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海で勇者は迸る



 快晴。
 としか言いようのない真っ青の空に、輝く太陽がきらめいている。
 気温は高いが、湿度は低い…からりとした空気で、そこに海があるならば。

「海水浴しかないってねっ!」
 鼻息も荒く、カイリ・マディリアスは宣言した。

 カイリは今、港町ポルトガにある海水浴場にいた。
 いつもの重い鉄の鎧は脱ぎ捨てて、水着一つの身軽な姿で浜辺に立つ。眩しい光を取り込むように大きく深呼吸したカイリは、ぐるりと海水浴場を眺めやった。

 天気の良さも手伝って、海水浴場はそこそこ混んでいて、人が多い。
 カイリと同じような水着姿の家族連れや友達同士の集団など、誰もかれも海水浴を楽しんでいるようだ。
 ここにいると世界の脅威も、自分の旅の目的も忘れてしまいそうになる。

 世界を恐怖と混乱に陥れようとする魔王バラモス…。カイリはその魔王を倒す為に旅をしている。勇者の中の勇者と呼ばれながら力及ばず火山で死んだ父のあとを継ぎ、父親と同じように勇者の才能を持つ少年は、父の使命を継承した。
 
 海辺には、海の家と呼ばれる出店が立ち並び、軽食や飲み物を売っている。
 食べ物を買うのはとりあえず後回しにして、カイリは目の前の光景を眺めることにした。
 知らず、頬が緩む。

 旅立って早々にロマリアやノアニールの危機を救った少年の視線は、完全に海ではないものに向いている。
 彼が見るのは、海辺の人々だ。
 つかの間の平和に遊ぶ人々の中に、彼は真剣にそれを探す。

 目当てのものは意外と早く見つかった。
 カイリは呟く。
 
「あの子、おっぱいおっきい…」

 カイリは本能に素直に生きていた。
 というか今の勇者は、ただの欲望ダダ漏れ状態だった。

 一人であるのをいいことに、普段は勇者様とも呼ばれることもある痴れ者は、水着姿の女の子を目で追いかけている。追いかけまくっている。
 仲間の女の子の前では怖くてとてもこんなことは出来ないから、ここぞとばかりにじっくりと、しっかりとパラダイスを目に焼き付けている。
 通りがかったおっさんや爺さんは当然、見て即座に脳内消去だ。
 鮮やかな色彩に包まれた、揺れる幸せがつまった脂肪。

「唸れ、オレの記憶力ぅぅぅ!」
「何を覚える気だ、お前は」
「うわっ」

 青白ストライプの水着姿の女の子をこっそりと見ながら小声での謎叫びに、ツッコミが入った。
 バックステップで二歩ほど後さずりしたカイリは大急ぎで後ろを振り向く。後ろに立っていたのは、彼が恐れていた彼女達ではなく、仲間の青年一人きりだ。彼は大きく息を吐いた。
 肩をオーバーに上下させながら吐くそれは、もちろん安堵の息だ。

「驚かせないでよ、フェン」
「悪いな。そういうつもりはなかったんだが」

 肩をすくめたのは長身の武闘家…だが、今は彼もカイリと同じような水着姿で浜辺に立っていた。
 彼は気を悪くした様子もなく肩をすくめる。武闘家の鍛えられた身体と爽やかな笑顔にちょっぴり周りの女子の視線を集めているのには、さっぱり本人気づいていない。

「いやあ、海は楽園だよね。なんていうか、幸せが詰まってる」
「俺も海は好きだけどな。…俺達は泳ぎに来たんじゃなかったか?」
「そうだよ。旅の途中と言ったって、たまには息抜きも必要だろ? こんなに暑いんだから、たまには水遊びも楽しいかなって思ったんだよね」
「それはそうだが…」
「皆、賛成してくれたじゃん」

 海に囲まれたアリアハン王国で生まれ育ったカイリにとって、夏の遊びと言えば海水浴だ。
 幼いころは友達と一緒によく泳ぎに行った。
 十歳を超えた頃からは勇者修行ということで、誰もいない浜辺で素潜りの練習とかさせられたり、水辺で戦う訓練をさせられたり、ごくシンプルに何キロも泳がさせられたりした。

「どうした?」
「うん、ごめん。ちょっとね…」
 少し悲しくなりながらカイリは再び海を見て、つられるようにフェンインもカイリの視線を追う。
 彼らの前方には友達同士と思われる若い娘の集団がいた。
 色とりどりの水着をまとった彼女達は、楽しそうな笑い声をあげながらカイリ達の視線に気づくことなく彼らの前を横切っていく。
 海から上がったばかりなのか、焼けた肌からまだぽたぽたと水がしたたり落ちている。滴は太陽の光を反射して、きらきらと輝いていた。

「オレ、前から二番目。髪を後ろでまとめている子」
「…俺は一番後ろ。ポニーテール」
「なるほど、清楚系」
「そういうお前は、胸しかみてないだろ」

 結局のところ、フェンインだって健康的な女の子に全く興味がないわけでもない。
 少し野暮ったいおとなしげな少女を見送ったフェンインと、胸が水着からはち切れそうな少女の胸を見送ったカイリは、二人でぼそぼそと呟く。
 確かに、カイリの言うとおり、彼らにとって海辺は楽園だった。

「いやぁ、胸がおっきい子っていいよね〜」
「しみじみ言うなよ…」
「だって、海だし、バカンスだし! フェンはときめかないのあのふくらみに!」
「ときめかんこともないが、俺は足派だ」
「えぇ〜?」

 言いながらも、二人そろって目前に視線をやる。
 なんだかんだ言って、二人ともノリノリだ。

「あっ、あの子どう?」
「どれどれ?」
「あの、ピンクの水着の子さ、スタイルよくない?」
「んー? 確かに…」
「ぼん、きゅ、ぼんっ!って感じ?」
「そうそう」

「へー、良かったわね」

 ぴき。

 多分、擬音にすればそんな感じになるだろう。
 ただの一瞬で、カイリとフェンインはそろってぴたりと動きを止めた。
 カイリの瞳の瞳孔が開く。フェンインのこめかみから汗が一滴流れ落ちる。
 淡々とした声は、彼らがあまりにもよく知っているものだ。声に潜む空気が冷たすぎて彼らは振り向くこともできない。というか、怖い。

「なにやら、楽しそうですね…」
 続く二人目の声に、フェンインの肩が大きく揺れる。

「まったく、海に来てまで何やってんのよ」
 ゆっくりと、おそるおそる彼らは振り向いてみる。
 背後にいたのは予想通り、黒いセパレートの水着をつけたルチカと、パレオ付きの青い水着を着たマリアベルだ。水に入ることをを考えてか、今日はマリアベルの長い髪は頭の高い位置で一つにまとめられている。

「よお、水着似合ってるぜ…」
「ありがと。なんか、取ってつけた感じだけど…。っていうか、言うなら向こう見なさい向こう!」

 何故かルチカの方を見て言うフェンインの首をルチカは力を込めてマリアベルの方に向ける。今更照れて視線を逸らすフェンインと、同じく逸らすマリアベルをにやにやしながらしばらく見守ってから、彼女はもう一人の馬鹿勇者が妙に静かなのに気が付いた。

「カイリ?」
「………」

 振り向いたままの不自然な中腰でカイリは固まっている。
 変な格好を不思議に思ったルチカが彼の目の前まで歩いていって、手のひらをひらひらと振ってみた。

「どしたの? 日射病?」
 イシスで砂漠越えしておいて今更日射病や熱中症ということもないだろうと思いつつも、ついそう聞いたのはカイリの顔が赤い気がしたからだ。
「ねぇ、大丈夫?」
 かがみこんで顔を覗き込んでみる。
 ルチカ自身には何の意図もなかったけれど、カイリの目に彼女の姿はそれはどのように映ったものか。

 ぶほぉぉっ。

「きゃああっ!」
「お、おい!」
「何をしてるのですか、あなたはっ!」

 勢いよくカイリの鼻吹き出る赤いもの。
 人はそれを鼻血と言う。

 フェンインが手持ちの荷物から慌てて布を出してカイリの顔を押さえ、ルチカがカイリの腕を日陰の方に引っ張る。

「なんだか、増々酷くなっていませんか…?」
 眉をひそめたマリアベルが言うとおり、ある意味妙に血の気の多い勇者の歩いた後には、赤い丸模様がぽたりぽたりと落ちていく。僧侶の割に早々にカイリの看護を放棄したマリアベルは、無表情で彼らについて歩き出す。

 歩きながら、青い空を見上げて彼女は小さくため息ついた。








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 注意 : 記憶力は唸りません。


 こんにちは、弓月です。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
 久しぶりに三人称で文章を書きました。カイリ一人称では書けないことを書きたかったのですが、
 書ききれなかったうえにオチもろくに無い話となってしまいました…。

 元々は、弓月がなんとなく海に行きたくて、海っぽい話を書こう!と思ったんです。
 思ったら連想ゲーム的にカイリが「海と言えば水着!」と叫びました。
 カイリの性格は「むっつりスケベ」のはずなのですが、最近すっかりオープンスケベです…。