンは首を振った。 「もう夜だし、明日訪ねるよ。お昼過ぎに訪ねていいか?」 「わかった。じゃあ母さんに言っておくよ。宿はバリーさんのところに泊まるの?」 「おう。さっき市場であったから頼んできた。 じゃあ、また明日な」 ポポタ達に礼を言って、オレ達は武器屋を出た。 「ありがとうな、カイリ。こんな時間まで付き合わせて」 「いいよ」 「俺は宿に泊まるつもりだけど、カイリとマリーはどうする?」 オレは苦笑した。 「オレも泊まるよ。これじゃ、まだルチカに話せない」 「すまんな。…大丈夫か?」 「多分」 多分、あと一日くらい我慢出来る。 それに気になることもあった。 「マリーは?」 「二人がここに泊まるなら、ご一緒させていただくつもりです」 「悪い」 「あやまる必要など何もありませんわ」 マリーがにこりと微笑む。最近とくにマリーがフェンに向ける笑顔が軟らかい気がする。 彼女もフェンを心配しているのだろう。 オレ達は宿をとった。この期間は普段宿屋を経営してないそうなんだけど、フェンの頼みで臨時にあけてくれた。 料金もいらないというのを断って、規定より少し多めに払っておく。 宿屋で出してくれた夕食を食べた後、夜の散歩をしてくるといってオレは宿を出た。 街と違って、夜になるとすっかり村は静まり返っていて、外は誰もあるいていない。 家から漏れる灯と、月や星の光を頼りに、オレは宿の前を歩き始めた。 旅の間に読めるようになった他者の気配から、つけられているのはわかってある。 村の外れの目立たない場所でオレは足を止めた。 「やあ」 背後に向けて語りかける。 「君も散歩?」 「いや。あんたに聞きたいことがある」 物影から出てきたのは思った通りポポタだった。 [ next ] |